汚濁の白
この作品はピクシブにも掲載されいています。
同じくピクシブに「汚濁の白」のイラストがありますので、よろしければ見てあげてください。
序
「今年は例年より暑い夏になりそうです。」
ぼぅ、っとテレビと呼ばれる箱から流れる音を聴く。
天気には、あまり興味ない。家を出ることのない私にはあまり関係ないからだ。
ツマミを掴み、捻る。いくつかチャンネルを回し、女の人が歌っているチャンネルで止める。聞いたことのない歌だ。「ゲレンデ」とやらで意中の異性に告白する旨を歌っているらしい。よくわからないが、リズムが良い。
しばらくその番組に惚ける。
ぐぅ、と腹の虫が鳴く。お腹が、すいた。保存食を食べようかと思い、止める。今日はおじぃが作ってくれるかもしれない。
音の軋む廊下を歩き、おじいの部屋の襖の前に立つ。
「おじい、おはよう。」
今日も、返事はない。
「入るよ、おじい。」
手を伸ばし、手を下げ躊躇う。
しかし、意を決して、襖を開け、部屋に入る。
雨戸を開けていない薄暗い部屋に、私以外の、人の気配。
「あぁ、やっと起きた。おじぃ、お腹空いた。」
「あぁ、君のおじい様だったのか。」
知らない声がする。
「…誰。」
「おじい様の知り合いだよ。伝言を預かってる。」
「はぁ…。」
「先に行って、君を待つ。」
「それだけ?」
「それだけ。」
それだけなのか…。まだ暫く、この日々が続くのか…。
「どうする、君もおじい様のところに行くかい?案内ぐらいはできると思うが、多分。」
「いや、いいです。帰ってくるまで待ちます。」
「そうか。」
「ただ…。」
「ただ?」
「お腹が空きましたが保存食も飽きました。どうしたら良いでしょうか?」
「どうしたらって…、何か作れば良いだろう。」
「料理は、できない。」
「何故?」
「大してした事がないですし、する気もないからです。」
「…君は、一応女だろう。」
「女ですけど、女は料理ができる性別なのですか?」
「…いや、もう良い…。俺が、作るよ。」
「ホント!?」
「あぁ…。何が食べたい?。」
「保存食以外!」
「…そうか。わかった。適当に作る。だから。」
「だから?」
「先にシャワーなり何かで身体を洗わせてくれないか?長旅で暫く入ってないから、入りたい。」
「えー…。ご飯…。」
「シャワー。」
「…どうぞ。」
「ありがとう。」
「…じゃあ、案内するから、付いてきて。」
「あいあい。」
おじぃの部屋を出、薄暗い廊下を歩く。
「そだ、そだ。おじい様から、もう一つ伝言が。」
「え、何?」
「ワシがいない間、ワシの部屋には入るな。」
「…居ないのに、入ったって仕方ないじゃないですか。」
ボソッと文句を吐く。そして、気になった事を問う。
「そう言えば、さ。貴方、怪我してない?」
「…いや、していないが。」
これが、無味乾燥な日々の終わりだった。
第一章 軽佻苦闘
気がついたら、知らない場所にいた。
ここは、どこなのかわからない。
お腹が空いた。
家に帰れば、この飢えは満たされるのだろうか
でも、なんで「家」に帰れば満たされるのか。
「家」は食べ物の名前なのか。
お腹が、空いた。
「家」と同時に浮かぶ単語は「お父さん」と「お母さん」。
でもそれって、何。
それも、「家」と同じで、この渇きを、癒せるのだろうか。
「家」と「お父さん」と「お母さん」。
それが、僕を構成していたものなのは確かだ。
なら、いいよね。
僕を構成するって、字面で見たら、何も変わらないんだから。
0
「あっついなー。」
今日は、日差しが強い。居間から外を眺めながら言う。
「そう?」
「たぶん、そう。」
「そうですか。」
白鋭は興味が無いようで、居間のテレビの「蝦夷地、原子力事故から3年」とやらのドキュメンタリーを見ている。
「これ、「清濁の青」か?」
「んー?」
問うまでもなく、そりゃそうか。この蝦夷で、外人軍基地が秘密裏に原子力実験してて立ち入り禁止、なんて出来事はそれ以外にはない。と、は言うものの、そんな事自体無いのだが。
「清濁の青」と呼ばれる厄災があったのだが、一般には一応異端は知られていない。知られてはいけない。なので、原子力事故ということになっている。これならば厄災現場全域を立ち入り禁止にもできるし、丁度良いのだろう。
尤も、異端の事自体は知られなかったが、放射能汚染の突然変異の噂自体は流れてしまっているが。
にしても、3年…?
「黎占。」
唐突に名を呼ばれる。
「ん?」
「かき氷、食べたい。」
俺がイメージだけで暑い、などと言うから、数日前に俺が教えてしまったかき氷を、食べたくなったのだろう。
「えー…。めんどくさい…。」
「えー…。作ってください。」
「…しゃーねーなぁ。作ってやるから、洗濯物干せ。」
「えー、めんどくさい…。」
渋い顔をする、料理ができない女。
「そう、か。かき氷はいらないのだな。」
「ぐ…、わかりましたよ…。」
交渉、成立。
俺がこの家に寄り付く様になって、早半月経つ。
「おじぃの知り合いなんでしょう?なら、おじぃが帰ってくるまで、ここでゆっくりしていったら?」
あの日、その一言で、俺はここに寄り付くことになった。
別に行き着く果ては近くとも、行き場のない俺には救いだった。この周囲に人が住まなくなって久しいこの地は、俺が住めそうな廃墟、ある程度の食糧はあるものの、そういった所にいると心が荒むばかりか、夜な夜な不意に異端物に襲われる危険性があり、おちおち寝てもいられないのだ。
それに、この娘、白鋭は只でさえ危険な奴に見えるのに、まして見た感じ年頃の男でもある俺に対してわかっているんだかいないんだか、特に何も言って来ず、大変居心地が良い。まぁ、家事料理が壊滅的に出来ず、まして本人にやる気が全くないのは問題なのだが。しかも、教えても、教えても一向に上達する気配が無い。辛うじて出来る形にまで持って来れたのは不幸中の幸いか、但し、料理以外なのだが。
「なぁ、白鋭。庭にあるあの蔵って、なんなんだ?」
前から気になっていたことを、テレビの壮年期の男の失踪事件のニュースを観ながらかき氷を食べている白鋭に訊いてみる。
「あぁ、おじぃの蔵。あそこはなんかよくわからないおじぃの集めたものがあって、ナイフだの銃だのも入ってるから危ないから入るなって言われてる。」
「へぇ…。」
なんだ、武器庫か。気にはなるが、別に武器しか入っていないなら急いて中を見ることもない。
「それより、さ。」
「ん?」
ざー、ざー、ざー
「外。」
「タ、ト?」
「いや、そと。」
「そ、と。」
「雨。」
「雨…だから?。」
「洗濯物。」
「あー。はいはい。安心して下さい!」
片付けたそぶりは無かったが。
「やっぱ、面倒だから、洗濯機回したけど干してないから!……わぁ!!なにすんの!?」
宙を舞う、卓袱台。[newpage]
廊下にしわくちゃになった洗濯物を干した後、
「…水になってる。」
苦い顔をしている、白鋭。
「そら氷なんだから溶けるだろう。」
縁側で煙草をふかしながら、横目でそれを眺める。
「むぅ…。」
「それに限らずな、劣化しない物なんてないだろ?それがちょっと早かっただけだ。」
「新しいの、作ってくださいよ。」
「嫌だ。」
「何故。」
「まぁ、横着してた罰か。」
「…厳しい。」
「自業自得だ、馬鹿。」
ずずず、と残った水分を吸い出す白髪女。ここだけ見ると老人が茶を啜っているように見えなくもない。
そう言えば、かき氷と言うものは、色が違うだけで、味は全て同一らしい。しかし、色の差異こそが味を差異にさせるらしい。その事を、不意に思い出し、述べてしまう。
「じゃぁさ、これって色が付いてないのが本来の味なのかな。」
「そうなるな。それか、もっと手っ取り早いのがな。」
「ん?」
「目を閉じて食べるんだよ。手っ取り早い。」
「…なるほど。ところで、反省したから、もう一回作って下さいよ。次はメロン味で。」
「嫌だ。反省が目に見えない。」
「見えないですか!?どう見たってしてるでしょう!!」
「何をだ。」
「黎占なんて放っといて、かき氷が来たら即食べる、という事です。」
…馬鹿だ。この女、馬鹿だ。
「わかった。お前が反省しているのはわかった。よーく伝わった。だから特別にその反省を活かすのだぞ?」
「もちろん。」
小さい胸を張る馬鹿女。
「あぁ、ならば今から作って来てやるよ。特別にな。」
煙草を揉み消し、立ち上がる。因果応報、自業自得と言うものを、体でわかって頂くとしようか。
1
また、別の日。
「お前、さ。街の方とか、行かないのか?」
縁側で、煙草をふかしながら、枠の上に横に腰をかけるこの姿勢は、気に入っていた。
「うん。」
大して白鋭は、居間で座布団を抱き、丸まっている。
「なんで。」
「…?むしろ何故行く必要があるのでしょうか?」
どちらも自分の感性は当然だ、と。疑わずに。
「周りがどうなっているか、とか気にならないのか?」
「なりませんね。」
「凄いな。」
「何が?」
「いや、引きこもり具合が。」
「外のことなんて、知らない方がいい。だって、私の世界はこの家だけ。それ以外に行くわけでもないのに、知ってどうなるのさ。おじぃがいて、偶に夢久おじさんが来て、ただそれだけで、十分。他に、何もいらない。外の事も、おじぃと夢久おじさんが教えてくれるので十分。」
「欲が、無いというか、良くないと言うか。」
「否定される筋合いはない。」
「そうか…。」
確かに、間違えたことは言ってはいない。ただ、間違っていないから正解か、と言えば、全然違う。
2
その夜。
俺が客間で寝ていると、おかしな気配を、感じた。悪意がないのに、悪果をもたらす、あの気配。…これは、異端、か。この屋敷には、まだ遠い。しかし、近い。
「かかる火の粉、になる前に、払っておくか。」
起き上がり、ジィさんの部屋からくすねてきていた刀を持つ。流石に素手は、まだキツい。試しに、刀を抜く。中々、逸品なものなのだろう。異端具ではないが。こんな場所で異端具を装備しないで暮らしていたのだ、大層な使い手だったのだろう。
納刀し、ギシギシ言う暗い廊下を鳴らさないように歩く。まだ遠いし、あの引きこもり女には言わなくて良いだろう。俺一人で十分だと。
玄関で靴を履いていると、背部から
「お出かけですか?」
と、声がかかる。
「ん、あぁ。起こしたか?すまない。」
「何を持っているの…?」
「俺がこの家に来る前にどっかで刀を無くしてな、ジィさんのを借りてんだ。」
「そう…。」
「…お前も、来るか?」
「うぅん。ここに、いる。」
「そうか。気を付けろよ。」
「何に?」
「いや、この程度なら、多分大丈夫だ。」
俺は、立ち上がり、家を出る。
今日は、三日月か。煙草を咥え、火を灯す。
外は、久々に歩く。相変わらず、人はいない。廃墟だらけだ。
夜風が、気持ち良い。
静かに朽ちて行く、街。
数少ない住人も、もしかしたら数人いるのだろうが、あと十年も生き残れたら立派だろう。
屋敷から400m程離れた辺り、白い「ピン」と呼ばれた巨大なオブジェのある建物の駐車場に構える。
ひび割れたアスファルトがあるだけで、障害物は点在している廃車だけ。悪くない選択だろう。
煙草を落とし、踏み躙る。それから、抜刀する。
中々手に入らない刀を獲物にするのは久々だが、多分使いこなせるだろう。
鞘は、地面に置く。抜刀術は、そこまで得意ではないのだ。
「さて、来るなら、来いよ。お兄さんが、相手してやるよ。」
「ア、アキィ、キュィィィッ!!!」
車の陰から飛びかかって来る黒い影。
「よっ!」
横に一閃し、そのまま縦にも一閃する。
血が弾け、十字に切れた肉片が地に落ちる。
「なんだ、餓鬼か。」
にしても、この刀、恐ろしいくらい切れる。まるで相手が豆腐か何かのようだ。
「これなら、いけるか。」
しかし、気配が、消えない。
どうやら餓鬼の集団だったらしい。
こいつらが群れることなんて、あまり聞いたことが無いのだが。まぁ、この忌み土地だ。なんだってありえるだろう。
「はっ。者を物に、ってか。」
吐き捨てるように言い、そう結論づける。
「いいよ、遊んでやるよ。」
気配の続く方に、俺は駆け出した。
3
「あー、疲れた。流石にしんどい。」
切った数は、25、ぐらいか。そこらに広がる死体の破片。
口元を、拭う。全身、ひどい血で汚れている。
「さて、眠くなってきたし、帰るか。」
刀を鞘にしまい、ふらふらと、歩き出す。
そう遠くまで追いかけたつもりはないのに結構、あるんだな。
くっ、足が、恐らく疲れであまり思い通りに動かない。酔っ払っているみたいだ。
もう、いいか。
少し、ここで、休もう、kぁ。
-------。
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「……センッ!」
声が、する。
「黎占!!!」
おー、なんだ。家から出れんじゃん。
「起きてよっ!!!!」
「…ん、ぁ。」
バチン!!
バチン!!!!
「って、おい!!!!!」
顔面が、全力で二発ビンタを食らう。
「良かった、です…生きてたんだ。」
「死ぬとこだったわ!!今!!!」
この、クソヒッキーめ…。
「帰りましょうか。」
「ん、あぁ。疲れからか、足が、うまく、動かなくてな。」
「わかりました。」
そう言って、転がってる俺の後ろ襟を掴み、引き摺り出す。
締まる首。熱い背中。
「あ!!か、はっ!あ!」
「ん?」
奇声に気がつき、止まる白鋭。
「死ぬだろうがっ!!!」
「へ?」
手が離され、
「ごっ。」
頭を打つ。
わかった。コイツは、俺にとどめをさしに来…って、様子が、変だ。
「…子供?」
白鋭が呟く。
「子供…って。」
こんな時間に。まして、こんな場所に。
「…、あっ!」
意味に気がつき、立ち上がろうとするが、立ち上がれない。
一体の、餓鬼が。そこに。朦朧としていて気がつかなかった。
「白鋭…!」
刀を、渡す。
辛うじて、刀を受け取るが、刃を抜かない。
「…え、あ。だって、子供だよ!?」
「違う。それは、もう人じゃ無い、物だ!異端の、異端物だ!!」
「でもっ!帰りたいって、家に帰りたいって!おかぁさんに会いたいって!!お腹が空いたから、家に帰りたいって!!」
なんだ?何を言っているのだ?
白鋭に飛びかかって来る、餓鬼。
なんとか、刀を抜かずにいなしているが、斬る事は決してしようとしていない。
「はぁっ、はぁっ。…。」
思考の乱れもあり、呼吸が、乱れている。
「カ、ヒィ、キィィィィィッ!!」
声を上げて、飛びかかる、餓鬼。
今度は流石に捌き切れなかった様子で、右腕を裂かれる。
「つっ!!」
「殺さなきゃ、お前が、殺されるぞ!!!」
「でも、でもっ!!」
痛みで、覚悟がやや決まったか、ようやく抜刀する。
また、一撃が来る。すんでのところで、受け流す。
「命を選ぶんだ。」
「…命を、選ぶ。」
「アレは、人の命を喰らうモノだ。今にしたって、人の命2つと、モノの命1つ。今殺さなきゃ、1つが今後もっと喰らうぞ。だから、命を比べて、選ぶんだっ!!」
「わ、私は。」
「死にたいのかっ!!」
「…っ!!」
白鋭が、構える。
飛びかかってきた、餓鬼の片腕を飛ばし、両脚を捥ぐ。そして、地に堕ちたそれの前に立つ。
殺す覚悟は、まだか。
「中途半端に、するなっ!選んだんだ、最後までやれっ!選んだやつの責任をっ、とれよっ!!」
「あ、あぁ!!あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
白鋭は、震えるその手で、餓鬼の頭を刺す。
これで、終わり。
彼女は、膝をつく。
泣いているのか。
「私は、人を、殺したの…?」
第二章 群疑疑氷
0
その行為を教えられた。
その行為を知った。
その行為に関心は無かった。
その行為が理解出来なかった。
その行為を理解したくなかった。
その行為をしたくなかった。
その行為を見たくなかった。
その行為を身体に教えられた。
その行為を身体で知った。
その行為に関心はなかった。
その行為が頭では理解出来なかった。
その行為を心で理解したくなかった。
その行為をされてしまった。
その行為を見たばかりに。
その行為を学んだ。
その行為が身体に刻み付けられた。
その行為にしか関心がなくなった。
その行為を身体が覚えていた。
その行為を心が覚えていた。
その行為をするようになった。
その行為を求めるようになった。
その快感を覚えた。
その快感が身体に刻み付けられた。
その快感にしか関心がなくなった。
その快感を身体が求めた。
その快感が心を支配した。
その快感を忘れられない。
その快感だけを求めるようになった。
その快感に、依存した。
1
「食欲の秋」とやらがあるようだ。女性が、おそらく気持ち悪い笑みを浮かべながら、地下空間の食料庫で人体を掻き分け、食品を貰い、喰らったと思われるところで、「濃厚な甘さですぅ。」と、よくわからない事を言っている。
「他人の食事シーンなんて、何が楽しいんだろう。」
呟き、絵が動いているテレビから目をそらす。
他人の快感な行為を見せつけられて、人は何を思うのだろうか。その快感に、同調するのだろうか。
とりあえず、私も甘い物が食べたくなった。
しかし、料理はしたくない。その行為が面倒くさい。まして、作ったところで甘い物が出来るとも限らない。
黎占に作って貰う、これが最適解なのだろうが、いかんせん黎占がいない。連日どこかに出かけて帰ってこない。
おかげで私は連日保存食を食べている。
まぁ、しかし。保存食は作らなくて良いし、まして、味が固定されている。素晴らしい事だ。
さて、今日は何をしようか。考えるが、何もしたく無い。
ならば、このままここで眠っていよう。何かをする意欲が湧くまで。[newpage]
「おーい、白鋭、熔夜。補給物資、持って来たぞー。」
夕方、玄関を開ける音と同時に声がする。
夢久おじさんか。
卓袱台で突っ伏していた身体を起こし、玄関へ行く。
「よ。元気にしてたか?。」
「えぇ、多分。」
「多分、か。まぁ、元気に活動してる白鋭は想像できないがな。」
「なら、訊かないで下さい。」
「ん?挨拶ってのは、こんなもんなんだぞ。」
「不毛ですね。」
「合理的なら良い、ってわけでも無いんだよ。」
「よく、わかりません。」
「だろうな。」
撫でられる、私の頭。
「あぁ、もう!早く物資を下さい!」
「おー、怖。」
思いっきり睨みつける。
「わーったよ。ほれ、車から降ろすから手伝ってくれ。」
「…面倒。」
「お前らの飯だろうがよぅ!」
「はい、はい。」
嫌々物資を車から玄関に、複数回熔夜と往復して運ぶ。
「はいよ、ありがとう。今回もいつも通り2ヶ月分持って来たからな。次の分は変更があったら再来月頭には電話してくれ。」
「はーい。」
「ところで熔夜は?」
「出かけてる。」
「そうか。茶でもしばいてこうかと思ってたんだがなー。」
「…いいですよ、入れるから。お茶ぐらいなら。」
「自発的にンなこと言うなんて珍しいな。」
居間につれて上がる。そして夢久は居間に残し、私は台所にお茶を入れに行く。
自分でも、驚いている。家に上がらずに帰るおじさんを、私が引き止めることなんて一度も無かったのに。
話し相手が、欲しいのだろうか。ここ数日おじぃも相変わらず帰って来なければ、黎占もいないから、退屈していたのだろうか。
くわん、くわん、とお湯が湧き、いつも私が飲む通り、緑茶を淹れ、居間に戻る。
TVでは蝦夷地での原子力発電所の事故についてリポートをしている。
「相変わらずだなー、このテレビ。」
それを見て、感心している、熔夜。
「はい、お茶。」
「どうも。」
暫く無言でTVを眺める。
「で?なんか、話があったんだろ?」
…、話、か。
「あの、私、人を、殺しました。」
「夢久死んだのか!?」
お茶を吹き出される。
「ちがいます!!ンなわけないでしょう!」
「じゃ、どう言う事だ。」
「いや、それが。」
2
「なるほど、な。」
ただ、夜に、お腹が空いて、家に帰りたがっている子供を、殺してしまったことを話した。黎占のことは、なんとなく、伏せた。理由は、私にもよくわからない。
「それは、異端物だよ。」
「それの単語は、知ってる。」
「あぁ、自分の欲に取り憑かれ、異能を備えてしまった人間が異端者で、その欲に溺れて人であることを忘れたのが異端物だ。」
「それも、おじぃから、聞いた。」
「なら、問題はないだろう。それは、「餓鬼」と言って、お腹が空いた、と言う人の基本的欲求の食欲に溺れてしまった人間の、まして子供の成れの果てさ。それらがもうただの子供に戻ることなんてないんだ。まして、時間が経てばその執着はウロボロスの蛇のように自分すら喰らってしまう。どのみち人外として死ぬんだ。遅いか早いかの違いでしかない。」
「でも、家に帰りたい。お母さんに会いたいって言ってました。」
「…幻聴だ。」
「違う、確かに聞いた!」
「それでもな、欲に負け、人でなしに成った彼らには帰る家なんてないんだ。万が一あったとしても、帰ったところで満たされた帰巣本能の後には食欲しか残らない。親すら喰らってそれまでさ。まして、この地の話だぜ、もう30年だ。それすら超えたやつだろう。」
「でも、人だった。少なくとも私には人に見えた。」
「人に見えた、ね。だからって、どうするんだ。君は、結局その「人」の命より、自分の命を選んだんだ。今更、悔やんだ所で何が戻る。」
「それは…。」
「答えられないだろ。君は処女を切ったんだ。少なくとも「人」とやらを一人殺した。なら、さ。中途半端にその責任を取ろうとしたら、また、そいつは無駄死にだ。だからさ、選ぶんだよ。今すぐに死ぬか、死ぬまで生き続けるか、を。」
「…。」
「ところで、さ。これ、なんだ。」
「緑茶ですが?」
「何か、入れたのか?普通より甘い気がするのだが。」
「たぶん、砂糖。」
「砂糖…。」
「成功して良かった、甘い方が、美味しいでしょう?」
3
「なーに、飲んでんだ、お前。」
縁側で優雅に過ごしている私にかけられる声。
「…飲み物。」
ぶっきらぼうに答えてみる。
「…飲み物は飲み物だがな、それ、酒だろ。」
「だから、何。」
「相当酔ってるだろ!」
怒鳴られる。短気な男です。
「うるさいですねぇ!貴方に関係なんて、ないでしょう!」
「…っとに、もったいねぇな。このご時世に、自棄酒なんて。」
「テレビで、嫌な事があったら酒だって言ってましたぁ!」
「うわぁ…タチ悪い…。んなことばっかり鵜呑みにしやがって…。」
「レーセンも一緒に飲みましょうよぉ。」
「…まぁ、良いか。まだ酔えるのかは、分からないが、悪いもんじゃねぇか。で、アテは。」
「アテ?」
「アテ。」
「ない。」
「無くて良くそこまで飲めるな…。」
「?」
「うわ、テレビで言ってなかったから知らないとか言うなよ。」
「私に、料理が、出来ると、お思いですかぁ!?」
「威張るな!」
「…んんん!?これ美味しいですね!」
ポリポリと良い音が鳴る何かをかじる。
「漬物だな。」
「美味しいです!」
「なら良かった。」
「ところで、ここ数日どこに行っていたのですか?」
「…散歩。」
「散歩って!散歩って!」
「なんだよ。文句あんのかよ。」
「ありますよ!お陰で毎日レーションでした!」
「自分で作らないからだろう。」
「作れるわけないでしょう!!」
「…威張るなってば。お前、酔ってるだろう。」
「酔ってないです!!」
「酔ってる奴はみんなそう言う。」
「じゃぁ、酔ってます!!」
「…酷いな。」
「えへへ…。」
「…まぁ、良い。なんで、自棄酒なんてしてんだ。嫌な事があったって、引きこもりのお前に、嫌な事なんて起こりようがないだろう。」
「引きこもりの私が、家から出たから、嫌な事が、あったのですよ!!」
あぁ、この自棄酒は、全部貴方の所為なのだ。
「あぁ、そう言う事か。そのおっさんの言う事は何も間違っちゃいないな。」
「…でも、さ。」
「ん?」
「私、人を押しのけてまで生きる、理由、ない。」
「…無くても、無意識にそれを選んだって事は、そう言う事なんだろう。本能は、生きたがってんだ。」
「…。」
「理由がないなら、探すんだよ。」
「例えば、どんな。」
「美味しいものが食べたい、とか。」
「ただそれだけ?」
「そうだよ。生きる理由なんて、生きてりゃいつか大きな理由が出来んだよ。今は無くとも、そのうち本当の理由が見つかんだから。」
「良く、分からない。」
「俺もよくわからないさ。」
「人を殺してでも、生きたい、理由…。」
「異端は、人じゃない。」
「…。」
「外見は人でもな、人から堕ちてんだ。自制心が無くなったら、それは人じゃない。動物を通り越して、モノだよ。」
「…でも、あの子は…。」
「なまじ、人の子に見えるモノが初戦だったのが、悪かったか。そうだな、わかった。」
「ふー、え?」
「良いよ、良いよ。分かったから。解決策は、分かった。この話は、持ち越しだ。今日はもう、ただ、飲もう。」
「うー。」
「乾杯。」
「かんぱい。」
グラスをぶつける高い音がなる。
翌夜、居間で転がる私に、黎占が告げる。
「ほら、白鋭、行くぞ。」
「…何処に。何故。」
「昨日約束しただろ。」
「…何を。」
重い頭をもってして考えて、言える事はただ一つ。分からない、ただそれだけ。記憶にございません。
「お前の、後悔を、解決してやるよ。だから、ほら、お前がいつも振り回してる刀を持って、出かけるぞ。」
4
「…帰りたい。」
「駄目だ。」
引きこもりを、ましてや二日酔いの奴を家から出すなんて、狂気の沙汰である。
そもそも何処に向かってこんな夜更けに歩かされているのか。
「頭が、痛いから、帰りたい。」
「仮病を使うな。ガキじゃあんめいし。」
「吐き気も、する…。」
「…そうか。二日酔いか。」
「なに、それ。」
「自業自得の別名。」
「…はぁ。」
よく、分からない。
「ほら、これ、目的地に着くまでに、半分は飲んどけ。」
刀を帯刀した黎占から差し出される金属の容器。
「なに、これ。」
「良いから。」
蓋を開け、口に入れる。
…!、!、!
「何ですか、これ!!」
「くっ、くっ、くっ。良薬は口に苦し、って奴だ。二日酔いなんて、自業自得ならなおさらだ。ほら、飲んでおけって。効くから。」
「ほれ、着いたぞ。」
終着は、大きなコンクリートの地面と、一つの中位の、廃墟。
「な、何ですか、ここ。」
「享楽施設。昔は刹那主義の輩が足繁く通ってたんだよ。」
「よくわかりません。」
「だろうな。」
手でドアを押し、入る黎占に、続く。
「もう良いよ、それ、返せ。」
「はい。」
金属の容器を、返す。
「げ。殆ど飲みきってやがる。」
「んー?」
何を言ってるのか、よく聞こえない。
「代わりに、これをやろう。」
錠剤か?
「嫌な顔してないで、さ。半分が優しさで出来てんだ。頭痛に効くぜ。」
渋々、受け取り、そのまま飲み下す。
「行くぞ。」
二重扉の先に、入る。
同じような棚と椅子が、並ぶ。
床に無数に転がる、小さな鉄の、玉。
「足下、注意な。」
棚と椅子の間には、取ってと思われるもののついた、機械が。
「何、これ。」
「パチンコ台、って奴だ。」
「だから、なに?」
「凄いんだぞ、これ。体内にはいるわけでないくせにな、刹那主義を、中毒にする。」
「…食虫植物?」
「…寄生虫のが、近いかな。どっちが寄生してんだか微妙だが。共依存、とも違うか。」
「…はぁ。」
よく分からない。
「目当ては、奥だ。」
歩みを進める。
棚をいくつか越すと、床に散らばるものが、変わる。
「おはじき?」
「コインって言うんだ。」
「コイン。」
一枚、拾う。
触った感じ、何か文字が、書かれている。
「パーラー、待つ夢。」
「お、すげーな。この暗さで読めんのか。」
「えぇ、まぁ。で、これは?」
「3枚1組で、ワンチャンス。パチンコよりも面白い、スロットって奴だ。」
「スロット。」
「パチンコもスロットもな、その享楽に溺れた奴は総じて称号を貰える。」
「なんていう称号?」
「クズ野郎、だ。」
さっきから、足下が、何故か、おぼつかない。
突き当たりに、つくその先、暗闇の奥に、何か、いる。
「何ですか、あれ。」
「餓鬼みたいな、偶発的に生まれたものじゃないない。享楽に溺れた、異端、肉欠片だよ。」
刀を抜く、黎占。
「何で、わざわざ、連れてくるんですか!!馬鹿!!」
「必要な事だからさ。さぁ、起きるぞ。」
それは、絶え間なく動いている。
その肢体で、自分を触っている。
「あぁっ、あぁっ、はぁっ!」
蕩けるような、声を出しながら。
「あっ、は、あぁ!!あぁ!!!」
一定周期で声は高まり、その度に周囲に強い匂いの怪液体が、飛ぶ音がする。
「な、なんなんですか、あれ!!」
自分の身体にかからないように身を引きつつ、見ていて、何故か不愉快に、なる。
月明かりが当たり、ソレが露わになると、尚吐き気が、強まる。
行動の意味はわからない。けど、気持ち悪い。
「ほれ、これが、異端物だよ。」
「こ、れ、が…。」
変形した体で、一心不乱に、自分の身体の突起や窪みを触り、嬌声を上げ、善がっている。
「あぁ、気持ちいぃ!!あぁ!!あぁ!!」
ソレ、が声を上げる。
これが、人だった?違う。私は、こんなじゃ、ない。違う。
「欲に溺れるって、こういう事なんだよ。コレが、異端物さ。餓鬼と欲は違えど、大罪に溺れたって意味では、何も変わらない。」
コレが、異端。
「あぁ、欲しい!!欲しい!!一緒にイコウ!!イコウ!!ヒトツニナロウ!!」
こちらに、触手を伸ばしながら、求めるようににじり寄ってくる。
気持ち、悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!
抜刀し、ソレを斬りはらう。躊躇いなんて、ない。一つになんてなりたくない。
「ほら、人じゃないだろ?」
笑いながら、黎占は言う。
気持ち悪いから、コレを、見ていたくないから。
躊躇いもなく、私は、よたつく足で、刀を振るい、その身体を、切り裂いた。
何度も、何度も。
そして、間もなく、ソレは、絶命した。
第三章 一意消沈
0
その行為が、快感の極みだった。
1
「激増、パラサイトチルドレン!」
ブラウン管の中で繰り広げられる、引き篭もりとその家族の愛憎に満ちた胸温まるホームドラマ。
「うわー、見にくいなー。見にくくって醜い。」
テレビから聞こえてくる中々暴力的な音と声。
「あぁ、ホント、醜いな。」
「こういう風にはなりたくないですねー。こう成っては人はお終いですね。」
「…そうだな。」
何故か、渋い声を出す黎占さん。
「なぁ、ここの家ってさ、お前よくレーションだのゼリーだの食ってるけど、一体何処で手に入れてきてんだ?」
「んー、業者のおじさんが持ってくるけど。二月に一回。」
「…業者?なんの?」
「さぁ…。大元は「緑の地」って名前らしいけど。」
「み、「緑の地」!?まぁ、あそこなら慈善事業やっててもおかしくは無いが…。」
偉く驚いている。
「んー。」
「お前、「緑の地」も知らないのか。」
「あんまり…。」
だって興味ないし。
「「赤き砂は?」」
ちらっと夢久おじさんに聞いたことがある気がする。
「関わるなって。」
「…「白き夜」は。」
「なに、それ。」
聞いたこともない。
無言で非難されている気配がビシビシ伝わってくる。
「無知。」
「別に、知らなくても生きてこれたし、これからも、」
これからも、生きていくのだろうか。いや、生きていたいだろうか。
「…まぁ、だが、知っといて損、って事はそうそう無いよ。個人情報以外は。」
「そう。」
曰く、「緑の地」は異端との共存を目指して活動している慈善組織らしい。しかし、慈善事業をしていると名目上言うため、当然黒い噂が絶えない。善人なんてそんなもんだろう。「赤き砂」は異端の完全討滅を目標に活動しているが、毒を持って毒を制す方針らしく、非人道的な事も上等で討滅者に異端者や人工的に作られた異端物を仕立て上げるらしい。この二つの組織は時と場合によって協力し合ったり、争ったりしていたらしい。しかし、結局のところ至る目標が違うため、協力し合ったところで、ミッション終了後には即争い合うらしいが。
「組織ってロクなもんじゃ無いね。」
「まぁ、組織ってのは何事も一枚岩じゃないからな。大きくても小さくても、それは一緒だ。」
そして、「白き夜」。この組織はただ異端の討滅だけを考えているため、異端どころか異端に関わるものを悉く皆殺しにする。恐ろしい事に、異端の討滅者を一切使わないが、その性能は異端を凌駕している奴だけらしい。今の世から異端が絶滅しないのは単にこいつらの数が当然少ないから、とも揶揄されるらしい。
「それって、数が少なくて良かったの?」
「どうだろうな。異端なんていない方が良いのだろうが、異端がなまじ人の形をしているから、殺す事に倫理的背徳を感じる奴も大勢いるし、異端を利用して稼いでる所も沢山あるからな。全滅したらそれで生きてる奴まで全滅してしまう。ここまで異端が増えた世じゃ、相手を滅ぼしてしまったら、人類自体絶滅してしまうだろう、って説もある。」
「ふーん…。よくわからない。」
「そうかい、話した俺が馬鹿だった。」
「そうですか。」
「まぁ、いいよ。物のついで。「6つの厄災」って知ってるか?」
「それぐらいは、知ってる。人参、玉ねぎ、だい。」
「それはメジャーな野菜。酷いな、君の頭。」
冗談の通じない男だ。まぁ実際あまり知らないのではあるが。
曰く、6度起こった異端による災害、厄災をまとめて「6つの厄災」というらしい。
1「枯れた街」
2「業火の後」
3「再生型壊疽」
4「遺体隠し」
5「不自由落下」
6「清濁の青」
数が増えるほど最近で、災害の規模で言ったら3が過去最悪で国一つ滅ぼして、一番しょぼいのは4らしい。なんでも4は実害は無いのに人としての倫理観に触ってしまい、ここまで祭り上げられてしまったらしい。
どれも異端が原因で起こり、その異端物なり異端者はこの世に存在しているらしい。尤も、隔離幽閉されたり、姿を見せなかったりはする様ではあるが。そのせいで半ば都市伝説化しているらしい。
「「清濁の青」ぐらいならちょっと聞いたことがある気がしますが。」
「そら、先月俺と話したからだろう。そもそも地元民として知らなきゃ終わってるだろう。」
「清濁の青」とは、年数はよく覚えてないが数年前にこの蝦夷地で発生した第六の厄災。
この以前ユキセイ市だった土地が丸ごと異界化し、中に居た市民の過半数が異端物化した。それも、通常異界化した場合全員ほぼ同一種の異端物となるのに、各々が違う異端物となってしまった。成った結果種族が被ったのは居たが、要は各々の欲望の果てに行き着かせたのだ。その結果ユキセイ市は壊滅、ユキセイ市の処理を手間取っている間に蝦夷地の各地に誕生した異端物供は広がり、蝦夷そのものが異端が蔓延る地となってしまった。政府曰く、「放射能で突然変異した怪物が出る」との事だ。
「お前、「清濁の青」の異端能力知ってるか?」
「いや、知りません。」
聞きかじっただけの奴が知るわけもなかろう。
「曰く、欲望の成就らしい。要は願い事を叶えるらしい。」
「何というか、ロマンティックですね。」
「ほんと、酷い冗談だよな。」
2
目が、醒める。
朝…なのだろうか、この時間は。
時計なんて、あまり興味がないから、稀にしか確認しない。
まぁ、良い。寝巻から、いつもの和服に着替える。
そう言えばおじぃ、まだ帰って来ないのか…。今回は随分遠出しているのですね。まぁ、いつもの事ですが。
よし、着替え終わり。洗面所に行き、顔を洗う。
さて、居間に行き、そのまま居間の窓から下駄を履き外に出る。
んー、日の出、か。空気が澄んでます。珍しく早起きできるものですね。
軽く準備体操をし、愛刀を抜く。
そして、いつもの様に、祖父に教えられた素振りのメニューをただ淡々とこなす。
「よくもまぁ、飽きずに毎日やるこった。家事もそれぐらいマメにしてくれりゃ良いものの、な。」
一歩、踏み込む。
「お、おい、わかった。話し合おう。」
切っ先を喉に突きつけられて焦る黎占。
まぁ、冗談は置いといて。
「手合わせ、お願いします。」
「へ?」
「おじぃがいないから、腕が鈍りそうで。黎占も剣術士でしょ?」
「俺が刀持ってたのはあっただけの偶々なんだけど…。」
「まぁ、いいから、いいから。」
「…弱い。」
十度打ち合いをして、十勝。
「いや、お前が強すぎるんだよ。そもそも、俺の基本武器は刀じゃないし。」
「じゃあ、何?」
「爪…いや、若い頃は銃がメインだった。」
「ならそっち使ってればいいのに。」
「このご時世にこの土地だ。弾なんて組織に所属しなかったら手に入らないだろう。」
「そうなの?」
「そうなの。」
「ふーん。」
「お前こそ、なんだ、その強さは。」
「んー、おじぃに稽古つけられてて。他に口出すことなんてあんまりないのに、これだけは頑としてやれって言うから。」
「はぁ。」
「いつ何時人にしろ異端にしろ攻め入られた時に、自分の身は自分で守れないと、自分の家だって守れないって。」
「人にしろ、異端にしろ…。」
「まぁ、いいや。お腹すいたので何か作ってください。」
「…もうこんな時間だしな。腹も空くか。わかったよ。」
「こんな時間?」
「今20時だぞ。」
「げ。」
朝じゃないのですか。
3
夕食後、面倒くさい皿洗いの後、居間に戻ると珍しく黎占が、居間のテレビを見ていた。
「何を見ているのですか?」
「楽園から追い出されるタイトルの映画。」
「映画?」
「ほんと、無知だよな。」
「おじぃに習ってないことは、知らない。」
「いや、人それぞれか。それに、この土地だもんな。仕方ないか。野暮なこと言った、すまん。」
「いえ。」
暫く、二人で映画を眺める。
男と女が、事あるごとに身体を裸で重ねている。だが、眺めていても不思議と不快感はない。何故だろうか。男と女に汚い物は感じられないからだろうか。その感情が、見たこともないぐらい楽しそうで、見たこともないくらい悲しそうで。
「お前、さ。お爺さんがいなくて、寂しいか?」
「…いえ。おじぃは元々家を長期にあける癖があるので、どうせ今回もその内帰るでしょう。…そもそも、寂しい、って、何。」
「寂しい、が分からないか。分からないなら、それで良い。寂しいなんて感情は、人を最も異端に近づける毒なんだから。」
また無言で映画を眺める。
そして、画面に文字の羅列が下から上に流れていく。
「映画ってのはな、映画館ってとこで流されててな。大きい画面で今のが写されるんだ。音も立体的で、よりその映画の世界に近づけるんだ。」
「…映画館って大きいのでしょうか?」
「あぁ。大きいな。なんせスクリーン自体が並々ならないからな。」
「…ちょっと気になります。」
「気になるのか。」
「その世界に近づけるのなら、私にも今の女の幸福そうな悦びの意味が分かりそうだから。」[newpage]
「確か、この辺に…。おぉ、あったあった。」
映画館だった場所に行くために、深夜に黎占に連れ出される。
黎占はボロい車のドアを開ける。
「多分この鍵、かなぁ…。」
懐から出したジャラジャラと音を立てる鍵束から、鍵を挿す。
幾度か試行錯誤をするが、間も無くエンジンがかかる。
「いいよ、あってた。後ろ、乗れよ。」
「久々に乗る。」
「そうか。」
走り出す車。
「車、運転出来るのですね。」
「免許は無いんだがな。」
「げ。」
「白鋭は出来ないのか?」
「…んー、私が運転したら、100メートルおきに人を轢殺するか自殺する自信がある。」
「100メートルおきに人なんか、もういないだろう。」
「そだね。」
今にも止まりそうな音を響かせながら、闇の中を進む車。
「ねぇ。」
「ん?」
「黎占は、どう思うのですか?」
「何が。」
「異端と、人の関係。」
「あー…。共存は、出来ないだろうな。」
「何故?」
「理由はどうあれ、欲に負けた結果が異端だからな。自制がいつか無くなる。そうなったら共存者も手を離さない限り滅びるだろう。」
「それでも、共存したいって言うなら?」
「それは勝手だ。だがな、共存したいならお互いにお互い同士で全てを完結させて、徹頭徹尾他人に迷惑かけないこったな。それが出来ないくせに、他人にまで迷惑をかけて共存を強いるのは間違っているよ。」
そんな感じで、暫く、散発的に会話をする事15分。
「着いた。」
「おぉ。」
目の前にはおそらく広大な建物。
車を降りてそちら側に歩き出す。
「そっちじゃ無い。」
「案内してよ。」
「はい、はい、こっちだ。」
広大な建物の横、まぁ大きい建物。
半開きの自動ドアを通り、中に入る。
壁に飾られている絵達。大体が大きな人の顔。
「当時やってたやつだな。」
「ふーん…。」
なるほど。同じと思われる絵のチラシが床に散らばっている。なんとなく、拾う。
「ここが、ポップコーン売り場だな。」
「なに、それ。」
「映像見ながら食べるんだよ。」
「なんで?」
「そう言う文化だから。理由までは知るか。ほら、行くぞ。」
なにやら台で挟まれた狭い所を通り、厚い扉を潜る。
「スクリーンだよ。」
「スクリーン。」
椅子の多い廊下を通り、スクリーンとやらに触る。
「ペラペラ…。」
「そら、な。映写するだけだからな。」
「うちのテレビより大きくて薄い…。」
「お前んとこのが古すぎるだけだ。」
「む。」
なんとなく、中央あたりの椅子に座る。
「こうしてたんですねー。」
「あぁ。」
なるほど。座り心地は良くはない。悪くもないが。
「これがいくつもあるのですか?」
「あぁ。多少構造は違うけどな。」
「他も、見たい。」
「いいけど、さ。…まぁ、なんとかなるだろ。」
「ん?」
適当に、四つ先のスクリーンに入る。
「すごい運だな、お前。」
「へ?」
中に入った所。
何か、音がする。まるで、走った後のように、荒い、息。
息。こっちに向かって、駆けてくる足音。咄嗟に右に避ける。壁に、刺さる、それ。
「な、な、な、何!?」
「異端物だな。」
淡々と答える。
壁に刺さったそれは、前後に激しく動いている。
肌色の人の下半身の様な物体がビチビチと動きながら壁に刺さっている、なんとも異常な光景である。
「居るなら居るって言ってよ!!」
「いや、まさか一番気配の濃い部屋に入るとは思わなんだ。」
「この、役立たず!穀潰し!」
「お前にだけは言われとう無いわ!!」
…ん?
「気配、の、一番、濃い…?」
荒い息が、激しく、聞こえてくる。
「モンスターハウスだな。」
ベタベタベタと生きの良い音を響かせながらいくつもの何かが駆けて来る。
躊躇わずに抜刀。
広くて狭い室内を、二手に分かれて走る。
「あぁ、これで多少は淘汰出来るはずだ。」
角を曲がる度に、壁に刺さり、前後運動をしだす。
折り返して、入り口迄お互いにたどり着く。
「斬ったら、いける!?」
「硬いぞ、半端なく。」
「なら、36計!」
この部屋を出て、ドアを閉める。
「ふぅ…。」
一息、つく。が、間も無く、ドアに当たり、貫通される。そして件の元気の良い前後運動。
「ほら!!行くぞ!!」
手を掴まれ、黎占に引っ張られる。
「ちょ!!」
「いいから!!」
引きずられるように、走る。
3、2、1。
そして、台裏に押し倒される。後、台にかかる謎の液体。激しい異臭。
「これ、かかると粘着性が強くて動けなくなるから、な。」
「なる、ほど。」
「動けなくなった時に、他の個体が来てみろ。即あの愉快なピストン運動の餌食だぞ。」
「…どうしよう。」
「36計。」
「はい。」
そうですね。
立ち上がり、駆け出す。
「先行っとけ!!」
黎占は何やらポップコーンカウンターに寄っている。
私は言われた通り、出口へ走る。
スクリーンのドアを破られ、飛び出して来る、怪生物。
「早く!!」
「応!」
二人で自動ドアを潜る。
「これ閉めろ!」
「でも、」
「良いから!!」
言われた通り自動ドアを手動で閉める。
「追いつかれますよ!?」
「多分、大丈夫だ!」
閉めた自動ドアにぶち当たる、突起塊。
貫通…しない?
「ドアに、ゴム貼った。」
「へ?」
「あいつら、ゴムに当たると攻撃力が下がんだよ。」
「なんで?」
「なんで。」
しみじみ述べる黎占。
あぁ、意味が、わからない。
第四章 旧態自縛
0
ここに居たかった
ここだけが僕の居場所だった
ここなら誰も僕を傷つけない
ここならだれも僕を否定しない
絶対に安全で安心な空間
なのに、なんで
僕は僕を傷つけるのだろう
僕は僕を否定するのだろう
絶対に安全で安心な空間ですら、これ
なら、僕はどこにいれば良いのだろう
1
庭に紅葉が舞っている。
もうそんな季節か。こんな廃墟ばかりの田舎はまだ辛うじて季節の移りが目でわかるだけマシか。都会じゃ目で見たってわからない。
そんな、秋の庭の中、飽きもせずに刀の抜刀、素振りをしている女がいる。
「よくやるな。」
縁側でぼやく俺を無視して続ける白鋭。もしかして、集中しすぎて聞こえないのだろうか?
「やーい、ヒキニート白髪ズボラお…。」
目の前に、切っ先が、落ちてくる。
「どうですか?斬れました?」
「あ、あぁ、お前がキレたな。」
「え、嘘。私、服切ってます?」
「いや、そうじゃない。何も切れてないよ、視覚的な意味では。」
「なんだ…。前髪切りそろえてやろうと思ったのに…。まだまだだなぁ。」
…この女は。毎度、毎度、一瞬で間合いwお詰めやがって。
このレベルならもしかしたら「白き夜」にすら加われるのではないだろうか。
「手合わせしてくれない?」
「真剣でか?」
「お好きにどうぞ。合わせるから。」
「…じゃぁしない。」
「なんで。」
「勝ち目がない。」
「そんなことないって、多分。」
「そんな事があるんだよ。」
「ふーむ。」
2
多分、お腹が空いている。
最後にご飯を食べたのはいつの事だろうか。もうわからない。この感覚には慣れている。不快ではあるが、快がないから、苦にならない。
ここは部屋。ある程度の広い部屋。天井にあるのは監視カメラが4台、5台。
部屋の中には俺と同い年の子供が6人。どうやら、みんな、家族の元から引き離されてここに来たらしい。
「おかぁさんに会いたい…。」
皆一様にその言葉を吐いていた。僕にはその意味がわからない。何故皆一様に、揃えたようにそう言うのだろうか。
白鋭が、ふと口を開く。
「そう言えばさ、こないだの映画館の異端ってなんだったの?」
「ん、あぁ。アレか。聞かない方がいいと思うが。」
「…そう言われると返って気になる。」
「そうか。君がいいならいいか。自己責任だ。」
「良いですよ、自己責任で。」
「アレは、肉欠片だ。」
「へ?それってパチンコ屋にいた奴じゃ。」
「あぁ、そうだな、それも肉欠片だ。だが、詳しく言うなれば、パチンコ屋の奴は肉欠片♀だ。」
「♀。」
「そんで、映画館のが♂だ。」
「んー。んー?」
ピンと来ていないようだ。初心な女だ。
「肉欠片がそもそも何の異端物かわかるか?」
「…群れ、とか。」
「当たらず外れず、30点。アレはな、性欲の異端だよ。」
「性欲。…性、欲!?」
「そうだ。メスの方はな、何でもかんでもその体の孔の中に入れようとする。入れたら壊れるまで出し入れを続ける。」
「…。」
苦い顔をしている。しかし、話を聞くと言ったのは此奴だ。責任は、最後まdえ果たされないといけない。
「オスはな、自分が壊れるまでその突起で何かを突き続ける。」
「…それじゃ、さ。互いに合わせてやったら、需要と供給が成り立って平和じゃないですか?」
「そうだな。だが、問題が二つある。まずそれをすると、その場しのぎにはなるが、最終的にそこから子に当たる肉欠片が出来る。後々処理が大変だ。次にな、アレらは圧倒的に♂のが数が多いんだよ。」
「うげ。」
「もし仮にあのパチンコ屋の廃墟で肉欠片が成ってたら、来月にはあの廃墟、映画館みたくなってたぞ。」
「…何も言えないです。」
あえて肉欠片♂に人間の♀が襲われた場合は言わなかったが、推して知るべし。
3
ある時、ご飯が完全にもらえなくなった。俺はいつかこんな日がくるのだろうと予想できていた。だから、そうなったところであぁやっぱりか、としか思わない。
だが、予想できなかったものが大半だった。すると、どうなるか。
始めは悲嘆にくれて、泣いていた。「死にたくない、死にたくない。お腹が空いた、おかぁさん。」そしてやはり母を呼ぶ。
母親とはどんな状況でも助けてくれる万能者なのだろうか?
暗い孔から、俺らを自分勝手に産み堕とすだけの存在では無く?
さてと、昼メシでも作ろうか。
何を作ろうか…と戸棚や冷蔵庫を一通り覗くも、この内容で作れそうなものは素麺か野菜炒めかレトルトかインスタントか、おにぎりか。
食材が、ない。もう面倒だし素麺にしようか。
10分程度で完成する昼食。それを持って、居間へ行く。
居間には、いつも通り卓袱台にへばりつkう乾物ミサイル女。
「ほれ、飯だ。」
「ん。」
身体を起こす。
「メニューは?」
「素麺だ。見りゃわかんだろ。」
「おー。」
しばらく二人でぶつくさ言いながらザルの中身を片付けて行く。
「んー、お腹いっぱいです。」
「そーかい、それは良かった。そうそう、そろそろ、食材、調理いる奴は尽きるぞ。」
「そうでしたか。まぁそろそろ、来る頃でしょう、夢久おじさんが。」
「そう、か。」
なるほど。なら、こちらも、そろそろか。
4
別に、俺から争いに行ったわけじゃ無い。俺は、飢えて死ぬのならそれでもよかった。そこまで生きることを、望んでいるつもりはなかったし。
しかし、「彼等」から俺を襲ってきた。「彼等」は空腹が耐えがたいらしい。俺は空腹は耐えられるが、痛み刺激は耐え難い。
だから。殺した。投げて、圧して、引き裂いて、千切って。
所詮暴力を知らない育ちのモノだ。多少の狂気でブーストがかかっていたところで、この程度なら、どうとでもなる。
朝が来る前に、起きる。
荷物を、まとめる…と言う程荷物も持っていないが、トランクに詰mえる。
まだ数ヶ月しかいなかったが、割と愛着がある気がする。
それでも、行かなければいけない。いや、だからこそ、か。
行こう。刀は、大分迷ったが、持って行こうか。此処で埋もれるには惜しい逸品だ。
靴を履き、靴紐を縛る。
白鋭は、多分居間で寝ている。一度寝たら早々起きない奴だ。
それでも音を立てないように戸を締める。
さて、どこに行こうか。宛はない。仕方ない。いつだって、そんなものだった。
そこから過ごす、懐かしきホームレス生活。
日が照って、日が沈んで、また明るくなって、雨が降って、曇りが続いて。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。
けれど、生きた人間には何処ででも会わず。呟く言葉は誰にも届かず、唯独白。
それでも歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けて。
雨が降ろうが、風が吹こうが、日が照ろうが、夜が来ようが。
それを、しばらく繰り返し、あれから、数えていないので正確ではないだろうが、おそらkう1ヶ月ほど経った。
空き家に入り、食事を得、仮の寝床にする懐かしき流れ者の日々を過ごす。
ふと、思う。「緑の地」の配達員も多分配達が終わって去った頃だろうし、そろそろ戻っても良いだろうか。って、ん?「そろそろ戻っても良いだろうか?」って。
何処に、戻るつもrいなんだ、俺。
はっはっは。笑える。考えてみたら、あの家から無意識に半径20キロ以内をうろちょろしてたのか、俺。っとに、女々しい奴だ。
長居なんかしてても、リスクしかないってのに。
廃屋から出て朝日を見る。
「あぁ、帰ろうか。」
口に出すと、しっくりくる。認めてはいけないが、しっくりくる、と言うことは、そういう事なのだろう。なら、もう少し、あの家にいても良いのではないだろうか。
これでは、子供の家出みたいだ。
5
結局。生き残ったのは俺だけだった。
それはそうだろう、表はないけど、トーナメント式に戦ったようなものなのだから。
あれだけ血みどろだった部屋は、俺一人になって2日後に、片付けられた。
だから、ただっ広い部屋に、俺が一人。
そんな部屋に、そんな俺に、久々の食事が与えられた。
カレーライス、だ。
いくら、空腹が苦じゃなくとも、目の前に出された食事に俺はがっつく。
「なんだ、俺は、生きていたかったんだ。」
こんなに、美味しい食事は、初めてだった。
あの武家屋敷に帰ることを決め、なんとなくゆっくり歩み続けて昼過ぎになった頃。
廃屋…とまではいかないが、おそらく人のいないまだ漁っていないそこそこに大きい家を見つけた。
帰るついでに、漁って行くか…。食料か、何か、面白いものがあるかもしrえない。
玄関の戸は、閉まっていたが、持ち前のピッキングテクニックで、なんとかした。持ってて良かった、泥棒スキル。
ん、おぉ。ラッキー。埃の積もった寝室と思われる所に、一人分ほどの食料が転がっている。それらを摘み食いsいつつ、探索を続ける。
こんだけ広い家だ、多分まだ食料はあるだろう。
一階を探索し終え、二階も探索する。食料を数人前発見。当分ここで食事をしよう。
モノ的に面白いものはちょっぱったrおシアの酒瓶以外無かったが、贅沢は言わない。
面白いものは無くとも食事さえあれば、人は生きていけるのだ。
6
毎日、毎日、具が一つだけ入ったカレーだった。それでも、毎日、毎日、何も食べられない事を知ってしまえば、苦もなく食べることができる。食べられるだけ、贅沢なのだ。
しかし、ある時から、再び食事の配給が止まった。二日経っても、三日経っても、食事は来なかった。今度こそ、餓死させるつもりなのだろうか…胡乱な頭でそう思い出した頃。
俺のいた部屋の鍵が開いた。入ってきたのは、赤い服を纏った職員ではなく、僕らと同じ検査衣を着たヒト達だった。
「なんとか檻を出てはみたものの、出口が無いんだ。どうせ暇だろ協力してくれ。」
暮れ方。
又、別の屋敷を見つける。
玄関の戸は荒々しく破壊されていた。異端か野盗が鍵を外せず突破したのだろう。
家の中を一周する。誰もいない。衣類を一枚拾ったものの、何もめぼしいものもない。
しかし。何かgあ居る気配はする。
荒れた家を、もう一周する。何かが居る気配は、勘から、確信に変わる。
家の裏手の方に周る。蔵はある。
蔵、ね…。
戸は、やはり破壊されている。ここだろうな。入って見ると、地面に積もっtあガラクタの先に、階段があった。
地下牢って、奴だろう。人でなしを、閉じ込めておくための。
何か、羽虫の音が、凄くする。
警戒しつつ、気配を殺して降りて行く。
暗い中で、何かとおぞましい数の羽虫の群れが、争っている。多分この家に入った賊が、閉じ込められていた異端物に襲われているのだろう。
自業自得である。助ける義理は、無い。が。
「今すぐ急いで上に上がれ!」
そう怒鳴り、自分は階段の上で、纏めてマッチに火を点ける。
勿体無いが、中にロシア産の酒瓶にボロ切れを突っ込み、火を点けた即席火炎瓶を投げ入れる。
何かが全力で階段を駆け上がり、登りきった所で階段のドアを、荒々しく閉じる。
今頃下は、火の海だろう。ゆっくrいしてたら巻き込まれkあねない。
「ほら、いつまでも転がってないで…って。おい、白鋭、お前こんなとこで何してやがんだ!」
「ん?その声は黎占!」
「その声は、じゃねーよ!!」
7
あれから三週間ほど経った。
出口、と思われるものは、見つけた。しかし、開かない。開け方がわからない。
どうやら、これは。この施設は。外から鍵がかけられていたのだ。その事に早い段階で、みんな気がついたのだが。認められず、諦められず出口を探した。しかし、無いものは無いのだ。やがて、飢えて、一人死に。二人死に。
その果てに俺が、一人残った。
また、俺一人だ。しかし、食料は、ある気がする。
だって、食べ物の香りが、常に漂っているのだから。
ズタボロの白鋭を引きずって、廃屋に入る。
「あはは、ぼっろぼろ。」
「あはは、じゃねーよ。あんなトコで何やってんだ、馬鹿者。」
「いや、だって、黎占が、帰って来ないから、探しに。」
「へ!?」
「だって、黎占がいないと、せっかく夢久おじさんが持ってきた食材、料理できないから。」
「…自分で料理はしないのか?」
「した。」
「ほぅ。」
「けど失敗しましたっ!」
「胸を張るな!」
第五章 換骨分別
0
私はあの雨の日から方々を彷徨った。
行くあてなんてない。
帰る場所もない。
しかし、死ぬ事も出来ず、老いる事もない。
死ねないなら、彼の場所に行けるわけでもない。
ない、ない、ない。
ないない尽くしだ。
でも仕方ない。
これが罰。
私が犯した罪の罰。
あぁ、猫の入った箱なんて、開けるんじゃなかった。
1
明方よりも多分前。
居間でいつも通り、テレビを流して転がっていると、足音が聞こえた。
この家に今いるのは、私と、黎占だけ。
ならばこの足音は黎占のだ。
また、何処かに行くのだろう。黎占はいつも、私に何も言わずにふらっと出かけて行く。まぁ、ただの、同居人なのだから、仕方のないことではあるが。
「浮浪人…。」
2
布団で微睡みながら、胡乱な頭で思う。
黎占が出かけてから、多分3日は経った。黎占は出かけたら、帰って来るのがいつかわからない。だから、どうなのだ、と言う話ではあるが。
いや、料理が食えなくなるのは大いに問題なのだが。
軽快な、電子音が、なる。
夢久おじさんか。黎占は、自分の家ではないくせにチャイムなんて、鳴らさない。
布団から、這い出る。名残惜しげに、布団は私を引き止めるが、食料を貰えないと困るのだ。
靴を履き、戸を開ける。
「よぅ、白鋭。」
「こんにちは、叔父様。」
「毎度おなじみ、補給物資、持ってきた。」
「どうも。」
早速二人で、物資を台所に運ぶ。
程なくそれも終わり、
「お茶でも、如何ですか?」
「…自分で入れていいなら、頂こうか。」
「良いですけど、なら、ついでですし、私のも入れてください。」
「勝手に調理道具、使うぞ。」
「どうぞ。」
彼を台所に残して、私は居間に。
付けっ放しのテレビから聞こえる何かの番組の音。
「ここ数日…遺体が消え…墓暴きの仕業ではなく…被災者の、火葬前の遺体を…。」
つまらなそうな、ニュース。
私には、関係ない。
「両組織が話し合い、「遺体隠し」とこの異端物を呼称する事が決まりました。」
お茶菓子、なんだろう…。
3
「ほれ、入ったぞ、茶。」
「あぁ、どうも。」
卓袱台に盆に乗った急須と湯呑みを起き、座る。
「入れてください。」
「ん、あぁ。」
コポポ、と湯呑みに注がれるお茶。
熱くて、持てない。置いたまま直に湯呑みに口をつけるも、熱い。
「ガキ。」
「五月蝿い。」
暫し、沈黙。
「熔夜は?」
「まだ、帰ってこない。」
「そうか…。」
「ここまで、長い旅は、初めてですね。」
「…あぁ。」
湯呑みは、まだ、熱い。
「お前さん、熔夜が居ないのに、あの食材どうするんだ。毎日料理型化学兵器食べてるのか?身体壊すぞ?」
えっと、刀はどこに置いたっけな。
「何を言っているか理解できないのですが、食材は黎占が調理していますので、ご心配なく。」
「誰だそれ。」
「…さぁ。私もよくは知らないのですが。口の悪い浮浪者の男なのは確かです。」
「………。」
沈痛な無言。
「熔夜は、知っているのか。」
「おじいが居なくなってから来たから知らない…いや、でも、おじいの知人で、おじいの今回の行き先知ってるって、言ってた気もする。」
「行き先、聞いたか?」
「…今の、今まで、その事を、忘れておりました故。」
「…熔夜、良い孫を持ったな…。」
「…えへへ。」
そんなに褒められても、困る。
「さてと、帰る、な。」
「んー、ありがとうございました。」
立ち上がり、帰る様子だ。
玄関まで送る。
「あぁ、旅先でくたばってるといけねぇから、熔夜の行き先、こっちでも調べてみるな。」
「あ、はい。ありがたいです。」
「それから、黎占って奴、次は俺が来る時家にいろって伝えといてくれ。どんな奴か見てやりたい。」
「…ん、了解。」
「じゃ、またな。」
「はい、また。」
4
目が醒める。
窓を開ける。虫の音が響く。
もう夜か。
顔を洗い、歯を磨き、庭に出る。
涼しい。流石にもう、暑いわけがない。
草履を履き、立てかけてある刀を持つ。
いつも目が醒めるたびに行う訓練を行い、飽きたところで、空腹に気がつく。
台所へ行き適当にレーションを手にして居間に行く。
それから、眠くなるまで、静止画の自治放送を眺めていた。
居間で目を覚ます。
酷い態勢で寝た様で、体の節々が痛い。今は今日なのか明日なのかわからない。
けれどそんなのは、些細な問題なのでどうでも良いが。
また、習慣に課されている刀の一人稽古を行う。
只々無心に。一心不乱に。果たして心があるのかないのか。そもそも、心なんて、要るのだろうか。
「100」
回数を、呟き、止める。
ご飯にしよう。
食糧庫を漁り、ふと思案。
…、…、作って、みよう、か、な。
適当に手当たり次第の野菜を切り、とりあえず、炒めてみる。
味付けも塩とか胡椒とかで、いいでしょう。
…多分これ、胡椒だよね。量もざっくりで行こう、うん。
十数分後、炒め物でも失敗しようがあることを私は知る。
静止画の自治放送の音楽で目を醒ます。雨の音がする。
雨が降っているのなら、洗面はよいか。
刀を手にとり、庭に出る。
雨で身体に張り付き纏わりつく衣類。やや動きにくいが、死にはしない。気にせず稽古を行う。
汗なのか雨なのか、体が水浸しになった頃、稽古をやめる。それから、風呂に入り、酒を飲んで寝る事とした。
5
そんな一人きりの生活を、明けても暮れても過ごす。
淡々と淡々と越える日々。
そこになんの感慨もない。そこになんの成果も得られない。その事にすらなんの感慨もない。
「うお、居間で寝るなよ。寝るなら自分の部屋に行きなさい。一応女の子だろ?」
軽口で、目を覚ます。帰ってきたのだろうか。
「おぉい、白鋭。」
今度ははっきりと声を認識する。
なんだ、夢久おじさんか。「なんだ」?「なんだ」ってなんだ。
「珍しいですね、もう配給の時期でしたっけ?」
「いんや。偶々近くに用事があったから寄ったんだ。」
「あぁ、そう。」
「お前いつもここで寝てんのか?」
「…時々は。」
そう、多分。
「若いんだからもっと時間を有効に使ったらどうだ?」
「時間を有効に使うって、どうやって?」
「出かけるとか。」
「私が?一人で?」
そもそも出かけるのが時間の有効活用なのだろうか?
「一人じゃ不満か?」
「…いえ。でも何処に。」
「都会の方のは買い物とかだろうな。」
「この過疎地に、都会の話を引き合いに出さないでください。」
「なら、過疎地らしく、廃墟の見学とか。」
「私に見学なんて、良い皮肉ですね。」
「そうそう捻るなって。」
「大きなお世話です。」
酒が飲みたくなった。
「南の方に、昔の大型ショッピングセンターの跡地があってな。多分未だになんらかの品物は残っているだろう。どうだ、そこでショッピング気分に浸るのは。」
「それって只の廃墟泥棒じゃ…。」
6
「この先300メートル先を、右です。」
手元の端末から、機械的な音声が聞こえる。
結局、あの後、家から出るのを渋りまくったものの、押し切られる形でナビゲーション端末を渡され、家を追い出されたのだった。
「私の家なのに…。」
ぶつくさと文句を吐きながら、腰に刀を差し、右手にナビゲーション端末を持ち、肩からは水筒をさげながら足だけは動かし続ける。
一応ショッピングセンター廃墟について一周して帰れば夢久も満足するだろう。
それにしても、
「社会見学だから。」
と、水筒を持ってけといつまでも私を子供扱いするのはいい加減やめてほしい。私はもう大人なのだ、さげさせるなら、お酒にして欲しい。
1時間ほど歩いた後。
「到着いたしました。」
ナビゲーション端末は行軍の終わりを告げる。
さて、何処から見て歩こうか。
建ち並ぶ店々を、何屋かわからないがとりあえず二、三軒おきに腹いせにドアを蹴破りながら物色する。
欲しいものなんて、あるわけもなく、数軒巡り終え、床に座りながら水筒の水を煽っている頃。
「しまった…。」
嫌な予感が。
多分、これは、異端の、気配。盛大にドアを開けまくったせいで大きな音を聞かれ、勘付かれたのだろう。
「ア、ァ、アァ…。」
錆び付いた声が、聞こえる。足を引きずりながらも、無理矢理足を運ぶ音が聞こえる。その数、3っつ。
…面倒ですが、自業自得か。
これ以上増えなきゃいいのですが。
黒い、塊が、3つ。店の前に現れる。
抜刀し、正眼に構える。
先手必勝。この距離なら3歩で行けそうだ。
一歩、私は刀を振り上げる。
二歩、勢いに任せて、突っ込む。
三歩、振り下ろすだけ…のところで、足を着く直前、足元から生えて、私の足に絡みつく何か。
構うものか、一刀で黒い塊の一つを斬り伏せる。
次、横薙ぎに二つ目を切り上げる。
足を前に出せれば、三つ目も斬れるが、足元の何かが足を取り、もう一歩が踏み出せない。
三つ目は諦め、足に絡みつくナニカを斬りはらい、後退する。
…なんか、増えてないですか?黒い塊が、大きいの一つと、その半分のサイズが、四つ。
「反則…。」
脱出策を練る。
裏口、あるか?全部斬り伏せて飛び出せるか?分裂するのに?触手的な何かに捕らえられなければ行けるか?
逡巡するも、答えは無し。
「もう、いいや。」
出たとこ勝負に掛けようとしたその時。五つの黒塊が、横から流れてきた激しい炎に焼かれる。
「む、流石「枯僕」、良く燃えるね。」
女の声。こんな所にまだ人が居たのか。
「原因は、君か。」
刀を、構える。この女が味方とは、「人」とは、限らない。
「それ、捨てた方がいいよ。」
無視。
「助けて頂き、ありがとうございます。」
あれだけの炎を出せるような重火器を持っているようには思えない。
「…お礼言ってる割に、殺気丸出し。」
「貴女は、人間、ですか?」
面倒なので、単刀直入に問う。
「…ふ。っはは。」
女が笑う。
「酷い質問。なんて、酷い。」
狂ったように笑い続ける。
「…あー、うん。人じゃ、ない。多分、生れつき。」
やはり、異端者か。
「大人しく、去って下さい。」
「嫌だよ。まず君が其れを捨てて。私は暫くここで探し物があるんだ。今の君がここに居る限り「枯僕」が集まってくる。一々処理するのって、面倒なんだ。」
…あの黒いのは刀に反応するのか。まぁ、どっちにしても、コレを捨てると異端に出くわした際に戦うすべがない。それはそれで死に至るのだ。
「なら、力で押し切るしか、ないか。」
そうでしょうね。
私も無言で同意する。
「あぁ、どうしようかな。殺すのもまだ不味いし。」
女が恐らく刀を抜く。
「この刀は、普通の刀。」
意味不明な呟き。
今だ。
間合いを詰め、横薙ぎ、袈裟懸け。
簡単に受け流されるが、それで良い。こんなのは、ブラフだ。
思いっきり胴を蹴る。
「っつぁ!」
女がよろめく。そのまま間合いを詰め、異端を挿し穿つ。
しかし、恐らく胸部を貫くはずだった刃は、布の服に弾かれ、私はバランスを崩す。
そのまま足払いをかけられた、地面に倒れ、馬乗りにされる。
一瞬の出来事に、頭が追いつかない。
鉄鋼の胸当てでも胸部に入れていたのだろうか?
「よし、私の勝ちぃ。」
「なんて、硬い胸…。」
「んなわけあるか!!」
怒鳴られながら、引き構えた刀を、突き立てられる。
しかし、喉を狙われたかと思いきや、何故か肩。
水筒の紐だけを切り、水筒を掴まれる。
そのまま私の拘束を解き、外に出て行き、
「飛んでけ。」
水筒を蹴り飛ばし、何処かにやる。
「へ、水筒?」
「ん?お気に入りかなんか?でもごめんね、あれあると危険だったから。」
7
曰く、「枯僕」は水分に寄ってくるらしい。特に、目に見える水分に。そして、ひたすら只々目に見える水分を飲み続けるらしい。その欲求は、渇きは、自分の許容量を超えるほど水分を飲んでも満たされることはないというのに。
「えっと、すいませんでした。」
「あはは、私の説明不足だったし、申し訳ない。」
互いに謝る。悪い人じゃなさそう。
「てっきり異端かと思ったんですが、普通の人だったんですね。」
「ん、いや、違うよ。私は、異端。しかも、多分異端物かな。」
「異端なんですか!?」
無言で、頷く。
「異端者は生きていれば遅かれ早かれ異端物に堕ちちゃうけど、まぁ私の場合、自業自得かな。」
どっから感じても人なのに、異端物…。
そもそも、異端者と異端物、なんて、境界が、定義が、曖昧なのだろうか。
「貴女は?こんなところに何をしに来たの?」
「…なんなんでしょうかねぇ…。」
私にも、わからない。誰か教えて欲しいものである。
「私は、ね。探し物がここら辺にあるって、表示されたから。探しに。」
「探し物?」
「そ、探し物。ナイフなんだけどね。」
「どんな?」
「形まではわからないかなぁ…。」
「そんな物をどうやって探せと。」
「えっと、そのナイフ異端具でね、「異端破り」の力が付加されてんだけど。」
…そもそも、詳しく聞いたところで、私は探し物に適さない。まぁでも、会話を紡ぐってこう言うこと。
「知らないですね。」
「多分、蔵にあると思うんだけど、異端具が沢山ある、蔵。」
「それも、さっぱり。」
「んー、残念。」
「力になれなくて申し訳ないです。」
「いや、いいの。このコンパスで大体の方角は分かるから。ちょっと、楽をしようと思っただけ。」
「そうですか。」
さて、そろそろ、帰ろうか…。って。って。って。
「端末、落とした…。」
「端末?」
戦闘のどさくさで吹っ飛ばしたのだろう。壊れてなきゃいいが。そもそも、見つかるか。
「すいません、一緒に探して下さい。アレがないと、帰れない。」
「貴女もしかして方向音痴?」
「いや、それ以前の、ね…。」
「ま、いっか。ついでだし。探してあげましょう。」
彼女は、恐らく異端具を手に取る。そのまま辺りをうろちょろし。
「あった。多分これでしょう?」
「あ、多分、そうです、ありがとうございます。」
そうそうまだ喋る端末は転がっていないでしょう。なら多分それだ。
「貴女まで、多分、って。自分のでしょう?」
「すいません…。」
乾いた笑いと共に謝罪する。
すると、彼女に顎を親指と人差し指で掬い上げられる。
そのままマジマジと見つめられ、
「なるほど、そう言うことね。なら、仕方ない。」
と納得される。
8
手に持った端末にそそのかされるままに、きっと家路につくこと、30分。
「どうしてついてくるのでしょうか?」
「いやさ、コンパスがこっちって。」
先ほどの女性が、何故かついてくる。
「…まぁ、袖すり合うも、ですか。」
「そう言うこと。」
そのまま無言で暫し歩く。気不味い。
多分この人はここいらの人間では無い。
偶には内地をおそらく知る人間と話すのも悪くは無いのでは無いか。
「あの、異端についてどう思いますか?」
「どう思うとは。」
「生きている価値があると思いますか?」
「…無いね。なんの生産性も無いし。生きてても害悪を撒き散らだけだし。」
断言される。
「けどさ、生きてて価値のあるモノってある?食べ物なんて大体殺されてからその意義を得られるでしょう?」
「…ん。」
「大体命なんて物はそもそも価値がないからね。価値を付けるのは簡単な人には簡単だけど。それを押し付けるのは問題外かな。」
「例えば?」
「健常者だから生きている価値があるとか。健常者だろうが異端だろうが、他の生き物、果ては地球から言わせりゃ害虫でしかない。そのくせ我が物顔で闊歩して、支配した気になって、愚かの極みなんだよ。そんな愚か者人類とそれに由来する物以外あり得ない。だから、みんな死んでしまうのが私は一番いいと思う。それが地球の正しい姿だ。」
そんな、途方も無い雑談をしながら歩いて30分。
「ここっぽい。」
「ここ、私の家ですが。」
「そうなの!?」
考えてみたら、確かに蔵あった。
「上がって行きます?」
「ん、そうする。」
引き戸を開け、帰った事を宣言するも、なんの返事もない。
「夢久おじさんは帰りましたか…。黎占は帰ってないし…。」
「って事は誰かいるの?」
「多分、誰もいない。」
9
「ーーーーっつ、あー。エライモン飲まされたわ。」
苦しそうな声をだす彼女。
結構甘くしたつもりなのに、まだ苦かったのだろうか、私が淹れたお茶は。
「おかわりは?」
「お断り。」
キッパリと断言をされる。酷い…。
「さて、そろそろ本題行きますかねー。」
庭に出る彼女。
「これが問題の蔵ね。」
「でも鍵は無いですよ?」
扉には何重もの錠前。
「壊すのは?」
「おじいの事だからトラップが作動すると思う。」
「まぁそれくらい私は大丈夫だろうけど、ナイフが効力無くすとかだったら嫌だしなー。」
懐を探り、何かを探る彼女。
「これでダメだったら壊そうかなぁ…。」
壊すのも諦めていないらしい。どっちにしたっておじいが帰ってきたら怒られそうですが、実の所私もこの蔵の中身が気になっていたりする。
幾度も金属が床に落ちる音がし、
「うん、開いたね。」
解錠が宣言される。
ドアを開け、躊躇なく中に踏み込んでいく。私も当然それに続く。
蔵の中は、物で一杯だった。まぁ蔵なら当然か。
「ここっぽい。」
そう言いながら、棚の一つでゴソゴソする彼女。
「あぁ、多分これ。」
望みのものを見つけたのか、何か----ナイフを手に取る。
「これ、持って行っていいの?」
「ダメって言っても持ってきますよね?」
「そりゃ、まぁ。」
「なら好きにしてください。」
「ありがと。」
「にしてもなんでこんなとこに異端具が一個だけ入ってんですか?」
「一個だけ…?そっか、貴女もしかしてそういう事にも鈍感なのね…。」
「馬鹿にしてます?」
「いや、人なんだなーって。感心感心。えっとね、この蔵、異端具を蒐集した蔵みたい。流石に私には一個一個何の力があるかまでは現状わからないけど。」
「はぁ…。」
おじいロクなもん集めてなかったのか。
「ま、とりあえず出ましょうか。」
二人で外に出ようとする。
「あれ、ここって自動ドア?」
来た時に開けたままにしたドアが閉まっていた様子。
「開かないし。」
ドアを引き、蹴りを入れている様子だが、ビクともしない。
しばらく彼女は沈黙し、
「わかった。そういう事。ケチだなぁ…。」
「どういう事?」
「んー、多分この蔵自体が異端具だわ。条件を満たさなきゃ出れないみたい。」
「難儀ですね。」
流石おじい。性格が悪い。
「そうでもないよ。殊、私に限っては。」
そう言って再び懐から何かを出す。
「私用じゃなかったけど、まぁ良いでしょう。」
ボソリと言い
「この眼鏡は見えないものが見える。」
宣言をし、おそらく普通の物でない眼鏡をかける。
「ははぁ、なるほど。対価が必要なのね。思ってたより簡単簡単。私が見合った何かを失えば済むのね。ね、手、出して。」
求められ、それに従う。
「これ、あげるわ。ここに来る時のコンパス。欲しい物に導いてくれるから。」
「ん、はぁ。どうも。」
こんなのでここから出られるのだろうか。私の疑問とは裏腹に、先程までビクともしなかった戸が、嘘のようにに開く。
「さー、出れた出れた。」
伸びをする彼女。
「さてと、用も済んだし、私はもう行くね。」
「もう行っちゃうんですか?」
「流石に人の家でこれ試すのもね。それに、どうせ一人で死ぬしかないなら、末期の景色はせめて、最高の景色の中で死にたくない?」
「末期の、景色…。」
彼女は訳のわからない事を言う。と言うか基本的に訳がわからないことしか言わない。訳のわからない人なのだから仕方ないか。
「…あ、そっか。ごめん、忘れてた。じゃあこれは貴女への御礼にするわ。」
そう言って、私に彼女は箱を押し付けて来る。
「これは?」
「貴女が目を背けるのを辞めたくなったら開けなさい。」
やはり、訳のわからない。
「そう言えば、貴女、名前は?」
「白鋭。」
「そ、白鋭、色々ありがとね。また縁があれば。」
「あ、はい。また。あ、貴女の名前は?」
「私?名前はもう無いかな。今は皆、皮肉を込めてんだか知らないけど、称号で呼ぶの。」
「その、称号、は?」
「それは------。」
10
そして、彼女は「異端殺し」のナイフを持って去って行った。
残ったのは、私一人。
「…ご飯、食べよう。」
台所に行き、レーションを齧る。
何なのだろう。前は、この味に疑問なんて持たなかったのに。
なのに。私はこの変化の無い味に、疑問を持っている。
懐に入れた、コンパスが、動く音がする。
…私の欲しいもの。
それは----。
第六章 彫心異夢
0
最初は、小さい事だった。
さっきまではそこにあったものがない
次は、やや困る事だった
いつも使ってるものがない、大事な大事なものがない
最後は、何も困らなくなった
ここがいつで、どこなのか所在の情報もあったはずなのになくなった
それでもやはり困らない
だって私は自分が誰かもわからない
1
「ご馳走さまでしたー!」
「へいへい、お粗末さん。」
黎占が作った昼食を食べる。やはり、私が作るものより遥かに美味しい。
さて、食事も食べた所だし、このままコタツに潜りますかね。
「おい。」
「はい?」
「皿ぐらい洗えよ!」
「…洗いたいのは山々なんですが、私は寒い所に行くと、死んでしまうのです。」
「毎日この雪の降る寒空の下で刀振ってるくせに、嘘をつけ。」
「稽古をしなくても死んでしまうのです。」
「便利な体なこった、なら早う死ね!」
吐き捨てて台所に去って行く黎占。
遠くから皿を洗う音を聞く。他人が料理をしている音を聞くのも良いが、皿を洗う音も良い。と言うか、自分以外が立てる音は良いものだ。
改めて、思う。
2
テレビの自治放送の音楽を聴きながら微睡む。終わって行く日々。
しかし、一人ではないから、同じ日の繰り返しにはならない。
毎日毎日、黎占に呆れられ、彼の料理を食べ、彼のいる音を噛み締めながら過ごす日々。
本当に、悪くない。
喰い物にして、家事を押し付けるつもりで始めた刀での打ち合い。
「よ、はぁっ!!」
私の刀が、飛ばされる。
手加減してたつもりはない。なのに、黎占に一本取られた。
「強くなりましたね…。」
「…あ、あぁ。俺の勝ちだな。」
黎占自身も驚いている様子。
「とりあえず、約束通り、洗濯やれよ。」
…これからは本気で手合わせすることを心に強く誓った。
3
あの小箱は、まだ開けていない。
「目を背けるのを辞める、ね…。」
一体私は何から目を背けているのだろうか。少し考えて、答えが出る。
「何もかも、か。」
全部彼女には見抜かれていたのだろう。
私には彼女が只者ではないことは分かったが、ただそれだけだ。それ以上は何も読み取れない。
「あぁ、ホント、大きなお世話。」
私は小箱を弄ぶ。
「ねー、ねー、黎占。こないだのアレ、何だったの?」
いつもの様に、私は炬燵に篭りながら、黎占に話しかける。
「主語が足らない。」
黎占は炬燵には入ってこない。煙草を咥えながら、離れて座っている。かつて私が勧めても入って来なかった。曰く「獣に火の温もりを教えてはいけない。」との事。勿体無い奴。
「私がこないだ襲われてた虫みたいな奴。」
「あー。ありゃな、異端物だな。」
「アレは何の?」
「籠寄、だろう。ここに居たいって思念を強く持った異端者が虫に喰われてその念だけは受け継いだんだろうな。元異端者にしたら目が覚めたら虫になってたって話なんだろうけど。」
「何それ。」
「不条理な話って奴だ。まぁこの場合、目覚める前から毒虫だったんだろうがな。自覚がないだけで。」
「ふーん…。」
さっぱりわからない。
「そう言えばお前、あの異端具、どうしたんだ?」
あの方位磁針を手に入れた経緯を黎占にまだ説明してなかったっけ。
掻い摘んで説明を行う。
「…どっから突っ込んだらいいんだか。」
なんか、呆れてません?
「お前、よく生きてたな。清濁なんぞに遭って。」
「知り合い?」
「まさか。前に言ったろ。厄災の一つだよ。それも最新の凶悪な。」
…あー、そう言えばそんな事黎占言ってたっけなぁ。
「そうは、見えなかったけどなぁ。」
「少なくともここいらを荒野にしたのは其奴だよ。」
「あ、そうか…。でも私、この環境嫌いじゃないし。」
「…ポジティブなこって。」
4
「今から稽古か?」
「うん。」
「相手するぞ。」
「自分から言うなんて珍しいですね。」
「そりゃお前さんに家事させて楽したいし。」
「そうですか。」
愚かな奴です。
数十分後。
「わかった、俺の負けだ。負けだって。」
刀を杖のように持ち、肩で息をする黎占。
「大体なんだよ、あの返しは。今まで見た事ないぞ。」
「えぇ、見せたことないですもん。家事するぐらいなら奥の手の一つでも出した方がマシですから。」
「げぇ…。」
「ふふふ、こないだは不覚を取られましたが、もう負けないのですよ。」
これでこの先二週間の洗濯は黎占にめでたく移ったのだった。
それから、数日後の明け方。庭から響く破壊音。
一応刀を抜かずに持ちながら、炬燵から這い出し庭に声をかける。
「何事ですか?」
「すまん、物干し竿折っちまった。」
…なんだ。それぐらいか。
「いいです、いいです。これで洗濯しなくて良くなりましたから。」
「どんな理論だ!!」
5
その日の暮方。
「白鋭、物干し竿取りに行こうか。」
「いや、いいです。」
きっぱりと断る。嫌な事は嫌って言わないといけません。
「…洗濯、出来ないのだが。」
「良いですよ、別に。」
「服は。」
「汚れててもまるで気にならない自信があります。」
「汚女だ…。」
ドン引きされちゃう。
「…どこまで取りに行くんですか?」
「歩いて行ける距離にある、ホームセンターだよ。」
「寒いからなぁ…。」
「年中マフラーしてんだから大丈夫だろ。」
「…。」
それを言われると、困る。こう言うファッションなのだ。
そんなわけで、渋々雪中行軍する羽目に。
「寒いよぉ…。」
「不便な奴。」
「黎占は寒くないんですか?」
「あんまり温度なんてわかんねぇな、もう。」
「羨ましい…。…!!って言うか、なんで私まで行かねばならないのですか!?」
「…一人だと、有事の際に困るから、な。」
「散々勝手に一人で放浪してた癖に今更何を。」
互いに文句を吐きつつ、歩く。
「…今日の晩御飯、何にしようか。」
「何でもいい。美味しいものなら。」
「ならかき氷だ。お前夏に喜んで喰ってたろ。」
「夏にね!?」
「なんだ不満か?」
「当然です!」
「そこらにあるのをシロップかけてくえゃいいのに。」
「…私が、悪かったです。あったかい物が良いです。」
「あったかい物なぁ…。鍋か。」
「鍋。」
「そう鍋。楽だし。」
「鍋。」
鍋とは、一体。
6
「着いたぞ。」
「そうですか。」
「やっぱり居るな、異端。大物ではないけど。」
異端。
彼女は、人間だと思ったのに、異端だった。
ならば。この目の前に居るこの男、黎占も、人だろうと思ってたけど、異端なのだろうか。あり得ない、とは、言えない。急に、不安になる。
「…ねぇ、黎占。黎占は…。」
「ん?」
「なんでも、ない。」
知って。
知って、どうするのだ。
異端だったら。
異端だったら、どうするのだ。
無言で黎占に着いて行く。
「おお、あった。これで良いか?」
「良いですよ。黎占が干し易いのなら。」
「お前ん所のだぞ?」
「だって私洗濯しないし。」
「またそんな事を…。この女子力マイナススリーナイン女…。」
「横文字並べられたところで私には理解できませんよ。」
「この白髪ババア。」
「だっれがババアですか!!!ぶった斬られたいか、居候ホームレス!?」
「はっ!お前なんかに俺が斬れるか!!お前の料理ならいざ知らず、剣技だけで俺を殺せるかよ!?」
「料理でって喉詰めからの窒息ですか!?このジジィ!!全粥刻みでも喰らってろ!!」
「嚥下の問題じゃねーよ!!味だよ味!!どうやったら台所からあんな科学大量殺戮兵器が作れんだよ!?錬金術師も真っ青だわ!」
「そんなに味わいたいなら喰わせてやりますよ!!誤嚥するたびにタッピングしてハイムリックして飲水させてくれるわ!!」
二人でしばらく罵倒を続ける。
そこに、
「…ぁさん。おかぁさん。」
二人して凍りつく。そう言えば。異端が、いたのでしたっけ、ここ。
「…子供?」
とりあえず抜刀。
「んなわけねーだろ。こんなとこに今更子供が単騎で生きてたらそれこそ異端超えてるぞ。」
呻く声からして、二匹か。
「あー、あぁ。あー。あぁー。」
「じゃ、これ何ですか。」
「忘失現だろうな。」
「強いの?」
「いや、弱い。元々異端じゃない大人が、現実から逃げすぎるとこうなるんだ。最終的に原初の欲求しか残らなくってな、基本的にはそこまで害はない。人間としてさえ扱わなければ。」
「なら無視して行きませんか?」
「それでも良いんだけどな。ただ原初の欲求しかないから余計に行動が読みにくい。だから何をするかわからないし、かと言って理性のリミッターはないから、生半可に同情すると殺されかねない。だから。」
「だから?」
「殺そう。こいつらにしたって、生きているのが苦痛で、その苦痛すらわからなくなってる。互いの為だ。」
「わかった。」
互いに違う方向の異端物に向かって距離を詰める。
多分、心臓の位置に刀を突き立てる。
「…ぁあ。痛いよ、何するんだよ、お父さん、助けてぇ!助けてぇ、お父さん、お母さん!!」
呻き、喚き、叫ぶ。
心臓を外したのだろうか。強く刀で抉りつける。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぐぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!死んじゃうっ!!死んじゃうよっ!?」
けれども死なない。何なのだ。
そのまま横薙ぎに払う。
「あぁぁぁああああ!!!!!!!!!!お母さん!!助けて!!おかぁさん!!!」
それでも、耳障りな声は変わらない。
まるで人を殺すような声。
初めて異端を殺したときのような、これまでの堕ちきった異端ではないモノの縋る声。
「黎占!!コレ、コレ!!」
「声に惑わされるな!!コイツらはもう人じゃない!!見りゃわかんだろ!!人間はな、普通だったらもう死んでんだよ!!」
「でも!でも!」
「ぐぇぇぇぇええぇぇぇぇえ--------っ。」
叫び声が、重い打撃音と共に、終わる。
「言い忘れて、た。コイツら無駄に、生命力が、強いから、再生不可なぐらい一撃必殺しないと、いけねぇんだよ。」
呼吸の乱れが、治らない。あんな、あんな、殺し方は、初めてだった。
「私は、人を殺したのですか?」
激しい動悸が、治らない。
「違う。異端が憑くモノはもう人には帰れない。だから、須らく殺さなきゃいけないんだ。」
7
帰り道。歩く度に音が鳴る、雪の積もった道を、黙々と歩く。
さっきの声が離れない。親に助けを乞う叫び。あの異端は、人間だった。
人間が成ってしまったもの。人間だったもの。
ではあの異端はいつから人じゃなくなったんだろうか。いつから人でなしに成ったのだろう。
…私は。私は、人間なのだろうか。私は異端なのだろうか。自分が異端じゃないと思っていても、他人が見たら、異端かもしれないのだ。それで、異端だったら、殺されるの?
一方的な解釈で?
「難しい事は、考えるな。」
煙草の煙にのって、黎占の、声がする。
「大丈夫だから。お前は。だから、自分が生きる事を、生きる事だけを、考えろ。」
そう言って、頭を撫でてくる。
よく、子供の頃、私は泣くたびに、おじいにこうして同様にしてもらった。
何でだろう。
何で私は、今、泣いているのだろう。
8
それから、暫く、私の気は重いままだったが、それでも、日が経てば、思いなんて薄れていく訳で。
「要はな、向こうにとっても救いなんだよ、死は。」
黎占には、最後にそう言われた。
そして、その言葉自体も、私が今のままで、黎占の言葉を聞いた最後だった。
第七章 苦心混淆 前編
0
私は兵器として作られた。
だけど、私は先生と出会い、兵器から、人に近づいた。
そして、先生は死んだ。
先生が死んだ事に泣ける自分がいて、私はもう兵器ではなくなっていた事を知った。
けれど。
兵器ではなくなったからと言って、人になれたわけではない。
暫く世界を彷徨った中途半端な私は、やがて終の地に辿り着いた。
終の地で見た終の夢は、酷く懐かしい味がした。
だから。
末期の夢は、かつての私が幸せだったと、教えてくれた。
1
「お前、なんだそのガキは。」
「拾った。」
「元の場所に戻して来い。」
「もう遅い。」
俺が熔夜の家を酒を持って任務外に訪ねた時、その子はいた。
熔夜から離れようとしない、見たところ痩せこけた虚ろな目の3歳ほどの少女だった。
「またお前は。何年か前だって、赤狐を拾って飼ってて死んだ時後悔してた癖に、まだ懲りないのかよ。」
「別に、後悔はしたけど、一緒に暮らしてた事には後悔してないし、懲りてもない。」
「あー、そうかい。で?その子は何処でどう拐かして来たんだ?」
「拐かして来た…のかな。」
「本当か!?」
「雌型の異端物に連れられてて、な。多分、異端者が子供を産んで、この地獄のような環境だ、生かす為に異端物に成ったんだろう。この子を守る為に凶行を行なっててな。しかも外敵から守る事だけを核に異端化したみたいで肝心のこの子はネグレクトだ。過保護からのネグレクト、とんだ矛盾だったよ。」
「で?その子はどうするんだ。どっかの組織に引き渡すか?」
「…いや、僕が育てる。」
「お前な、其れ異端の子だぞ?遅かれ早かれ異端化しちまうのは明白だ。しかも生育歴に迄間違い無く疵がある。とっとと引き渡さないと、えらい事になるぞ。」
「最終的に異端物に成り果てるようなら、僕が引導を渡す。だが、それまでは僕が責任を持って育てる。それがあの異端物からこの子を奪った責任だし、何より、この子は生まれさせられたんだ。この子自体には罪はないんだ。」
「また詭弁を。」
「良いんだよ、詭弁で。詭弁の一つにでもしがみつかなきゃ、人間なんて生きていけない。」
頑として俺の言葉は受け入れないらしい。ヘラヘラしていて、物腰は柔らかい癖に頑固だからなぁ…。親友の言葉ぐらい聞き入れてほしいものだ。
しかし、子供というものは、いや、自分より弱者は頭を撫でたくなるもので。痩せた女児の頭を撫でようと手を伸ばすが、女児は熔夜の陰に隠れてしまう。
「なんだ、怖いのか?この荒くれ者が。」
「誰が荒くれ者だ物乞い師が。」
お互い良い歳こいて、罵倒し合う。
「ところでこのガキ、名前は?」
「あぁ、多分ビャクエイだろうな。その名の書いてあった物品がそこいらに転がってた。まぁ字迄は分からんから、当て字で良いだろう。」
「当て字かよ。適当だな。」
「[僻影]とか、どうだろう。影を避ける意味で。」
「書き順多すぎないか?…そうだな、もう単純に[白鋭]で良くないか?」
「おぉ、良いなそれで。」
深く考えずに返答を戴く。
「…そうか。まぁお前が良いなら。」
当のビャクエイは、特段興味なさげに座っている。そらこの歳で漢字なんて分からないから当然か。
2
刀で打ち合いながら、会話をする。
「…なぁ。この子は、もしかして…。」
「あぁ、多分そうだろうな。あれだけの生育歴があるんだ、体に身体的なり精神的な不調が現れてもおかしくはないだろう。」
「だが、どうするんだ?」
「どうもしない。この体に適応して生きる術を教えるだけさ。」
話しながらでも、隙がない。今迄俺が戦って来た中で、恐らく一番強い。
「君の太刀筋は相変わらず、気持ち悪いな。」
「大きなお世話だ。」
それでもそう簡単には、打ちのめされたりはしない。これでも、緑の地の諜報部だ。荒事には慣れている。
「君に勝てる奴は早々いないだろう。」
「だと、良いがなっ!!」
一瞬、熔夜隙が出来た気がした。だから、そこに打ち込む。が、やはり誘っていただけの様であっさり躱され、返し技が来る。
迷わずそれを払い、引く。
「ここまでにしようか。今日も決着がつかないな。」
「あぁ、疲れたよ。」
かれこれ30分ほど打ち合いをし、両者疲労困憊にて引き分けで合意する。いつものことだ。お互いもう若くないのだ。
ふと見ると、縁側には、白鋭がいた。虚ろな目で座っているが、刀に興味があるのだろうか。
3
元々の、生育歴に難があったせいもあり、白鋭は喋ることはあまりなかったが、それでも歳を重ねて行くうちに、ある程度は普通の子供の様に話す様には成った。熔夜の教育の賜物なのは、言うまでもない。
そして、任務でこの家に訪れ、酒を飲みにこの家を訪れ、数年過ぎたある日。
「むきゅうおじさん、わたしとてあわせしてください。」
白鋭から、そんな事を、頼まれた。
「…刀、使えるのか?」
俺が困った顔で熔夜に問うと、彼は笑いながら
「あぁ、一応こんなご時世だ。自分の身は自分で守れなきゃいけないだろうからな、最低限は教えているんだ。」
なんて言う。
「しゃーねーな。いっちょ揉んでやりますか。」
そうして3人で庭に出て、俺と白鋭は地稽古を始める。
「良いよ。かかってこいよ。」
俺が構えつつ、誘うと、斬りかかってくる白鋭。年齢、その障害の割に、しっかりと体重乗った一撃が来る。
「お、やるな。」
そして、数度いなし、峰で一撃を叩き込む。
「参りました。」
半べそをかきながら降参される。痛かったのだろう。
そして、稽古を終える。
「思ってたより、やるな。」
「それはそうでしょう。僕が教えているんだから。白鋭、どうだった?」
「…つよい。おじいと、ちがう。」
熔夜の服の裾を掴み、涙を拭いつつ呟く。
「だろうな。こいつの太刀筋は気持ち悪いだろう。」
「きもち、わるい。」
「余計な言葉を、吹き込むな。」
「むきゅう、おじさん、きもちわるい。」
「おい!!」
そんなこんなで、そこから数年を過ごした。
4
偶然にも、訪ねた時に、彼がいない事は数回しかなかったが、彼は時折、小さな白鋭を連れ遠出をしていた。
その遠出と言うのは、一応俺の本当の任務に関わっていた。
彼は遠出の度に、異端具の回収をしていた。代々それが家業の家であり、彼はそれを続けていたのだ。恐らく白鋭を見つけたのはその際だろう。
その彼が、彼等一族が集めた異端具を貯めている蔵、その蔵を見守る事が私の本当の任務だ。
この蔵が、不正に開かれる事はないか。熔夜を殺してまで蔵の中身を奪われる事はないか。そして、熔夜が、異端具を、誤った使い方をしないか。
このいずれかの自体が起きた時、俺は、其れを止めなくてはいけない。どんな手段を、使ってでも。例え、命を奪ってでも。
読んだだけで素因があるものは異端化してしまう本のような危険物さえあるのだ、間違った者が間違った使い方で異端具を扱えば、異端災害が、起きかねない。
だから、其れが、俺の、緑の地から下された指令だった。
5
「ところで、熔夜は?」
「出かけてる。」
それは、8月の事だった。いつもの様に、隔月で生活物資を届け、蔵の状態を確認しに来た時のことだ。
白鋭に呼び止められ、彼女とお茶を酌み交わすことになった。こんな事は、今までなく、外交的になった彼女に対し、やや驚いていた。
居間で、白鋭がお茶を入れてくるのを待っている間、テレビを眺める。
「このテレビはな、未来だろうが、過去だろうが、時間に関係ないものを映すんだ。」
過去に熔夜が自慢していたのを思い出す。俺にそんな事を言えば、本部に報告しなければいけない事を知っているはずなのに、彼はこのテレビを手に入れた事を自慢してきた。
あぁ、本当に子供っぽいやつだった。新しく手に入れた玩具がそんなに嬉しかったのだろう。
しかし、そんな事を本部に報告すれば、いくら穏健を謳っている我らが組織でも、未来が映ると知れば奪いに来る可能性も否めない。だから、俺はあえてこの件は報告しなかった。まぁ本部に報告をあえてしない事は、熔夜と関わる上ではよくあると言えばあったのであるが。
ツマミを掴み、チャンネルを回す。
砂嵐の画面が映り、あえて暫く、そのままそれを眺める。
すると、よくよく耳を澄ませると、途切れ途切れの組織共通の異端情報が流れてくる。
「…厄災…蝦夷…んにゅ…んごう…ふめ…。」恐らく異端厄災が蝦夷に侵入したのだろう。何番目の奴かは未確認だが、との放送だ。多分。
尤も、これが10年前だか100年後だかのいつの放送かは分からないが。
…肝心の情報も、いつか分からないなんて、これはガラクタでは無いのだろうか。[newpage]
白鋭は、異端物を殺した事を、悩んでいた。弱小の異端が結界が貼ってあるこの家に寄り付いた事にも驚きだが、白鋭がそれを処理した事も割と驚きだ。
熔夜は一体何の意図でそんな事をさせたのだろうか。
いずれ彼女は一人暮らしになるのだ、だから早めに処女を切らせたのだろうか。それならばまぁ理解できる。しかし、彼にしてはいささか乱暴すぎないだろうか?
にしたって、熔夜はあの子を優しく育て過ぎたようだ。今時異端を殺して命の重さを感じるなんて、普通の何も知らない人間すぎる。
異端物だろうが異端者だろうが、人じゃないのだ。何も産めず、壊す事しか出来ない奴らなんて、生かしておく価値もない。一応俺も異端との共存を謳う緑の地には属しているが、異端に関われば関わる程赤き砂だの白き夜の奴らの思想が正しい事を感じてしまう。
異端には救いはない。薬物である程度進行は抑える事は出来るが、抑えたところで遅かれ早かれ人でなしになってしまう。なら、被害を出す前に、駆逐してしまうのが、お互いのためだろう。そんな事も思い至れないような生きたがりの人でなしは、尚更居ない方が良いんだ。
6
二ヶ月後。
再び熔夜の家を訪れたが、熔夜は居なかった。ここまで長い不在は初めてだ。嫌な予感しかしない。
幸い蔵は開けられた形跡はないので、まだ大きな問題でないのだけは救いだが。
それにしても、熔夜が居ないくせに、最近加工前の食品の注文が増えた事には驚きだ。
何故、って、料理で養父を殺しかけるほどの腕の持ち主の白鋭しか居ないのに増えているからだ。なんぼなんでも自分の毒で死ぬ生き物はいないと思われるが、それ以前にあの子が単独で上達するのは困難な筈だ。
俺の知らない、誰かが、あの家にいる。
当然この疑いに行き着く。さらに言えば、ここらに異端に関わらない真っ当な人間はもう居ない。だから、その知らない誰かは間違いなく異端に関わるものだ。そして俺が知らないという事は、少なくとも緑の地の者でもない。
ならば、排除対象だ。
恐らく蔵の中身は知らないだろうが、そこは問題ではない。
どっちにしたっていずれ、脅威になるのだ。
7
蝦夷地にある緑の地の観測所に、熔夜を見なかったか、方々連絡を取った。しかし、どの返答も否だった。
ならば、推理されるのは、熔夜は観測所に至る迄の範囲内に居ること。
熔夜は観測所に経由せず範囲外に出た事。
しかし、後者は、そうするメリットが薄い。特別知られたくない異端具を見つけたならありえるが、家に帰らないのが不自然だ。
だから、虱潰しに、範囲内を探した。しかし、居ない。粗方範囲内は探した筈だ。後は、盲点、まだ探して居ない場所が、範囲内に、一つある。
そこに行くか。
「若いんだから、もっと時間を有効に使ったらどうだ?」
家で炬燵と同化して居た白鋭に、家を出るように勧めた。
渋々だが、彼女は出かける事に従った。やや心配ではあるが、情報端末を渡しておけば、大丈夫だろう。
彼女を見送り、取り敢えずテレビをつけ、緑の地の回線に合わせる。
「…のやく…は、の6のすう…ねんね…してい…15に…けつば…なった4…隠し…。」
ノイズが多く、聞き取りにくいが…。
6の数字。恐らくこれは厄災の数。15…に増える、という事なのだろうか?
しかし、やはりこれもいつの話をしているのか分からない。役立たずだ。
今の俺には、関係がない。
次、か。
歩む度に軋む音を立てる廊下を歩き、襖の前へ。
此処らは光が入らず、暗い。
目的は、熔夜の部屋。
襖を開け、中に入る。鉄の、臭いが、感じられる。しかし、雨戸を閉めきっており、真っ暗の部屋の中は何も確認できない。
ペンライトで照らしながら、窓を開けて、雨戸を開ける。
埃が舞う室内。部屋の中には、変わったものは、何もない。普通の和室に、綺麗に布団が敷いてあるだけ。
…熔夜は、万年床なんてする性格ではない。変なところでアイツは几帳面だった。
そもそも出かける奴が、布団を敷いて行くか?
敷布団を、裏返す。
錆びた鉄の匂いが、微かに強くなる。畳には、中範囲に赤黒い跡。敷布団の裏も、赤黒く、汚染が、ある。
答えは、わかった。多分、これで正解だろう。
「熔夜…、馬鹿野郎…っ!!」
第七章 苦心混淆 後編
1
縁側で、柱にmおたれて、だらしなく座りながら、酒を煽る。
こんな事したって、酔えないのに、なんtおなく、酔っ払う気分を堪能する。
雪の降る、明け方の庭は、何に対してかは分からない懐かしsあを感じさせた。
今日は、飯、何を作ってやろうか。
あらかじめ準備さえしておけば、手の込んだ物も作れそうだが、起きた時にアイツが空腹なのはいつも確定だが、なにぶんアイツが何時に起きるか分からない。
下手したら2日間起きない時ですらある。だから、下拵えは、アイツが起きてからしかできない。
それでも、何を作ろうかは考える事はできる。以前拾ってきたボロボロの料理が載った古い本を、捲る。これ通りnい作れば、衰退してしまった俺の味覚に頼らなくとも、ある程度の料理ができる。
台所にある材料を考慮しつつ、ページを、捲っていく。
しかし、途中で、ページが破れてしまう。破れた理由は、本が痛んでいるから、だけでは、ないだろう。
「…もう、ダメなのか。」
最近、力の入れ方の調節が難しい。少し力を、入れただけなのに、物に触ると、簡単に壊れてしまう。
壊すつもrいなんて、なかっtあのに。
本を体の横に置き、酒を煽る。
そして、一応持ってきた、きゅうりの浅漬けを齧る。
やはり、味がsいない。胃に残る、食べた感覚も、ない。
冬の縁側なのに、その寒さも、分からない。
素足で、庭の地面nい降り立つ。雪を踏みしめるが、その冷たさも、分からない。
感じられない感覚の中で、ただ一つ分かるのは、空腹感。
髪の毛を、一本、抜く。
髪の半分が、白い。色素が、抜けたのだろう。
あのズボラ女をもU馬鹿にできないぐらい、俺の髪は白くなり、元々の黒色が、抜けていた。
2
結局、白鋭は、今日は起きなかった。眠れない、眠るこkおの出来ない俺は、アイツgあいない時間を、空腹感に耐えながら、過ごす。
しかし、胃が、熱い。そして、痛い。あたかも熱した鉄の手で、握られているかの様な、不快な感覚。
最後に「食事」をしtえから、3日。
空腹感に耐えられなくなるまでの期間が、次第に短くなってきている。
もうすぐ、俺は、堕ちtえしまうのだろう。
異端物、に。
尤も、そうなっtあところで、俺自身の評価は、変わらないだろう。
異端者にしろ、異端物nいしろ、俺は世間に、厄災と呼ばれているのだから。
3
開けっ放しの、門をくぐrい、おそらく児童に関わる施設だったであろう廃屋に入る。
人が住まなくなって、荒れすさんだ廊下を歩き、大きな部屋に入る。
室内には、ぬいぐるみ、玩具、玩具、玩具…。
その中に埋もれtえある、俺の、「食品」。
それを、貪る。どんな形に、時間経過でその形が崩れていても、それでさえあれば、俺は美味しく食べ、空腹感を満たすことが出来る。
あぁ、美味しい。この味は、あの日に覚えたこの味は、俺を生かすと共に、やがて俺を殺していく。
空腹感を覚える度に、空腹感を満たす度に、自我が崩れていく自覚がある。
欲を、抑えられなくなっtえいく。欲求が、止まらない。
生き物の本能に従い、素直になる。
手に、微かな痛み。
手に、何かが生えtえいる。
「あぁ、見つけた。」
デカい、釘、か。
視覚的には多少痛Iが、体の痛みHあ感じNあい。引っこ抜いて、血液共々床に落とす。
「なんダ、おマエ。」
そこNIは、民族衣装の様な格好の大柄の老人が、腰に刀を下げ、大きめNおネイルガンを構えてIた。
「名は、夢久だ。緑の地の、監視官だ。」
緑の地の、監視官。
…夢久…。あぁ、物資配給の。
「運ビヤ風情が、ナンのヨウだ。」
「お前に用があってな。」
「共生ヲ謳う組織のノゾキヤガオレに用?」
生態系を乱Sいていない俺が、赤だの白だのならいざ知らず、緑に裁かれる理由Hあない。
「勘違いすんな。ほぼ緑の地の用事じゃねぇ。私怨と害虫駆除だ。」
「シエン…?」
「あぁ。お前、熔夜を殺して喰っただろ。」
「オレガ?殺シてクッタ?」
会話をSいている傍から銃撃を続ける。いKうら痛みがわからないからと言っても、流石に躱す。
「ソウカ、ソウカ。お前オレガナンなのか、シラネエノカ。」
「知らねえなっ!」
ネイルガンを打ち込mうと同時に本体を投げつけtEくるが、手甲で打ち払う。
しかし、それと同時に、懐Nい入られ、居合を放たれる。
刀は…持ってkおなかった。どんだKえ飢えてんだよ、俺は。呆れちまう。
ジジイの刀は俺に一撃を加える。辛うじてバックステップを踏めたから、致命傷にこそならないが、痛手なのにhあ変わりない。
「どうして、くれんだよ。仕事をサボる場所、減っちまっただろうが!!」
「ソレコソ、シラねぇよ!!」
木製の柱をブチ折り、投擲する。しかし、苦もなく半身nいなって躱されtえしまう。
また間合いを詰められ、斬撃が降ってくる。
一、二、三、と。刀は一本しkあないのに、三度の斬撃が降ってくる。
躱す手段は無く、自棄っぱちで腕で受ける。
どういう事か、刀は腕を斬り伏せない。
「っく!!この、異端物が!!」
自分nお腕を見る。
そこでようやく気がつく。
もう、人の腕ではない。白い、泡のようnあ汚れが侵食しtえいる。
そうか。もう、人じゃなIのか。
思いっきり、異常な腕で、ジジイの腹を殴る。あぁ、腕を振るえば、泡が散る。
ジジイは軽々と吹っ飛び、壁に叩きつけられれている。ざまぁみろ。
しかし、間mおなく立ち上がRい、突進して来る。
今度はこちrあの腕の異形さを考慮しtあ戦い方で攻めて来る。
少しずつ、確実に、削らrえて行く俺の身体。このジジイ、圧倒的に強い。勝ち目が、ない。
持って、あと数回。絶命迄は遠kうない。
斬られた箇所が、泡を溢しながRあ人じゃないものへ、変化しtえ行くnおをひしひしと感じる。
このままじゃ、中身はどUあれ、体が身体だ。もうアイツnおところhえは帰れないだろう。
一年も経っtえなかったが、走馬燈Noように、あの家での日々を思い出す。お互いに毒を吐いて掛け合U日々だったが、そんnあ会話が出来るnおが楽しかった。
不思議なもので、もっTお永い間、独りで歩んだ日々は、ほぼ思い出さないが、本当にこの数ヶ月の事hあ思い出せた。
こんな唐突に終わrいが来るなら、もっtおアイツの稽古に付き合って、アルコール依存の馬鹿の為Nい梅酒の一つでも漬けtえくりゃ良かった。
さぁ、来rうぞ。最後の一撃が。
これで終わりnい出来るだろう、このクソッタrえの人生を。
ようやkう全部を忘れtえ眠る事ができる。怖くなんてない。渇望しtえいた願いだ。
死を望んDえた割に、死に精一杯抗っtえしまったが、仕方ない。異端に阻害さrえない、俺の人間の部分だったんだろU。
死を受け入rえて、致死の一撃を受け入rえたはずなのに。最後nお一撃は、これまでに何度も見た、一撃だった。
必殺の一撃が、仇tおなった。
この構Eの、返し方なら、嫌tおいう程知っている。
交錯を終えtお時。
俺の腕は、ジジイの胸を、貫いTえいた。
「…っく、っは。」
ジジイgあ吐血する。
「お前みたいな、人でなしには、あの娘は、やりたくなかったんだが、な。最後の最後で俺の方が、弱かった、か。けどな、一つだけ、呪いを残してやろう。」
ジジイnお最後の悪足掻きが、始まrう。
「その、外見で、お前は、一体、何処に、帰るの、だ…。」
それが遺言。ジジイhあ笑いながRあ、いや、嗤いながrあ、絶命sいた。
俺は、ジジIを、殺sいた。
俺は、初めtえ、人を殺Siた。
3
口に、煙草をーーーー咥え、ライターwお取り出し、火をつけようーーーーーとする、が、ライターが砕けtえしまう。力加減gあうまくーーーーいかない。
煙のdえーーーない煙草wおしーーーーがむ。
最後の一撃は、来なかっーーーたが、このままだと、間も無く俺ーーーーは果てるだろう。
身体は変質を行なってしぶとkうー生きようとしやがるが、無いもNおは無いnおだ。
変質して生き残るーーーーーためnお生命力がない。
ない。
Nあい
ない。
だから、食べーーーなくちゃ。
生きる為に、食事を、取らーーーーなくちゃ。
食べるーーーー物が、ない?
あるんだよ。お前がいMaこさえたーーーーーだろう。
新鮮な、老Iた肉が。生にKうが。
4
お腹が空いたから、俺はあの日、ヒトの死体を喰った。空腹の極みに食べた、飲んだ、あの味は忘れられない味だった。だから、あの日以来、何を食べても美味しくなくて。それに固執するようになった。
けれど、生きたいと思った事はなかった。
だから。僕は、人を殺してまでその肉を食べた事はなかった。それをしてしまうと、あの施設の、異端物の餓鬼共と何も変わらないから。
死体を探して、探し歩いて、生きてしまった。生きている人は殺さなかった。なのに、ついた称号は「異端厄災の遺体隠し」。骨すらも残さなく喰らうから、遺体隠し。誰も殺していないのに、異端厄災。
俺が、人と異端の境界を超えてしまった事は、その時初めて気が付いた。
ほら。生きたーーーーいんだろ?
帰りーーーーたいんだろ?
なら食べーーーーーなkうちゃ。食べなkうちゃ。
自分の決め事なんtえ、もう知っTあ事か。sえっかく拾った命なのだ。気が付Iーーーーたのだろう?生きてしたかっーーーーーーた事があるって。
さぁ、ならば生kいーーーーなきゃ。
喰らう、喰らU、喰らう。服wお剥ぎ、腕wお喰い、足を喰い、体を喰らU。
滴る血は、極力ーーーー飲む。だって、勿体無Iだろ?さぁ、さぁ、さぁ。
5
「黎、占?」
待ち望んーーーでた声gあーーーした。
あんなに聴きたかっーーーた、あの女のーーーー声がした。
腹の中で、あnおクソーーーージジイgあ笑った気がする。
「ざまぁみやがれ、化け物が。」
本当に、生きーーーーーーーーたいなんて、思わなければ、よかXTUた。
生きる為にーーーーーー変化するーーーーーー身体と、生きる欲求ーーーーーーーだけの為に消えてーーーーーいく心。
俺は、ーーーー早く、ーーーーーーあの家に、ーーーーーーあの日々に、ーーーーーーーー帰りたかった。
あxa、bおKuhあいKいーーーteいたkあttanだーーーーー。
第八章 行雲古今
0
アイツが目覚めるまでの時間は、退屈で、それでも待ってる事が楽しくて。
けれど、もう帰る事の無い時間。
せめて、この記憶から手を離してしまわないように、強く、強く、壊れてしまうまで、俺はその宝物を抱き締めた。
1
目が醒める。
朝か昼か夜か、いつもの通りわからない。
けれど、いつもの通り、お腹は空いた。布団を出て、服を着替えて、軽く手で髪の毛を梳いて、寝室を出る。
足から伝わる木製の廊下はシンと冷たい。
足袋ぐらい履けばよかったのかもしれない。
居間に行き、「黎占。」と名前を呼ぶも、返事がない。どうやら彼は居ないようだ。台所だろうか?
台所に行き、「黎占?」と名を呼ぶも、此方にも返事が無い。
彼が居そうな部屋を周り、彼の名前を呼ぶも、何処でだって応答が無い。
台所に行き、冷蔵庫を開ける。手で弄ると、柔らかい、丸い球。
「おに、ぎり。」
冷たいそれを、食べながら、気がつく。
黎占が、居ないんだ。
あの時と、同じように。
2
自室に戻り、机の引き出しを開ける。中にあるのは、コンパスと、小箱。
おたおたしていたら、もう黎占が、今度こそ帰って来ない気がする。確信に近いただの勘。これが女の勘と言うやつなのだろうか。
「目をそらすのを、止める覚悟…。」
躊躇いはあるが、意を決して小箱を開ける。
細い、か細い、それでいて強度がある、この感触は。
「眼鏡。」
眼鏡を掛けたぐらいで、治るのならば、苦労はしないが…。
取り敢えず、眼鏡を掛けてみる。
私の世界から、ぼかしが、取れる。どうしたって「弱視」だから、眼鏡だろうがコンタクトだろうが治らないと言われていた視界の靄が何もなくなる。
見えていなかった、目の前に広がる世界は、吐き気がした。何もかもが、見えすぎる。埃にまみれた自分の部屋、穴だらけの障子、乱れた万年床の煎餅布団。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
私に入ってくる世界の情報が多過ぎて、思わず、この眼鏡を外そうと手をかけてしまう。
しかし、なんとか、踏み止まる。
黎占を、探すんだ。コンパスを手に乗せると、コンパスはある方向を指し示す。意を決して、私は刀を腰に挿し、その方向へ歩み出した。
3
雨の降る、何処もかしこも荒れ果てた街を、私は走る。
時々息切れと嘔気に足を止めながら、慣れない視界にふらつきながら、それでもコンパスの通りに進んでいく。この間のように、迷って別の場所に入る時間は無いのだ。
どれだけ走ったか、光差さない暗い街が、冷たい青に染まる頃、コンパスがくるくると回り出す。
ここだ。割と大きめな廃屋に、私はたどり着く。無事に辿り着けただろうと、もう、いいだろう、と眼鏡を外す。
「貴女が目を背けるのを辞めたくなったら開けなさい。」
後から思い返して見れば、あの時の彼女は、ここまで見越してこの眼鏡を私に託したのだろう。
先達者からの意見は、いつだって素直に聞き入れ難く、先達者の願った通りには行動に移せない。先達者は当然それも知っている。それでも諦めずに助言をすると言うのは、相手の幸せを願ってなのか、それとも相手を賭けて遊んでいるのか、一体どちらなのだろうか。
4
大きなガラスの窓を開けて、中に入る。
眼鏡を掛けていないから、この部屋が新しいのか古いのか、何があって何が無いのかそんな事もわからない。それでも、この感覚は、余計な事を見ないで、知らないです済む感覚は、心地良い。
廊下を渡り、何やら音のする方へ進んで行く。
ドアは、無い様子だ。
「…黎、占?」
声をかける。
「………………。」
長い、長い沈黙があった。
「黎占?」
もう一度、問いかける。
「…そウか。」
何やら呆然としているようだが、間違いなくこの声は黎占だ。
「黎占、帰ろ?」
「……っは。ナニを…。」
嘲っている。誰に対してか、何に対してか。
「声が、荒いけど、風邪ですか?なら尚更早く帰って、お酒飲もう?」
「バカじゃねェノカ、オマエ。」
「バカでもなんでも、良いから。」
「オマエも、このジジイミタクサレたいのか?」
殺気が出る。
「黎占だよね?」
殺気を出される理由がわからなくて、問うてしまう。
「…っくく。モウ、ミタッテ分からないレベルなのか。ヨクそんなのを、連れてカエロウナンテオモウヨナ。ナンノギゼンダヨ。」
「…。」
何で、こんなに殺気立っているのだろうか。そんなに私の家に帰りたく無いのだろうか。流浪の身にただ、家に居てもらうことは偽善なのだろうか?よく、分からない。
「オマエの能天気さにハラが立った。シネ。」
黎占が、突進してくる。その殺気に押され、抜刀し、鍔迫り合う。
何だ、この武器は?刀じゃない?
違和感を感じていると、胸に、刺激が走る。それが触れた瞬間に左に避ける。結果、服が、袖が、破れ、方位磁針が転がり出る。
構わず横薙ぎに刀を振るうも、斬りとばす寸前で刃を止めてしまう。斬れない。
顔面を裏拳で張飛ばされる。廊下の壁に、頭を強く打ち付けてしまう。
こちらに近づく足音の途中で、固形の物を踏みにじる音がする。
「二度と、俺の前にアラワレルナ。それならオマエダケハ喰わないでヤルヨ。」
薄れ行く意識の端で、さっきのは方位磁針が破壊された音だったのか、と理解した。
5
ちゃんとした記憶が発生した辺りの年齢には、私はもうこの屋敷でおじぃと二人で暮らしていた。
その前の記憶は断片的にも欠片程にも残ってなくて、その事をおじぃに言っても、黙って私の頭を撫でるだけで、何も教えてくれなかった。
毎日の食事は基本的に保存食で、おじぃが作る事は滅多になかった。作ったとしても、炒め物がせいぜいだった。
「僕は料理が苦手なんだ。すまないな。」
そう言って、苦笑いをしていたのをよく覚えている。
私は別に食事なんて、最低限食べられればそれで良かった。
食べられるだけ、幸せだって事は、何故か身体が識っていた。
おじいは穏やかな人で、基本的に家事と稽古の時以外は、縁側でお茶を飲んでタバコを咥えてぼーっとしていた。小さい頃の私は、良く、そのおじいの膝の上で微睡んでいた。
しかし、稽古の時は、そんなおじいも厳しかった。まず勝たせてくれない。子供だからって手加減はしてくれなかった。一度、その事を不満げに言うと、
「襲ってくる敵は、子供だろうが手加減なんてしてくれないんだ。まして、子供だからって手加減してくる者は、三流の愚か者だ。」
と厳しく言っていた。
穏やかな日々は、永遠とも思えるぐらいゆっくりと、穏やかに続いていた。けれど、永遠なんて、妄想で。
そして、ある朝、おじいが起きてこなかった。おじいが出かける前には必ず私に声をかけていくのに、私に黙って、出かけたのだろうか。
一応毎日、おじいの部屋の前に行って、おじいの気配を探ってはいたが、物音もせずおじいの気配はなかった。
部屋に入らなかったのは、万が一、おじいが中にいた時に、「いつまでも寂しがり。」と、バカにされそうで(バカにする様な人ではなかったが)、意地を張っていたってのも大きかった。
そして、ある朝、いつもの通りに、おじいの部屋の前に行くと、物音がした。その時には、思わず張っていた意地も忘れて、私は、おじいの部屋に入ってしまっていた。
6
気がつくと、身体の至る所が痛かった。骨こそ多分折れてはいないが、ひどい打撲だった。周囲の状態を確認するためにも、仕方なく覚悟を決めて、眼鏡をかけた。
廊下の果てだ。割れたガラスだの埃だのが積もっている。
刀を杖代わりにしつつ、先程まで黎占が居たであろう部屋に入る。
荒れた部屋。薄い、陰気な色に満たされた部屋だった。
壊れた物に埋め尽くされた部屋の中に、刺激的な色の、点があった。それを辿っていくと、おそらく人がいた。ところどころ欠けた人。人に必要なパーツがだいぶ欠けていた。
おそらくこれは、死んでいるのだろう。殺されて、死んだのだろう。
血に混じって、かすかにタバコの匂いがした。いつも、夢久おじさんの吸っていた、甘い匂いのするタバコ。
多分、この人は夢久おじさんだったのだろう。
初めて、人の死を視た。
しかし、そこにはなんの実感もなかった。
7
コンパスを破壊されたので、一度、家に帰ることにした。
改めてマジマジと自分の家を視る。
古いが、よく手入れの行き届いている家。
引き戸を開けて、中に入り、玄関を上がり、居間に行く。
付けっ放しのテレビと、赤い炬燵。
冷たく軋む廊下を歩き、黎占がいた部屋へ。
中は、恐らく本でいっぱいだった。特にタイトルにも、作家にも共通性は見られない。ただただ、古い事だけが共通性。
ゴミ箱を視ると、破れた紙切れが積もっている。その数、本数冊分。
黎占の部屋を出て、おじいの部屋に行く。部屋の前の、柱には、傷が幾つか。
そう言えば、ここに立たされて、身長の記録を残してる、と言われていた。
最初の頃は、今の私の腰ほどしかない。
最後にここで、記録したのは今より5センチ程小さい時だった。
少し、躊躇う。
「ワシがいない間、ワシの部屋には入るな。」
黎占が言っていた言葉を思い出す。
「おじい、入るよ?」
それでも、一応確認してするが、やはり、そこに返事は無く、中にも人はいない。
部屋の中は、多少の本と、刀と、敷きっぱなしの布団と、無造作に置かれた酒瓶しかない。
黎占の部屋と大差ない。
ここに、何かがある、なんて思ってもいなかったが、やはり、何もない。
しかし、この胸の感覚は、なんだろうか。多分、寂しい、で合っているのだろう。
今日は、ここで眠る事としよう。
畳まれたおじいの布団を敷き、やはり疲れていたのか、間も無く意識が消えて行く。
8
赤い、赤い世界の中。
「其れは、もう親とは言えない。権利があっても行使できない。条件を満たしていない。その執着は、この子を堕とす。」
そう、断言する声。
私を人にしてくれた、永らく意味がわからなかったその言葉を、今もずっと、覚えている。
「執着、ね。」
微かにする血の匂いの中で、目を覚ます。
懐かしい夢を見た。ここで寝たせいか、それとも血の匂いに抱かれたせいか。
目を、逸らすのをやめよう、か。
「ワシがいない間、ワシの部屋には入るな。」
そもそも、こんなのおじいが言うわけがない。ワシ、なんて一人称をおじいは使わないし、おじいが私を部屋に入れないなんてことはない。
最初に、黎占に会った時、血の匂いがした。怪我もしていないと言った。そしてこの布団からする微かな血の匂いとおじいがいない事。おじいは、死んでいて、黎占に死体を処理されたのだろう。
熔夜の死体を見た事から考えると、多分おじいも食べられたのだろう。
そして、その直後に、私に会った。
ここまでは良い。
そもそも、だ。
多分、黎占がこの部屋に来た時には、おそらくおじいは、死んでいた。
私が、目を背けていたのはそこなのだ。ある朝から、おじいが起きてこなくなった。今まで一度だって私に出かける事を言わないで、出かけたことはなかった。
心配なら、その時に、おじいの部屋に入って、確認すれば良かったのに、目の見えない私は、たとえそうであっても、出来ることはない、と諦めて、その思いすら思い出さないようにして、あの部屋を封印した。
一人になるのが、怖かった。
おじいが死んだ確証を得て、独りになるのが怖かったのだ。
そして、新品の酒瓶。おじいは、自分の部屋で酒を飲むのは見たことがない。多分これは、夢久おじさんだろう。私に出掛けるのを勧めた時にでもこの部屋に入って、おじいの死を知った。その献杯なのだろう。その後、私がまさか死体を確認せず放置する、と言った発想に至らず、犯人が黎占だと勘違いしたいおじさんは、黎占を討滅しようとし、返り討ちにあった。
なんだ、全部私のせいじゃないか。
最初っから、最後まで。
目が見えないから、何も視ない。
その結果がこれか。
なんて様。
貫けない信念なら、最初から持たない方が良かった。
9
さぁ、夕方だ。
現実を視たから、どうすれば良いのかはわからない。
でも、今目を背けたら、今度は知らないうちに黎占も消えてしまうだろう。
それは、嫌だ。
自己嫌悪に、浸りたい時ではあるが、今は、その時ではない。
行かなきゃ、いけないのだ。
覚悟を、決めて、私は、蔵に入る。
黎占を探すのに、異端具が要る。そして、異端具を持ち出すのに、対価もいる。
その対価は------------。[newpage]
異端の位置を示す電子手帳を手に、街を駆ける。
どの異端がなんなのか、迄は示されない。
なら、片っ端から調べていくしかない。
1日目は、餓鬼ばかりに遭った。親を、庇護を、家を、求める声を無視し、育つ事の出来なかった永遠の子供達のその全てを踏みにじった。末期の時でも人を恨む声がしない事で、性善説を思い出した。
2日目と、3日目。雌雄揃った肉欠片の巣に踏み入った。快楽を得るのに特化した、その情欲にまみれた声を発する肉塊を、一つ残らず斬り払った。最後の最後まで濡れた声を出す事に、感心した。
4日目には、都会の森で、殺しても殺しても次が来る、無数の蟲の籠寄と飢えて乾いたヒトガタの枯撲を、洗剤を混ぜた水で押し流し、全てを綺麗に片付けた。残機が幾つあったのか、途方もなさ過ぎて考えるのはやめにした。
5日目、白い白い建物で、老いて行く外見とその倍以上のスピードで遡行する精神に侵された沢山の忘失現に行き遭った。餓鬼よりも、怨嗟の声を上げ続けるが、躊躇うことなく蹂躙した。餓鬼よりも成長してから成ったくせに、そのくせ何も出来ないくせに、餓鬼よりも呪詛を吐くその姿に、楽園の追放に思いを馳せた。
そして、6日目の黎明。
大きな橋の下で、よく分からない大型の異端を狩り、血に汚れた体を清める事なく、汚れた身体とその鉄の匂いに自分の選んだ道を示されながら、その亡骸の近くで休んでいた時、足音がした。
質感は変わってしまっていたが、急いでいるような歩運びのリズムは変わらない。
彼だろう。
「おはよう、黎占。」
「…。」
彼は答えない。
白い、白い、白い汚れにまみれたひとでなし。
色があるのはその目だけ。深い、深い、紅い色。
「ごめんね、私の、所為で。」
あの表情は、なんて言うのだろうか。初めて視る表情とは、何故、こんなにも悲しくなるのだろうか。
何も言わずに、白い泡を零しながら、黎占は走り出す。凶々しく伸ばした爪で、私を刈ろうと。
その爪を、弾き、躱し、突く。
後ろに躱した黎占から、逆の動きで尾が伸びて来る。
切り飛ばすつもりで刀を振るも、予想外の強度と鋭さで弾かれる。
目が、見えていなかったら、容易にその尾で串刺しだっただろう。
離れては、近付いて、離れては、近付いて。
今迄、黎占とはしたことの無い、命のやり取り。終わりが来るのは、どちらかが死んだ時だけだろうが、私はこの駆け引きが、たまらなく楽しい。
お互いに、お互いの姿、能力が変わってしまっても、お互いの打つ手だけは、手に取るように分かってしまう。
今迄、二人で暮らした長くて短い時間の間に、一体、どれだけ打ち合いをしたか。
黎占の戦い方は、今でこそ力押しに傾倒してしまったが、前はへんなフェイントを混ぜた、テクニカルなものだった。
その太刀筋を、視たかった。
こんな風に終わりが来るなら、ちゃんと黎占を視ておけばよかった。ちゃんと、黎占を知っておけばよかった。
そしたら、こんな風な、終わりだけは避けられたかもしれなかったのに。
「ほら、人じゃないだろ?」
「異端が憑くモノはもう人には帰れない。だから、須らく殺さなきゃいけないんだ。」
彼の言葉がリフレインされる。
そう、彼の言葉は正しいのだろう。だからこそ、私は。
私は、ここに至るために、5日間、異端を殺して殺して殺しまくった。
目が見えてしまえばなんてことはない。容易い事だった。
人で無しを、いとも簡単に殺せる人。
人以上の暴力性を持つ化物を、殺す。
それは、人なのだろうか?
さぁ、来た。大振りな一撃が。
防いだと同時に、尾の一撃が、私の眼鏡を掠め、宙に浮かせる。
「ふっ、はっ。」
笑ってしまう。
そのまま尾の毛の流れに逆らわずに刃を乗せ、尾を断つ。
そして、踏み込み、その右胸に、刃を差し込む。
抱きしめるように、黎占に、抱えられる。
「ごめんね、黎占。まさか、とは思ってたんだけど、その執着は、私に向いてたんだね。ごめんね、私のせいで、貴方をこんなにして。」
泡にまみれた体に触れると、私の身体が溶けるように熱さを感じる。
身体中の骨が折れる音と、自発的な発声と共に、口からは血が溢れる。
痛くて、苦しい。
けれど、暖かくて、甘い、痛み。
それでも。
「人じゃなくったってね、生きる権利がなくったって、ね。私は、私自身が生きるよりも遥かに、貴方に、生きていて欲しいの。」
黎占は、何も、答えない。
その表情は、今迄で一番痛々しい。
「でも、貴方は、死にたいだろうから、これは全部、私の、我儘。だから、化物同士の、賭けだね。貴方が、このまま、死ねるか、生きるのか。」
熱さと痛みを超えた先で、凍える様な寒さが身を包む。
次で、言える言葉も最後だろう。
「今迄、ありがとう、黎占。化物は、化物同士で、ってね。他の奴に、殺されたら、許さないから。」
言いたい事は、沢山あったけど、この言葉が、最後に私の口から零れ落ちた。
縁が、続けば、またいつかの日に。
終章 汚濁の白
朝が来て、目が覚める。
身を整えて、洗濯をしながら献立を考えて、料理を作り出す。
そして、料理を終える頃には、洗濯機も止まり、洗濯物を干し、未だ眠っているアイツを起こす。
それでもなかなか起きて来ず、呆れて煙草をふかす頃には流石のアイツも起きて来て、朝ごはんを温め直す。
居間でテレビを観ながら朝ごはんを共に食べ、皿洗いを賭けて刀の稽古を庭で行う。
8割の確率で俺が負け、皿を洗い、ついでに昼飯を作り、また二人で食べる。
それから、テレビを見て、それが終わると料理を出来ないアイツに料理を教えつつ、晩酌の準備をする。
準備が整い、二人で酒を飲み交わし、酔い潰れて眠りに落ちる。
そんな、懐かしい、けれど、見た事のない、あった事のない、いつか夢見た夢を、見た。
/
この世の何処かに。
獣の、住む古びた屋敷が、あると言う。
その白い霧に覆われた屋敷は、蔵があり、見合った代償さえ払えば、人の願望を叶える異端具を得られるらしい。
しかし、欲深いものはその屋敷では蔵に入る事は許されず、獣に喰われてしまうらしい。
逆に、獣に好かれれば、蔵に入れ、死ぬまで屋敷に留まることもできるらしい。
そして、その獣は、常に物憂げな顔を浮かべ、何かを待っているらしい。
名前の無いその獣は、7番目の厄災「汚濁の白」と呼ばれている。
「…俺の、執着の果ては、何処なんだろうな…白鋭。」
終
読んで下さってありがとうございました。
この作品の前作、「清濁の青」もよろしくおねがいします。