眼帯の男 ウルド
行軍中、カドリアの頭の中はどうやって世界を獲るかで一杯だった。
「人だな」
彼は呟いた。大国を作るのではない。彼は世界を統一するのだ。すべて自分でできるはずがない。すべてを任せられる。あるいは、一部を任せられる人材が多く必要になってくる。自分の周りを考える。
「そうだな。8人?いや10人くらいは使えそうか?」
全然足りない。この世界は7つの大国と少ない小国とで成り立っている。その7つの大国で一番小さい国がドルドラスである。カドリアの祖父ドルドラス1世の若い頃は、ナダール国という大国が一つあり、後は小・中規模の国が無数にある、いわば群雄割拠の状態であった。しかし、ナダール国王ナダール2世は、軍事行動を一切行わなかった。恐らくカドリアの父と似たような性格の持ち主であったのだろう。その間に周辺国は、国の奪い合いを行い、ナダール国を超える大国が2つ出来上がった。その一つ、フェデラー国は今の隙にと自国の情勢が一区切りつくと多少無理をして、大国ナダールに攻撃を仕掛けた。ナダール2世が腰抜けだということは隠しても隠しきれるものではなかったのである。しかし、ここでフェデラー国に誤算があった。何とナダール国王ナダール2世はすでに崩御していて、彼の息子ナダール3世が後を継いでいたのである。
「この不安定な情勢に国王の崩御を知られるのはまずいのではないか?」
ナダール国の群臣はそう決断して、皇帝崩御を隠していたのだ。これが思わぬ形で功を奏した。ナダール2世を舐めきっているフェデラー国は、十分な戦力を整えないままで出陣した。フェデラー国としては、完全な征服は狙っておらず、あくまで領地を拡大し、ナダール国の力を低下させることを狙った出陣であった。これに反応したのは、ナダール3世である。彼は大兵を整えると自らが先頭に立ち戦った。ナダール3世は決して戦が上手い王ではなかったが、敵国の4倍近い兵を率いてきたために何とか敵国フェデラー軍を撃退し追い払うことが出来た。しかし、この戦いは思わぬほど長く続き、この2国が対立している間に、ドルドラス1世などの小国は隣国を次々に平定し大国へとのし上がったのである。情勢はすでに落ち着き、群雄割拠時代は終わった。小国が今から大国になるのはほぼ不可能である。
「人材は不可欠だな。敵からも優秀な者が居れば引き抜かないと」
カドリアはそのようなことを考えながら行軍した。そして5日で戦地へと着いたが着いてみて驚いた。戦場となるのは「クレア」という西の国境にある村である。カドリアの予想ではまだ敵は来たばかりで、これからでも十分間に合う戦況であろうと呼んでいたのだが、すでにクレアは壊滅寸前であった。
「援軍だー。援軍がきたぞー」
村を守備する軍人と村人から歓声が上がる。カドリアは馬を止め戦場を観察した。全軍が停止する。
「タイガ!」
赤い短髪に精悍な体つきの男が騎馬で寄って来る。タイガはカドリアの姿を目に捕らえると(本当に男か?)と毎回浮かぶ疑問を思い浮かべた。カドリアは、青い長い髪に、サファイア色の瞳を持つ美しい人である。中性的であり、女だと紹介されれば美少女に見える。しかし、話してみれば分かる。カドリアは男だ。
「お呼びでしょうか?」
「タイガ、精鋭隊を率い退路を断つ動きを見せろ。敵は慌てて引き返すだろう。そこを待ち構えて殲滅しろ。敵は全力で来るぞ。抜かるな!」
「承知」
「暫らくすれば私が敵の背を襲うが期待するな。それを期待すると数名に逃げられる恐れがある。今回の任務は完全殲滅だ。情けはかけるな。モリーだけ俺の元に置いていけ。別の任務がある。」
頷くと、タイガは馬を駆けさせた。
「精鋭隊は俺に続け、敵を逃がした者には罰がある。勿論、指揮官である俺にもだ。俺の顔に泥を塗るなよ」
「隊長の顔に泥か?塗ってみてぇなぁ」
下品な笑い声が響く。
「おめーにゃ、一生無理だ」
タイガが答えるとどっと笑い声がする。
「モリー、カドリア様がお呼びだ。お前には別の任務がある。行け」
モリーと呼ばれた坊主頭は急いで自分の馬へと向かう。
「おっ、いよいよお姫様に昇進か?」
「それを言うなら王子様にだろう」
下品な笑いが響き渡る。その言葉にモリーは、
「うるさいわねー。少女趣味は無いわよ」と睨みつける。
「ひぇ~、おっかねぇー」睨まれた男はおどけた声をあげる。
モリーはカドリアの元へ馬を走らせた。
精鋭隊とは、タイガが自分で各隊からスカウトし、育てた騎馬隊である。タイガが性格や素行の悪さなど戦闘に関係無いものはすべて無視して、闘いの強さのみを考慮して集めた100人である。中でもモリーは唯一の女性であるが、副隊長を命じられている。女性であるということは、軍にあってそれだけで嘲笑の対象になるが、彼女を本気で怒らせて立っていられる人間はこの中でも数人であろう。モリーは、大抵女性とは見られない。何故なら彼女の髪型は坊主である。しかし、良く見れば、顔立ちは整っており、美少年という感じである。また、非常に鍛えているため胸の膨らみも感じさせない。そのため、よくよく見ないと女性だとは思われない。そのためかどうかはわからないが、モリーを女扱いするものは精鋭隊の中には居なかった。また、彼女もそれは望んでいない。
モリーがカドリアの元に行くと早速の命令が待っていた。
「やあモリー、一人だけ別行動ですまないね。」
モリーはカドリアが苦手であった。カドリアはモリーを女扱いする数少ない相手だ。それが彼女の癇に触る。しかし、相手は王子である。邪険に出来るはずもない。
「お呼びでしょうか?」
慇懃に頭を下げる。
「うん、時間が無いので手短にね。あそこに居る。黒い眼帯の男。わかるよね。」
カドリアが見つめる方に目を向けると、眼帯の男は一人しか居ない。
「はい」
「あいつらは今からタイガの攻撃を受ける。しかし、あの眼帯男だけ動きが読めない。多分、村の中に逃げ込み隠れると思うのだけど・・・。確証がない。」
「どういうことでしょうか?」
モリーは少し苛立った。回りくどい説明は好きじゃない。
「つまり、あの男の後を追い、生け捕って連れて来てほしい。」
「承知しました。」
出て行こうとするモリーにカドリアが、
「あいつ、かなりやりそうだから、十分注意してね。」と声を掛ける。
(馬鹿にしているのか?)
モリーは、苛立ちで歯を噛みしめたが、振り返り
「心得ております。王子様」
と強い口調で言うと、馬に跨った。
(あいつは何かイラつく。王子でなければ1,2発ぶん殴っているところだ)
モリーは馬に跨り、眼帯男の様子を伺っている。すると、タイガが敵の背後を遮断する動きを見せた。敵は、
「退路が無くなる。」と言い退路の確保に走ろうとする。敵はタイガを止めようと次々と向かっていくが、タイガの偃月刀に次々と倒されていく。
「さすが隊長♡」
モリーが感心する。眼帯男は、他の仲間とともに走っていたが、急に立ち止まると引き返した。
(おかしい)
モリーが駆ける。眼帯男は、タイガの戦いを夢中で見ている若者に見つからないように近づき一撃で突き殺すとそこから村の中に侵入した。モリーは馬から飛び降りるとすぐに後を追う。眼帯男はでかい図体の割に素早く、見失いそうになったが間一髪物影に入る影を見ることが出来た。覗き込むとそこは行き止まりになっている。
「そこに居るんでしょう?おとなしく出てらっしゃい」
すると中から
「命は取らねえってんなら出て行くぜ」という声が聞こえた。
「ええ、命は保証するわ。だから武器をこちらに投げて抵抗せずに出てきて」
「はいよ」
中から、大振りの剣が投げられた。
「今から出るぜ。攻撃するなよ」
「そんな汚い真似はしないわ」
ゆっくりと人の動く気配がする。路地の中から眼帯男がゆっくりと現れた。
「おう、攻撃するなよ。あれ、女かい?」
眼帯男が周りを見回すとどうやら女一人である。
「そんなら話は別だぜ。お前を殺して俺は逃げる」
眼帯男は、不用意に右拳を打ち込んできた。モリーはその腕を肩で掴むと、思いっきり引き下げ、横にずらした。眼帯男の腕が違う角度に曲がっている。眼帯男が右肩を押さえうずくまる。
「おめー、肩の関節外しやがったな」
眼帯男が唸り声をあげる。モリーは男の前に剣を突き付けて、
「あんたが約束を破って抵抗するからよ。自業自得だわ」
「いてーよ。痛くてたまらねえ。はめてくれよ。」
「はめた瞬間に逃げるつもりでしょう?お断りだわ」
そんな会話をしていると、タイガが現れた。
「モリー、お手柄だったな。よし、連行しよう」
「隊長、敵は?」
「全滅させた。罰は受けなくてすみそうだ」
その会話を聞いていた眼帯男は、
「あんた、隊長さんかい?俺の肩をはめるようにこの女に言ってくれよ。これじゃ、痛くて歩けねえ」
タイガは少し考えたが、
「モリーはめてやれ」と命じた。
「でも・・・」
「良いんだ。今度は俺もいるし、外には奴らもいる。逃げられるわけがない。それに歩けないと連れて行くのが面倒だ。」
モリーは、やれやれという風に眼帯男に近づくと、腕を掴み一気に上下に振った。
「い、いてぇ」
眼帯男が絶叫を上げる。
「もうちょっと優しくできねえのか。この男女は?」
モリーが眼帯男を睨みつける。
「それじゃ行こうか」
タイガが眼帯男をカドリアの所に連れて行った。
「座れ」
カドリアが促すと眼帯男は、椅子の背もたれを前に向け両腕を背もたれの上に乗せ、その上に顎を載せて座った。その姿は犬の伏せを連想させる。
「で、何か用かい、坊ちゃん。あん?嬢ちゃんではないよな?」
言った瞬間、タイガの拳が眼帯男の横面を殴りつける。椅子ごと眼帯男が吹っ飛ぶ。
「おー痛ぇ、目が悪いんだからよぅ~。見てわかんねぇのかなー」
顔を押さえながら椅子を先ほどのように戻すと同じ態勢で座り、しげしげとカドリアを観察する。青い色の長い髪にサファイア色の瞳、肌は真っ白で雪のようだ。少女だと紹介すれば信じるものが多いだろう。しかし体から発する気は強い男のものだ。
「で、何用ですか?おぼっちゃん」
タイガが殴ろうとするのをカドリアが右手を上げて止める。
「俺のことは何て呼んでも構わない。だが今から尋ねることに正直に答えないとそこに居るタイガがお前を打ち殺す」
「いいねぇー。かなりの達人だから苦しまずに逝けそうだ。」
体を起こしてタイガに笑いかける。
「いや、わざと急所を外し、のたうち回るように打たせる」
「顔に似合わず怖い坊ちゃんだ。で、何?」
眼帯男は、また伏せのような恰好をして尋ねた。
「お前は傭兵だな?」
「ああ、そうだよ。何で分かった?」
「質問をするのは俺だ。良く考えてから話せ。次は無いぞ」
「オオ、怖っ」眼帯男がにやける。
「だが今回は特別に答えよう。あの時お前は私の意図を察して、逆の方向に逃げた。これはよほど策に詳しいものか経験のあるもの、お前は策士には見えないからな。もう一つ、お前は策に気付きながらも仲間を助けようとはしなかった。そこから導き出した答えが傭兵だ」
眼帯男は上体を起こすと手を激しく叩いた。
「ブラボー、お見事だ。坊ちゃんいくつだい?その歳で凄い観察眼だ」
タイガが舌打ちをする。急いで眼帯男がタイガに謝る格好をする。
「また殴られたらかなわないからな」
カドリアは、
「いくらで雇われた?」と尋ねる。
「20万」
眼帯男が即答する。
「打て」カドリアが躊躇なく言う。
眼帯男は飛び上がって、
「5万だ。5万、嘘じゃない」
必死に訴える。
「10万で俺に仕えろ」
「いいぜ。あんたは何か面白そうだ。だが、忘れるな。俺と坊ちゃんは金だけの関係で君臣の関係じゃないぜ」
「それでいい。だが、いつか仕えて欲しい」
「そうだなー?俺が坊ちゃんに仕える時は様付で呼んだ時だ」
「ならば、様付で呼ばれるように俺も頑張るか」
「おう、精々頑張ってくれ。俺はウルド、眼帯のウルドだ」
カドリアはウルドの顔を指さし、
「俺からも一言・・・、渡した金の分はきっちりと働け、ウルド」
ウルドはにやけながら、
「顔と性格のギャップが凄いねぇ」
その後、大声で笑った。