王様の仕事
それから3日後、ローエルが人事の草案を持ってカドリアを訪ねてきた。
「カドリア様、いかがでしょうか?」
それを見たカドリアは、
「なるほど、上手い・・・が、・・・」
と呟いた。その草案にはカドリアが無能と判断し、切り捨てた者達が聞こえは良いが力を持たない部署にちりばめてあった。しかも、その上司や部下にはローエルの息の掛かった者を配置してあり、不穏な動きをしたらすぐに分かるようになっている。カドリアが切り捨てようとした者達は、貴族の子孫や、祖父の時代に武功のあった者の子孫などで、いわば親の七光りで官職についている者たちだ。
「奴らに金を払うのか?何とも無駄だな。」
納得いかない表情で呟くカドリアに、
「しかし、奴らが集まり、謀反や他国を引き入れたりすると厄介なことになります。ここは一度我慢して頂き、落ち度があれば官職を剥奪するのがよろしいかと、奴らがぼろを出すのはそう長いことはありません。」
「う~ん・・・」
カドリアは、腕組みをして少し考える仕草をしたが、やがて
「分かったよ。明日発令でいいかな?」
「結構でございます。」
ローエルは深々と頭を下げた。
翌日、人事は発令された。(しかし、フェンダは行方不明なのでとりあえずモリーが親衛隊隊長代理となる。)多少の不満も出たようだが表立って騒ぐ者も無く、人事は受け入れられたようだ。ここからしばらくカドリアは内政に力を入れることに決めた。まずはローエルとその側近、各行政の主軸となる者を集める。
「国というものは、貴族に対する優遇が多すぎる。まずはこれを可能な限り削れ。そうすると貴族の反感を招くであろう。だから手始めに王の財政を削れ。そうすれば貴族の口も多少閉じるだろう。私は別に贅沢をしたいとは思わない。いいか。思いっきりやって構わない。」
「はっ、畏まりました。しかし、削ってできた財はどのように使いましょう?」
話しの進行役はローエルである。理性溢れる彼であれば議論も迷走しない。
「私の国の民は他の国と比べて困窮しているか?」
それに対して、ランドンという者が、
「恐れながら発言をしてもよろしいでしょうか?」と断りを入れてきた。このランドンは、ローエルが見出した人物で今回の人事で土木関係の長官に任命された者である。
「今日はお前たちの意見を聞くために呼んだ。いちいち断らなくていい。思うことがあれば存分に述べて欲しい。」
「はっ、では遠慮なく。私は5年前までランド国に住んでいましたがそこと比べてこの国の民はずいぶん裕福だと思いますし、暮らしを楽しむ余裕もあるように思います。民は十分に満たされていると・・・、ただし、この国は橋が少ない。また、大雨が降った時に水を逃がす工夫が足りていません。願わくばそれを手始めに行いたいと思います。」
「民は国の力だ。それを守ることを第一とする。ただし、橋は掛け過ぎるな。民を歩かせろ。あまり便利にし過ぎると民が腐り始める。よいか、これは全員良く覚えておけ。甘やかすだけではいけない。民の事を考え、強くすることも考えろ。」
全員、畏まりましたと一斉に頭を下げる。
「ランドンよ。水の工夫にどのくらいの期間と金が掛かる。」
「はい、期間は3年、しかし、金はできるだけかからないように致します。考えているのは、貧困層の老人と子供を使おうと考えています。そこに金を回せば、民の生活の質も上がるので一石二鳥の効果が出るのではと考えます。」
「なるほど・・・、良し許そう。やってみろ。」
「はっ、必ずや成功させてみせます。」
ランドンはそういうと深々と頭を下げた。このような議論が続き、やがて議論が尽きたことを確認してカドリアは散会を告げ、部屋に戻る。
「ローエル、付いてこい」
ローエルは急いでカドリアの後に従う。王の部屋に入るとカドリアは、適当に座るように促す。
「ローエル、どうだった?」
と満面の笑みでローエルを見つめてくる。
(うっ、先ほどの威厳に満ちた凛々しい表情とはうって変わって、誠に愛らしい)
ローエルは目線を下げ、赤くなる顔に困惑しながら
「お見事でございました。これで王様の御威光が隅々まで行き渡り、我が国の繁栄は飛躍的に高まりましょう。」
「だから、名前で呼んでよ。」
「はっ、失礼いたしました。カドリア様」
「そう、良かった。自分でもなかなか上手くできたと思ったんだ!」
カドリアは安心したという風に胸を撫で下ろした。慣れぬ王という地位に必死で当たっているのだろう。
「僕、コーヒー淹れるけど飲む?」
「いえ、そのようなことは私がやります。カドリア様はお座りください。」
「そう?僕、結構コーヒーにうるさいよ。僕よりうまく淹れられなかったら死罪だけど大丈夫?」
「えっ?」
ローエルが驚いたような表情でカドリアを見つめる。その顔を見て、カドリアは爆笑した。
「今の顔・・・、凄かったよ。ローエルにも見せてあげたかったよ。大丈夫、ちょっとした王様ジョークだよ!」
(王様ジョーク?何と悪趣味な・・・)
「座ってて、すぐに淹れるから」
そういうとカドリアは豆を挽き始めた。コーヒーを淹れる作業をしながら、カドリアは
「フェンダの行方はまだ分からない?」
と尋ねた。フェンダはあの日、ルーガに「友を捜してくる」と言い姿を消してしまった。
「捜させてはいるのですが、いまだに見つかりません」
ローエルがそう答えながら、カドリアを見ると、ポットのお湯を別の容器に入れて温度を計っている。なるほど、何となく本格的だ。
「兄貴はこうと目標を決めると、他の事が目に入らなくなりますからね。それ故に求道者なのでしょうが、心配です。」
そう言うローエルの前に、
「はい、どうぞ」と言いながらカドリアがコーヒーを置いた。ローエルは「恐れ多い」と深々と頭を下げる。
「飲んでみて」
「では」
不安そうに見つめるカドリアの視線を受けつつ、緊張してローエルはコーヒーを口に含んだ。その瞬間、コーヒーの芳醇な香りと心地良い苦みが体の中を駆け巡った。
「美味しい!」
ローエルは思わず唸った。
「お世辞でなく今まで飲んだコーヒーで一番おいしいです。」
「良かった!」
カドリアは嬉しそうに微笑んだ。その顔を見て、ローエルは胸の高鳴りを感じた。
(まずい、まずいぞ。私はどうしてしまったのだ・・・)
「ローエル、ひとつ尋ねてもいいかな?」
ローエルは目線を下げたまま、
「なんでございましょう?」
「ローエルって僕の目を見ないよね?最初はそういう人なのかな?と思ったけれども、他の人と話すときは目線合わせているし、僕、嫌われているのかと思ったよ。」
「そんなことは断じてありません。」
勢い込んでローエルが答える。そして次に理由を話そうと思い言葉を探した。
(何て言えばいいんだ?美しすぎて直視できない?いや、駄目だろう。貴方を見ると顔が赤くなり鼓動が早くなる。それではまるで愛の告白ではないか。上手い言葉が無い。どうしよう・・・)
頭をフル回転させているローエルにカドリアは、
「じゃ、僕を嫌いなわけじゃないんだね?」
それに対して、ローエルが必死に頷く。
「そう、良かった。聞きたいと思ってたんだけど、なかなか機会が無くてね。今日は二人きりなので思いきって聞いてみて良かったよ」
そういうとにっこりと微笑む。
(それだから、見れないんです!!!)
ローエルはまたもや俯いた。その後、話題は変わり、
「近々、ユリアナに要所を見せて、未来を占ってもらおうと思うんだけど、どう思う?」
「なるほど、それは宜しいかと思います。」
「できれば付いてきて欲しいんだけど、忙しいよね?」
「はい、私もユリアナさんの占いを聞きたいとは思いますが、しばらくは仕事が山積みで行けそうもありません。」
「そうだよね。それじゃ、占ってもらう場所を書いて知らせるから、追加したい場所があれば知らせて、後で占いの結果も書いて知らせるよ。」
「そうして頂けましたら、今後の方針を立てやすくなります。」
ローエルは深々と頭を下げた。