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現世に帰らせてください  作者: 早足
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第5話 狸少年のおすすめ料理店

微妙なところで終わります

扉を開け外に出ると、いつのまにか空は橙色に染まっている。夕暮れは変わらないのだな、と二人は少しだけ郷愁の念にかられる。


「買い終わったなら次は……二人とも腹は減ってますか?」

「そういえば」

「言われると減っていますね」


元々飲食店には案内する予定だったが、それなら、とさいちは近くにあるその店で食事を済ましていくことを提案した。二人は空腹を認識し、さいちに連れ立ってまた、歩き始める。ちなみに、軽くて割れにくいものは滋賀が、重くて割れやすいものは瀬川が持っている。一人暮らしの長かった瀬川にとって、買った商品を種類に応じて袋へ仕舞うのは非常に慣れた行為だった。


「さいちさん、そういえばあの店の値段はどうなんですか?」

「ああ、値札が書いていなかったような」

「相場と比べてってこと?…ですか?なら、さっきは安くなってた、と思います」

「安く?」


瀬川が首を傾げると、滋賀は合点がいったような顔をする。


「さいちさんの……いや、さとみさんの紹介ってことですか?」

「そう、あそこは横柄な客だったりいかにも怪しい客だったりすると、ギリギリ相場の範囲内と言えるくらいに高くふっかけるから」


瀬川はようやく納得した。店に入ってすぐに店主へ挨拶に行ったのは、さとみの紹介だということを伝えるためだったのだろう。初めて入った店があそこでよかった、と二人は顔を見合わせ息をつく。でなければ今頃、路銀に困り空腹のままあてもなくさまよっていたかもしれない。門番にも感謝だ。


「あ、ここ」


さいちが足を止め、目の前の店を指す。店前に立てかけられた看板には肉と食器の絵が描かれている。見上げると、扉には『ハウス』との表記があるが、これがこの店の名なのだろう。滋賀は直訳して家、となるそれに首を傾げる。例えば、スプーンであれば、匙、よりも使用頻度が高く馴染みのある言葉だ。ときどき外来語としてのカタカナに文字が読めるのは、原理ははっきりしないもののそういうものなのだろうと滋賀は思っていた。だから、家、ではなくわざわざハウス、と書かれた店名を不思議に思ったのだ。ホームでもなく。とはいえそこまで気にかかるわけでもなく、すぐに疑問を引っ込めるとさいちが開け瀬川が入店するのに滋賀も続いた。


「ようこそ〜、おやさいちじゃねえの!」


さいちが軽く会釈をしたので、続いて二人も頭を下げる。どうやら、ここでは「いらっしゃいませ」に「ようこそ」を使うが、お辞儀の文化は変わらないらしい。


「お?後ろの二人は?」

「こんにちは、瀬川と申します」

「滋賀です」

「おう、おれはここの店主で料理人のシェイルだ。味わっていってくれや」


軽く自己紹介すると、見たところ滋賀や瀬川と同じ人種と思われるガテン系の男が朗らかな笑顔を見せて名乗り返す。よろしく、と挨拶し合い、二人は空いている席に案内された。カウンターに、向かって左から瀬川、滋賀、さいち、と並ぶ。


「あの、メニューってありますか?」


滋賀は席に座ってすぐに手元を見渡し、見当たらないものを尋ねる。が、カウンターの反対側に立った主人のシェイルは首を傾げた。


「めにゅう?なにかないのか?」

「あー、ええと」


確かにメニュー、といえば日本語とはいえ外来語であるし、確か日本語でも普段からよく使われていたはずだ、と滋賀が記憶の糸を手繰り寄せていると、瀬川が察して口を挟む。


「お品書きって伝わりますか?」

「品書き?ああそういえば、聞いたことがあるような。うちにはねえな」


どうやら、マロワではメニューや品書きという単語に馴染みがないようだ。いや、マロワでだけないのかもしれない。聞いたことがある、ということは実際に存在するのだろう。しかしながら、それではどうやって注文するのだろうとちらり、店主と顔なじみらしいさいちへ二人が視線を向けると、それに気づいて少しびくりとしたあとすぐに何を言いたいのかわかったのか、店主に声をかける。


「店主、おすすめを三人前頼む」

「ああ! ちょいと待ってな!」


注文を取り付け、店主が奥に引っ込んだ後、さいちが二人のほうを向いて説明する。


「この辺の店はだいたい、数品しか出さないし、おすすめは主人の自信がある料理だからみんなこれを頼むん……です」


詳しく聞くと、毎日一定量を仕込むのではなく、その日安い野菜などを目利きで買いに行くのが普通なので、ラインナップはすべて日替わりなのだという。他には、食べたい料理があったときに店主に言いつけると、材料があるときに限りつくってくれるとか。値段のその日その日で異なるらしい。それでも安くて美味い、と珍しくさいちは饒舌になった。


「さいちさんは敬語を使い慣れていないんですか?」

「……うっ」


滋賀がいい機会だと聞いてみると、さいちはバレたか、とでも言いたげな顔をする。瀬川はバレバレだろう、と苦笑した。


「うちは客商売だから。質屋って信用商売なところもあるし、おばあちゃんから敬語を覚えろって使わせられてて、でも上手く使えなくて」

「敬語は覚えておいて損がないしなぁ」

「お兄さんはすごい丁寧な敬語を使ってて、その……すげえ」


日本の社会人としては、使えないと損、どころではないのだ。使えることが最低限求められる。しかしそう褒められたところでフリーターに変わりはなく、瀬川は複雑な気持ちのまま礼を言う。


「実践練習も大事だろうけど。今は普通に喋ってもいいよ、少なくとも俺は気にしないから」

「わたしも気にしませんよ」

「……ありがとう、二人とも」


さいちは喜色の笑みを浮かべた。子供らしい素直な表情だ。


「なぁ、いろいろ聞いてもいいか?」


余程使うのが億劫だったのだろう、彼はすぐに敬語を引っ込めて二人へ興味津々な視線を向ける。


「わたしはいいですよ」

「ああ、俺も」


ぱ、と明るい顔をした。そういえば、と滋賀は、質屋を訪れたとき、少年が見知らぬ衣服を身につけた二人に異様な反応を示していたことを思い出す。好奇心旺盛な年頃なのだろう。


「シガさんはなんでおれに敬語なの?初めて使われたから、最初はびっくりした」

「ああ……なんていうか、癖です、癖」

「ふうん、変……は失礼か、ええと不思議な癖なんだな」

「あー、はは」


滋賀は微妙な顔をする。瀬川は、何となく察した。と、同時に聞くならここだろうと思い切る。


「それって素の口調を隠すため……とかだったりする?」

「!」


滋賀は思わず瀬川を振り返った、が瞬時に先ほどまでのあれこれを思い返し、諦めたように頷いた。

中々進みません。本当はここで区切るつもりじゃなかったのですが、間を空けたくないので投稿してしまいます。ごめんなさい。


ブックマーク、評価などお待ちしております。オラに元気を分けてください。

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