第4話 よろず屋にて
日本円に換算したときの価値などはそのうち本文に出しますので適当に読み飛ばして大丈夫です。
「お姉さんとお、にいさんは町のことわからないんですよね?じゃあまず図書館に行ったほうがいいんじゃないか……と思います」
「図書館あんのか!」
おじさん、と言いかけたのだろう、ほんの少し間が空いて言い直される。瀬川はおじさんでもいいのに、とむしろその気遣いに少し気持ちが沈むが、滋賀は図書館という言葉に強く反応したようだった。
「あ……あります。行くならそこも後で案内するけど、まず良いメシ屋とよろず屋のほうに行きます」
さいちはこの町の宿屋について説明してくれた。どうやら宿は本当にただの宿らしく、寝るだけの場所らしい。だからこそ飲食店が儲かるが、宿屋に隣接された店は往々にしてお高めであまり美味しくない。それでも経営が成り立つからだ。案内してくれる店は、宿屋から少し距離は空くが、味には期待して良い、とはさいちの談である。
また、二束三文で手ぶらという話を聞いていたのだろう、品質が良くさとみ、さいちと馴染みの深いよろず屋を紹介してくれるという。歯ブラシ程度なら宿に置いてあるが、粗末な品であるし、着替えなどは購入する必要があると踏んでのことだそうだ。だいたいは揃うし、揃わなかったら別の店に案内する、とさいちは言った。よく気の回る子だな、と二人は感心する。
敬語が苦手なのだろう、ときどき後から付け足されるですます口調ながらもさいちが丁寧に説明しながら三人で歩いていると、まずよろず屋に到着した。扉にはそのまま、よろず屋、と記されている。
「何かわからなかったらあとで聞いてください、奥に行って店主と話してく……来ます」
「うん、ありがとう」
ドアの開閉音が鳴っても出てこないあるじを呼びに行った少年を見送り、二人はまずそれぞれ商品を眺める。
「……こう見ると、名前がそのまんまのやつとぜんぜんわかんないやつ、二つに分かれてますね」
「うん、これはナイフって書かれてるけどこっちは……スプーク?」
瀬川が手に取ったのは、スプーンとフォークを合体させたような形の食器だった。というか、そういうものなのだろう。スプーン、フォーク、スプーク。日本では先割れスプーン、と呼ばれる代物であり、コンビニで袋の中に入れられたり、介護の現場でもよく利用される。
「香水もあります、『ケロの香水』『シイの香水』……香水は同じなのに肝心の材料がわかんねぇ」
「……つけるの?滋賀くんは」
「あっ、いやつけないです、苦手なので。瀬川さんは持ってたりしますか?」
「匂いとメーカーによってぜんぜん違うけど、おっさんになるとつけたほうが良かったりするんだよなぁ」
たわいもない話をしながら、それぞれ必要そうなものを手に取り集める。その中で瀬川は、ときたま滋賀が独り言ちる口調の荒さについてあとでどこかで聞いてみよう、と思った。と、ある程度時間が経ったところで、奥からさいちと共に年配の男性が顔を出す。 見た目は五〇歳前後だろうか、今度はトカゲのような体躯をしている。
「やぁやぁすみませんね、奥のほうに篭ってまして気づかなんだ」
「この人はここの店主のしばりさん。おばあちゃんと旧知の仲で、ちょっと話してきた……ました」
「こんにちは、しばりさんですね」
瀬川と滋賀が挨拶を済ませる。
「さとみさんのご紹介じゃあおもてなしさせてもらわんといかんですねぇ」
そう口にしつつも、しばりの目にはどこか訝しむような色が混じっている。当然だろう、ここでは珍しいらしい黒髪黒目の似ていない男女が、今度の服装は怪しくないものの、妙に丁寧な言葉を使いへりくだって接してくるのだ。むしろ、疑いもせずに話を受け容れ、買い取りをしてくれたさとみのほうが異常である。
「あ、瀬川さん、ロウさんからの」
「そういえばあったね」
ロウ、という言葉にしばりのギョロリとした目が少し細められる。瀬川は滋賀に言われた通り門番から貰った紙を取り出し、しばりに差し出す。
「一応ですが、身分証明書になります。必要ないかもしれませんが」
「ふむ、ロウの……」
二枚分を渡すと、しばりは文字を少しなぞり、匂いを嗅ぐと、頷いて返却する。
「たしかに先ほど書かれた証明書のようだな。いやこれはすまない、警戒していると思われたかな?」
「いえ、見せておけば確実かなと思いまして」
大人相手の会話は大人が対応するに限る、ということで、基本的に喋るのは瀬川だ。滋賀はときどき口を挟む程度に抑える。といっても、あまり割り込む隙間はない。
「さて、改めて歓迎しよう。お二方は何をお求めだろうか?」
「生活必需品はあらかた買い揃えたいですね」
それぞれ手に持った商品を見せる。
「へぇ、必需品、というわりにはあまり人気のない商品も多いのですか」
「え、そうですか?」
リアクション担当、滋賀がそのようなことはない、という否定の調子が入った声を上げる。二人の手に持ったものは、日本の家庭ではよく見る類のものばかりだった。日本の、家庭では。
「例えばそのスプークは、スプーンとしてもフォークとしても中途半端で使いづらいとよく言われるものでねぇ」
聞くと、日本でいう麻のような手触りをした肌着も、あまり人気がないらしい。ごわごわ、ざらざらしていて着心地が悪いそうだ。瀬川も滋賀も、制服の下に着る肌着は蒸れやすかったので、麻繊維の含まれた肌着を身につけることもしばしばあったため、抵抗はなかったが。いくつか買っておこうと選んだ皿も、角皿は売れにくいという。魚を盛り付けるときは角皿、というイメージがあることもあって普段から使い慣れていた二人は首を傾げた。聞いてみると、魚などほとんどここいらでは食さないそうだ。運搬手段がない、と言われれば、そういえば文明レベル的に冷凍庫の一つもないのだろうと二人は得心がいった。
名前や形状から使い方のわからないものは店主のしばりやさいちに聞きつつ、日本で使っていた器具・用具と照らし合わせながら、二人は買うものを集めていく。その中には、用途は詳しく聞かれなかったものの、いくつかは珍しいと評されたものもあった。とはいえ、必要であるという意見は二人とも一致していたので、最後にお互いに集めたものを見せ合い、除いたり足したりしてレジに出す。肩身がせまい、この世界ではない別の文化しか知らない二人だ。別行動、という選択肢はないので、さきほど売った瀬川の衣服代で、二人分の必需品を買い揃えることにした。
「しばらくお待ちください、物が多いのでね……」
商品を全てしばりの前のカウンターテーブルに置く。彼は同じ値段のものを集め、塊ごとに数える。レジスターはおろか電卓すらないのだから大変ではあるが、そのぶんすべてが端数のない値段であるため、暗算でも計算間違いは少なくなる。
「いやぁお待たせして、占めて×○%となります」
「す、すみませんもう一度いいですか?」
「ああ、——1サクと15メニです」
「15メニ……」
また聞き取れなかったが、もう一度聞き直すと今度ははっきり聞き取れた。のだが、メニという新しい通貨単位にまた困惑していると、滋賀がこっそり瀬川に2サク出してしまおうと提案した。そもそも、一番小さな通貨はサクしかない。
「では2サクからで」
「ええ確かに。では85メニのお返し、と」
店主から瀬川に手渡されたのはこれまた半円球らで、大きな橙色が8つ、小さな橙色が5つ。すなわち、大きいほうが10メニ、小さいほうが1メニという扱いだろう。また、差し引きを考えて、100メニで1サク、という計算になる。
「ではひとまずこれで、また何か買いに来るかもしれませんが」
「ああ、何かあればまた贔屓にしてもらえれば」
一緒に購入していた麻袋に詰め込んだ商品を手渡される。皿の類は、サービスだという布に包まれていた。
「ああさいち、さとみさんによろしく頼む」
「うん」
挨拶をし店を出る間際、しばりがさいちに声をかける。さいちは頷いて、瀬川と滋賀に続いた。
他の作品を見ていると毎日更新の方とかも結構いらっしゃいますが……すごいですよね無理だなぁ……。今回もたぶん短いです。推敲していないので細かい設定に矛盾があるかもしれません、そのうち後からやるつもりですご了承ください。




