第3話 衣服の売却と案内の申し出
今回は前回より半分ほど短いです。
「それで、買値なのですが。△×○でどうでしょうか?」
「え?」
「あらすみません、ご不満だったかしら……?では……」
「あ、いえそうではなく……すみません、もう一度おっしゃってもらってもいいですか?うまく聞き取れなくて」
二人して顔を見合わせる。ちょうど値段の部分だけ、まるで聞き取れなかったのだ。円ではないだろうことはわかっていたものの、これでは困る。なまじ会話が日本語で通じているだけに困惑していると、さとみはもう一度口を開く。
「2ノンと5トウです」
「ノン、トウ……」
はっきりとは聞き取れたものの、今度は聞きなれない通貨の単位に困惑する。いったいどのくらい大きな金額なのかわからず、まさか目の前の人物がぼったくるようにも思えないが、と瀬川は一応尋ねてみる。
「つかぬことをお聞きしますが、なにぶん私たちはかなり遠方の田舎村から来たもので、どうやら通貨が違うらしく。具体的に、どれくらいの値段でしょう?」
まさか円やドルに換算できるはずもないが、食べ物(名前を知らない可能性もあるが)などの数におこすといったいおいくらなのか。二人が無教養だと呆れられても文句は言えないな、と若干尻込みしていると、さとみは少し悩んで告げた。
「ううん、二人で住むには十分……いや、三人で住んでも十分大きすぎるくらいの家が一軒、建てられるくらいでしょうかねぇ」
「いっ、一軒?!」
瀬川も唖然とはしたが、どうやらリアクションをとるのは滋賀のほうが得手らしい。思わず立ち上がる。
「い、いいんですか?俺の着古した……とまではいかずとも、何回か着た服ですけど」
「構いませんよ。それより……布の心地がどうやら私が長年見てきたどれとも異なるように思えるのです。十分に多額を払う価値があります、あって余りあるかもしれません」
余りある、という言葉に瀬川が一瞬、他の店ならもっと高く買い取ってくれるのではないか、という邪な考えを思い浮かべる。もちろん、検討しますと言って他の店を見ることも可能だろう、彼女は嫌な顔一つせずに二人を送り出してくれるに違いない。だからこそ瀬川は、慌てて脳内で打ち消した。突拍子もない自分らの話を聞き、信じたかどうかはともかく否定や疑念の声を一切上げず、買い取りを申し出てくれたのだ。もしかすると、門番に疑われ鋭い目で探るように眺められた先ほどの経験も、売却を促進させているのかもしれない。
「せ、瀬川さん、いいですか?」
「うん、もう服買いに行ってもらってるし」
二束三文、というわけではないが、全国どころか全世界に展開し量産された瀬川の衣服は、さらに値引きをされた状態で購入したため金銭価値は非常に低いはずであった。が、こちらでは重宝されるという。それではこちらのものさえ持ち帰れれば——と考えたところで、チリンチリンとドアの開閉音が店内に響いた。
「ただいまー、……帰りました」
「おかえりなさい」
ごまかすように付け足された敬語に苦笑しつつ、さとみに続いて滋賀と瀬川もおかえり、と声をかける。奥までやってくると、さいちは手に持った布をさとみに手渡す。目線は少し上目遣いで、どうやら自分の見立てでよかったのかとお伺いを立てているらしい。さとみが丁寧に畳まれていたそれを広げる。
「(見慣れないというか見たことないデザインですけど、似合うと思いますか?わたしたちに)」
「(んー……どうだろう、着てみないとなぁ)」
自分らに照らし合わせるように広げた服と滋賀、瀬川をそれぞれ交互に見遣るさとみを尻目に、二人で小声で会話する。少し経ってさとみは頷くと、買ってきたさいちの頭に手を乗せわしゃわしゃと撫でた。
「うん、良いものを買ってきたね、お二人によく似合うでしょう」
「!」
少年が嬉しそうな表情を浮かべる。当たり前だ、とでも言いたげな様子であるが、狸のような尻尾を左右に振っているあたり、喜んでいるのだろう。
「買い取るのはセカワさんの服だけですが、シガさんもその格好では目立ちます、こちらで着替えていってくださいな」
「ありがとうございます、助かります」
それぞれ服を渡され、瀬川はそのまま円卓の置かれたスペースに、滋賀はその奥の座敷で着替え、さとみとさいちは店の出入り口付近で待機する。万が一二人から見えても、瀬川ならまだ構わないだろう、という滋賀への配慮だ。終わると、もう一度円卓に座りなおし、二人はお互いに服をちらちらと眺めあう。
「瀬川さん、明るい色がよく似合いますね」
「滋賀くんも似合ってるよ」
着る前はビジョンが思い浮かばなかったが、着てみると思いの外似合う。
滋賀はあっさりとした涼やかな顔立ちに、しっとりとした仄暗い青色から淡い薄青のグラデーションがよく似合う。七分丈の下は黒に白の糸で模様が描かれていて、全体的に緩めの仕上がりだ。
対して瀬川は少しぴっちりとした形をしているものの着心地や動き方に問題はなく、彼の多少なりともくたびれた顔立ちを若草色が和やかに見せる。ブラウンのズボンは足元まで綺麗な形をしており、柔軟でかつ防御性能の高い代物だろう。
質感や編み込まれた模様は見たことのないものではあるが、だからこそ目新しく面白い。何より動きやすいため、二人はいたく気にいる。
「ええ、見立て通りお似合いでよかった。ではこちらが先ほど申し上げた通りの2ノンと5トウになります」
二人の様子を見ながらにこにことさとみが布の小袋を差し出す。開くと中には、赤い半円球が20個、あとは数え切れないほど多い小さな黄色い半円球が入っている。
「赤いのは……トウですか?」
「ええ、トウ10つでノン1つ、の価値ですが、ノンは一般的な店では使いづらいのです。さらに、トウも普段は困るかと思いまして、少し重くはなりますが細かくサクにさせていただきました。サクも同じく10つでトウ1つ、となります」
「なるほど、お気遣いありがとうございます」
「あの、衣服代はひいてあるんですか?」
「それくらいはおまけとさせていただきますよ、細かい金額ですのでもう少し細かくするとジャラジャラと嵩張ってしまいますしね」
滋賀が聞くと、半円球の通貨についての説明をさらりとされる。家が建てられるというだけあり、相当大きな金額なのだろう。どこかでもう1つほど小袋を買い、小分けにしてしまっておかなければ、と瀬川は若干怯える。根っからの貧乏性なのである。
「そうだ、さいち、お二人にこの町を案内しておいで」
「……さっきも使いっ走りだったのに」
「これもお手伝いの一環でしょう」
妙案とばかりにさとみが手を叩いて提案する。さいちは少しだけ不満そうな顔をするも、逆らう気はないのだろう、すぐに了承する。
「案内まで……」
「いえいえ、端数だと思ってください」
ちょうどこれからどこに行こうかと思っていたところであるし、もう歩き回るのはこりごりだと思っていたところだから二人は一も二もなく頷きたくなるが、一応ワンクッション置いて遠慮する。さとみがもう一度、背中を押すようにして、二人はそれではと申し出を受け取った。
「さいちです。行きたいところはおれに行ってください、なければ大事なところを案内するから」
「とりあえず、宿でしょうか?」
「うん、野宿は嫌だからなぁ」
二人と直接の会話はほとんどなかった狸の少年が口を開き、改めて名乗る。そうしてさとみにもう一度礼を言ってから店を出、少年の案内に導かれるまま歩き出した。
書ける量は短くなりますが、高頻度の更新を目指して行きたいと思っています。よろしくお願いします。
追記(18/3/8/1:24):すみません直し忘れの箇所がありましたので急遽直しました、これからもちょくちょく直していくと思われます……。




