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現世に帰らせてください  作者: 早足
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第1話 JKとおっさんの邂逅、異世界にて

はじめまして。今回はただの状況説明とキャラクター紹介みたいなものです。話ぜんっぜん進まねえ。

「……え?」

「……は?」


ぱちくり、と瞬きをする。しかし目に映る景色は変わっちゃくれない。……何故だろう。ああこれは明晰夢か。ならこうして——と、滋賀理香は鼻をつまんで思いっきり鼻腔に空気を送り込む。耳抜きの要領だ。


「ふんっ」

「……何してんの?」

「何って、夢だったらいつもこうやって覚める……あれ?」

「頬つねるとかじゃねえんだ……」

「こうやるといつも覚める、んですけど……ど、どなたですか……?」

「こちらの台詞でもあるかなぁ」


苦笑するいささかくたびれた感のある成人男性と、女子高校生、いわゆるJK、と呼称される女の子が向かい合ってお互いに首を傾げた。

というのも、二人ともまるで今さっきと異なる様子の場所にいるのだ。まったく見覚えがないし、そもそもすぐそばに複数の人がいたはずであった。それがどうだろう、二人の側には人が一人も見えないどころか、ビルもなければコンクリートの一片も見つけられない。要は、どこかの街道、というにもお粗末な、道らしき土の上にどうやら立っているようだった。


「えーと」

「ああ、俺は瀬川未来、字は瀬戸内の瀬に川、未来はそのまま。32歳。んー……今はフリーターだな」


成人男性、つまり瀬川は見知らぬおじさんに名前なんて言えないよなぁ、と苦笑いをした。先ほども浮かべた表情ではあるが、仕方がない。困惑していれば苦笑いの二つや三つは出てしまう。


「瀬川さん、ですね。わたしは滋賀理香、です。滋賀県に、理論の香り、って字で、16歳の高校二年生です」


瀬川に続いて、滋賀も簡単に自己紹介をする。わけがわからない状況とはいえ、丁寧に自分の身を明かしあう二人はそれなりに行き届いた教育を受けていたと言ってもいいだろう。


「それで……あの、ここどこですか……?」

「だよな。やっぱり滋賀くんも知らない?俺もまったくどこかわからないんだけど」


二人の頭上にはてなが見えるようだった。お互いに顔色をそっと窺い合うが、双方とも目の前の人物が困惑していることに間違いはないらしい、と判断する。どうしよう、と眉をハの字に寄せ辺りを見渡す滋賀に、瀬川が少しの逡巡のあと声をかける。


「……ひとまずさ。あっちのほうに矢印つきの看板があるし、あれ読んでみようか、案内板っぽいから」


瀬川が遠くの看板を指差す。


「看板?…………ん?もしかしてあのすっごい小さいやつですか?」

「え、小さい?……た、たしかに改めて見るとすごい遠くにあるかも」

「ま、マサイ族の方ですか……?」

「れっきとした日本人だよ……」


思わず目頭のあたりに指を持っていくが空振りに終わり、いつの間にか掛けていたはずの眼鏡がなくなっていることに気がついた。


「眼鏡がない!え、裸眼でこんなに世界がくっきり見える、のか……?!」


瀬川は生まれつき弱視持ちで、眼鏡を手放せない生活を送っていた。万が一にでも壊したり失くしたりしようものなら、ほぼ何も見えない状態だった。が、今はどうだろう。空は青く、雲が浮き、周りは草木の緑とどこまでも続きそうな道の土色。そして側に立つ、女子高生の、そのまつげの一本一本まで見える状態である。瀬川は感動し、しばらく呆けていた。


「目、悪かったんですか?コンタクト……とかじゃないですよね。視力が回復した……?う、ほんとよくわかんねぇな……とりあえず、あそこまで、といってもわたしには見えないんですけど、歩きましょうか」

「……ん!あ、ああ、ごめん、まさか知らない間にレーシック受けたわけじゃないだろうしなぁ……ってびっくりしてた。行こうか」


滋賀は一瞬粗雑な喋り方を見せるが、どうやら独り言のようで、すぐに丁寧な喋り方へと戻した。瀬川は声をかけられて我に返り、滋賀の言葉に頷く。


それなりに距離があることは明白だったので、歩きがてら二人はおもむろに歩み寄り始める。


「滋賀くんはここに来る前にどこにいたか覚えてる?ていうか俺が滋賀くんのこと忘れてるとかじゃ……ないよな。最初どなたですかって言ってたもんなぁ」

「教室にいたところで記憶は途切れてます……ちょっとぼやっとしてはいるんですけど、そのあとさっきのところに立っていた、という感じです。瀬川さんに見覚えはないです、ちなみにどちらの県にいらしたんですか?わたしは宮城です」

「宮城?俺は香川だけど、随分距離あるし本当に会ったことは一切無さそうだな、覚えていないにしても。俺もさぁ……さっきまでコンビニバイトしてたはずなんだよ。言われてみればそのあとちょっとモヤがかかったような感じはあるか。で、さっきのとこに君と一緒に立ってて」

「えっうどん……いやすみません、なんでもないです。四国かぁ、随分遠いな、一瞬で移動できる距離じゃないですよね」

「慣れてるし実際その通りだからいいよ、俺も例に漏れず好きだし。もちろん新幹線……いや、飛行機でも数時間かかるんじゃないか?となると……人智を超えた力かあるいは、誘拐かなんかされて記憶を飛ばされ……どちらにしてもすっごい非常識で非日常なことであるなぁ……」


直前の記憶では、滋賀は宮城、瀬川は香川におり、一瞬で落ち合える距離ではなかった。ましてや二人は初対面であり、見知らぬ場所にいる理由もとんと説明がつかない。瀬川はつい古典の現代語訳のような語尾になった。『山月記』の主人公である、唐突に虎へ変身してしまった李徴のように理不尽な状況である。その声は、我が知人、瀬川未来ではないか、と知り合いに訊いてきてほしいものである、とため息をつく。


と、そうこうしているうちに看板が視認できる距離になる。瀬川の目には文字が十分はっきり見えているが、困惑する。字がおかしい。外国語にしても読みようがない。

ひとまず、と看板の前に二人で立つ。改めて字を見つめると、じわ……とぼやけたあと、すぐに日本語へと置き換わった。


「え……?!」

「じ、自動翻訳機能つき?目と看板、どっちだ……ていうか滋賀くんも?」

「あ、はい、初めて見る言語の文字のあと、なんかぼや〜となってすぐにこう……日本語に……?」

「え、え〜そうか……ディスプレイには見えないよな……?」


二人でまじまじと看板を見つめる。そこには日本語で、

「← 中央都市 ラム

町 メロワ→」

と書かれていた。間違いなく、漢字・カタカナを使用して。


「ラムにメロワ……」

「ラム、名前は美味しそうですけど中央都市、って聞いたこともないです」

「そもそもカタカナだしなぁ、地名。北海道?と言いたいけど中央都市は……俺も知らない」

「……瀬川さんはどっちに行きたいですか?」

「俺かー、んー」


日本の地名は基本的にひらがなか漢字であり、基本的に外国語を表記するときに使うカタカナが用いられるのはほんの一部だ。つまり、そのほんの一部にいるのかあるいは……と二人はまた眉を寄せる。

瀬川は少し迷ったあと、町の方を選択した。


「ラムは中央都市なのにメロワは町、ってすごい微妙じゃない?中央都市って響きは何となく警備厳しそうだしとりあえず町に行ってみたいと思うけど……滋賀くんは?」

「おおむね同じです、というかこう……町の方が落ち着く気がします」

「あーわかる」


というわけで、二人は歩いてきたところからちょうど右折するように看板の矢印が指す方向へ進み始める。瀬川の目にも町らしきものは見当たらなかったので、随分と遠くに位置するらしい。道中、またもや二人は会話によって歩み寄る。


「聞き方、お見合いみたいになっちゃうけど……ごめんね。好きな食べ物、というより食えない食べ物とかあるか?」

「全然大丈夫ですよ、食えない……アレルギーとかですか?ないつもりです。食いたくないものはありますけど、だいたいは食えます」


お見合い、という単語に少し笑う。言われてみれば、「お好きな食べ物は」ほどの見合いの常套句もないだろう。ただ、瀬川の言う意味は、食物によるトラブルを防ぐため、といった類であったが。


「……俺青菜がダメなんだよな、苦くて。食えって言われたら食うけど、気持ち悪くなる。いい歳でダサい気もするけど。滋賀くんは偉いねぇ」


笑い混じりに瀬川が告白する。滋賀はそうなんですか、と曖昧に頷いた。なまじ自分が青菜好きなだけに、わかります、とも言えないし、やーい大人のくせに、とももちろん言えるわけがない。誤魔化すように笑みを浮かべるが、特に瀬川に気にした様子はなく、次の話題に移る。


「あとこの状況だけど、滋賀くん的にはどう思う?ドッキリとか考えてみたけど」

「ドッキリ……初対面の男女にしてもこう、わたしと瀬川さんが選ばれた理由が謎すぎる気がするのと。あと、……ここ日本だと思います……?」

「JKとおっさん……需要がわからないな。そうなんだよなぁ……日本にしてはここらへんで平野が続きすぎてるしカタカナだし」


二人で同時にため息をつく。まずここは日本であるが、それが疑わしい状況である以上、ドッキリも同じく可能性が低くなる、となると。


「神……?」

「あとは宇宙人とか」


あまりにもオカルトじみたスピリチュアルな話題に二人は乾いた笑いを漏らすが、同時にもはや人間の領域ではない事態を認めつつあった。じゃなければ、説明がつかない。


「……頑なに存在を信じないわけじゃないんですけど信じがたいですよね」

「本当になぁ」


もう一度ため息を交わす。そうなると、もう自分たちの手の及ぶところではない、と二人は諦念を抱いた。瀬川はともかくとして、現役の高校生である滋賀は同じ年代生よりもいささか達観しているような感があるが。


「そういえば、あー、こういうの聞くのって失礼ですよね……えーと」

「もしかしてフリーターのこと?」

「あ、そうです……なんというか、瀬川さんって社会人としてしっかりしているように見えたので……すみません、不快でした?」

「いや、俺も実際この歳でフリーター……平たく言うとバイトのやつがいたらどうしたんだと思うから。まぁ俺はなー……あ、町見えて来た」


どこかはぐらかすような調子で、瀬川が多少おちゃらけたように笑って前方にある門に注意を向けさせる。当然滋賀は気づいたが、触れられたくなかったのだろうと察して心の中で謝罪をしながら、そうですね、と気持ち声を明るくして返答した。

ちなみに瀬川は先程から町を確認できてはいたが、自分の語りたくない会話にさわったときに腰を折るタイミングを伺い黙っていた。


「あ、門のところに人が」

「門番か?……あれ、もしかしてこれ俺たち怪しい?」

「そういえば」


近づいていくと、門番があからさまに警戒心をあらわにする。門は小さい丸太を縦に何本も紐でつながれた堅固なもので、門番は鎧のようなものを身につけている。二人とも、そのどちらも物語の中でしか見たことがなかった。鉄や合金の精製が容易で、比較的安全である現代では使われることのないものたちだ。

さらに足を進めると、門番がガチャガチャと音を立てながらこちらに近づいて来る。槍を持つその姿は、武器など装備したこともない現代人にとって恐れの対象となる。二人も門番同様警戒しつつ、恐怖もしていた。


「ちょっと待ってくれるか、そこの二人」

「は、はい」

「な、なんでしょうか」

「……妙な格好。まったく真っ黒の髪と目……明らかに怪しい、が。何の用だろうか?」


怯えていることに気がついたのだろう、警戒はしながらも顔の険しさを少し緩め門番がこちらに問いかける。怯み言葉がするりと出てこない滋賀に代わって、瀬川が対応する。


「……すみません、こちらはその……記憶喪失というか。気がついたらあっちの……中央都市との境目の看板のあたりに立っていたのですが、どうやってここまで来たかまったく記憶にあらず、ほとほと困り果てていたのです」

「記憶喪失?」


探るような目つきを向けられる。警戒心を強めてしまったようだが、瀬川が丁寧な対応をしたことで少しは話を聞く気になったらしい。それで何をしに、と促す。


「とりあえず、ここはマロワ……という町で間違い無いですか?」

「ああ、いや……マロ↑ワではなく、マ↑ロワだが。本当にここを知らないのか……中央都市に向かうにはここを通る必要があるのだが」

「すみません、マロワ。ですね。それでその……二人とも少々記憶が混濁しておりまして、町の方で少し休ませていただけないかなと。武器や防具の類も一切ないことはお分かりだと思いますが……」

「ポケットにも何も入っていないので、身体検査をしていただいても大丈夫です」


瀬川に任せきりなのもどうかと思ったのだろう、滋賀が横から口を添える。と、制服のスカートのポケットを引っ張り出して見せた滋賀に対して、門番が目を見開いて注目する。


「ぽ、ぽけ?なんだそれは、そもそも見たことのない衣服だ。他国のものか?とはいえここは他国に接していない盆地であるし、不法侵入者……ということもないのか」


ブツブツと何かを呟いたあと、門番は軽く身体検査をする、といって当たり障りのないところを触り武具の持っていないことを確認したあと、小さな水晶の原石のようなものを二人にそれぞれ手渡した。


「これは……?」

「なんだ、それも知らないか。ええと、それは

魔量の度合いを測る目安の道具、みたいなものだ。武器はなくても上級者であれば魔術を使うことができるが……まぁ、上級者は得てして隠匿の魔術道具でもなんでも所持しているからあまり意味はない。あくまで目安だ」

「ま、まりょう……そうですか、それでどう、ですか?」


ぎゅうと握って離すと、二人の原石にはそれぞれ異なる色と輝きが見られた。瀬川には淡く、鈍く、しかし深く輝く藍色、滋賀には鮮やかで、明るく、スパンコールのようでどこか冷めた朱色。門番はまた驚きを見せて二人の顔を交互に見遣る。


「な、なにか変な反応でも……?」

「あ、いや、これは……貴殿の方は水や氷に、貴女の方は焔や光が扱いやすい……と出ているが、しかし」


水、氷。焔、光。まるでRPGによくある魔法の属性だ。二人はちんぷんかんぷんだと顔を見合わせる。これどういうことでしょう?どういうことだろうなぁ、とアイコンタクトで会話する。そうして2、3秒の間が空き、門番が整理できたのかこほん、と咳払いをした。


「えー……まぁなんだ、平たくいうと上級者の魔量だ。が、隠匿する具も持っていなければ術も使っていないとなると……その、まぁ警戒する必要はなさそうだな。ちょっと待っててくれ」


そう言うと門番は一度、門の横につけられた小屋に入り、1分ほどして出てくる。


「これがとりあえずの身分証明になる。二人分あるから失くさないでくれ、不法侵入などと疑われそうならこれを提示してくれればたぶん大丈夫だ。職務怠慢を疑われるのも嫌だしな」


そういうと、また見たこともない言語で書かれた紙が手渡される。が、すぐに日本語化された。読むと、「この者の身分はマロワの門番であるロウが保証する」とある。


「あ、ありがとうございますロウさん!非常に助かります!」


二人が同時に頭を下げる。


「あ、ああ、無害な者を無下にしないのも門番の務めだ、そんな礼を言われることでは……」


若干困った顔をしつつも、少し嬉しそうな表情が見える。そのまま門を開けてもらい、二人は中に入ると、締める間際に改めてありがとうございました、ともう一度声をかけた。門番はうん、と頷き少しだけ口角を上げた。


「……そういえば看板といい名前といい、字が読めるんだな、つくづく珍しい」


門を閉めたあと、ぼそりと呟いた門番の言葉は二人の耳には届かなかった。

先に言っておきますが今後もJKとおっさんが恋に落ちたりハーレムつくったりすることはないです。

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