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タリクタム=キヤンテ二重結婚  作者: 桐央琴巳
第二章 タリクタムの結婚
4/19

(2-2)

 殊の外無邪気になる素のシヤナーハの笑み顔に、しばしぼうっとなっていたアズカヤルだが、はっと何かを思い出し、

「ところで、あのう」

 と、当初よりは肩の力が抜けた様子で、控え目にシヤナーハの注意を引いた。


「うん?」

「僕の虎にもお部屋を、ありがとうございました。湯あみの前にちょっと見てきましたが、探検疲れで早く寝たみたいです。僕の気配で起きちゃいましたけど」

「ああ、虎の子も人に懐くのだな、驚いた」

 アズカヤルが飼っているのは、生後四カ月ほどの雄の虎だった。この尋常ならざる愛玩動物のため、人魚宮では王配付き奴隷待機部屋の一つを空けて、急遽獣舎がしつらえられた次第である。


「はい、とっても可愛いんですよ! ナーハももしよかったら遊んでやってください。

 最初はキヤンテに置いて行くよう言われていたんですが、出発の直前に、兄に譲ろうとしたら大暴れして威嚇して……。自分とは相性が悪いようだから連れて行けと、辟易した兄が折れてくれたので」

「ラウサガシュとは縄張りが被るのではないか? あやつも結構な猛獣だから」

 常々水妖扱いされているおかえしとばかりに、シヤナーハもラウサガシュをネタにした軽口を叩いた。興に入ったようで、アズカヤルはくすりと笑った。


「うーん、それもあるかもしれませんが、兄曰く、母殺しの仇と気付いているんじゃないかと。僕の通過儀礼の虎狩りで、あの子の母虎を仕留めたのは兄でしたし、僕が欲しくないと言ったので、兄の部屋にはその毛皮が敷物にしてありましたし」

「案外観念的なことを言うのだな、あやつ。アズは母虎の虎皮を断って、その子虎を保護してやったというわけか」

「ええ、放っておけば死んでしまうので。密林の中で、母虎を倒してしまってから、近くにいるのを見つけたんです。その時はまだ、僕でも抱っこできるような赤ん坊で」

 言いながらアズカヤルは、見えない虎の赤子を抱くような仕種をした。専任の飼育係を付けてはいるが、自身でもその世話に手をかけているらしいと窺えた。


「そうだったのか。慈悲深いのだな、アズは」

「いいえ、偽善です。母虎には、僕が成人するための犠牲になってもらったので。それにあの子の兄弟は、すぐに病死してしまいましたし……」

「偽善で接する人間に、野生の生き物が懐くだろうか? 我は、虎の子の命を惜しみ、その親代わりになってやろうという、優しい心の持ち主と夫婦めおとになれて嬉しく思う。

 アズ、このまま話していたいところだが夜は短い。お互いを少し知れたことだし、始めないか? そろそろ」

「……はい」

 意を決したシヤナーハの誘いに、アズカヤルはごくりと生唾を飲み込んだ。



*****



 すらりと華奢で、細面で、琥珀色の瞳を縁取る睫毛は濃く長く、面紗を外した今となっても、アズカヤルは一見、少女のようだ。

 けれどもその本質は、少女でないこと示すように、熱を帯びたアズカヤルの眼差しは、シヤナーハの唇や胸元をちろちろと舐めてゆく。それらを一体どうしたいと考えているのだろう?

 焦らされているようでぞくぞくするがいい加減にじれったい。手を伸ばしかけては躊躇しているアズカヤルに、堪りかねてシヤナーハは助け舟を出した。


「アズ、通過儀礼の夜に添い臥しが付いただろう? 悩むことは何も無い。添い臥しに手ほどきしてもらった通りにすればよい」

「手ほどき……?」

「そうだ。ああ! ひょっとして、床入りした状態から始めたのだろうか? 気が付かなくて悪かった。先に同衾してしまおうか?」

 まがりなりにも漂っていた雰囲気を吹き飛ばし、仕切り直しをするために、夜具を捲って中に入ろうとしたシヤナーハを、アズカヤルは慌てて止めた。


「あのっ、いえっ、違うんですっ! 確かに添い臥しは付きましたが、僕そういうのは教わっていなくて!」

「は?」

 理解不能な告白が返ってきて、シヤナーハは混乱した。

 通過儀礼を受けた王子には、その夜添い臥しと呼ばれる大人の女が添い寝するのが慣例だ。成人するということは、妻妾を持てるようになるということであり、その記念すべき第一歩というわけなのだが。


「おぬしは女子おなごと枕を並べて、一体何をしておったのだ?」

「思い出話を、たくさん。僕の添い臥しは乳母でしたので。僕はタリクタムへお婿に行くからもうすぐお別れだね、元気でいてねって言うようなお話も」

「何をのん気に話なんぞ……。相手が乳母だったから、その気になれんかったのか?」

「その気になれなかったと言いますか、その気にならないための乳母でしたので。僕はあなたとの結婚が決まっていましたから、兄が、添い臥しを付けるのは形式だけのことにして、いわゆるふ、筆下しは、女王陛下のお気に召すままにって……」


 恥ずかしそうにそう語る、アズカヤルに限っては、一歩どころか半歩たりとも進んでいなかったことになる。

 ラウサガシュは、万事一から教えていきたいというシヤナーハの希望を、こういった面でも叶えてくれようとしたわけだ。妙なところで律儀な男である。


「と、いうことは―――、初物なのか? おぬし」

「そういうこと、わざわざ、口にしないでくださいっ!」

「品位を欠いて悪かった。嬉しくてつい……。それは大いに結構なのだが、やれ困った」

「何をお困りなんですか?」

「経験のある婿殿に、全て委ねればよいかと思っていたから、我は閨の手順というものを、何も押さえてこなかった」


 手取り足取り、一から導いてやりたい気持ちはあるが、そうしてやるための土壌がない。

 この先どう運べばいいやらと、思案しながらシヤナーハがそう答えると、アズカヤルは信じられないことを聞いたという顔つきで、大きくまなこを見開いた。


「どうした?」

「……兄は、ナーハが初めてじゃなくても、傷つくなと」

「何をほざいているんだ? あの猛獣は。絞める理由が一つ増えたな」

「それじゃあ本当に?」

「嘘か真か、アズがその身をもって確かめればいい」

「ああ、ナーハ!!」

 アズカヤルはシヤナーハの首に飛びついてきた。ぐらりと態勢を崩したシヤナーハは、そのままごく自然な形で押し倒されることに成功した。


「頑張ります、僕。あなたを痛くしないように。幸せな初夜だったと思い返してもらえるように」

 当たり前のことでこんなにも感激されてしまったのは複雑だが、悪くない流れになっているような気がする。ぎゅうと抱き締めてくるアズカヤルの、熱と重みにどぎまぎとしながら、シヤナーハはその頬をそっと撫でた。


「教わっていないのにできるのか? 少しでも不安があるならば、指南してくれそうな者を呼んでもよいのだぞ」

「やめてくださいっ!」

 アズカヤルはがばりと起き上がり、シヤナーハの身体を挟んで両腕を付いた。悔しそうに見下ろしてくる瞳の強さに、シヤナーハの鼓動が跳ねる。


「僕はれっきとした成人男子なんです。実地で試したことこそありませんが、何も知らない子供のままで、お婿に来ただなんて思わないでください」

「そっ、そうなのか?」

「はい。今日のこの夜のために、耳目は広く抜かりなく」

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