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タリクタム=キヤンテ二重結婚  作者: 桐央琴巳
第四章 タリクタム=キヤンテ同君連合
15/19

(4-3)

 キヤンテの国王夫妻は、タリクタムからの使者を案内人に、急ぎタリクタムへ弔問に発つことにした。

 供には真っ先に、アズカヤルの元乳母であるセーナーヴィー付きの筆頭女官が数えられた。主君からの信が厚いことが第一であったが、相思相愛の妻シヤナーハを喪い、可愛がっていた虎をその手に掛けて、うち沈んでいるであろうアズカヤルの、慰めになればという配慮もあった。


 その準備を、セーナーヴィーは常にも輪をかけた無表情で言葉少なにこなしていた。

 そしてそんな彼女の発案により、タリクタムへは船で向かうことに決定した。真夜中近くの出発となってしまったが、母なる大河カーリーヤナの流れに乗って、夜が明ければタリクタムに入っている計算だ。


 文字通り、地に足が着かない船旅というのは、陸路を好むラウサガシュにはいささか落ち着かない。

 シヤナーハ――、水妖じみた隣国の女王であり、好敵手のようでも、盟友のようでもあった、年下の義姉妹の突然死という、現実離れした現実が腑に落ち切っていない、気持ち悪さも作用しているのかもしれなかった。



 ラウサガシュが所用を終えて、王と女王の船室に入ると、寝台では、先に休むように促しておいたセーナーヴィーが、長い手足を縮こめ丸くなっていた。

 習慣により寝衣を脱いで、ラウサガシュがその隣に潜り込むと、まだ眠れずにいたらしいセーナーヴィーは、珍しく自分からすり寄ってきた。


「セーナ?」

「……心音が聞こえます……」

「ああ」

「……温かいですね、あなたは……」

 裸の胸に耳を押し当てているセーナーヴィーを、ラウサガシュはぎゅっと抱き締めた。

 そんな言葉でしか、態度でしか、今の感情を表現できないでいる彼女を、このまま甘えさせてやりたかった。


「生きて、いるからな」

「……ええ」

「温かい、セーナも」

「生きて、いますから……」

 自分たちが今確かめ合っているもの、それは共に国を背負って立つ、かけがえのない伴侶の命のぬくもりだ。温かく、心地よく、そして手放し難いもの。


「安心しろ、セーナ。頑健だぞ、俺は」

「そう願います」

 このまま元気に長生きしてくれ、と言ってもらったものと解釈して、ラウサガシュはふっと笑んだ。

 セーナーヴィーを抱く腕を緩めて、ゆっくりと彼女の髪を撫でる。そうしていればセーナーヴィーの心が溶けるのだと、ラウサガシュが気づいたのは、語らいながら眠りにつく零の日を、設けるようになってからのことだ。



「ラウサ」

「うん?」

「アズカヤル殿は何故、私に譲位をしようなどとお考えに……」

「さてな。予想がつかんこともないが、あれこれ模索したところで、アズカヤルの考えなど、アズカヤルでなくばわからん。明日には直接聞けるだろうから今は休め。そのために船で行こうと決めたのだろう?」

「ええ」

 人魚宮でセーナーヴィーは客人ではいられまい。悲しみに浸る暇もなく、現王から王位を譲られようとしている王妹として、安らかならぬ日々を過ごすことになるだろう。眠れるならば今のうちに、僅かでも長く眠っておいた方がいい。


「ラウサ、もし……」

「今度は何だ?」

「もし、私が、タリクタムの王位を、引き受けざるを得なくなりましたなら、その時には――」

「もしもセーナが、タリクタム女王に立つことになったとしても、キヤンテ女王の座から降りることは断じて許さん。離縁なんぞはもっての外だ」

 受け付けられない言葉を口にされる前に、ラウサガシュはセーナーヴィーの意見を却下した。セーナーヴィーと別れて生きるなど、ラウサガシュにはもはやあり得ぬことだった。


「あなた一人で、キヤンテの国主は務まるでしょうに?」

「だからどうした。俺の后には王と同格の女王として君臨し、国を共同統治してもらうと、決めたのは、この俺だ。そしてセーナは、それを承知の上で、キヤンテに嫁してきてくれた女だろう?

 しかしセーナが、キヤンテとタリクタム、二国の女王を兼ねることに尻込みするというならば、俺の手でタリクタムをキヤンテに併合してやろう。さすればセーナは、否が応でもキヤンテ女王でいながらにして、タリクタムをも支配できる」

「私から祖国を、奪う気ですか?」

 セーナーヴィーの瑠璃色の瞳が怒気を纏った。ラウサガシュの高言が本気であることを、察知している眼差しだった。


「猛獣だからな、俺は。喰いたくなれば喰らう。国でも女でも」

 そう言ってラウサガシュはセーナーヴィーにのしかかると、人喰い虎じみた顔つきをして、その四肢を押さえつけた。

「眠らないなら、襲うぞ」

「もう寝ます。それから、タリクタムの併合は何が何でも阻止します」

「それでこそ、セーナだ」

 征服し甲斐のある妻に惚れ惚れと口づけて、ラウサガシュはセーナーヴィーの身体を抱え直した。



「セーナ」

「……すう」

 寝入りばなのセーナーヴィーは、明らかな空寝を決め込んだ。構うことなくラウサガシュは、そのまま妻に語りかけた。


「セーナが、俺の母国キヤンテを第二の祖国としてくれたように、アズカヤルもまた、シヤナーハに導きを受けながらタリクタムと親しんできたことだろう……。

 アズカヤルが一人でも、シヤナーハの遺志を継ぎ、タリクタムを治めてゆきたいと翻意してくれるなら、それに越したことはないと俺は思う」

「……ええ、そう……、ですね……」


 蛇行する大河を航行する、不安定に揺れる船の、身を寄せ合った床の中で、ラウサガシュとセーナーヴィーは重ねた手と手を握り合った。

 アズカヤルとの会見を前にして、二人の祈りは同じだった。


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