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セシリアの淑女教育

このキス事件で緊張がほぐれた私は、それからアルとたくさんの話をした。その話によると最近エルドレッド王子との仲も、少し前進してきたみたいだ。アルが極力時間を作って、エルドレッド王子と積極的に話をするようになったという。その成果かエルドレッド王子がアルに抱いていた、完全無欠の完璧な王子様といった妄想を打ち破ったようだ。


「一体エルドレッド王子と何の話をしているの?」


「オレだって間違う事もあるし、努力もせずにここまできたんじゃない。ただほんの少しの努力で、他の者よりは数倍理解が早いというだけだということを、エルドレッドに話している」


それって天才ってことじゃないの?まあいい。私だって学年20位内には常に入っていて皆から一目おかれていたんだよ。言わないけど・・・。


「国王陛下の具合はどうなの?」


私はあの事件の後、国王陛下に非公式でお会いしたことがある。その時見た陛下はもうかなり衰弱していて、あまり長くはなさそうだった。


私は一度アルにだけこっそり提案してみたことがある。私が3種の宝飾の指輪で過去に戻ればどうかということだ。国王陛下が病気になる前まで戻れば、もしかしたら陛下の命を助けられるかもしれないと思ったからだ。


でもその考えはすぐにアルに却下された。国王陛下が病気を患ったのは5年前からだということ。過去に戻っても国王陛下が病気にならない保障はないということ。過去に戻ればまた私は今までの記憶を持ったまま東京に戻って、5年間をやり過ごさ無ければならないということ。過去に戻って歴史が変わって、もしかしたら私が異世界に召喚されることも起こらないかも知れない事。


リスクが大きすぎるのだ。基本姿勢としては、時間を過去に戻すことは二度としないという事がこの間の非公式会議で決まっていた。そうでないと、この世界に起こること全てを時間を戻すことでやり直すことができる。あまりにも驚異的な力に使うことが禁じられた。


なので腕輪を持つアルフリード王子と、ネックレスを持つクラウス騎士団総長、指輪を持つユーリス騎士隊隊長の、3人の魔力で、互いの同意無しでは3種の宝飾が外れないようにした。3種の宝飾が敵の手に入ったら、恐ろしい事になるからだ。


「今はまだ小康状態を保っているが、いつどうなってもおかしくは無い」


「そう・・・」


私達はそれからたくさん話をした。私が発明した自転車なるもの・・・。大きい歯車と小さい歯車をチェーンでつないでペダルでこぐ。これまた魔力の強いグリア騎士様に頼み込んで車輪には弾性を付けてもらった。なのでお尻にも優しい自転車の出来上がりだ。あまりスピードはでないけれども、これで歩くよりも移動は数段楽になる。


まあクラマ式発明品とは言っても、元の世界の知識のお陰だからチートだということは否めないが、異世界に実用的ではない能力のみで連れてこられた身としてはこのくらいは許して欲しい。




その後アルとの楽しい時間も終わり、日々ほんの数時間アルと話をする以外は全ての時間が特訓に当てられた。


「はいこの方は誰ですか?」


先のとがった眼鏡をかけたキューリス夫人が、肖像画を持って尋ねる。私はしばし悩んで答える。


「デルマス領のコンスタン・ボン・シュボエール侯爵。奥様はデルフォヌ様でお子様は男女二人。レイオス様とミリアム様!丘陵地が多く、ワインを多く産出している」


「はい、間違いです。奥様はデリューヌ様です。ハイでは次!!」


私はもう頭がおかしくなってきた。もうデルフォヌ様でもデリューヌ様でもどうでもいい。涙が滲んできたが、そこは鬼教師キューリス夫人。次々に肖像画を持ってくる。


あーん!!騎士訓練場の生活が懐かしい。早くユーリ魔獣を倒して帰ってきて!!


私の願いもむなしく、今日もスパルタ淑女教育は続いた。夕刻にやっと開放された私は、最近王城に来ると必ず行くとある場所に向かった。そこは王城の西側に位置する薔薇の庭園で、そこに最近、庭師として入った少年に会うためだ。彼がいつもいるであろう場所に向かう。


大体この時間帯ならもう小屋で道具の手入れをしているんだよね。ほらやっぱりいた。私は庭園の奥に位置する小屋に向かって歩みを進め、扉が開かれたままの小屋を覗く。


「ブレント君!!セシリアだよ!!」


私は地獄の特訓から解放された喜びに打ち震えながら、満面の笑顔でブレント君の名を呼んだ。


ブレント君は正真正銘の13歳の少年で、最近この王城で庭師見習いを始めたらしい。一度、私が庭園で迷ってしまった時に道を教えてくれたのが彼だった。彼の置かれた状況に親近感を覚えた私はそれ以来王城に来ると、淑女教育の息抜きのため彼の元に行くのが通常となっていた。


実は彼もこの世界にもう誰一人として家族がいないそうだ。


「今日もおいしいお菓子もって来たよ。一緒に食べよう!!」


私がそういうと、そのくるっと巻いたカールのある短い茶色の髪に、そばかすのある今だ幼い少年らしい顔をぱぁっと輝かせた。可愛いんだよねこの子。庇護欲をそそるっていうか・・・ユーリが甘甘お兄さんなら、この子はさしずめ愛玩用弟ってところかな・・・。


つられてにまぁとだらしない笑顔になる。いかんいかん。これ以上痴女になる訳にはいかない。無心。無心。


「セシリア様いつもありがとうございます。すみませんこんなところでお茶も出せませんが・・・」


「いいのよ。気にしないで。私が好きで来ているだけだから・・・それより聞いて!やっとこの王国の貴族の名前と顔を覚えたかと思ったら、次は近隣諸国の王国の貴族だって言うの!!もう無理!絶対無理!!これ以上脳みそに情報を入れたら、最初に入れたものが出ていっちゃう!!」


そうだ私は淑女教育の愚痴をこの少年に聞いてもらっているのだ。ティータイムの時間にこっそりくすねてきたお菓子を交換にして。


ブレント君はいつもニコニコ笑って私の話を聞いてくれる。そして決まって最後に必ずこう言うのだ。


「大丈夫です。セシリア様なら絶対にできます」


その天使の笑顔と相成って、ブレント君は私の王城での心のオアシスになっていた。


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