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セシリア 王城に行く

今日はまた王城に行く日だ。アルに毎日会えるようになるのは嬉しいが、心は重い。ユーリが魔獣討伐の指令を受け、王国の外れにあるデューリス領のハポロ森に行く事になったからだ。


実はあの事件が終わってから何度かあったユーリの出征の度に、王城でダイクレール公爵家の花嫁としての修業をしてきた。これで通算3回目になる。聖女を召喚してから数ヶ月は魔獣の襲撃は無かったようだが、その後2体の大魔獣が現れてから状況が一転した。最近では魔獣はあちこちで再びその姿が確認されていた。


私はといえばユーリが出征するたびに王城に行き、外国語に、マナーに、ダンスの仕方やら王国関係の方々の名前に至るまで、全ての方面での淑女教育をさせられる。


私がいつものようにルベージュ子爵のお屋敷でセシリアとしての変装をしたのち、王城から来る馬車を待っている間、大きい溜息が自然とこぼれる。


今日のドレスはアルが贈ってくれた青い色のシルクのシンプルなドレスだ。私はこんな高価なもの受け取れないと固辞したのだけれども、よく考えると王城に行くドレスを買うお金など無く、アイシス様のお屋敷に急遽用意されたセシリアとしての部屋のクローゼットには、表向きは婚約者であるダイクレール公爵家から送られた高級なドレスがたくさん詰まっていた。


ユーリからのドレスは良くて、自分からはダメなのかといわれると何もいえなくなってそれ以来、定期的にルベージュ子爵のお屋敷にアルからセシリア用のドレスが贈られる様になった。


出撃前にルベージュ子爵家に寄ったユーリが、私が落ち込んでいる様子を見て嬉しそうに言う。


「私に会えなくなるのがそんなに辛いのですか?大丈夫です。必ず早く任務を終わらせて無事で帰ってきますから、そのときにはお帰りのキスをしていただければ嬉しいです」


いや・・私が辛いのはそうじゃなくて・・・。まあいい。そういう事にしておこう。


「でもユーリ。危なくなったら必ず私に連絡してね。そうしたら時を止めるから・・・」


私はユーリの左指の中指にある指輪を見ながら念を押す。実は毎回ユーリが出撃するたびに言ってあるのだが、今のところ時を止めるような事態にはなっていないようだ。ユーリはやはり有能な騎士隊隊長なのだ。


馬車の到着を告げる侍女が来たので、王城から派遣されている護衛と共に馬車に乗った。ユーリが名残惜しそうに私の手の甲にキスをおとして、しばしの別れの挨拶をした。



馬車が王城に着くと、大勢の侍従や侍女のなかにアルの姿を見つけた。補佐官のルークさんも一緒だ。私はマナー特訓の成果である最上級の礼を完璧にやり遂げ、一緒に王城の中に入る。


王城の中には第二王子のエルドレッドや、まれにセイアレス大神官が会議などでいることがある。彼らにとって私は、面識も無い只の公爵家の婚約者なのだろうが、私のほうはトラウマといっていいほどの記憶が、未だに頭の中から消えないでいた。なので極力会わないように奥の南棟に向かうまでの間、アルかルーク補佐官が常に私の傍にいて注意をしてくれていた。


「いつもありがとう。アル、ルーク補佐官様」


私は王城の南棟にある人気の無い応接室に通されて、周りに人がいなくなった頃を見計らって言った。アルが王子然とした格好をしてはいるが、相変わらずの無表情で答える。


「セシリアの姿で会うのは久しぶりだな。やはりお前にはその髪と目の色が一番似合う」


「アルだって。いつも会う時は黒髪に黒目じゃない。私は今の金髪で青い眼の王子様のアルのほうは慣れなくて未だにすごく緊張する」


私達はいまだ私が少年クラマのときは、時々図書館で会っていた。なので最後に会ったのはたった2日前なので、久しぶりに会ったとかいう感情は全くなかった。


「アルフリード殿下はセシリア嬢がいらっしゃるのを、今か今かとお待ちだったのですよ。今日のためにあらかたの政務を、殆ど徹夜で終わらせましたからね」


アルは余計なことを言うなとルーク補佐官様のほうをじろっと睨むと、ルーク補佐官様は苦笑いをしていった。


「さあさあ、私は退散しましょうか。今日はこの南棟をねずみの駆除ということで他の者は立ち入り禁止にしています。時間は十分にありますから、存分に友好を深めていただいて結構ですよ」


そういい残してルーク補佐官様は私の意見も聞かずにいなくなった。残された私達はというと・・・かなり沈黙が流れていた。隣同士に長いソファーに座り、二人の間の距離もまだ十分ひとひとり座れそうなくらいの隙間が開いていた。


いつも図書館で会うアルは黒髪・黒目で、庶民の服装をしているので話をしやすく、普段図書館では無言になる時間も無いくらいにいつも話が弾んでいる。


けれどもいま目の前にいるアルは、王族のみにしかまとうことを許されない制服を着て、その流れるような金髪と青い眼をした王子様なのだ。そこはかとかもしだされる威厳もさることながら、慣れない贅沢な調度品が並ぶ王城でいる緊張からか、私は何を話していいのかわからなくなっていた。


「・・・そのドレス。オレが贈ったやつだな」


「うん・・・。ありがとう。サイズもぴったりだったよ」


「「・・・・・・・・・・」」


また沈黙が流れる。その沈黙をなんとかしようとして、アルが何とか話題を見繕って話してくれる。


「リュースイ宰相の姪というのが最近見つかって、今度王城にも何日か滞在するそうだ。事故で死んだ弟夫婦の娘で、いままで伯爵家の令嬢とは知らずに、平民として育てられてきたらしい。年の頃もお前と同じくらいだから話が合うんじゃないか?」


なんでも幼少の時に弟夫婦と事故で一緒に死んだと思われていた姪が、数ヶ月前生きていたことが分かり、自分の子のいない宰相様はいたく喜んで溺愛しているらしい。


「そうだね。王城にきたら一度お話してみたいな。そうだ、ところで最近ゆいかちゃんはどんな感じなの?」


「情報として入ってくる話では、未だにお気に入りの神官をはべらせて、贅沢三昧をしているそうだ。そんな女を聖女として大々的に発表したセイアレス大神官は、ユイカには強くいえないみたいで放任しているそうだ」


私はホッとして言った。


「よかった。ゆいかちゃんも楽しくやっているのね。そういえばイケメン100人って言っていたから、もしかしてアルも誘惑されたんじゃない?アルだって相当イケメンだものね」


冗談のつもりだったのに、アルは突然機嫌が悪くなったようでムスッとした顔になった。あ・・・やっぱ誘惑されたんだ・・。私はその部分には触れないように話題を逸らした。


「まあゆいかちゃんは、すごく可愛いもんね。セイアレス大神官も私達二人が召喚された時、ゆいかちゃんしか目に入っていなかったみたいだもん。アルもああいう感じが好みなの?」


その一言にますます機嫌を悪くしたアルが一気に距離を縮めて、隣に座る私のほうに近づいてきた。私は思わず後ずさったが、そこはもうソファーの端でこれ以上先には進めなかった。


「本当にそう思うのか?」


怒ったアルが私に覆いかぶさるような勢いで、至近距離に顔を詰めてくる。もう十分アルの息が私の髪を揺らすくらいに近くなった。


「本当にオレの好みをいわせたいのか?」


「いや・・・あの・・その・・・別に・・・」


ち・・・近い・・・顔が近いよ・・!!


私は目を逸らしたいのに、あまりのアルの真剣な瞳に目を逸らすこともできず、ただ黙って彼を見つめていた。


「これは罰だからな・・。甘んじて受けろ」


彼は私の眼を見つめたままそう囁いたかと思ったら、突然その柔らかい唇を私の唇に合わせた。そして唇を離したかと思うとまた低い声で囁く。


「オレの好みは黒髪で・・」


「んっ!」


また唇を奪われる。


「黒い瞳で・・・」


「んんっ!」


アルは囁く度に、口づけを繰り返した。


「素直で・・」「お人よしで・・」「頑固で・・・」「まっすぐで・・」「たまに可笑しな事を言って・・・」


何度も何度も繰り返される口づけに、息ができないほどに胸が高鳴る。もう限界と思ったときに、それは終わった。


未だぼーっとして顔が熱いままの私に、少し口角を上げるいつもの笑みを浮かべると、アルは言った。


「・・・こういう女がオレの好みだ。覚えておけ」


「・・・・・!!!」


わ・・・分かりました。もう二度と聞いたりしません。ああ、いくら外見は金髪碧眼の王子様でもやっぱり中身はあのアルだ・・・。ちょっぴり意地悪で、でも優しくて、表情の分かりにくい・・アルだ。



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