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ユ=リスの帰還

私はサクラに早く会いたいがために、魔獣を予定よりも早く退治して帰ってきた。5日間で32匹の魔獣討伐。うん、悪くない戦功だ。


帰ってすぐルベージュ子爵家に寄ったが、出て来た侍従長が血相を変えて、私にセシリアの家出を知らせてきた。何てことだ・・・一体何があったのだ。


私はとるものもとりあえずに、王城にやってきた。脇目も降らず真っ先に執務室に向かう。侍従や護衛兵が私を止めようとするが、そんなもので止まる私ではない。私は目的の扉を開けて挨拶もせずに開口一番こう言い放った。


「アルフリード王子!!なにがあったのですか?セシリアは今どこに居るのでしょうか?!」


執務室にいるルーク補佐官やクラウス騎士団総長が、やはりこうなったかといったような表情で私を見つめる。


騎士隊の隊服を着たままで、額から大粒の汗をたらして息を切らせながら、アルフリード王子を問い詰めるように見つめる。


アルフリード王子が席を立ち、私の前まで歩みを進めてから落ち着かせるようにゆっくりと話す。


「落ち着け、ユーリス騎士隊長。セシリアは全総力を挙げて捜索中だ。必ず見つけ・・・」


アルフリード王子が言い終わる前に、私はアルフリードの襟を掴み、彼を壁に叩きつけるように押し付けた。大きい音が狭い執務室に響くが気にしなかった。


「私は殿下だから、セシリアを任せたのです!!セシリアを私と同じように愛する殿下だからこそ、安心して王国のために魔獣討伐に行ったのです!!こうなると知っていたら、出征には行かなかった!!」


湧き出てくる激しい怒りを抑えるようにして、アルフリード王子を責めた。周りのルーク補佐官ならびに、クラウス騎士団総長は黙ってみているようだった。私の来訪は恐らく予想されていた範囲だったのだろう。


「何があったんですか!!言ってください!一体何があって彼女は出て行ったのですか!!」


私は理性が効かなくなるくらいの怒りを感じながら叫んだ。


「・・・オレは彼女に、彼女が聖女だということを盾にしてオレを脅すのはやめろと言った。クリスティーナに何かしたら許さないとも・・・」


「なん・・・だと・・・!!」


私は瞬間、アルフリード王子の腹を拳で思い切り殴りつけた。アルフリード王子が背後の壁にしこたま背中を打ち付けて、壁を伝って床に倒れこむ。痛みに顔を歪めるアルフリード王子にも構わず、私は質問を続けた。もう怒りでどうにかなりそうだ。


「一体誰だクリスティーナとやらは・・!!」


「やめて!!ユーリス様!アルは悪くないの!!」


そこに突然女が現れて、アルフリードを庇うように覆いかぶさり、私のほうを見て言った。私の帰還はすぐに王城中に知れ渡っている。おそらくアルフリード王子の身を案じて執務室まで来たのだろう。その目には涙が流れている。


この女がクリスティーナか!!私は直感で悟った。


「やめて・・・彼は悪くないの・・・。私がいけないの・・私がアルを愛してしまったから・・・」


私は目を疑った。目の前でアルフリードがその背に庇い、涙を流しながらそう訴えるその少女は、サクラと同じ黒い髪と黒い瞳をしていて、一瞬見ただけではサクラと見間違うほどによく似ていたからだ。しかも既にアルフリード王子のことをアルと愛称で呼んでいる。


アルフリードがそんな彼女を庇うように自分の背におしやり、私に向かっていう。


「クリスティーナは悪くない。オレが彼女を求めた。それだけだ」


そういって彼女を庇うアルフリードを見て、私はルーク補佐官とクラウス兄さんに訴えた。


「何があった。魅了の魔法か?!そんなものにかかる殿下ではないはずです。ルーク補佐官!!クラウス兄さん!!この女を捕らえてください!何らかの魔術を使っているに違いない!」


ルークは私の剣幕に押されたのか、一瞬身を震わせたかと思うと冷静を装っていった。


「ユーリス隊長、クリスティーナ様は宰相の姪で、アルフリード王子と愛し合っておいでです。魅了の魔法も一応調べましたが探知できませんでした。お二人の愛は本物なんです」


何を言っているんだ、こいつは・・・!アルフリード王子が本当にこんな女を愛しているとでも思っているのか!!アルフリード王子を心酔するこいつの言うことなどあてにならん!


ルーク補佐官の台詞に驚いてあきれていると、クラウス兄さんが私の肩に手を置いてなだめる様にして言う。


「クリスティーナ嬢は、本当に素晴らしい女性だ。ユーリス、お前も話して見ればすぐに誤解も解けるだろう」


「クラウス兄さんまで・・・この女っ・・!!」


私がクリスティーナを見ようと視線を向けた時と、彼女が気配も感じさせず私の脇に立ち、その右手の指を私のこめかみにあてるのとが同時だった。


「大丈夫です。私は貴方の敵ではありません・・・」


そう呟く魔性の声に、私は一瞬頭の中が真っ白になり動けなくなる。頭の中にサクラとの思い出が投影されては消えていく、川で泳いだ時の妖精のような美しい姿・・・エルドレッドにやられた傷を押してまでアルフリードを助けようと懸命になる姿・・・。


だめだ!!だめだ!!このままでは私まで・・・!!


私は夢中で咄嗟にクリスティーナの髪に刺してある髪留めを引っ張った。クリスティーナの黒い髪が重力でおりてくる。私は躊躇せずに、その箸のような短い棒を自分の太腿に思い切り突き刺した。


「っつぅ!!!・・・!!」


痛みで頭がはっきりとしてきた。


私は一瞬の隙を突いて、そのまま執務室の小さい窓を突き破って外に出た。


庭に降りると王城の東門に向かって走った。衛兵たちが私を認めて捕獲しようとするが、普通の衛兵の力ではこの私をどうにかすることはできない。あっという間に全員気絶させて剣を奪う。


正門で預けた私の剣が気になるが、致し方ない。諦めるしかなさそうだ。くそっ!!いまだに頭がくらくらする。あの女、何をしようとしたんだ。


そう私が考えている間に、先のほうに近衛兵達がいるのをみとめた。体調が万全ではない今、近衛兵団の兵士を相手にするのは分が悪い。


見つからないように慎重に東門に急ごうとした時に、背後から誰かが私の肩に手をおいた。聞き覚えのある声が私の名を呼ぶ。


「ユーリス様。大丈夫ですか?」


「ああ・・アイシスか・・・」


アイシスはあいもかわらず、淡い緑のセクシーなドレスを着てそこに立っていた。私達は建物の陰に隠れると、真っ先にアイシスが私の太腿の傷を治してくれた。


魔力でついたものではない傷ならば、アイシスの医療魔法なら簡単に治せる。だが女の術にやられてふらついている体はアイシスにも治せなかった。


そうしてから、アイシスは私の顔を振り返りこういった。


「ユーリス様。クリスティーナ様のことをどう思っていらっしゃいます?」


なんだこれは、何かの合言葉なのか?私は疑問に思いながらも質問に応えた。


「何らかの術で、少なくともアルフリード王子とクラウス兄さんを操っている魔術士だと思っています」


そう応えると、アイシスはその厚ぼったい真っ赤な唇を上げて微笑んだ。


「正解よ。ユーリス様はあの女の術にはかからなかったのですね。良かったわ」


「私はとにかく王城を出てセシリアを探します。アイシス。何か知っていることがあるなら話してください」


アイシスは今まで掴んだ情報を、私に正確に順序だてて話してくれた。


クリスティーナは何処かの国から送り込まれた術士で、これは誰かが緻密に立てた策略だ。


狙いは恐らく王国そのものなのであろう。だけど私にはそんなことはもうどうでも良かった。サクラの身だけが心配で、抑えがきかなくなる。


私は頭の中で情報を整理し、次の行動の計画を立てた。まずは王城を出ることが先決だ。


私は城下町の外れにある、小さな小屋の位置をアイシスに教えた。そこは騎士団のものでも知らない、私がいざという時に使おうと思って用意していた隠れ家のうちの一つだった。今夜そこで落ち合う約束をつけた。


アイシスと別れて、私は東門を目指した。そこには大勢の衛兵と近衛兵らが、恐らく私が来るのを予測して待機している。私は衛兵から頂戴した剣一つの上、あの女の術で体が本調子ではない。多数の近衛兵を相手に逃げ切れるだろうか?


私は剣を見つめる。最後に会った時のサクラが脳裏に浮かんでくる。


ほのかに頬を染めて、照れくさそうに笑ったその顔をもう一度見るためなら、私はどんなことでも可能な気がしてきた。


「サクラ。もう一度会いたい・・・」


そう独り言を呟くと、私は門の兵士達に向かって剣を構えて走り出した。


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