クリスティーナ様のお披露目会
あれからアルフリード王子とは、二人きりで話す時間も無く、彼の本当の気持ちを聞く機会はなかった。私としてはちゃんと彼自身の口から話を聞きたかったのだけれど、アルフリード王子は少しでも時間があると、クリスティーナ様の元に通いつめていた。
3日が経ち、クリスティーナ様のお披露目の日がやってきた。数日前から昼夜問わずに準備がなされて、王城はたくさんの人や物で溢れかえっていた。王城にはたくさんの招待客が押しかけて、城に勤める侍従や侍女達、城を守る兵士達もかなりの忙しさに埋没されていた。
私は・・・というと自室で淡い緑色のドレスを着て薄いメイクを施し、髪は頭の上に結い上げて、可憐な薔薇のモチーフのヘアピンをつけた。体中に嫌味にならない程度の宝石をまとって、今日エスコートをしてくれるという、クラウス公爵様を待っていた。
私が正装をするのを手伝ってくれた侍女が、感嘆の声をもらす。
「なんて素敵なのでしょう。天使が舞い降りたようですわ。ユーリス公爵も是非見たかったでしょうに残念です」
まあ。お世辞だとしても、褒められれば悪い気はしない。すこし照れながらうつむく。
今でもアルフリード王子のことを思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛む。夜、眠りながら泣いていたこともある。だけど、それももう終わらせよう。今日こそ、アルフリード王子とクリスティーナ様におめでとうと言おう。
そんなことを考えていると、侍女がクラウス公爵様がいらしたと伝えに来たので、早速自室から出てクラウス公爵様が待っているであろう部屋に行く。
青と銀色をベースに豪勢に装飾された部屋に通されると、そこに黒色の騎士服を身にまとったクラウス公爵様がいらっしゃって、私を一目見るなり感嘆の溜息をもらす。
「かなり美しく装ったな。これなら大神官もあのサクラだとは気がつかないだろう」
はいはい。化けたなっていう感じでしょう?と思いながら、右手をクラウス公爵様の左腕に置く。
このお披露目会はとても大規模な物で、昼過ぎから始まり庭で遊園会を行い、夜は大ホールで夜会が催される。王国中の貴族や重要人物が招待されていて、恐らくそこにエルドレッド王子やセイアレス大神官。魔術庁長官・・・それに聖女のゆいかちゃんも参加する予定だといわれた。
おそらく昔とかなり見た目が変わっている私のことを、あの時聖女と一緒に召喚された少女だとは誰も思わないだろう。しかもたった1週間しか大神殿に居なかった私を覚えている人は、いないであろうとの判断だ。
いつまでも避け続けるわけにはいかない。
アルフリード王子とクリスティーナ様は、常に傍にいて招待客に挨拶をするのに忙しそうだった。
私とクラウス公爵様も挨拶に向かったが、定型的な挨拶の文句だけで終わった。
その後、白鳥たちが泳ぐ湖の傍の庭園で、クラウス公爵様とお話しをした。クラウス公爵様はクリスティーナ様のことをべた褒めで、とても素晴らしい女性だと絶賛していた。
私のミューズだとかも言っていた。・・・なんだろう。このダイクレール公爵家には溺愛の遺伝子でも存在しているのだろうか。
まあ、あのアルフリード王子に心酔しているルーク補佐官様のお墨付きの女性だ。おそらく本当に素晴らしい女性なのだろう。アルフリード王子も彼女となら幸せになるに違いない。
また胸の痛みがぶり返してくる。あの日、山の頂上でアルフリード王子が私に言ってくれた台詞を思い出したからだ。
『 お前に生涯傍にいて欲しい。隣で笑って頑張ったねと言って欲しいんだ 』
私の口から諦めに似た笑いがこぼれる。きっとその役目はクリスティーナ様がやってくれるのね。私ではない・・・私は必要とされていない・・・。
広大な芝生の上に所々にテーブルが置かれ、その上にこれでもかと沢山の花を飾りつけた花瓶と、一口サイズの料理が所狭しと並んでいる。その周りを様々な色の華やかなドレスに身を包んだ女性や、女性をエスコートする男性で埋め尽くされている。
なるほど、これほどの人が居れば私のことなど目立たないだろう。
これ以上考えすぎるとまた涙が出そうになるので、私は料理のほうに集中した。クラウス公爵様が旧知の友と会ったみたいで話に花を咲かせている間に、こっそり料理を取りにテーブルに向かう。
そこにある薔薇の花をかたどったケーキに目を奪われ、最後の一つになったそれに手を伸ばすと同時に、他の誰かの手がそのケーキを掴んだ。
思わず見ると、そこには可愛らしいピンクのフリルのドレスを着て、そのウェーブのかかった茶色の髪を揺らしながら、ゆいかちゃんが立っていた。




