アルフリードの心変わり
夕食の時間が来たようで、お部屋つきの侍女が知らせにきた。支度をしてお部屋に向かうと、そこにはアルとクリスティーナ様が、先に席に着いて待っていた。王族の晩餐の部屋という事もあり、ふんだんに使われた金があちこちに装飾されている。吹き抜けのように高い天井からは、重厚な造りのシャンデリアが垂れ下がっていて、何百もの蝋燭が立てられていた。
長テーブルの先にはアルが座っていて、その傍の一番近い席にはクリスティーナ様が悠然と座っている。周囲には侍従とメイドが何人も隅に立っていて、その奥には目立たないように近衛兵が待機しているのが見える。
私は10日ぶりに会うアルを見て、いろいろと質問したいことがたくさんあるのだけれども、それを隠して丁寧に挨拶をすると、次にクリスティーナ様にも挨拶をした。
「クリスティーナ様、またお会いできて光栄です。お夕食をご一緒できるなんて嬉しいです」
クリスティーナ様は私を見て挨拶を返して柔らかい笑みを漏らしたかと思うと、次にアルのほうを向いていった。
「アル。わたしユーリス公爵様の婚約者であるセシリア様と一度じっくりお話してみたかったのです。願いを叶えてくださって、ありがとうございます」
アルが愛しい者を見る目つきで彼女を見る。ああ、クリスティーナ様はアルフリード王子の事をもうすでにアルと・・・呼んでいるのだ。
「わたしアルに会えて本当に良かったわ。愛しい方・・・。こんなに大切にしていただいてわたしは幸せです」
そう言ってテーブルの上に置かれたアルの右手に、自分の左手を重ねた。それに答えるかのようにアルが反対側の手でその手を包み込む。アルの視線は私を捉えずに、常にクリスティーナ様の方を向いていた。
「セシリア様。今度はユーリス公爵様ともお会いしたいわ」
クリスティーナ様の声が遠くに聞こえる。まるで現実感のないテレビでも見ているかのようだ。私はなんとか平静を装って答えた。
「是非、次の機会にご紹介します」
そう答えるだけで精一杯だった。それまでクリスティーナ様にばかり視線を注いでいたアルが、私のほうを見てこういった。
「セシリア嬢、ユーリスは本当に有能で信頼に足る男だ。出征して心配だろうが、ここで待っていればすぐに戦功を上げて帰ってくるだろう」
そう言って私を見る目には、いつものような優しさは伺えず、その取ってつけたような物言いにショックを隠せなかった。
アルの顔をまともに見られない。私は無作法だが目を逸らした。そこに待っていた最後の晩餐客、ルーク補佐官様が現れ食事が始まった。
前菜から始まってスープにオードブル・・・。私は騎士訓練場の食事と違って豪勢なメニューにもかかわらず、全く味のしない食べ物を淡々と口に運ぶ。食事が終わるとルーク補佐官様がいった。
「そうそう、セシリア嬢。3日後にクリスティーナ様の社交界お披露目が王宮であるのです。セシリア嬢も是非ご参加ください。パートナーのユーリス公爵がご不在なので、お兄様のクラウス公爵がエスコートしてくださるとのことです。淑女教育の成果を是非お見せくださいね」
その言葉にクリスティーナ様が微笑んでいう。
「ええ!わたしからもお願いします。お披露目会の為にアルがわたしにプレゼントしてくださったドレスを着ていくので、楽しみにしておいてくださいね」
アルとクリスティーナ様の視線が再び絡み合い、互いに微笑む。私はこれ以上この場で居る事が耐えられなくなってきたので、席を突然立って言った。
「申し訳ありません。今日は少し疲れてしまったようなので、先に休ませてもらえませんか」
そう言ってすぐにこの場を離れた。
これ以上ここに居てあの二人を見ていると気がおかしくなりそうだった。
私は返事も待たずに走って逃げた。あまりの無作法に傍に居た侍従とメイドが目を丸くして驚いていたが、気にも留めなかった。
広い回廊を抜けて大きな両開きのガラスの扉を開き、外にでる階段を下りて暗闇の庭園に駆け込む。
とにかく一人になりたかった・・・。
庭園の生垣を抜けて薔薇のアーチのあるベンチにまでたどり着くと、そこに腰を下ろした。
息を整えながら、空を仰ぐと大きな月が二つ見えた。白と赤の月・・・。あの月を見るたびに自分が異世界に居る事を思い知らされる。
向こうの世界にいる家族の顔が浮かび上がる。お父さん。お母さん。おじいちゃん・・・。私どうしたらいいんだろう。どうして私こんなところにいるの?
急に孤独が襲ってきて、絶望感にもうどうしようもなくなる。
「セシリア様!」
背後から馴染みのある声がする。ああ、この声はブレント君だ。
「どうしたんですか?誰かに泣かされたのですか?」
え・・・私・・泣いていたの・・・?自分の顔に手をやると、確かにそこには涙が溢れていた。泣いていることにも気がつかないなんて・・・。
そっと何も言わずにブレント君が、自分のズボンのポケットからハンカチを差し出す。私はそのハンカチを受け取ると、なんとか自分の声を絞り出した。
「ありがとう、ブレント君。・・・私もね。この世界に誰も家族が居ないの・・・。もう誰とも二度と会えない・・・。そんなことがどうしようもなく辛くて悲しくなってしまっただけだよ」
嘘ではない・・・。今この胸を焦がしているのは、アルフリードのことが一番ではあるが、それだけではなかった。
とんでもない孤独感、それが私を苦しめる。
涙で顔を濡らす私を見て、ブレント君が何とか元気付けようとしてくれる。
「セシリア様。よかったら一緒に今度、僕の生まれた村、ドリトス村に来ませんか?あそこの村の人はそんなに余裕のある生活ではありませんけど、本当に親切なんです。みんな家族のように扱ってくれます。ドリトス村ならセシリア様も寂しくならないと思います」
私はブレント君のそんな必死な顔を見て、自然と頬が緩むのがわかる。
「ありがとう、ブレント君。もう大丈夫」
この夜、私ははっきりと自覚した。私はアルフリード王子が、好きだったんだ・・・。
今更気がつくなんて、馬鹿ね・・・私・・・。
私はブレント君に向かって笑うと、その日は自室に帰ってすぐに寝ることにした。そうだ・・・異世界に来てセイアレス大神官に神殿から放り出されても、私は元気だったじゃない。あの時に比べればたくさんの物がこの手の中にある。騎士訓練場で働いた給金も貯めてあるし、いざとなればまた。どこかの町にでも行けばいい。もともと私には王城にいること自体が、身分不相応なんだから・・。
たかが生まれて初めての失恋だ。時間が経てば忘れてしまって、また違う人を好きになるに違いない・・・。
大丈夫・・・大丈夫・・・。
私はそんなことを考えながら、眠りについた。




