アルの想い 後編
セシリアが騎士訓練場にもどってから数日後。オレは一日空いた日ができたので、サクラを連れて林にピクニックに行く事にした。
会った早々、サクラはオレに花束をくれた。普通は男女逆だろうし、今からピクニックに行こうというのに、花束はない。けれどサクラがオレにくれたものならば、オレは何でも嬉しかった。
山の頂上に着いた時には、サクラはかなり疲労困憊していた。やばい・・・少し馬のスピードを上げすぎてしまったようだ。サクラを横抱きにして馬から降ろし、地面に寝かせる。心配してみていると、大丈夫だといわんばかりに微笑む。
かなり具合が悪いだろうに強がって見せる彼女を見て、また惚れ直す。
大分気分も良くなってきたみたいなので、一緒に景色を眺めた。ここはオレにとっての秘密の場所だ。誰にも教えたことは無い。そう彼女以外には・・・。
「ここはオレが昔から悩みがある時や、いき詰まった時によく来る場所だ。ここからは全部とは言わないがウェースプ王国が見渡せる。それにあっちの方角の山脈の向こうには大国のギルセナ王国。そして川を挟んであちら側がナイメール公国が見える」
オレがそういうと、彼女はなんだか思案しているような顔をしている。
「何を考えている?」
聞いてみると、彼女は柔らかく微笑んでいった。
「・・・アルは頑張ったんだなって。こんな大きな王国を支えていく重責や期待に負けないで良く頑張ったよ。私はアルが努力しているのも知っているし、完全無欠の王だっていわれてても、たまに失敗しちゃうのも知ってるよ。この間仕事のことを考えすぎて、紅茶と間違ってペン立てを口に運んでいたの見てたんだから。ふふふふ・・」
その言葉を聞いて、オレは心臓を鷲づかみにされたかのような衝撃を受けた。
オレの事を天才だの、非凡だの、完璧だのという美辞麗句は、まるで挨拶かなにかのように皆が口々にいう。
だが今まで誰一人として、オレが努力をした結果だとは思っていないようだった。さらにいえば、頑張った・・・などといわれたことは、生まれて初めての経験だった。
そうか・・・オレは誰かに頑張ったと言って、褒めて欲しかったのかもしれない。他の誰も・・父上でさえ・・・頑張った・・・等と言ったことは無かった。
サクラ・・・。オレはお前を愛している。お前がずっと傍にいて、頑張ったねと言ってくれるならば、オレはなんだってする。
オレは自分の気持ちを素直に、サクラに伝えた。すると彼女は困ったような顔をして少し考えてから言った。
「アル・・・。私・・・前の世界から異世界に来てもう半年くらいになるのね。その間この国でいろんな人と知り合って、今は大切な人がたくさんできた。その人たちの為にも、聖女としてじゃなく、普通の女の子の桜としても、この国を守っていきたいと思ってる」
そうだな。お前はそういう女だ・・・だから惚れたんだ。
「でも・・・今の私は自分に自信がないの。世界最強の能力を持っているとはいっても、その能力を使わないと、実際の生活では何もできない普通の女の子で・・・。いま自分が生活していくので精一杯で・・・」
オレは彼女がこれ以上話さなくてもいいように、指で彼女の唇に触れた。彼女の唇は想像した通りに柔らかくて触り心地が良かった。
オレはこの時自分を責めていた。サクラはまだ17歳の少女で、突然誰も知り合いの居ない世界に連れてこられ、命の危険にさらされたあげく、やっと安全な生活を手に入れたばかりなのだ。
この世界に来てまだたった半年だというのに、オレは自分の感情ばかりを優先して、サクラを追い詰めた。
「今はそれでいい・・。答えは急がない・・それに・・時間はたっぷりあるからな」
オレが彼女にそういうと、安心したかのように笑った。その顔を見ると思わずキスをしたくなった。
まずはおでこ・・・次は右頬・・・左頬・・。その後、彼女の眼を見つめると唇を合わせた。彼女は緊張しているらしく、その唇は震えていた。
でも・・・構うものか・・。この可愛くて・・・愛しい彼女が目の前にいる。それだけでこんなに幸せな気分になる。いっそこのまま連れて帰って、城の奥深くに閉じ込めてしまおうか・・・。
・・・でも、そんなわけにはいかない。彼女は彼女だからいいのだ。オレは最後のキスを十分に堪能した後で、名残惜しいが唇を離した。その白い頬を耳まで赤く染め上げた彼女の顔が目に入る。
オレは狂うような本気の愛情を隠すように、冗談ぽく呟いた。
「まだ17歳のお子様だからな。この位にしておかないと倒れてしまいそうだ」




