アルの告白
その後、アンおばさんと私の合作 カツサンドとレモネードを昼食に食べて、アルとは色々な話をした。これからどんな風に王国を統治していきたいかという事とか、人々の生活についてだとか・・・。
「私は魔法の無い世界から来たからこう思うのかもしれないけど、特に生活していく上で魔力は必要ないと思うの。勿論、魔獣やら隣国に対しての牽制のための魔力は必要だと思うけど、洗濯や掃除、調理なんかはちょっとした工夫や知恵でなんとかなるものなんだよね」
アルは私の意見に賛同するように小さく頷いてから言う。
「そうだな。今はみんな生活全般、魔石に頼りきっているからな。だがその魔石もいつまで取れるか分からん」
私の隣で胡坐をかくようにして座っているアルが、空を見上げながら呟く。
「だからその為に、私、向こうの世界で得た知識を使って、魔石を使わないで生活できるようにしたいの。もちろん魔石全部無しで生活する、なんていわない。だけど少しの魔石と多少の工夫を組み合わせれば、そんなに難しいものじゃないと思う」
私は体育座りの要領でアルの左隣に座っているので、顔を右に向けてアルの表情を見る。すると空を見上げていたアルが突然私の方を向いていった。
「サクラ・・。オレはこの王国と民をこれから王として守っていくつもりだ。きっとエルドレッドも力になってくれるだろう。・・・だけど、オレはサクラ。お前の力も貸してほしい・・・」
そういうとアルは私の右肩に触れるくらいの位置に自分の左腕を置いて、覆いかぶさるようにして私のほうに近づきながら、切ない顔をして絞り出すように声を紡ぐ・・。
「・・・オレはサクラ・・。お前に生涯傍にいて欲しい。隣で笑って頑張ったねと言って欲しいんだ」
アルの顔が10センチの距離にまで近づく。私はというと、どうしたらいいかも分からないくらい頭の中が混乱していた。眉目秀麗、智勇兼備な上、将来王位が約束されているアルフリード王子に、生涯傍にいて欲しいと懇願されて嬉しくないわけがない。
でも結婚となると話は別だ。アルと結婚するということは、私はいずれ王妃になるということだ。自慢じゃないが私は、自分が王妃になる器ではないことを十分すぎるほどに自覚している。しかもそうなると田舎でゆったり子沢山という野望もついえてしまう。
考えれば考えるほど、アルとの結婚は無理な気がしてきた。なので意を決して自分の考えを言葉にする事にした。
「アル・・・。私・・・前の世界から異世界に来てもう半年くらいになるのね。その間この国でいろんな人と知り合って、今は大切な人がたくさんできた。その人たちの為にも、聖女としてじゃなく、普通の女の子の桜としても、この国を守っていきたいと思ってる」
アルは黙って私の言う事に耳を傾けてくれているので、それを見て私は安心して言葉を続ける。
「でも・・・今の私は自分に自信がないの。世界最強の能力を持っているとはいっても、その能力を使わないと、実際の生活では何もできない普通の女の子で・・・。いま自分が生活していくので精一杯で・・・」
その時、ずっと黙って聞いていてくれていたアルが、突然自身の右親指で私の唇に触れたので、私は話すのを中断した。二人共に至近距離で見つめ合ったまま時間が流れる。アルは愛しいものに触れるように、大事そうに私の唇を親指で撫でつける。
「今はそれでいい・・。答えは急がない・・それに・・時間はたっぷりあるからな」
そう言って、にやっといたずらっ子のような笑みを浮かべたかと思うと、私のおでこに唇を落とす。次に右頬へ・・・次は左頬・・。最後に暫く見詰め合ったかと思うと、最後に唇に触れた。
アルの唇が私の唇に重ねられて身動きができない。アルの息遣いが聞こえる。私は眼を閉じたままアルの体温を感じた。
ああ・・・。こうしていると、あの時のことを思い出す。アルが死に瀕していて、最後にキスを求めてきた時だ。あの時のキスは血と涙の味がしたけど、今回は違う・・・。
どのくらい時間が経ったのだろう。不意にアルは唇を離すと笑いながらこういった。
「まだ17歳のお子様だからな。この位にしておかないと倒れてしまいそうだ」
私は未だ顔が真っ赤なのを誤魔化すために、わざと大きな声で言い返した。
「わたし来月で18歳ですから!!子ども扱いしないで!!」
その後二人でまた楽しく会話をしたり、林の中を散策したりしてから家路に着いた。帰りはかなり馬のペースを落としてもらった。そうじゃないと食べた昼食を全部もどしそうだったからだ。
アルとは最後に、また会う約束をしてから別れた。
その時見た、少し口角を上げるアルのいつもの笑顔が、私に向けられる笑顔として最後の笑顔になるとはその時は思っても見なかった・・・・。