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ショートショート集

マルファスの部屋

作者: 橘 永佳

 五m×五mの世界。

 平均すると、部屋の大きさはそれぐらいになる、と思う。でも、体育館かよって思うぐらい広いときもあったから、大体そんな感じってところ。っていうか、平均って意味あるのかな? コレ。

 まあ、僕がいるところは、そんな感じの部屋がある建物らしかった。らしい、というのは、外に出て見たことがないからだ。だから、ホントは建物かどうかも分からない。とにかく、白い壁の部屋が続いているんだ。

 これまでの繰り返しから、部屋の数は八つのはずだった。これは、もう何千回と繰り返したんだから間違いないと思う。部屋に入ると、部屋の左右に出口が一つずつあって、どちらかから出ると次の部屋になる。これの繰り返し。

 ただ、不思議なのは、一つとして同じ部屋がないことだった。いや、一度見たことがあるようなのや、もうはっきりとそっくりなのもあったけれど、全く同じ、はなかった。何しろ、大きさ自体が変わってしまうんだ。普通に考えればありえない話だよね。建物かどうか分からない、ってのは、それが理由だったりもする。それでも建物らしいと思うのは、“造られている”感じがするからだった。これは非常に具体的な話。

 新しい部屋に入ると、入り口がもの凄いイキオイで閉じられて、周りから工事中みたいな音が聞こえてくるんだ。それも超高速の。

 入り口と出口に扉はなくて、言うなら壁に通るための穴が開いているようなものなんだけれど、部屋に入ったら、入り口にレンガみたいなものが一気に積み上げられてふさがれて、速攻で白い壁に塗り固められてしまう。その音と同じような音が周り中から、というか建物自体から響いてくる。信じられない速さで工事されているみたいな感じ。

 だから、ありえない話だけれど、新しい部屋に入るたびに全体が造り直されているんだと思う。バカげた話だけれど、そう思えば、部屋の大きさがデタラメになる言い訳がつくし。

 名づけて、マルファスの部屋ってところかな。ソロモン王七十二柱の中で建物を造ることが得意な奴。すごい速さで建てることが出来る奴らしいから、印象としてはピッタリなんだよね。

 もちろん冗談だけどさ。

 でも、毎回毎回造り直されていると考えると、他にも説明がつくことがあったりする。それは、同じ部屋がないこと、部屋の中が毎回違うということだ。壁一面に絵が描かれていたり、彫刻で埋め尽くされていたり、力強くて繊細な達筆の文字が床一面に広がっていたり、まあ色々あるんだけれど、必ずどこかが違っていた。そして、毎回感動していたんだ。

 部屋の中はいつも凄かった。絵にしろ彫刻にしろ文字にしろ、第一級の芸術作品と言えるシロモノだった。素人の僕だって感動できるんだから間違いない。写実だろうが抽象だろうが、よく分からないシュールな世界だろうが、とにかく有名な美術館とかにだって負けないぐらいのイキオイだ。

 四方の壁を埋め尽くす原色の塑像、今にも動き出しそうな抽象画、宙に浮かぶ達筆、彫刻のように立体になっている写真、七色に凍りついた協奏曲……。どれもこれも凄かった。

 ちなみに、作品にはテーマがあるみたいだった。というのも、どうも、いつも誰かが中心になっているらしいから。らしいっていうのは、写実系のやつなら分かりやすいけれど、抽象系に行っちゃうと分かりづらいからなんだけど、それでも一人の人物が中心になっている、と感じられた。

 誰かの物語、人生って感じ? 親近感がすっごいある、誰かの。

 部屋の数が八つっていうのはここに理由があって、八パターンで終了するんだ、その物語が。いや、細かいことを言うと、早く終わっちゃうこともあって、最短二つ目で終了ってのもあった。でも、まあ大体は八つ目まで行って、次は別の物語で一から始まるって感じ。ただ、もう果てしなく繰り返しまくったけれど、九つ目に進んだことはない。だから八つ。あ、終わりって分かる理由は単純。表現されているのが墓っぽいからね。

 何百、何千の物語。

 一つ目が似ているケースが多かった。で、終わりに近づくにつれどんどん別物になっていく。これはどうも、左右どちらの出口を選ぶかで変化する、ということらしかった。二択で進むゲームみたいなもんかな。もっとも、それだけでバリエーションが成り立っているわけではない。いや、バリエーションの豊富さは別の理由による。

 僕の見方によって変わるんだな、どうも。

 僕が楽しさを感じると物語もノリが良くなるし、圧倒されて沈んだりすると暗いテンションになる。全く同じ感じ方ってわけにもいかないので、結果千差万別となるわけだ。

 で、延々延々と繰り返し。果てしなく見続ける物語……、となれば、誰だって同じだと思うけど、ガチで終わらせようとしたわけで。どうすりゃいいのか頭を悩ませつつ、思いつく限りのことをやってみたんだ。そして、どの部屋でも“善いこと”を、出来る限り嘘っぱちでなく、心から真剣に、偏見ナシで、ひねくれないで徹底したとき、ついに八つ目の部屋が変わった。部屋の中心に人間らしき?光の塊があって、目もくらむばかりの光が部屋中にあふれてて、エンディングでしょコレって確信したんだよね、そのとき。

 ……なのに、また一つ目の部屋が始まっちゃったんだなぁ。

 それが、今回だったりする。

 かつてない肩透かしをくらって、しばらく呆然として、それからパニクって、また呆然として……。喜怒哀楽その他イロイロ全部通り過ぎた後、僕がたどり着いたのは、なーんにもない境地だった。喜びも怒りも悲しみも優しさも嫉妬も愛情も憎しみもプライドも偏見も強さも弱さも希望も絶望も自分も他人も何もかも、なーんにもない。いや、何もないんじゃなくて、全部が一つになったのかな?

 一つになったから、区別がつかなくなって、なーんにもなくなった。

 そのまますすんだ。二つめと三つめのへやはテンション高めだった。四つめはふつうで、五つめはイタいやつで、六つめはゆるくて、七つめはすっごいツラいやつだった。

 どれもこれも、なーんにもないままでとおりすぎた。

 八つめはやっぱり墓っぽかった。ふつうの。これもとおりすぎた。

 そのつぎは、ひとつめ、じゃなかった。

 ここのつめは、なーんにもないへやだった。

 そこには、ぼくも、なかった。

 ぜんぶが、ひとつに。

 ああ、そうか。

 ぼくは。


 赤ん坊の泣き声が響き渡った。分娩室の空気が安堵の色に変わる。

「元気な男の子ですよ」

 看護士のにこやかな声に、疲れ果てていたが、かろうじて微笑を返す。

 小さな命がしぼり出す泣き声へと、母親になった手が差し伸べられた。

「ああ……」

 彼女の口からこぼれたのは一言だけ。

 その目は、限りなく優しかった。

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