序章
始まりの話。
「ねぇ、その呪い、良ければ売ってくれないかぁ?」
やけに間延びした、老夫のような喋り方の男に道端でそう言われて私はびくりと肩を跳ねさせた。
老夫の"ような"というのは、声は聞きようによれば若い男にも聞こえないことはないのだが、その男の年齢の知れる部分、つまり顔が見えないのだ。
__彼の顔には、白くのっぺりとした面があった。
否、全てがのっぺりとしているわけではなかった、滑らかに鼻、唇は浮き上がってあった。
ではなぜのっぺりしているように見えたのか?
そう、その面には目が存在しなかった。
鼻の上、通常ならお面だとしても2つの目があるはずである、それがまるで元々そんなものはないかのように、全くの平面なのだ、のっぺらぼうの面と見間違うのも理解できる。
「おぅい、お嬢さん?」
一言も喋らず自分を見ている私に、いい加減痺れを切らして彼がもう一度話しかけた。
「あ……ごめんなさい」
とりあえず謝ったものの、貴方の見た目が変なものでついつい思考に耽ってしまいました、とは言えない。
というかこの人、私に何の用?
確か呪いを売ってだかなんだか……呪い?
「あの……変な宗教の勧誘でしたら、間に合ってます。」
「いやいや違うよぅ、お前さんのそののろ……」
「全くなんのことだか」
その言い方、まるで私が呪われているみたいではないか。
生憎私は"呪い"なんぞという非現実的な、それも目に見えないものは信じないタチなのだ。
それに、仮に"呪い"が存在していたとしてもこの身は健康健全そのもの、不調なんて全く無い。
どうやったらこの変な人を追い払えるかと思案していると、目の前の仮面が傾いた。
「おや、お嬢さん……、はぁ、なるほど」
「……は?」
なにが一体"なるほど"なのだ、怪訝な顔して聞き返すが彼は1人納得したように頷くきりで答えやしない。
もう、一体なんなんだ。
心の中で悪態を吐いたら、ようやく彼が口を開いた。
いや、仮面で隠れているから開いたかどうかはわからないが喋り出したのだから開いたのだろう。
「お嬢さん、小生はめかごというんだが、オメメの目に竹冠に竜で"目篭"だ、」
なにを言うのかと思えば自己紹介で、御丁寧に漢字まで教えてくれたが、正直なんで今なんだ。
もっと出会い頭にするか、親密になれそうな雰囲気でするものだろう、普通は。
というか大抵前者の場合も少数派だ。
「……は?はぁ……珍しい、お名前ですね」
「はは、よく言われるねぇ、お嬢さんは?」
どうしようやっぱり聞かれた、これは礼儀として名を聞いたわけだし名乗るべきなのか、でも、
なんて迷いに迷っていると、それを汲んでか
「あぁ……名乗りたくないならいいだろう、聞いても必要ないかもしれないからねぇ」
あっさり引いてくれた。
いやここで引くならもっと前の段階から引いていてくれ。
「いやねぇ、名前を聞きたかったわけでなくて、お嬢さん、ちょっと小生の仕事を手伝ってはくれないか?」
「……仕事?」
顔に出ていたんだろうか、少しばかりの訂正をするとこれが本題だ、とでも言うように彼は言う。
けれどもいきなり言われても、"仕事"とは一体……。
「ううん……働いてくれる、なら内容を教えられる」
そうは言うが、多分それは"働くつもりがないなら教えられない"の意味を有し、そしてそれのほうが強いのであろう。
私は少し思案する。
少々わからない、いや結構わからないことを言われているが目の前の人がふざけているようにはあまり感じられない。
見た目のせいで最初はふざけていると思っていたが……。
まだ社会をよく知らない私の未発達な脳味噌をフル回転させて考える、がいくら考えたところで適切な選択が導かれない、ならば、
「二、三、の質問があります。」
私は彼の前に指を立てて言った。
快く頷き彼は"どうぞ"のジェスチャーをとる。
「まず、そのお仕事は忙しいですか?」
「時期によるけど週一くらいの頻度だね」
「次です、そのお仕事は私みたいな小娘でも出来るのでしょうか?」
「お嬢さんは必要な条件をクリアしているよ、むしろ大歓迎だ。」
2つの答えに私はふむ、と頷き一拍、いや二拍の間を置いて
「では最後の質問です、そのお仕事は命の危険が伴いますか?」
安全第一だ、これは聞いておかなければならない。
これの答えにより私の答えも決まる。
「おや、どうだろうな……」
先程まで順調に答えていた彼は急に言葉に詰まった。
顎に手を当てて唸っている。
どうも変な感じだ、目のないのに困っている表情に見える。
というかこのお面、一体なんなんだろう。
関係ないことをふと思っていると、重々しそうに彼がまた口を開いた。
「……命の危険、とまではいかないが……油断していると後ろから刺されることはあるかもしれないなぁ……」
答えながら今度は頭を掻いている。
私は一度吟味するように軽く頷くと、私の答えを告げた。