勇者の仲間の末裔その2
第7部 犠牲と意志と目標
勇者の末裔という女性とクレアとミナ、そしてしらすと俺の馬車の旅が始まった。
「勇者の末裔っていうのはどういうことだい?それとさっきの声は?」
一番この状態を理解していないであろう、クレアが最初に質問を切り出す。
「私は、クーレリア家の者よ。クーレリア家っていうのは勇者の仲間だった、魔法使いの名前ね」
「勇者ねぇ…… 昔絵本とかで読んだことがある程度だなぁ」
「信じられないのも無理もないわね。勇者の伝承自体ちゃんと伝えられてないのだから」
「ふ〜ん。それで、あんたはその勇者の仲間の魔法使いの末裔で、ユウキも末裔なのか?」「あ、え〜と……」
ついつい、お前も? っていってしまったからなぁ。そこを見逃してくれるクレアではないよな。
「たぶんそうみたいだな」
「たぶんって……」
「俺も、最近知ったばかりだからな。一応末裔って言われてたけど、俺の家はしがない宿屋だったし。勇者の伝承何て信じてなかったからな」
「ほんと、同じ末裔として恥かしいわ」
知るかよ。こっちは、ただの無職だったわけだしな。大体、勇者の伝承何て、自分の家でしか聞いたことがないから、ただの母さんの作り話と思ってたぐらいだしな。
「それで、さっきの謎の声は?」
「ええーと……」
俺は、クレアにかいつまんで事の顛末を話した。グレイス家として生まれた俺に、与えられた使命。そのために、箱のしらすが付いてきていること、ダンジョンを作る際に閉じこもっていた竜人の少女の事。
「にわかには信じがたいね」
「私が喋ってるのに?」
「誰!?」
「足元だよ……」
「足元? うわ! 本当に箱から声がする!」
新鮮な反応だなぁ…… 結構箱が喋ることに驚いてくれなかった事が多かったからな。うんやっぱり箱が喋ってるのは変なんだよな。いや、俺ももう少しで、箱が喋るぐらい普通の事だと思うやつの仲間入りをするところだった。
「へぇ…… ユウキって意外にすごいやつだったんだな」
「いや、別にそんなんでは……」
「買いかぶりすぎよ。こいつはただのお節介の馬鹿よ」
「箱の癖にお兄さんをバカにするな!」
「うるさい、トカゲ!」
「あぁ、はいはい。おさえておさえて」
とっさに二人の喧嘩の仲裁に入ってくれるクレア。常識人が一人いると助かるなぁ。
「それで、ユウキがグレイス家としてダンジョンを作っているのはわかった。それであんたは何をするために、旅をしてるんだい?」
クレアの疑問はもっともだった。ミドナ、つまり俺とは違う、クーレリアの末裔は何をしているのだろうか?
「そうね。私は簡単に言うと、事件を作る者ってとこかしら」
「事件…… えらく物騒なことだな」
「物騒なものだけじゃないわよ! あんたみたいに、かび臭い洞窟にこもって、トラップを陰湿に考えるような仕事と一緒にしないで!」
「っな!」
びみょーにあたってるせいで言い返せない…… まだトラップを作ったりしたことはないけどさ、確かにチュートリアルの洞窟はカビっぽかったし。あの塔も結構な古さだったからな。
「私はね。勇者が成長する為の事件や、仕事を作るのよ」
「お兄さん、どういうこと?」
「いや俺に聞かれても」
「たとえばね、町の人に協力してもらって、このアイテムをくれたらこれをあげようっていう仕事や、村長に協力してもらい、村の危機を装ってもらうとか」
「なんていうか、嘘ばっかりだな」
「うるさいわね! 普通の旅じゃ、勇者が育つわけないでしょ!」
確かにそうだけどな。ある意味そこまでお膳立てしてあげると逆に育たなくなるような。
「別に全部が全部私が用意するわけじゃないから大丈夫よ」
「そうなのか?」
「旅にイレギュラーはつきものだからね。基本は自由にしてもらうけど、その中に少し刺激を入れるっていうのが私の役目、その刺激が小さいか大きいかはこっちのさじ加減だけどね」
俺と違って、あるものを直したり改良していくっていうわけではないのか…… 中々大変なんだな。
「つまりだ。あんたら二人は勇者が成長していく為に協力しあう仲って訳だ」
「不本意だけどそういう事ね」
「なら、よろしく」
俺はミドナに向かって右手を差し出す。
「握手何てするわけないでしょ! あんたはこの使命を軽く見すぎ」
「なんだよ! 俺だって一生懸命やってるよ!」
「だったら、その小娘はなに?」
「ミナはミナだよ!」
「小娘は黙ってなさい」
「おい、ミナが可哀想だろ!」
「はぁ……」
突然呆れたように、溜息を吐くミドナ。なんだよ? 何か悪いことを言ったか?
「あんた、この旅は大事な旅なの、目的も秘密にして極秘に事を進めなきゃいけないのよ」
「そ、そうだけど」
「だったら、何であんたはそんな小娘を連れてるのよ?」
「っぐ……」
確かにこの旅の目的を、話すことは禁じられていた。しらすに最初に方に言われたことだ。ただクレアにも、ミナにも話してしまっていた。
「お兄さん…… ミナ迷惑だったですか?」
寂しそうな目でミナが俺を見上げてくる。ミナを連れていくことはいいことではない、この子はまだ子どもだ。いつこの子から秘密が漏れるかはわからない。
「いや、一緒にいてくれて心強いよ」
だけど、それだけで見捨てる気にはなれなかった。何時ものように優しくミナの頭をなでてやる。安心したようにミナは体を寄せてきた。
「そんなんでは先が思いやれるわよ。あんたの失敗は、世界を滅ぼすことになるんだからね!」
「そうだな……」
それを言われると、どうしようもない。俺のやっていることは悪い事なんだろうか? いいことをやる為に何かを犠牲にするのは良いことなのだろうか?
「だったら、その子を元の場所に返しなさいよ」
「寂しがってたから」
「はぁ?」
「寂しがってる子が居たら、助けてやりたいだろ?」
「はぁ…… あんたは本当にバカみたいね」
「俺の周りは俺をバカにするやつが多いな」
「私の事?」
「しらすもその一人だろ?」
「まぁ、あんたはバカだからね」
いい加減に一緒にいる時間も長いんだから、俺の事を認めてくれてもいいのに、足元に置いてある何時ものそれは、俺をバカにしてくる。
「あんたも、あんたよ、パートナーなら何とかしなさいよ!」
「こいつのバカさ加減はわかったでしょさっきので。無理よ」
「あんた達が失敗したら私にまでシワ寄せが来るんだからね!」
「はいはい。ストップ」
頭に血が上りかけた、ミドナをクレアが静止する。
「今言い争っても無意味だろ。取りあえずは、次の町に着くまでは休戦にしたら?」
「っく。あんた、クレアに感謝しなさいよ!」
「はいはい……」
何でこう、強気な子なのかねぇ。っま実際クレアが何とかしてくれたおかげで今はなんとかなったか…… それからの馬車の雰囲気は良いとは言えない空気のままで次の町まで行くことになったけどな。
「さてと」
全員で同じ宿屋に泊る。そこで、同じ部屋だった。
「何で一緒なのよ!」
「そっちのが安くてよくないかい?」
「クレアはいいの!? こんな男と一緒で!」
「別に、私は強いからな。もしユウキに何かされそうになったら守ってやるよ」
「あ、ありがとう……」
おぉ。さすがのミドナもクレアの姉御肌には勝てないようだな。
「何ニヤニヤしてんのよ!」
「グア!」
いきなり飛び蹴りで、ベッドに吹き飛ばされる。
「ミナもお兄さんと遊ぶ!」
「っぎゃ!」
ベッドにあおむけになった俺にミナが飛び乗ってきた。小さいとはいえさすがに全体重を預けられると……
「ミナ…… 取りあえず上から降りてくれ」
「えぇ〜。昨日もお兄さんと一緒のベッドじゃなかったのにぃ……」
「ミナ、男女は一緒に寝るもんじゃないんだ。そういっただろ」
「でも、クレアが好き同士なら一緒に寝るって」
「何教えてんだあんたは!」
クレアの方に振り替えると、クレアはわざとらしく窓から外を眺めていた。
「はっはっは、いい景色だ」
「人の話を聞け!」
「子どもに勉強を教えるのは、大人の務めだと思って」
「どんな勉強だ!」
「先生―、赤ちゃんはどうやってつくるんですか?」
「それはね……」
「しらすもあおるな! そして答えるな!」
いつも通りの、騒がしい一日。そういえばしらすと一緒に旅してから一人の時ってなかったんじゃないか? フラやマイ、ミナにクレア、皆もしかしたらこいつのお蔭で会えたのかもな。そんなセンチメンタルな事を考える
「つまりだ。おしべとめしべを人間に例えると……」
「おいこら! うちのミナと箱に変な事を教えないでください!」
「ミナ、子どもの作り方知りたい!」
「私もー」
「だめです! 大体しらすは棒読みで言っても、真剣さは一切伝わらないわ!」
事はできなかった。悪ふざけが過ぎるな。
「あー、もううるさいわね! そんな事の為に同じ宿をとったわけじゃないでしょ!」
突然大声で、ミドナがどなってくる。そういえば、こいつと何か言い争いをする為に宿をとったんだっけ?
「わかったよ……」
このまま騒いでたところで、意味がないしな。
「それで、子どもの作り方は?」
「それは、また今度な、ほらクレアもしらすも集まって」
今までバラバラに座っていた全員を集合させる。ようやく、まじめな雰囲気に変化してきた。
「さっきは少し熱くなってしまったけど、あんた達の近況を聞くために合流したのよ」
「なるほどな、元々は俺たち協力する立場の人間だからな」
「そういう事よ、ミナの事とかは聞いたから、あんたが今までそれ以前に何をやってきたのかを、教えてもらうわよ」
「わかった」
こうして、チュートリアルダンジョンとコムル村の事を説明する。
「ふむ。一応、ちゃんとダンジョンを作ってるわけね」
「まぁ、一応な」
「コムル村には私も行ったわよ」
「あそこで、勇者が選ばれるんだよな?」
「そう、だから最初の勇者として自覚を得る事件を起こすのが重要なのよ」
勇者としての自覚か…… いきなり選ばれるんだから、最初はそこら辺を構築するのが大事なことなんだろうな。
「あそこの村には、大きな孤児院があったでしょ?」
「あぁ、あったな」
確かフラルのお父さんの出身だったかな。
「あの中から出るのよ、勇者が」
「本当か!?」
「私の方が、そういう事は知れることになってるのよ。事件を作るのはある程度状況を知らなければいけないからね」
つまり、俺たちより後にあそこで事件を作っていたって事か。
「それにしても、あんた一週間ぐらい何であそこに滞在してたの?」
「え、あぁ、ちょっとな……」
町の女の子の奴隷として一週間働いていたとは言えないよな。
「っまいいわよ。私は先に王都に戻って、休憩出来たわけだし」
「なんだかんだでお前もゆったりしてるじゃねえか」
「あんたが先にダンジョン作らないと私が仕事できないのよ!」
「すみません……」
普通に、普通な理由で怒られたよ。意外に、まじめに生きてるんだな。
「あの孤児院で、誰が勇者になるかって所まではわかったのか?」
「そこまではわからないわよ。あまり知ると私やあんたがへまをする可能性もあるからね」
「俺も入るんだな」
「あんたはまさにもう、二人も部外者に教えてるじゃない」
「ミナの事?」
「私も入るのかな?」
クレアとミナは両方とも微妙な顔をしていた。自分たちが部外者だって言われたらそれは嫌だよな。
「っま、もういいわよ。その二人はしょうがないってことで諦めてる」
「嫌味なやつだなぁ」
「あんたが、悪いんだからね。もう少し反省しなさい」
「すいません……」
「わかったならいいわよ」
ふーん、やさしいところもあるんだな。あってからずっと怒ってばっかりだったから、基本怒る人だと思てた。
「それで、コムル村の話に戻るんだけど」
「あぁ、うん」
「あの村で計画してる事件なんだけど」
「そっか、コムル村の事件を計画してるんだっけな」
「そういう事よ、その内容をあんたにも教えてあげるっていうことよ」
「また、いきなりだな」
「あんたが、あまりにも甘いからね、こういう事が仕事をするっていうことだって、教えてあげるのよ」
何て言うかかなりの自信家だなこいつ。それほど自分の計画に自信があるのだろうか。
「あの孤児院に一番関係している、フラルって子がいるのよ」
「フラル?」
俺より先にクレアが反応する。
「知ってるのか?」
「え、まぁ少し知り合いかな」
明らかに動揺している。クレアとフラルとの関係はただの知り合い程度ではなさそうだな。
「その子は、孤児院の誰とでも仲がいいからね」
「そうだな」
「あんたも知ってるの?」
「まぁね」
説明すると、俺が奴隷だったことまでも言わなければいけないからそこは適当にあしらっておかないとな。
「その子にね、死んでもらうことになったわ」
「っは?」
あまりにも普通にサラッと言われたその言葉に、皆が呆気にとられる。俺も理解するのには何秒かかかった。
「冗談だよな?」
「本気に決まってるでしょ?」
「な、なんだよ……」
俺が、怒鳴ろうとしようとする直前だった。
「何でフラルが死ななければならないの!?」
クレア俺の勢いを遮って、言ってきた。
「言ったでしょ。勇者としての自覚が必要だって。どんなことが起きても、あきらめない意志を持つためには親しい人間の死が一番効果的なのよ」
「っく! わかるけど……」
クレアは納得出来ていないようだった。フラルと二人の関係がどうなのかはわからないが、クレアからすると大事な人なのかもしれない。
「あの子は、不運なこなのよ。父親も、貴族に殺されて小さくして孤児院の経営に携わることになった」
「クレア……」
「私が、孤児院にいたころ。あの子は私よりもずっと小さいのに孤児院をなんとかしようとしていたわ。あの子は自分の人生を自由に生きられないままなのね……」
クレアは、世界の滅亡と友達を選べと言われてる現状に堪えているようだった。
「あなたには酷だと思うけど、ちゃんと彼女には許可を貰ってるの」
「あの子ならそうでしょうね。あの子は自分の事を大事にしない子だったから」
そうだったな。フラルは自分の為に生きていない子だったな。あれだけ酷いやつだと思ってたのに……
「納得するのかよ! 俺はしないぞ! あいつはあいつの人生を生きるべきなんだ!」
「あんたね! 世界とどっちが大事なのよ!」
「どっちもだよ! 俺はな、あいつと約束があるんだ。それを果たす前に死んでもらうわけにはいかない!」
「はぁ、本人から許可はもらってるのよ…… それに、あんたが勇者の為にダンジョンを作ってるっていうけど、その勇者だってある意味犠牲者の一人なのよ」
「…… しらす? どういことだ?」
「……」
「しらす!」
「あんたには言わない方がいいって思って、言わなかったけど、実は勇者っていうのは名前だけで、ただの生贄みたいなものなのよ」
「なっ!」
「魔王を倒す際の旅に勇者が息絶えるときもあるわ。その時は光の力だけ抜いて、災厄の封印を伸ばして、新しい勇者を選ぶの」
「そんな、道具みたいに……」
「それでも、世界が滅ぶよりはいいでしょ」
「よくないよ!」
なんでこんなにみんな割り切れるんだよ。何で、誰かを犠牲にしたいんだ。
「俺は諦めない。勇者もフラルも全員救って、世界も救ってやるよ」
「ユウキ…… いいね、その位わがままに生きててほしいよフラルには……」
クレアは俺のいう事をわかってくれたらしい。
「お兄さん、ミナも一緒お兄さんの意見に賛成です!」
「しらすはどうだ?」
「私は正直ミドナの意見に賛成だけど、あんたはどうせ勝手に動くんでしょ」
「当然」
「はぁ、勝手にしなさい」
しらすは、なんだかんだで俺の意見を尊重してくれるな。
「あんた達…… 少しは分かるやつだと思ったけど、やっぱり甘すぎるわね!」
「ミドナ!」
「もういいわよ! 私はどうせ冷血な女よ!」
そういうとミドナは、ドアを力強く締めて出ていく。
「悪かったかな……」
「意見の相違何てよくある事よ。私たちはどうやってフラルを助けるか考えていきましょう」
「わかったよクレア……」
結局ミドナは次の日になっても帰ってこなかった。こうして俺たちは3人と1個で馬車に乗り込みダラスを目指すことになった。
「誰かを犠牲にか……」
「やっぱり、納得いかない?」
「頭でわかっててもな……」
「ほんと人間って面倒」
「その台詞毎回聞くな」
「あんたが言わせてるんでしょ。でも……」
「ん?」
「なんとなくだけど、そういうのも少しいいかもって思う時があるの」
「へぇ」
「私に心や意志なんてないのにね」
しらすが初めて自分の意思や心に不満を感じた様に喋ってくれた。自分は作られた存在だから、この感情も意志も心もすべてが本物ではない、そういっていたしらすの心は、本当に本物ではないのだろうか?
「取りあえずは、ダラスでダンジョンを直すんだろ」
「そうね」
「その時はいつも通りしらすに、頼ることになるんだから、しっかりしてくれよ」
「う、うるさいわね! あんたは、いつも通りアホ面下げて私のいう事を聞いてればいいのよ!」
「はいはい……」
いつもの調子が戻ったしらす。フラルを助け、勇者を助け、世界を救う。それは難しいことではあると理解はしている。でもこれを成し遂げたい。誰の為でもない自分の為に。何にもなかった、俺の目標に、少しだけ色が付いた瞬間だった。