宿屋の少女と意思と
第4部 帰ってきた家、宿屋の少女と自分の意思
コムル村を出て、王都へ戻ってきた。まずは自分の家に帰って、母さんに初めての仕事の成功と、帰ってきたことを伝えようと思ったのだが、帰った途端。
「このごくつぶしが! もうあきらめて帰ってきたのかい!?」
母さんに激怒され説明する前に、塩を撒かれる始末。もうこの仕事やめようかなと思ってしまった。その後、詳しく説明をすると母さんはおお喜びで記念の料理を作ってくれた。
「あんたのかあさん両極端ね」
「ああいう人なんですよ」
「達観してるわねぇ、あんた……」
「昔からだから。慣れたよ」
一週間程食べてなかっただけで懐かしく感じる母さんの手料理を食べながらしらすと会話をしていた。
「ほらほら、いっぱい食べなさい」
ドンドン母さんは料理を持ってくる。何かしたらいいことがあったら、こうやって得意な料理を、容赦なくいっぱい作ってくるんだよな。
「美味しいです。お母さん!」
「しらすちゃんはいい子ね!」
そして箱がものを食べてることに一切疑問を持たない母さん。そこら辺のおおらかさは、勇者の仲間の末裔って感じだよな。
「ほんと、家の子と結婚してほしいわぁ」
「ははは。無理に決まってるじゃないですか」
「そうよねぇ」
「そこ。冷静に俺を否定しない」
いつの間にか、二人は意気投合して、しらすと母さんは隣同士に座り楽しそうに話をしている。何というか、女同士っていうのはすぐに仲良くなるものなのかね。あぁでも、しらすは女かどうかわかってないか。
「ほら、ユウキ料理もってきて!」
「俺のお祝いじゃないのかよ!?」
「今日は、私としらすちゃんの友達記念日に変えたの!」
「そうゆうことは本人がいないところで言ってくれよ」
悪態を付きながらも。俺は母さんの言われてた通り。用意された料理を二人が座っている机に運んでいく。
「お酒も持ってきて」
「母さん、酒何て飲まないだろ……」
「こうゆう時は飲むのよ!」
「友達が出来ただけでか……」
基本酒の飲まない人なのに、しらすと友達になったのが余程嬉しいのか母さんはしきりに酒を希望してくる。何時もなら何回か、否定すると諦めてくれるのだが今日は何故かテコでも動かないので、仕方なく酒を持っていく。
「ほら、しらすちゃん飲んで飲んで」
「あぁ、すいませんお母さん」
「てかしらすは酒飲んでいいのか?」
「あんたと違って私は何百年も生きてるからいいのよ」
「そうよ! 18年しか生きてない若造が!」
「本当に、実の息子に言うことがじゃないよな」
結局本当に、酒盛りが始まってしまう。母さんは酒に酔って呂律が回らなくなるし、しらすもずっと笑っている。
「ほらぁ、あんたも私の息子なら酒飲みなさいよ」
「いや、未成年に進めるなよ」
「あははは、未成年だって。ださいわぁ」
「成長途中を悪口にするのやめてくれません?」
超うぜえ。絡まれて、笑われて、酒臭い。何で俺は泥酔してる母と、泥酔してる箱に挟まれてるんだよ。
「はぁ……寝床用意してくるよ」
「あはははは、行ってきな行ってきな」
「ちょっと! 母の酒が飲めないっていうの!」
「の・め・な・い」
きっぱりと断って、寝室に向かう。何時もそういえば母さんがやってくれてたな、今日は俺が母さんの布団用意するのか。
「なんだか、成長した気がする気がするな」
ただそれだけなのに、母のために動いてる自分が初めての自分のように思えた。元々、そんなに難しいことではないので、布団を出して部屋に敷き。
「こんなもんかな」
さてと、いい加減あの酒盛りは終わってるかな……そんなことを思いながら、二人が酒盛りしていた場所に戻っていく。そこは、泥酔して机に突っ伏しながら寝る母と、椅子におかれた箱が一つ。
「母さん寝たのか?」
「だいぶ飲んでたからね」
「しらすは大丈夫なのか?」
「何年生きてると思ってるのよ? この程度では酔わないわよ」
「すげえ。酔ってた気が」
「すぐに復活する感じだからね。絶えず飲めば酔うんだよ」
「便利な体質だな。よっと」
母さんをだっこして、寝室へと運ぼうとする。
「なんだかんだで、仲いいのねあんた達」
「そりゃな。たった一人の母親だしな」
「ふーん」
なにか以外だったのか、しらすは少し黙って考え込んでいた。
「運んでくるよ」
「わかった」
しらすに報告だけして、母さんを寝室へ運ぶ。起こさないようにゆっくりと母さんを布団に下ろす。
「ユウキ……」
「どうした。母さん?」
「無事でよかった」
ただそれだけ言って、母さんは寝息を立てて寝始めた。一週間と少し俺は早く感じたgが、待っていた母さんはもっと長い時間を感じたのかもしれないな。
「ありがとう。母さん」
何故だか、母さんにお礼だけ言って。俺はしらすの元へと帰っていく。
「お母さん、大丈夫?」
「あぁ、静かに寝てるよ」
「そう」
しらすは、未だに残っている料理を食べながらしゃべり続ける。
「あんたが少しだけ、布団を敷きに行ったときさ」
「うん」
「すごい自慢されたわよ」
「母さんに」
「うん。期待していたって。どんなに無職だった時も、何時かはこういう時が来るって信じてたらしいわよ」
「そっか」
「驚かないの?」
「いや、母さんらしいなって」
「本当に仲いいのね」
しらすに言われて驚かなかったのは、さっきの母さんの言葉のお蔭だった。影で心配してくれた母さんは、待っているとき俺のことを考えてくれていたのだろう。
「あんたさ、お父さんはいないの?」
「父さんかぁ。ここで宿屋を経営しているのは見たらわかるよな」
「うん」
「それでさぁ。一年ぐらい前に家の宿にぴったりのお土産を見つけてくるって旅に出て以来だなぁ」
「なんか、すごいわね……」
「時々手紙来るから死んではないと思うけどな」
「心配してないの?」
「父さんって殺されても死なない位だからな。それに元騎士団長だったらしい」
「すごいじゃない!」
驚かれても仕方ないな。家の父さんの元騎士団長って言うのは嘘っぽいし。何よりも騎士団長は顔が見えない兜をつけてるから交代してもわかんないし。
「まぁ、ほんとかどうかわかんないけどな、婿養子だし」
「へぇ、婿養子なんだ」
「母さんがグレイス家だったからそうしたらしいよ」
「もしそうだとしても、民間人と騎士団長の恋って事よね」
「っま、まぁなぁ」
「そんな。物語みたいのがこんな身近にあったなんて!」
そんなに、喜ぶものなのかねぇ。
「何かもっと聞いて無いの!?」
「いや別に……親の恋愛とか興味ないし」
「はぁ。ガキねぇ」
「うるさいなぁ」
「まぁいいわ。取りあえずはあんたは騎士団長の息子なら結構強いってことだと判断してもいいのね?」
「いや、武術とか一切してないから、普通の子だけど」
「うわ。名前負け」
「騎士団長の息子というより、グレイスの長男だけどな今の肩書は」
「肩書だけは立派よねぇ」
確かになぁ……俺は普通の一般人として普通に仕事して普通に結婚して普通に子ども育てて普通に死んでいきたかったな。
「それが箱と冒険か……」
「何よ。文句あるの?」
「別に……」
「はっきりしないやつね」
怒りながらもさっきからずっと残っている料理を食べ続けているしらす。
「お前すごい食うな」
「美味しいものは別空間よ」
「腹じゃなくて?」
「私おなかないし」
確かにな……そういえばあまりに普通になってきたから気づかなかったが、どうやって食べていて、どんな中身になってるんだろうか?
「なぁ」
「何よ」
「お前の中身ってみていいのか?」
「何やっぱり変態なの?」
「ただの探求心だよ」
「見せる訳ないでしょ。あんた今何言ってるか分かってるの?」
「ん?」
「いきなり女の人に服を脱いで体見せてって言ってるようなものよ」
「それは……捕まるなぁ……」
「わかったなら。私にセクハラしない」
「はいはい……」
これ以上追及してもはぐらかされるだけと判断した俺は。この話題をやめて。残った料理を少し食べ始める。
「さてと、しらすはどうする?」
「私はもう食べたから寝るかな」
「あいよ」
「最後に頼んでいいかな?」
「ん? なんだ?」
「私の体をまんべんなく拭いてくれない?」
「それはセクハラじゃないのか?」
「セクハラだけど、きれいにして寝たいからいいの!」
「ふー、後で怒るなよ」
「怒るなら頼まないわよ」
こうして、濡れた雑巾を絞ってしらすの近くに座る。
「拭くぞ」
「さぁ、来なさい!」
取りあえず横を拭いて。
「っちょ! どこ触ってんのよ!」
「いやどこだよ!?」
「っあ! そこはだめだって……」
「ええ……」
なんていう謎のやり取りをつづけながらようやく全部を拭き終える。
「あんたが変態だってことがよくわかったわ」
「いや、全体拭けって言われたから」
「ふん! 寝る!」
「はぁ……結局怒ってるじゃないか」
「あんなことされたら誰だって怒るわよ!」
「どこがダメなのか全然わからないんだが……」
「うるさい!」
怒ったまましらすは、飛び上がりながら俺の寝室へと向かっていく。自分で歩けたのかあいつ……だったら俺に背負われる必要はなかったのでは?
「ユウキーーー」
「なんだよ」
「開けなさい!」
「はぁ……ドア開けれないなら、一人で行くなよ」
「あいてると思ったのよ!」
なんで怒られてるんだが。ドアを開けるとしらすは俺の部屋に入っていく。
「あんたがセクハラやったんだから。今日は、私があんたのベッド使うわよ!」」
「いつも床なのに?」
「いいの!」
「わかったよ……」
いつも通り、あいつの我儘を押し付けられた感じだな。俺はそんなしらすを後にして、酒盛りがあった机の前にたどり着く。
「はぁ……」
散乱しているのは、空になった皿、コップ、フォーク等の食器類。
「これを一人で片づけるのか……」
家の隣にある宿屋に行けば。誰かバイトが居るだろうけど。
「頼むのは気が引けるし……」
結局俺はその散乱した食器達を全部片づけた後、部屋に戻り布団を敷いてやっと寝床につく事が出来た。
「起きろ!」
「がは!」
その次の日の朝は最悪の目覚めだった。腹部に強烈な痛みを感じ、目覚める。
「しらす、重いから……」
「いつも言うことで女の子に重いっていうのは無しよ」
「取りあえず起きるからどいて」
「あ、うん」
以外に素直にどくしらす。いつも通り、しらすを背負うとそのままリビングに向かう。
「おはよう」
机に座りながら頭を抱える母さん。
「おはよう……」
「どうしたの?」
「二日酔いよ。あんたが帰ってきたせいでこれよ……」
「俺の所為にするなよ」
「いいから、宿屋の仕事やって」
「いや、今から仕事に」
「この親不孝もんが! 二日酔いの親ほっといていいのかい!」
「いやだから……」
「ユウキ良いから手伝ってあげなさい」
「いいのかよ?」
「まぁ次の目的地はここから近いからね、取りあえずは今日一日やってあげたら?」
「しらすちゃんありがとう!」
「わかったよ……」
結局しらすのいう通り、久々に実家の宿屋を手伝うことになってしまった。
「じゃあ、母さんこれ水」
「ありがとう」
つらそうな母さんに水をあげる。あんな状態でも机にはちゃんと料理が出来ていて、朝ご飯を食べた後に、俺たちは宿屋へと向かう。
「いらっしゃいませー」
受付に一人の女性が立っていて、俺たちを客と思ったのか元気よく挨拶をしてくる。
「あぁ、俺グレイスのもんだけど」
「店長の! 息子さんですか?」
「うん」
「ついに私クビ!? あぁやっぱり、あの花瓶を割ったのが、それともお客様に向かって小麦粉ぶつけたのかなぁ。それともバケツ零したり。お釣りを多めに渡したり」
「いやクビじゃないけど……」
母さんなんて残念なバイト雇ってるんだよ……こいつだけでかなりの損害が出ているような気がするけど……
「本当ですか?」
俺の様子をじっくり窺うように見てくる女性、そこまで自分の行いに自信がないのかよ。
「本当だからさ、そんなに怯えた顔で見るなよ」
「いやもう、何度も首になってきてるから。そういう甘言で騙してやっぱりクビってないですよね?」
「ないっての」
ようやく安心したのか、女性は緊張を解いた面持ちで、話しかけてくる。
「店長の息子のユウキさんですね。私はここでバイトさせてもらってる、マイ・リドルといいます。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
リドル? どこかで聞いた気が……確か、学校の時。
「ああああああ!」
「な! なんですか! クビですか!?」
「もしかしてリドルって学園で保険医をしてるあの?」
「お母さんを知ってるんですか?」
「あぁ、知ってるよ……」
思い出したくもない、俺の事をモルモットと同じ扱いをしてきたのが、そのリドル先生だった。はじまりは、ただ怪我をしたから保健室に行っただけだった。そこで、怪しい薬をなんの疑いもせず使った俺をカモだと感じたのだろう。それ以降は謎の薬を俺に飲まそうとしてくる始末だ。
「あんたの母さんには世話になったよ……」
「いやぁ……ありがとうございます」
「どういたしまして……」
娘には知られていないのだろうか? あのマッドサイエンティストな面を。
「それで、何しに来たんですか?」
「あ、母さんがちょっと体調悪くてね、今日だけ手伝いに来たんだよ」
「そうだったんですか、それじゃあ、取りあえず受付に入ってください」
「はいよ」
言われた通り、俺は受付に入り、マイの隣で宿屋の台帳をチェックしてみる。
「いつもこんな感じなのか?」
「はい、基本的に朝は暇ですね」
「ふーん。まぁ昨日から泊まってる冒険者とか、観光客は居るみたいだが、朝は出ていく人が多くて泊まろうとしてくる人は少ないしな」
「そうですね、だからお客様を送るのが基本ですね」
「ふむ。料理とかは?」
「頼まれたら作りますけど、基本は外で食べてもらったりしてます」
まぁ確かに、せっかく王都に来たのなら、宿屋の飯より食堂とかにいきたいよな。
「あの、箱は下ろさないんですか?」
「背中の?」
「はい」
「あぁ……」
「降ろしたら殴るわよ……」
俺にしか聞こえない小さな声で脅してきやがって……
「あぁ、ちょっとね降ろせなくて」
「はぁ……」
絶対変な人だと思われてるよ。仕事中ですら背中に背負った箱を降ろさないやつなんて確かに非常識だよな。
「ええーと、あいてる部屋がそこに書いてあるので、そこのベッドの布団を新しいのと変えてきてくれませんか?」
「あぁ、わかった。マイはしないのか?」
「私はものを極力触らないように店長に言われてるので……」
「ははは……」
乾いた笑いでその場をごまかすしかなかった。家の母さんはいったいなぜこの子を雇ったのだろうか? そんな母さんの謎の采配を感じながらも言われた通り布団を新品のと変えていく。
「ふぅ……」
額に滴る汗をぬぐう。布団とはいえこの数を交換していくとさすがに疲れてくる。
「これをやっていたのか……」
母さんの苦労が身に染みるな……宿屋ってのはやっぱり大変な仕事だ。これから、布団を全部交換したら、古いほうのを洗わなきゃいけないし……
「大変だな」
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
一通りの布団を変えたところでマイが表れて、水の入ったコップを渡そうとしてくれた。
「キャ!」
「うあ!」
まぁ見事に水浸しにされたのだが。
「やっちゃいました……クビですよね?」
「しないって……」
このやりとりを何度やってることやら……
「あのさ、そんな簡単にクビにしないから。もう少し自信もってさ」
「でも……私ドジだし。何やっても人並み程度で誇れるもの何て……」
「はぁ……いいの! 誇れるものなんて今すぐ見つかるもんじゃないから! 取りあえず今は、一生懸命やってくれてるだけでいいから!」
「っは! はい!」
「だからさ。自信を無理に持たなくてもいいからさ。自分何てダメだって思うんじゃなくて、まずは自分でもできる程度に思ってくれよ」
「私でもできる……」
「そう。実際今まで宿屋の業務はできてるんだから、今はまだそれでいいから。その内私じゃないとが見つかると思うよ」
「はい……」
何かしら考え込むように、マイは下を向いていた。俺の適当な言葉で少しは前向きに物事を考えてくれたのだろうか。
「取りあえず俺休憩所行ってくるよ」
「あ、はい!」
布団の交換が終わったので受付はマイに任せて休憩所へと向かう。
「あんたにしては、まともなこと言うわね」
休憩所で椅子に座ったら、すぐにしらすが話掛けてくる。今までマイがいる所為でしゃべらなかったからな。
「いちいち、俺に対して挑戦的だな」
「ほめてるのに?」
「ほめてるように見えないところが、みそだな」
「そうね」
認めやがったよ。結局褒めてくれてはないみたいだな。
「まぁなんだ。何となく気持ちがわかるというかな」
「マイの?」
「あぁ。俺もこんな大きな使命持たされるまでは自分に自信もなくて、どうしようもないやつだと思ってたからな」
「ふ〜ん。あんたも結構悩むのね?」
「俺も普通の人間だからな。悩まないやつ何ていないさ。ただそれを周りに気づかれないようにしてるだけだよ」
「人間ってそういうものなの?」
「人それぞれだから一概には言えないけど、何て言うかなどんなに悩んでいても誰かに迷惑かけたくない人ってのは居るんだよ」
「へぇ……」
やっぱり、しらすには人の心は理解できないのだろうか?
「人って面倒なのね」
「そうだな。だからこそいいんじゃない?」
「いいの?」
「さぁな」
「なによそれ」
「そこまで俺は知識人じゃないっつの」
「人間って不思議」
しらすは、人間の考えに興味があるみたいだな。正直俺たち人間にも人間の気持ちっていうのはわからないんだけどな。
「さてと、休憩も終えて、戻るか」
「そうね」
ほどほどに休憩を終えて、受付へと戻る。マイは一人でちゃんと受付前で立っていた。
「お疲れ様」
「はい、お疲れ様です」
「ええーと、あれ? 古い布団は?」
「業者の方にもっていってもらいました」
「業者?」
「ええ、布団を洗ってくれる人がいるんですけど、その人が何時も洗って返してくれるんですよ」
「以外に、ちゃんと経営してるんだな」
「はい。店長の考えです」
「母さんか……」
なんだかんだで、母さんは結構こういう事に頭が回るんだな。
「さてと、それでどうすればいいのかな?」
「ええーと、基本的には後は立っているだけですね。何かご要望があったらそれに対応しますし、新しく宿屋に泊りたい人が来るまで待っていないと」
「わかった」
それからは基本的に待つだけの時間だった。お昼の休みは交互にとってあとは基本的に少し世間話をしながら業務をしていると。
「ありがとう二人とも、後は任せて」
ある程度寝たら二日酔いが少し軽くなったのか、母さんが宿屋に出勤してきたのだった。
「母さん本当に大丈夫?」
「大丈夫よ。マイちゃんもありがとうね」
「いえ、仕事ですから」
「夕方からは私がやるから大丈夫よ」
「わかったよ」
「はい」
母さんのいう通り。俺たちは取りあえず宿屋から出る。
「ふー、これからどうする?」
「そうですねぇ……私は仕事以外にありませんから」
乾いた笑いで、マイは悲しそうに笑う。仕事しかない、やはり彼女は自分にまだ自信がないのだろうか?
「ならさ、少し付き合ってくれないか」
「あ、はい」
快く招致したマイを、連れて昔から落ち込んだら行く、高台の公園へとやってくる。
「ここさ、よく来るんだよ」
「はい。有名なところですよね」
「そうだな。ここからさ、町がある程度見えるだろ」
「はい」
「なんていうかさ、考えをまとめたいときとかってこうやって景色を見るんだ」
「はぁ……」
全く理解できていないマイは、どうやって返答していいのかわからず。気のない返事しかできていなかった。
「もしだよ、いきなり世界の命運を託されたらどうする?」
「え? わかんないですけど、私は逃げると思います。私って駄目だから」
「ダメだって思っていても実際決断が決まったら人間以外に決断できるもんだよ」
「それは強い人の理論でしょ。ダメな人は何してもダメなんですよ」
結構根が深い問題らしい。俺が踏み込んでいいところではないのかもしれないが、誰かが悩んでるのを無視するわけにもいかないよな……
「今日言ったよね。私でもできるから始めようって」
「はい……」
「正直さ、自信のある人間何て少人数でさ、不幸だって思ってたり、自分の事を卑下してる人ってただの勘違いだったりするんだよね」
「勘違い…… 私の事バカにしてますか?」
「まぁそんなとこかな」
「ひどい!」
「バカにされてヒドイと思うならまだ、自分を完全に見限ってないって事だろ」
「……」
マイは初めて言葉に詰まった。少しどこかで心に刺さったのだろうか? それだったらいいのだが、俺は言葉はうまくないから何て言えばいいのかわからない。君なら出来るなんて言葉で濁したくないし。
「だったら、どうすればいいんですか? お姉ちゃんがすごくて何時も比べられて、何時かダメな自分じゃないと誰も見てくれなかった。でも今はそんなダメな自分が嫌なんです。自分でダメになっておきながら……」
彼女が持つ悩みは、簡単なものだった。誰かに見てもらうためにダメを演じてきたそれが、彼女を悩ませてきたのだ。
「さぁな」
「無責任ですよ……」
「誰かに教えてもらったり、導いてもらいたい事はわかる。でもさ、折角自分の意思で動けることがわかったなら。探したらどうだ?」
「探す…… 私の出来ること……」
少し考え込んで、マイは。
「私が何ができるかはわからないし、ダメのままなのかもしれません。でも今は宿屋の仕事が楽しいのは事実です。だから、まずはこれを頑張っていきたいです」
「そっか…… なら大丈夫だな。その内何か見つかるかもな」
「はい!」
力強くうなづく、これで彼女の悩みがすべて解決したわけでもない。だけど、俺に話して少し楽になってはくれたのかもしれない。
「それじゃ、私は家に帰りますから。姉とちゃんと話をしてみます」
「あぁ。それがいいよ。あんな、マッドな姉でも兄弟なんだからな」
「あははは」
乾いた笑いじゃない。その笑いには喜びという感情がちゃんと入っていた。
「それじゃ、また!」
「またな」
いつも通り、また会おうと約束を交わしわかれる。
「明日にはダンジョンづくりだよね」
「そうね」
「そっか……」
マイとは、当分会えないだろうな。明日会えるかどうかだ。
「なぁ、俺はさ自分の意思でこの仕事をしてるのかな?」
「わかんないわよ。あんたの気持ちなんてわかるわけないでしょ」
「だよな」
俺は命じられてやってきているだけだ。マイに偉そうに言ったものの結局俺の意思は一切ない活動なのかもしれない。
「意思か……」
小さくつぶやく。それでも自分の考えは纏まらず。マイの晴れやかな顔を思い出すたびに自分の不甲斐なさを感じてしまっていた。