空白が目立つ動かないパラパラ漫画
短編初投稿です。
よければ読んでいってください。
人のいない廊下を一歩一歩、また一歩と歩き、扉を開けて教室に入る。
自分の席の椅子を引き、腰を下ろす。
そして持ってきたカバンを広げると、すぐに作業に取り掛かった。
俺は週に6回の登校を行う。
月曜日、火曜日、水曜日、木曜日、金曜日。そして土曜日だ。
勉強が不得手な俺は、休日にも勉強をしなければ望んだ大学にはいけそうにもない。そのため毎週土曜日の午後一時から午後五時までは、教室で自主勉強というわけだ。
家では気が散るし、図書館の雰囲気は肌に合わないということで選んだここは、部活動の声援やその他雑音がぼやけて聞こえ、普段見慣れた生徒がいないということも相まって、別の世界に来たような錯覚を起こす。その不思議な感覚が俺は気に入ったらしく、学習環境としてはこれ以上にないほどいいものだった。
学校なのだから当然といえば当然なのかもしれない。
そうして続くこと数ヶ月のある土曜日。その日は先客がいた。「…………」
丸ノ外かもめという人物だ。
髪の毛を若干茶色に染めているが、学年成績一位の優等生で、容姿も整い人当たりもいい。それなりに有名な人物だ。
そんな人間が休日に学校にまで来て何をしているのか。
もしかして俺と同じように勉強をしているのか。
一瞬そう思ったが、それはどうやら違うらしい。
彼女の机の脇には漫画が山積みされていたからだ。
当然手にも持っていて、たまにくっくっくっくと堪えたり、ずずっずずっと鼻をすすっていたりする。
俺はなんでこんなところで読んでいるのかと思いながらも、そんなことを聞いたところで何も意味がないことを思い、一言も話すことなく勉強を続けた。
そしてその週から、丸ノ外かもめは土曜日も俺と同じように学校へ登校するようになった。
「はーいじゃあ席ついてねー。ホームルームをねー始めるよー」
ある平日――と言っても、ただの平凡な平日ではなく、先週行われた期末テストの結果が帰ってくる日である。
正直なところ、毎週欠かさず行った自主勉強の成果があるのか非常に気になる。手応えとしては今までに比べればあったつもりだ。
ホームルームが始まると成績用紙の配布が始まる。
すぐに名前を呼ばれて、教員から全ての教科の点と順位が書かれた成績用紙を受け取る。
俺はすぐに確認したい気持ちを抑え込んで、ふたつ折りにして席に着いた。後でゆるりと見るつもりだ。
そんな俺とは真逆に、周りではところかしこで互いに見せ合ったり競い合ったりしている。
やがて教員は全員分のを配り終えると、「ホームルーム終わりねー」と終始気の抜けた声で教室を出ていった。
生徒達は、また成績の話や、鬱憤ばらしにか遊びに行く話などを始める。
そして俺の机の周りからは自然と人が消え、空間が空いた。
俺は人付き合いが悪い。
単純に自分自身の時間が減ると考えているため気乗りしないのだ。
勉強、趣味、運動などといろいろやるためには時間がいる。
そのため多少素っ気なく接しているのだが、それが面白くないらしく、クラス――というよりは学校で俺は孤立していた。
「かもちゃんどうせ1位なんでしょ! もしかして100点とかあったり?」
「私は二つはあると思うな」
「いいなあ俺なんて平均点いってるのが二つしかないってのに」
「あ、あはは。100点は1つだけだよ。塾には通ってないけど一応土日に予習復習をしてるからそのおかげかな?」
「かもめさん塾通ってないんだ!? 僕、初めて知ったよ」
「うん。臨機応変にというか、思ったときに思ったのを勉強したいからね!」
当然だが、人当たりのいい丸ノ外かもめ周辺は今日も活気づいていた。俺はそれよりも『土日に予習復習?』と思ったりもしたが、代わりにため息を吐く。
確かに土曜日に会ってはいるが、特別親しいわけではない(というか一回も話したことがない)。それに俺はクラス内ではのけ者にされており、丸ノ外かもめと比べれば真逆と言ってもいい存在だ。そんな俺と話したりしていたら、周りは何らかのリアクションを起こすだろう。それも丸ノ外かもめと俺自身両方にだ。当然俺にメリットなどありはしない。
ならば、わざわざ「嘘だ」などと口を挟むなんてことはすべきではないだろう。くだらないことだ。
俺は折った成績用紙をちらりと見ると、カバンを持って家を目指した。
テストの結果は6つ上がって298人中164位。
微妙すぎて言葉もなかった。
丸ノ外かもめの土曜日登校は「意外にも」と言えばいいのか、長続きしていた。
そんな土曜日が半年ほど続いた今日も、変わりなく、教室のドアを開けると既に丸ノ外かもめはそこにいた。変わったことといえば席替えにより丸ノ外かもめの席がひとつ俺の側へ近づき――俺の席がひとつ離れたことぐらい。俺は変わらず、何も会話することなく席に着き机に道具を広げる。
そして、いつも使っている参考書の上に一段階簡単な参考書をトンッと置いた。俺の理解速度とは裏腹に授業の範囲はどんどん先を行くため新しく買ったものだ。早速ページを広げて勉強に取り掛かる。
――――そうして数十分。
ドサッ。「…………」
参考書が机の箸からずり落ちる。これで三度目だ。
机いっぱいに道具を置いているが、参考書二冊と問題集、ノート、筆箱、シャーペン、マーカーペン、消しゴムなどいろいろあるせいで机の上は一杯一杯だ。筆箱を錘にして押さえてはいるが、落ちるときは落ちる。
そうして集中力が切れるまでのことではないが、効率的に悪いのは確かだ。
そう思い、右の机を引き寄せる。トン。
左側側面のフックにピンクの手提げが引っ掛けてあるため、潰さないように右側に引っ掛け直す。
人がいれば嫌な顔をされるだろうが、ここには丸ノ外かもめしかいない。言いふらさないとは限らないが、今まで俺が土曜日に勉強しているということを誰かが話していることが無かったため、言いふらす様なつまらないことを考える奴ではないはずだ。
と。
――――そんなことを考えていたためか。
はたまた、机を合わせる音が気になったのか。
ふと視線を向けられている気がして横を見ると――丸ノ外かもめ。初めて目があった。
机には変わらず漫画が山積みされている――手にも変わらず漫画。
座った状態で目だけチラリと向けて、こちらを横見している。
教室は相変わらず静かだ。
「…………」
見られているだけというのに、その視線がやけに気になってしまう。
今まだ感じなかった、それは例えるならまるで観察されているような感覚だ。
――――3秒……。4秒…………。丸ノ外かもめの目線がいつまでたっても離れない。
口が開く様子はない。
だが、目線が離れる様子もまたない。
――俺が何か言うべきなのか?
そう思い、適当になんとなく。気になっていたことを聞いてみることにした。
「漫画。そんなに好きなのか?」
今まで話さなかった俺が声をかけたのが少し驚いたのかもしれない。
丸ノ外かもめはふっと鼻から息を出す。そして――。
「そりゃあ好きだよ。当たり前じゃん。好きでもないのに本を読む奴は頭がイカレた人間か、あんたくらいなもんだよ」
――すかした顔でそう言ってきた。
誰だコイツは?
普段にない口の悪さが、一度会話を交わしただけで十二分に感じとることができてしまった。
別に憧れていたわけではないが、いつもの生徒の鏡といった感じの姿はどこへいってしまったのか。本性を知らない生徒たちの事を思うと、思わず窓の外を眺めてしまった。
そして、ふと思う。
丸ノ外かもめの言葉は、怒りや失望などとはまた違うものを俺に抱かせた。
『漫画を読む奴』ではなく『本を読む奴』と言ったということは、つまり俺が持っている問題集や参考書の類を指し示し、俺自身が勉強していることについて言ってきたのだろう。ただし、イカレた人間と俺を区別したということは、少なくとも俺はイカレた人間に属さない。では一体丸ノ外かもめは俺をどう捉えているのか。
それを俺は、今までの自分自身の姿からなんとなく推察した。
『学校での孤立に何もリアクションを起こしていないこと』
『勉強のためだけに毎週土曜日に学校へ来ていること』
『半年という長い期間があったのに、一度も口をきかなかったこと』
これらが疑問に思え、俺を興味の対象として捉えているのではないか。そう考えた。
俺は左手で頬杖を突く。
これは今まで丸ノ外かもめが毎週ここに来ているという事実が裏付けとなっている。
毎週一人で学校へ勉強しに来る生徒はおかしいかもしれないが、一人で漫画を読みに来る奴はそれ以上におかしい。
「お前、俺に興味でもあるのか?」
「……まあね」
さっきのやり取りで悟られたのが意外だったのか、少しのタイムラグを混ぜ込んでそう答える。なるほど予想通りだ――が、残念。
孤立しているのに何もしていないのはそっちのほうが楽だから。
毎週ここに来ているのは勉強する環境として適しているため。
そして一度も口をきかなかったのは、ただ単に面倒くさかっただけだ。
どれもつまらない理由だ。
お生憎と興味を持ってもらうのは結構だが構うつもりはない。
自分から話しかけておいてなんだが、それで時間をとられてしまっては勉強がおろそかになってしまう。
「そうかよ。悪いが俺は大好きな本を読まなくちゃいけなくて忙しい」
「え、なに? その本、好きなの?」うわずった、普段クラスで聞く声より一つ高い声で問いかけてくる。
「大好きだよ。毎週土曜にここへデートしに来るぐらいにな」
「あら~……頭のおかしい人だったか」
自分のオデコをぺしっと叩く丸ノ外かもめ。
俺は若干の怒りを覚える。だが考えろ。
ここで言い返しても不毛だし、さらに面倒くさくなることが目に見えている。ここは我慢すべきだ。
俺は言葉をスルーして、参考書の続きを読み始める。
目を左から右へ、左から右へ。重要そうな単語には赤のマーカーペンで色を。同時に記憶に残り整理しやすくするためにと、指を動かしてノートに書き写す。
「……………………」
今までと何ら変わらないやり方――だが、不可解にも集中できない。書いてあること、書いたことがよく理解できない。
丸ノ外かもめと話したために集中力が切れてしまったのだろうか。
時刻を確認すると4時と少し。
若干早いがたまには早く切り上げてもいいだろう。
いつもより広く広げていた諸々をカバンに入れ込み、机を元に戻してドアへ向かう。
丸ノ外かもめはいつの間にか中断していた漫画をまた読んでいた。
だが後ろを通り過ぎようとしたとき、そんな気がしていたが声をかけられる。
「錨くんはやっぱり面白いね。まるで漫画みたいだ」
「……俺には特に思い当たるフシがないんだが」
人が見ていて楽しめるような生活を送っているつもりはない。
「私にとっちゃあ面白いんだよ。学年一の秀才の私の言葉だ。誇りに思うがいいさ。うんうん」
「そうかいそうかい。まあ自分のことをサラッと秀才といえる方のお言葉だ。褒め言葉と受け取っとくよ」
「君は思った以上につんけんしてるね」
「お前も大概じゃねえか」
今日は良く喋るな。
いや、今日はもなにも今日しか喋っていないか。
「ところで君から見て私は、漫画のように面白いかい?」
……これまた唐突な質問が投げかけられたもんだ。
だが口調はどことなく真面目である。
なんだ? 青年期の自己意識の発達がどうのこうのだとか、そんなノリのいわゆる難しいお年頃というやつか?
「丸ノ外のことは全然知らねえから分からんよ。無理やり例えるなら、読む気も失せる意味不明な本だ」
「はーいどうもありがとう。引き止めて悪かったねもういいですよー。これからも勉強の成果がない事を祈ってさようなら」
「うるせぇ」
「じゃあ少しくらいは勉強の成果がある事を祈ってまた来週」
「あぁあぁはいはい。頑張りますよ」
俺はいつもより少しだけ強く扉を開けて教室を出る。
帰りにも廊下に人はいない。
自分の足音だけが廊下中にこだまする。
「…………」
ふと立ち止まって振り返ってみる――ドアが開く気配はなさそうだ。
今日初めて話してみたが、休日に漫画を持ち込んでまで学校で読むやつの心はよくわからない。そもそもアイツはいつ来ていつ帰っているんだ?
「…………まあ、そんなことはどうでもいいか」
これからも土曜日の自主勉強は続けていくつもりだ。
ご購読ありがとうございました!――――すいません購入してもらってはいませんでした。ご読ありがとうございました。
反省としまして、スピーディーに行こうとしたらチグハグになってしまいました。それに前半は説明が多く動きも会話も少ないためなかなかつまらない。
がんばります……。