光の欠片が降る夜に
昼間世界を燦々と照らし出していた太陽が傾きかけ、橙色の空が闇を帯び始めた。
今日の終わりを告げるかのように、悲しげにひぐらしが鳴く。
やんわりと湿った暖かい風が吹いては、人々の肌を撫でていき、木々をカラカラと騒がせた。
そんな刻に、私は駅の改札付近で手持ちぶさたになんとなくスマホをいじりながら、一人佇んでいた。
なんだか少しドキドキしながら、スマホの画面を意味もなく見つめ続ける。
するとその時、ポンと肩を叩かれて、私は驚き少し肩を震わせた。
ごめん、待った?そう尋ねられて、私は首を横に振る。そして声の主の顔をちらりと見ると、そこには待ち焦がれていた彼の顔があった。
なんだか顔を見続けるのが恥ずかしくて、私はすぐに目を反らす。
そんな私に気づいているのかいないのか、彼は少し微笑んで、行こっかと私の肩をまた優しく叩いて歩き出した。
駅を出て少し歩くと、薄闇の世界にぼんやりと暖かな光がいくつも浮かび始めた。屋台の姿が見え始めて、そこから漏れる光が暖かく周囲を照らしている。
私はそんな光の中を、彼の隣を歩きながら進んでいった。
離れないように必死に付いていきながら、彼の手を見ては自分の手を伸ばしかけ、勇気が出なくて諦めた。
彼の手と彼の横顔を交互に見ては、私は少しむっとして悲しくなる。
やっとの思いで彼のシャツを掴んで、私は軽く引っ張った。
ん?どうしたの?そう言う彼の顔は少し意地悪く笑ってた。本当はわかってるくせに。そう少し心の中で思いながら、恥ずかしくて、手とだけ告げてみた。
手がなんなの?そう悪戯っぽく微笑む彼の顔を見ると、私はむっとして少し頬を膨らませる。完全にからかわれてる。そう悔しく思いながらも、私はがんばって言葉を口から吐き出した。
手……、つなご?そう言うと、はいはいなんて彼が笑って、私の手を取って歩き出した。私はなんだか嬉しくて少し俯きながら微笑んだ。
色とりどりの屋台を見ながら、私は目を輝かせてあれ食べたいとか、おいしそうとか言ってみる。
相変わらず食い意地はってんな、お前は。なんて呆れたように彼が笑った。
そのうち太るぞ?なんて言われながらも、太らないもんね、なんて内心焦りながら反発してみる。
でもそんな私に彼は綿飴を買ってくれた。お礼を言って、私が嬉しそうに頬張り始めると、彼がおいしい?と尋ねてきた。私は、おいしいよと頷く。
じゃあ一口ちょうだい?そう彼が言うので、私は背の高い彼の口元まで綿飴を持っていった。近づかせすぎてベタベタになるなんて怒られながら、一口食べた彼においしい?と尋ねる。うん、おいしいねって微笑む彼の顔を見るのがやっぱり恥ずかしくて、すぐに私は顔を反らしてしまった。
屋台の間をしばらく歩いた後、私は手を引かれて土手の上へと上がっていった。少し空との距離が近くなった気がして、いつの間にか暗くなっていた空を仰ぎ見るけれど、やっぱり空は広くて高くて、全然近づけやしなかった。
そろそろだ。そういう彼の言葉に、彼が覗いているスマホを私もチラリと覗いてみると、その時時間が切り替わり、ひゅるひゅると音をたてながら、光の玉が黒い空に向かって上っていった。私はそれに少し驚いて、光の玉を目で追った。
刹那光の玉が爆ぜて、煌びやかな光の花が飛び出した。胸に深く響く音を聞くと共に、光の花は姿を変え、光の欠片となって空の中に漂い消えた。
そんな花火の一生が、私の瞳にキラキラと映った。
きれい……。そうホロリと私は言葉を流した。その言葉に、そうだね……、と彼もホロリと呟いた。
黒い夜空に、光の花が咲いては消えて、咲いては消えて。
花火がその短い一生を、悔いなく美しく生きる様に感嘆が零れる。
私たちの瞳に美しい花火が映り込んで、キラキラと輝いては消えていった。
また、光の玉が空に向かって上っていった。私がそれを目で追うと、また爆ぜて美しい光の花が現れる。するとその光の花は、今度は地上へと垂れていき、キラキラと光の欠片を地面へ向かって落とし始めた。
黒い空から舞い落ちてくる光の欠片一つ一つが美しくて、私は心を奪われる。
まるでその光の欠片が私のところへ落ちてくるような、そんな気がして、私は無意識に手を空に向かって伸ばした。するとちょうど光の欠片が私の手に捕まったように見えて、私は目を輝かせた。
今、私の手の中には光の欠片が入ってる。私は光の欠片を捕まえたんだ。
そう思うと、なんだか嬉しくて、同時に勇気も手に入れたような気がした。
私は少しずつ、少しずつ彼との距離を詰めていき、彼の大きな身体に寄りかかるようにくっついた。手も少しぎゅっと固く握ってみる。
そんな私の様子を見て、彼は優しく微笑んでぎゅっと手を握り返してくれた。
黒い夜空に、美しい光の花が咲いては消え、そして光の欠片を地上に降らしてゆく。
……来年もまた一緒に見ようね?私がそうポツリと小さく呟くと、彼も約束だぞ?と小さく呟いた。