Ep1:この男、旅人
日がまだ昇り始めた朝霧の立ち込める山道を一人静かに歩く男がいた。
男の身丈は、若木の果樹が始めてその枝につけた実を、少し手を伸ばせば摘み取ることが出来るぐらいで、細身であるが引き締まった体つきであった。
男は獣の毛で出来た外套を肩から掛け、革のブーツ、麻布の腰巻、ナイフを収納できる革のベルト、皮で出来たポーチを横腰に2つ付け、革の上に鉄板を鋲で打ち付けた鎧を着て、左腕には鉄で固定された木製の円盾を付け、腰には鞘に収められた男の腕ほどの長さの剣を携えていた。
「う~ん。道具屋で買った地図だと、そろそろ『マンステッド』が見えてくるはずなんだがな~」
男は小さなランプをつけて、地図を広げた。
ランプの灯りに照らされた男の顔は、砂埃を長い時間被っていたせいかあちこちに汚れていたが、ハッキリとした力のある瞳に、それに合う男らしい眉、顔の中央からスッと伸びた鼻、乾いてはいるが薄い唇は顔との均整が取れており、凛々しい顔付きであった。髪はしばらく洗っていないのか、無造作に生えた短い黒髪は少し脂があるようだった。
男が独り言で言った『マンステッド』とは、男がいる国『アウトラム』の中央に位置する都市であった。
「そろそろ路銀が尽きるし、早く街に行って仕事を見つけないとな」
男は旅人であった。
行く先行く先の都市や村で仕事を見つけ、路銀を稼げば、また次の土地へと旅をする旅人であった。
男はランプを消し、地図をしまい、過去幾人もの人々が歩いたことによって出来た山道を歩きはじめた。
――ガサッ
それからしばらく歩き、誰もいないはずの山道に音がした。
男はすぐさま腰に携えた鉄製の剣の柄に手を掛けた。
腰を落とし、辺りを探る。
そうして、気配を探る。
「……………………、気のせいか」
男は姿勢を戻し、柄から手を離した。
――ビュ!
その瞬間、茂みの奥から飛来する物が男を襲った。
「よっと、気を抜いた振りをしたけど、バレバレですがな」
しかし、飛来する物、矢を男は避けた。
男が矢を避けるのを確認した襲撃者たちは、茂みの奥から勢い良く飛び出し、男に襲いかかった。
「死ねえええ!」
「そうは問屋が卸さないよっと!」
男は左腕に付けられて円盾で、襲いかかってきた無精髭を生やした男の片手斧を弾き返した。
そして、体勢が崩れた無精髭の男の首にめがけて、腰に携えた剣を鞘の中から引き抜くと同時に振り斬った。
無精髭の男は断末魔を残すこともなく、その首は空中に飛び上がった。
「後ろがガラ空きだよ!」
「それを言っちゃあバレバレだぜ!」
男の後ろから女の声が聞こえ、その瞬間に男は相手の顔も見ないまま後ろに蹴りを繰り出した。
「うげぇえ」
男の後ろ蹴りが女の腹に放たれ、苦悶の声があがる。
男は押しを落とし、そのまま腹を押さえる女の心の臓目掛けて突きを出した。
「がぁ、は」
女の身体を突き抜けた剣を、男は女の身体を蹴ることで剣を抜いた。
そして、剣を抜いた直後に男は最初に矢が来た方向に駆け出した。
その様子に焦った茂みの奥の襲撃者は、ガサガサと大音を立てて移動し、ギリィっと弓を引く音が茂みの奥から男には聞こえた。
男はすぐさま左腕の円盾を前方に構え、その直後に木製の円盾に衝撃があり、僅かに放たれた矢が男の側に飛び抜けていた。
男が射手の襲撃者と距離を詰めると、再び弓を引く音が聞こえた。
茂みを男が抜けると、目の前には今まさに矢を放とうとしている顔の半分が焼けた男が視界に入った。
そして、焼けた顔の男が矢を放つ。
――シュ
「っち! 痛ってえな!」
放たれた矢は、不完全な姿勢から放たれたせいか、男の予想に外れて、男の右ももを浅く斬り抜けた。
距離を詰められた焼けた顔の男は、腰の短刀を抜こうとしたが、その時にはすでに男が振り下ろした剣撃を左腕から胴体にかけて受けて、その場に倒れた。
男は声にならない叫び声を上げている焼けた顔の男を見下ろすと、右足を振り上げて、倒れている焼けた顔の男の首を踏み折った。
そして、山道には男を除いて誰もいなくなった。
「ったく、この格好からするとこいつら山賊か。あ~足痛てえ」
男の右ももからは血が滲み、衣服を汚していた。
「さっさと治すか」
男は剣をその場の地面に刺して、空いた右手を広げ、傷の回復の呪紋を念じる。
男が念じると、右手の手のひらに傷の回復の呪紋が浮かび上がり、白い光が発現し、その光は右ももの傷口に向かって流れていった。
すると、傷はみるみるうちに塞がった。
「さてと、次は剣だな」
そう言って、男は剣に付着した血を二回ほど振り払い飛ばし、ポーチの中から固まった血がすでに模様のように付いている布を取り出して残った血が乾く前に拭きとった。
「宿についたらちゃんと油を差しとかないとな」
独り言言いながら男は鞘に剣を収めた。
「お次はさくっと戦利品を回収しますかね」
そして、男は絶命した目の前の死体を漁っていく。
「6ゴールドか。しけてんな~。おっ、ガーネットの原石じゃん。ラッキー♪ この装備はまだ使えそうだな」
男は手慣れた様子で死体から価値の有りそうな物や使えそうな物を回収していく。
あっという間に一人目から回収すると、先に殺した二体の死体の回収に向かっていく。
「こっちの男の防具はまだ全然使えそうだし、良い値で売れそうだな。女は、う~ん、この質の悪そうな宝石ぐらいか」
男は死体に触ることを気持ち悪がる様子もなく、さくさく回収していく。
そして、全ての回収が終わると、男はその場で軽く伸びをして、再び歩きはじめた。
それは早く去らないと血の匂いに誘われくる肉食の獣と遭遇する可能性があるからだ。
「日が昇ってきたな……」
男が空を見上げると、青く澄んだ空に、すっかり強い光となった陽が朝霧を払い、視界を明確なものにしていた。
「お、あれが『マンステッド』か!」
そして、目的地の都市が男の視界の先に見えた。
この物語は、この旅人の男が、この国『アウトラム』の各地を巡り、体験した冒険の物語である。
既存の連載小説をほっぽり出して、また連載を始めてしまいました。
どうしてもがっつりファンタジーっていうのを書きたくなってやってしまいました。
書きたくなったらまた更新しますので、気長にお待ち頂ければ幸いです。