友情の理由
何個目かの短編です。
では、どうぞ。
――――自分はどうして、この2人と友人関係を続けているのだろうか。
地元の公立中学校に通う少女、古川希は幼い頃から考えている命題について、真剣に頭を悩ませていた。
長い髪を三つ編みにし、背中に垂らさずに肩にかけて身体の前に流しているのが特徴的な少女だ。
黒髪黒瞳、ハーフでも無ければ先祖返りでも何でもない普通の日本人。
容姿は自分では十人並だと思っているが、中学3年生にしては背が低く童顔かもしれない。
「ねぇねぇ、のんちゃん。見て見て、昨日のリクトも超可愛いかったんだから! 今新しい画像をメールで送るからちゃんと保存してバックアップも取ってねっ」
「なぁなぁ見ろよコレ、この間の休みの日にやったフリスビーの写真だぜ! うちのサウス超カッコ良いだろー!?」
そんな希に声をかけるのは、誰もいない夕方の教室で一つの机をシェアする2人の友人である。
正直、希としては机が狭いので1人1個の机の使用を主張したい所である。
まぁ、どうせ言っても聞いてくれないだろうが。
1人は同い年の少女、藤原菜々乃。
同じクラスの幼馴染、ショートカットの黒髪に黒縁眼鏡をかけた文学少女のような容姿をしている。
もう1人はやはり同い年の男子、東村北斗。
ツンツンと自己主張する寝癖が特徴的な少年で、どことなく暑苦しい印象を受ける。
2人とも希の幼稚園からの幼馴染で、大切な友人……のはずだ。
(いや、何で友達になったんだっけ……?)
もう随分と昔の話である、希も流石に思い出せない。
今はこの3人で構成する同好会の時間のはずだが、それ関係の話はまったくされていない。
まぁ、そこまでやる気のある同好会では無いので別に良いと言えば良いのだが。
しかし先生の許可を得て放課後の教室を使っている以上、全く何もしないと言うのも気が引けた。
「ねぇねぇ、のんちゃん聞いてるー? リクトがね、もうホント超カワイイの! こうね、目の前に抱っこしたら私のほっぺを舐めたりしてくれるんだから!」
「うん、ななちゃん。その話、今日の朝から数えただけでも14回目だから」
「なぁオイ聞いてんのかよ、うちのサウスがこの間2メートルも跳んだんだって、マジだかんなコレ! テレビ出れたりするレベルじゃねーのかマジで!」
「うん、その話は月曜日に何回も聞いたよ北斗君。ドッグランの話だよね、聞いてるよちゃんと」
ああ、本当にどうしてこの2人と友人なんだろう……。
不思議に思いつつも、2人の話を聞いてあげる希だった。
その時不意に、机の上に置いていた携帯電話が震えた、着信だ。
『今日は帰りが遅くなるのかなー?』
そのメールの文面を見て、希は溜息を吐いた。
これは、そんな彼女の日常の一幕。
◆ ◆ ◆
藤原菜々乃は、家に猫を一匹飼っている。
リクトと言うのがその名前だが、実は昨年に菜々乃自身が拾った捨て猫であった。
当時はまだ1歳程度だったと言うことだが、リクトを飼うためにはいろいろと難関があったようだ。
しかし菜々乃はその難関を全て踏み越え、過去にそれほどやる気を出したことがあったかと疑問符を浮かべられる程の攻勢でもって捨て猫を飼い猫として家に置くことに成功した。
それまでは見た目通りの文学少女だったのが、そこらのスポーツ少女もびっくりの活動ぶりだった。
ちなみに、どうしてそこまでと希が不思議がると、彼女は決まって。
『目と目が合った瞬間に、運命を感じたの! この子と一緒に生きてくんだって!』
まさかの運命論である、そこだけ微妙に夢見る文学少女だった。
希もその時はまさか菜々乃がここまで重度の猫スキーになるとは思わなかったので、「ふーん」の一言で済ませたのだが……知っていたら、絶対に止めていたと思う。
以来1年間、受験勉強の話よりも飼い猫の話ばかりしている菜々乃だった。
やれトイレを覚えただの、家の柱で爪とぎをしなくなっただの……希は、菜々乃の将来を本気で心配していた。
だが実は猫を飼い始めてから性格が明るくなり、猫スキーな人々との交流も増えて社交的になったというプラス面もあったりする。
「猫は良いよぉ~、モフモフだし可愛いし、つんって向こうに行ったかと思えばゴロゴロって背中に顔を擦り付けて甘えてくれたりするんだよ。もう……もうもうっ、どうすればいいのっ」
「受験勉強すれば良いと思うよ」
なお、今は11月……そろそろ受験戦争本番である。
同好会に付き合っている――内容が伴っていないが――希もなかなか余裕を醸し出しているが、実は先だっての模擬試験の出来はイマイチだった。
なので、出来れば勉強したいのであった。
「受験勉強はしたいけど……下敷きに張ってあるリクトのプリントシールが可愛くて集中できないよっ」
「私の下敷きを貸してあげるから……」
「ああっ、携帯を開いたら待受がリクト!」
「わざとらしいよ、ななちゃん」
もはや飼い猫由来の物しか持っていないのかと問いたくなるほど、出て来る出て来る。
と言うか、やる気あるのかとひとこと言ってやりたい。
「へっ、猫なんてナヨナヨブヨブヨで、カッコよくねーぜ」
そしてこの状況に、さらなる爆弾が投下される。
どうやら今日も勉強はできそうにない、希はひっそりと溜息を吐いた。
◆ ◆ ◆
東村 北斗は、家に犬を一匹飼っている。
希は犬の種類に詳しくはないが、グレート何とかと言う犬種の大型犬らしい。
実際に会ったこともあるが、モコモコした白い塊だったのが印象的だった。
こちらは菜々乃と異なり特別なドラマも何も無く、4年前から普通に飼い始めた。
何でも親戚の家に生まれた子犬を引き取ったとかで、菜々乃の猫はオスだがこちらはメスだと言う。
「サウス」と言う名前がメスらしいかと言う話はともかく、北斗はそこから犬スキーになった。
最初はそれほどでも無かったのだが……。
「やっぱ犬だろ犬! 主人に対する忠誠心! 警察に協力しちゃう勤勉さ! 気まぐれな猫と違って忠実で誠実でまっすぐで! 何よりシャープでカッコ良いだろ!」
「そんなに「!」マークをつけなくてもわかるよ、北斗君」
「おお、わかってくれるのか! お前やっぱ良い奴だな!」
「うん、わかったから離れてくれないかな北斗君。セクハラで訴えるよ」
わかってもらえた(?)のが嬉しいのか、北斗は感激のあまり希に抱きついた。
しかし希が「離れて」と言えば、「おう」と言ってすぐに離れる。
これは幼稚園の頃から変わらないノリなので、希も別に恥ずかしくなったりはしない。
むしろいつも通りなので、今さら感さえ溢れている。
「はぁ~? 犬より猫だよぉ~。だって肉きゅうプニプニだよ? 犬よりもずっとずっとモニモニでフワフワなんだよ!?」
「じゃぁあかましぃっつの! 犬にだって肉きゅうくらいあるわい!」
「違うしー、犬のアレは肉きゅうじゃないしぃ~。それに猫はコタツの中で丸まるのが超可愛いんだよ、毎回毎回冬が楽しみで仕方無いんだけど悪い!?」
「冬は外で駆け回っておいかけっこに決まってんだろー! ちなみにアレだ、サウスはデカいから何度か避けて勢い殺さないと押しつぶされるんだぜ!?」
ヒートアップする猫派と犬派の抗争、どちらにも属さない希はついていけずに溜息を吐いている。
と言うか、理解できない。
むしろ、他に話題は無いのかと言いたい。
受験勉強とか、受験勉強とか、受験勉強とか。
2人とも、これで先だっての模擬試験の結果が自分よりも上なのでやるせない。
むしろ2人との付き合いを見直せば自分の試験の成績も上がるのではないかとすら、思えてくる。
それとも逆に、犬派か猫派に入れば成績が上がるのだろうか。
「……ないわー」
自分の考えのあり得なさに、希は年齢不相応の皮肉げな笑みを浮かべた。
そんな彼女の目の前では、北斗と菜々乃が不毛な言い争いを続けていた……。
◆ ◆ ◆
「どうでも良いけど、同好会の活動はしないの?」
言外に「じゃあもう帰らない?」的なニュアンスを込めつつ、希は2人に聞いた。
ついには立ち上がってお互いの主張をぶつけていた北斗と菜々乃は、ピタリと口論と言う名の自慢を停止させた。
それから菜々乃は「やれやれ」と言いたげに肩を竦めて、北斗は溜息を吐きながらどこからともなくホワイトボードをガラガラと引っ張って来た。
何故に教室の黒板を使わないのか、希は心の中で突っ込んだ。
「良いかー、まずはこうだ」
黒ペンでツラツラと北斗が何かをホワイトボードに書いて行く、その横で菜々乃がうんうんと頷いているが、希は特に期待せずになってあげることにした。
ちなみに、3人で作った同好会の名前は何と「経済学研究会」と言う名前だ。
正直、点数稼ぎのために立ち上げた同好会である。
とはいえちゃんと活動しないと同好会認定も取り消されてしまうので、希は定期的に形ばかりの活動報告書を学校側に提出しているのであった。
なので、実際的な活動は無いに等しい。
「そして、こうだ! どうだ、わかったか!」
「……? 何が?」
「だからねのんちゃん、猫は日本経済を救うんだよ」
「犬もな」
ホワイトボードに書かれていたのは、つまる所はこう言うことだった。
「犬好き(猫好き)が集まる → 市場が生まれる → お金がザックザク」
……まぁ、間違ってはいなかった。
そしてなまじ間違ってはいないために、イライラは倍増した。
「……で?」
「いやだからな、つまり俺らがここで犬の話をすることによってだな」
「私達が猫ちゃんのお話をすることにって、経済が活性化するんだよ」
「「いわゆる、バタフライエフェクトと言う意味で」」
とりあえず、次回の活動報告は動物関連市場に関わる的な話にしよう。
希は2人の話に適当に頷きながら、そう決めた。
そして、帰ったらバタフライエフェクトについて調べようと思った。
と言うか、それ、何?
その時、再び希の携帯電話がブルブルと震えた。
学校への携帯電話の持ち込みは禁止だが、そんな校則はあって無いような物だった。
素早く手にとって、メール着信を確認する。
『今日の晩御飯は、ハンバーグで良いー?』
その文面に目を落とした後、そっと溜息を吐いて。
「今日はもう、帰ろうか」
2人に、そう告げた。
今日の学校も疲れた、そう思いながら。
◆ ◆ ◆
――――自分はどうして、この2人と友人関係を続けているのだろうか。
幼い頃からの命題を、学校からの帰り道で希は真剣に考え込んでいた。
しかし、いくら考えても明瞭な答えは得られなかった。
幼馴染、腐れ縁……学校もクラスもずっと一緒。
そういう関係は、確かに貴重と言えば貴重なのかもしれない。
だがしかし、逆に言えば友人関係を保障してくれる物でも無いとも思える。
つまるところ、それは本人の心から生まれる物なのだから。
「でさー、うちの犬がさー」
「だからねー、私の猫がねー」
しかしそれにしても、もっと他に話題があってしかるべきでは無いだろうか。
希はそんなことを思いながら、いつも通りに帰り道を3人で歩いて帰っていた。
犬や猫は嫌いでは無いが、それにしても毎日毎日聞きたいかと言う程でも無い。
まったく、もっと2人は別の事にも目を向けるべきだと思う希だった。
「ねぇねぇのんちゃん……あれ? のんちゃんどうしたの?」
「別に」
「何だ? 腹でもへったのか?」
「……あのねぇ!」
深い溜息を吐きながら、希は腰に両手を当てて2人の方を振り向いた。
住宅街の道の真ん中で、3人の少年少女が向き合っている。
「2人とも、ペットが可愛いのはわかるけど! 受験勉強とか進路とか、もっと考えるべきことがあるでしょ! そこの所、もっとちゃんとしないとダメだよ!」
棘のある口調を自覚して、言った後に少しだけ後悔する。
空気の読めない子だと思われただろうか、楽しい会話を中断させたと思われただろうか。
ちょっぴりドキドキしながら閉じていた目を開くと……。
きょとん、とした顔で見られていた。
何だろうと思うと、菜々乃がずずいっと希の顔を覗き込んでくる。
反射的に後ずさって、距離を取った。
「のんちゃんさー……」
「な、何?」
「……もしかして、寂しいの?」
「……へ?」
にんまり、希の反応が面白かったのか、菜々乃はそんな笑顔を浮かべた。
それから、希の腕に飛びついて来る。
「もー、心配しなくてのんちゃんのこと大好きだよ!」
「え……あ! 違う、違うからね! べ、別に寂しいとか妬いてるとかじゃ無いから!」
「何だよー、仲間外れにされたとか思ったのか? じゃあこのサウスの写真を……」
「写真とか古いよ、ここは……メモリースティック丸々一個でしょ!」
「違うって言ってるでしょ!? あと、結局なにも変化してないから!!」
写真やらメモリーやらを押し付けて来る2人に辟易しながらも、希は思う。
結局の所、この2人とはずっと付き合っていくことになるのだろうな……と。
どうしてかは、まったくもってわからないが。
「のんちゃんも猫飼おうよ、そしたら仲間だよ!」
「いや犬だろ、飼って同志に!」
「あーもー、2人ともうるさい――――!!」
本当に、友情の理由なんてわからない。
◆ ◆ ◆
「ただいま――」
ああ、疲れた……と息を吐きながら玄関に入ると、慣れた家の匂いが鼻孔を擽った。
学校とは違うその匂いを胸一杯に吸い込むと、帰って来たんだと言う実感が湧く。
希の家は、5階建てのマンションの4階の隅だった。
お金持ちと言うほど広いわけでもないが、4人家族で過ごすには丁度良いかなと個人的には思っている。
「おおっ、希おかえりー! 今日は学校どうだった?」
「どうもこうも……普通だよ。と言うかお兄ちゃん、メールしつこい。用も無いのに送ってこないでよ」
「ええ? でも晩御飯の時間とか気になるじゃん?」
先に帰って来ていたらしい兄の声に、希は思っていたことを言う。
そしてエプロンとおたまと言う「新婚か!」という突っ込みを待っているとしか思えない姿の兄の姿に、希はまた溜息を吐く。
溜息を吐くのが癖になってしまった、直さないといけないと自覚する。
ちなみに希の兄は名前を望と良い、名前的には生まれる順番を間違えている気がする。
そして年が6つ離れているからかはわからないが、兄である望は何かと妹の希の世話を焼こうとするのである。
両親が共働きで、幼い頃から世話をしてくれてきたことには希は感謝している。
ただ最近、それが少し鬱陶しくも感じるのであった。
「じゃ、着替えるから」
「あ、うん……あ、そうだ。新しいインナー卸してあ」
「き・が・え・る・か・ら!」
本当に鬱陶しい、特にいつまでも自分を小学生扱いしてくる所が。
妹に対するデリカシーが足りない、と言うかいつまでも自分の世話を焼かないで良いのだが。
一度、兄から見た自分と言うのを知ってみたいと思う希だった。
疲れたように息を吐いて自分の部屋に入り、扉の鍵を閉める。
……万が一、そう万が一にもデリカシーの無い兄が何かの拍子に扉を開けないようにするための対策である、なお過去に10度はそう言う事故が起きている。
シュル……とセーラー服のスカーフを外した時、部屋の隅で何かがカラカラと鳴った。
「……ふふ」
それまでの疲れた表情も一変、柔らかな表情を浮かべて希は部屋の棚に近寄る。
そして、そこに置かれている籠の中身を覗くように身を屈める。
籠の金網の間から白い指先を入れると、籠の中のそれがチョコチョコと近付いて来て……フンフン、と鼻先を擦りつけて来た。
「はぁ~……」
だらしない程に頬を緩め、指先でそれを撫でる。
木くずのような床材の中にいるそれは、ベージュ色の毛並の小さな毛玉だった。
人はそれを……。
「やっぱり、うちのホープが一番可愛い……」
ハムスターと呼ぶ。
名前は「ホープ」、彼女の飼いハムスターである。
いろいろと心労の多い彼女にとって、唯一の癒しと言って良い存在だった。
『希ー、ご飯だよー……って、なんで鍵閉めてるの~?』
「あ、はーい……って、まだ着替え中なの!」
ドアの外で困り顔をしているだろう兄に対して怒鳴ってから、希は慌てて着替えを再開した。
とはいえ時々ハムスターの方を見ては和むので、少し時間がかかった。
そしてふと、学校で得た疑問を思い出す。
……バタフライエフェクトって、何だっけ?
登場キャラクター紹介:
古川希 (ふるかわのぞみ):
主人公、普通人。
シスコンの兄がいる、好きな動物はハムスター。
藤原菜々乃 (ふじはらななの):
愛猫家、ネコの名前は「リクト(オス)」。
ふじわら、と呼ぶとキレる。
東村北斗 (ひがしむらほくと):
愛犬家、犬の名前は「サウス(メス)」。