第6話 大嫌い!
「花音ちゃん?」
見ると、香川理桜と奈良さんが目の前を通り過ぎるところだった。
「また会ったね。今日は一人?」
笑顔で話しかけてくる奈良さん。そんな彼女と一緒の香川を見て、胸がざわざわした。
「えっと、山口君とか友達を待ってて」
そう言った私に、冷たい目を向けて香川が言う。
「あんた、こんなとこでなにやってるの?」
その香川の態度と口調にカチンっとする一方で、胸がチクリと痛んだ。
「だから、山口君や友達とクリスマスパーティするから待ってるの!」
私は立ち上がって、叫びそうになった。
「はっ? クリスマス? だって、今日はあんたの……」
「花音ちゃん、お待たせ!」
香川が何か言いかけた時、山口君とその友達がやって来た。
「あっ、山口君」
私はほっと安堵の息をついて、山口君のもとに駆けよった。
香川はそんな私をずっと見てて、その視線から逃れたくて、私は山口君に隠れるようにした。
「山口、ちょっと」
香川は瞳に鋭い光を宿して、山口君を呼んでしばらく会話して、それから奈良さんを連れて去って行った。
首をかしげながら戻って来た山口君に聞いてみる。
「どうしたの?」
「いや、よくわからん。本当にクリスマスパーティーなのか? なんで今日なんだ? って聞かれたけど」
そう言って、また首をかしげる山口君と一緒に私も首をかしげる。香川はなんでそんなことを、わざわざ山口君に聞いたんだろう? そういえば、私にも同じようなこと言ってたなと直前の会話を思い出すけれど、理由はさっぱり分からなかった。
そうこうしてるうちに順子さんや悠ちゃんたちが合流して、みんなでカラオケ屋に向かった。
十数人と大勢だったけど、運よくパーティルームが空いててみんな一緒のカラオケルームに入った。
私は歌う気がなかったから入り口近くの席に座ると、山口君が隣に座った。
「花音ちゃん、今日はなにか歌うの?」
そう聞かれても上の空だった私に、山口君が下から顔を覗きこんできた。
突然、目の前に山口君のドアップが現れて、私はびっくりした。
「わっ!?」
そんな声を上げた私に、山口君はやさしい瞳の中に少しさみしさを宿して。
「気になる?」
「えっ?」
何のことを言われたのか分からなくて、私は首をかしげる。
「香川の事、気になる?」
そう言われて、胸がツキンッと痛んだことに気づく。
「えっ、なんで? 私には関係ないし……」
「そうかな? 俺には、香川の事気にしてるように見えるけど……。香川と花音ちゃんって中学の時、ほんとは仲良かったんじゃないの?」
「まさか……」
山口君の言葉にびっくりする。私と香川が仲良いなんて、ありえないし。
そう思うのに、さっきから尋常じゃない早さで鼓動をうってる。どきんっ、どきんっ、て心臓の音が周りに聞こえそうなほど。
「私は、香川のこと大嫌いだし……」
そう言った時、前にも感じたもやもやした気持ちがよみがえってくる。そうして、三年前のことを思い出す。いままで、ずっと忘れてたこと……
私は、ぽつんぽつんと話し始めた。
「……私、クリスマスが大嫌いなの」
山口君が驚いた顔をするけど、黙って私の話を聞く。
「昔は、ただクリスマスなんてなければいいって思ってただけなんだけど……」
三年前のクリスマスに香川が女の子に告白されてるところを見ちゃって。その時、私は心が荒れて胸が痛んだ。もしかしたら、香川を好きになりかけていたのかもしれない。でも、香川には嫌われてるし、自分もそれまで香川の事を嫌いだと思ってたから、自分の気持ちを素直に認めることができなかったの。
次の年、クリスマスムードになる街を見ては、クリスマスソングを聞いては、その時の事を思い出して胸がもやもやして、それを誤魔化すようにクリスマスなんて大嫌い! って思うことにしたんだ。
過去の記憶をたどって黙り込んだ私に、山口君が聞いた。
「どうしてクリスマス嫌いなの?」
私はくすっと笑って。
「それはね、私の……」
それまで一生懸命隠してきたことを話そうとしたんだけ、その時。
ガチャッ。
音を立てて、カラオケルームのドアが開いた。
それまでも、トイレに行ったりドリンクバーを取りに行ったり、いろんな人が部屋を出入りしてて特に気にはならなかったんだけど、私はドアから中に入って来た人物を見てびっくりした。
「なんで……?」
なんで香川がいるの? そう言いたかったけど、言葉が続かなかった。呆然としてる私を見て、香川が眉根を寄せて不機嫌そうな顔をする。
「おまえこそ、なにやってんだよ?」
「クリスマスパーティー……」
いつもだった怒鳴り返していただろうけど、今はあまりにびっくりしすぎて、普通に答えていた。
香川が眉をぴくっと動かして、睨んだ。
「はっ? なんで、自分の誕生日祝わないで、クリスマスなんて祝ってんだよ!?」
その言葉に私はびっくりするけど。
隣に座ってた山口君も、側にいた順子さんと悠ちゃんもびっくりしてる。
「えっ、花音、今日誕生日だったの!?」
後ろの方で、順子さんの驚いてる声が聞こえる。
香川は、順子さんの方をちらっと見てはぁーっとため息をついてから、私をじろっと睨んだ。
「なっ、なに?」
迂闊にも、その視線に恐怖さえ覚える。
つかっ、つかっ。
香川が私に歩み寄って手を振り上げたから、体をびくっと震わせて目をつぶった!!
ぶたれる!
そう思ったのだけど体に痛みは感じず、代わりに腕をぐいっと引っ張られ、自分の意志とは関係なくカラオケルームを出ていた。
カラオケ屋を出ても、香川は私の腕を引っ張ったまま、振り向くこともなく歩き続けた。
香川が普通に歩いてても歩幅が違うから、私は体を前に引かれ走る形になり、転びそうだった。
「まっ、待って!」
私は息を切らしながら、どうにかそれだけ叫ぶ。
香川の力が強すぎて、掴んだ腕を振り払うことができない。でも、このままだと転んでしまう、そう思って叫んだ。
すると、ぴたっと香川が止まって、ドンッと勢い余って香川の背中にぶつかった。掴まれていた手が離されて、ぶつけて痛む鼻をさすった。
「どうして……」
それだけ言うのがやっとだった。その“どうして”には、いろんな疑問が詰まってる。どうしてここにいるの? どうして誕生日の事知ってるの? どうして連れ出したの……?
香川の背中をみつめて、答えを待った。
「はっ?」
なのに!
香川が放ったのは、そんな一言。
「はいっ?」
私は聞き返さずにはいられなかった。
「はっ? ってなに? なんで、こんなとこに引っ張って来たのよ!」
叫ぶと同時に、私は香川の服を引っ張ってこちらを向かせようとしたのだけど。
寒さでくしゃみが出て、ぶるっと体を震わせる。急に引っ張られて来たから、コートも鞄もカラオケ屋に置きっぱなしだった。
「悪い……」
そう言って、香川が着ていたコートを脱いで私の肩にかけてくれた。それから、そっと私の手のひらをつかんで、プランタンの入り口に向かって歩き出した。
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