第3話 胸が痛む時はいつだって・・・
カラオケ店を出て、山口君と並んで歩く。男の子が苦手だった私だけど、すっかり山口君とは打ち解けて、女友達と接するみたいに話せていた。
「山口君は順子さんと同じ中学だったんだよね? じゃあ、家はこのあたりなの?」
「そう、最寄駅は谷津だから」
「うちは海神だよ」
「けっこう近くだね」
言って山口君がにこっと笑う。山口君は親しみやすくて、今まで男の子とまともに話せなかったなんて嘘のように、とても楽しかった。
男の子たちと別れてカラオケの帰り、そのことを順子さんに話したら「それは恋だよ」って。
いくらなんでもそれはないでしょ。ふぅーっとため息をはく。
確かに男の子なんて……って思ってた私が、男の子と普通に話せて、しかも楽しいって思うなんて珍しいことだけど、イコール恋、って言い切るのは極端すぎるような。
「恋は突然やってくるものなのよー、気付いたらドキドキしたり、胸が痛んだり……」
順子さんの言葉に、ん? と聞き返す。
「胸が痛む……?」
いつかどこかで、そんな経験をしたような気がして、過去の記憶をたどるが思い出せず、胸がもやもやする。
「そう、胸が痛むの。でも楽しいんだよね、恋って」
そう言って、一人キャーキャー飛び跳ねそうな勢いで騒ぐ順子さん。
「まあ、恋かどうかは置いといて、花音が男の子と仲良くするのはいいことじゃない?」
悠ちゃんが言って、私の肩をぽんっと叩く。私は悠ちゃんを見上げて、首をかしげた。
家に帰ってきて、ベットに座って、はぁーっとため息をつく。
今日は、いろんなことがあったな。無理やり合コンに連れていかれて、二年ぶりに香川に会って、男の子と話して。
そこまで考えて、また胸にもやもやしたものが込み上げてくる。きっと香川に再会したからだ。あいかわらず強引で意味不明な行動ばかりで嫌なやつだったな、そう思った。その時。
ピロ、ピロ、ピロ。
携帯がメールの着信を知らせたので開くと、知らないアドレス。
『こんばんは、今日会った山口です。宮城からアドレスを聞いてメールしました。今日は楽しかった! よかったら、また遊ぼう』
山口君からのメールでびっくりする。順子さんから聞いた? どうして? 頭の中は疑問だらけだったけど、とれあえず返信をしようと携帯を見つめる。
『こんばんは。私も楽しかったです。また皆で遊びましょう』
そう打ったところで、眉根をぎゅっと寄せる。ピッ、ピッ、ピッ……と勢いよくボタンをいじって、パタンと携帯を閉じた。
※
次の日。
「昨日、山口からメールあった? なんてきた?」
そう言う順子さんの目が好奇心で輝いてる。私は順子さんに詰め寄って。
「順子さん! なんで? なんで、山口君にアドレス教えてるの? 山口君に聞かれたの?」
私はそう叫んだ。
「あー、私から山口に教えたんだよ」
頭をぽりぽり掻きながら言う順子さん。
「だって、花音が山口に興味持ったみたいだったから。山口にそう言って教えたの」
「はいっ!?」
私は順子さんに掴みかからんばかりに近づいて、聞き返した。
「順子さんから、アドレス教えたの!?」
「うん。まずかった?」
順子さんはそう言って首をかしげる。私はさっきまでの勢いをなくして、力なく椅子に座った。私が山口君に好意を持ってるって伝えて、アドレス教えたってこと? 少なくとも山口君はそう誤解してるってことよね……
私ははぁーっとため息をついて、机に顔をつけた。
部活の朝練を終えて教室に入って来た悠ちゃんが、どうしたの? と聞く。私は、悠ちゃんに抱きついて、今までのやりとりを話した。話を全部聞き終わると悠ちゃんは。
「ふーん。まあ、アドレスを勝手に教えた順子さんの行動はやりすぎだと思うけど。いいんじゃない? とりあえず、山口君とメールしてみれば」
「そんな……」
「私が見たカンジ、山口君っていい人そうだったし、花音もそう思うんでしょ? まあ、勘違いしてるのはちょっと問題だけど、メールしてきたってことは向こうもそれなりに気があるってことだし。いい機会だから、メールから仲良くして、つきあってもいいんじゃない?」
悠ちゃんはそんなことを言う。
昨日も思ったけど、悠ちゃんは私が男の子に対してもっと積極的になればいいって考えてるみたい。私は、しばらく考え込んでから。
「うん……わかった」
そう言った。順子さんはそれを聞いて、安堵の息をつく。
「それで、昨日はなんて返信したの?」
興味津々に目を輝かせて聞いてくる。私はきっ、と順子さんを一睨み。アドレスを勝手に教えたことは、まだ怒ってるんだから! ぷいっとそっぽを向いて答える。
「返信してない」
「えっ?」
私の言葉に、二人同時に聞き返す。私は二人の顔を見れないで……答える。
「だから、返信してないの。なんて返信したらいいかわからなくて……」
最後の方はだんだんと声が小さくなっていく。
昨日、悩みながら考えた返信は無難に『また皆で遊びましょう』だった。でも、皆って昨日の合コンのメンバー、つまり香川も一緒ってことよね!?
そう考えたら、また胸がもやもやしてきて、気がついた時には返信用に打ったメールを消去してたの。
「とりあえず、自己紹介と、よろしくお願いします的なことを送ったらどうかな?」
そうアドバイスをくれた悠ちゃん。私は頷いて、携帯を取り出した。
『千葉花音です。昨日は突然メールがきてビックリして、返信しなくてごめんなさい。昨日は私も楽しかったです。これからも仲良くしてください。よろしく』
ピッ!
送信ボタンを押して、パタンと携帯を閉じる。すると、一分も経たないうちに携帯が光ってメールの着信を知らせた。学校にいる間は、音もバイブも切ってマナーモードにしてるの。
『よかった。返信ないから嫌われたのかとちょっとびくびくしてた。こちらこそよろしく!』
開いてみると、山口君からの返信だった。あまりの早さに呆然とする私。
「山口から?」
好奇心丸出しで聞く順子さんに頷くと、悠ちゃんがくすっと笑った。
始業のチャイムがなって、それぞれ自分の席に戻る。私は、携帯を一度見て、それから制服のポケットに閉まった。
※
お昼時間。
食堂でお弁当を食べながら順子さん。
「あーあ、この間の合コンはイマイチだったし……」
お弁当のおかずをフォークでぱくっと口に運びながらつぶやいた。
「あれ、香川君にメアド聞いたんじゃないの?」
私の横に座った悠ちゃんが聞く。
「えっ?」
私はその言葉にビックリして、ゴホゴホとむせる。口の中のご飯が飛び出しそうになってあわてて口に手を当て、モゴモゴと喋った。
「なっ、なに? 順子さん、香川を好きなの!?」
「カッコいいし、ちょっといいかなって思ったの。でもダメ! 彼女いるって言ってた」
私はその言葉に、ドキンとする。
「ってか、彼女いるなら合コン来るなってカンジよね! あー、山口の人選ミスね。まったく、こんなことなら花音のメアドなんて教えるんじゃなかったわ。アイツ一人だけいい思いして許せない……」
おかずをぱくぱく口に放り込みながら、最後のほうは独り言のように文句を言う順子さん。順子さんが喋り続けるのを呆然と聞いてて、私はその一瞬の胸の痛みの意味をあまり気にしなかった。
「まあまあ」
いつも中立の立場の悠ちゃんが、順子さんをなだめる。
「もうこうなったら、二十三日にかけるしかないわね!」
そう叫んで立ちあがってガッツポーズをする順子さん。周りにいた生徒がちらちらと順子さんを振り返るけど、順子さんはそんなのお構いなしで気合い満々。その気合いがすごすぎて、私は恐る恐る聞く。
「二十三日って……?」
「なにって、決まってるじゃない! 二十三日も、もちろん合コンよ!」
そう言った順子さんに対して、私と悠ちゃんは顔を見合わせる。悠ちゃんは「どうにもならないね」と言って呆れ気味に首を振った。
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