1-8 みんな、ごめんっ……
「ヴィヴィアナ、君が仮の婚約者だなんて、そんなことはありえない! 僕は君を心から愛している。あのとき、急いで父上に君への求婚を懇願した自分を、本当に褒め称えたいくらいなんだ」
「だって、アルベルト様がそうおっしゃっていたから……」
アルベルト殿下とヴィヴィアナ様はそっと手を取り合い、互いを慈しむように静かに見つめ合った。しかし、その光景を見ていたわたしは、黙っていることができず口を挟んだ。
「それは正しくありません。『懇願』ではなく、陛下を脅して実現させたんです。殿下は、陛下が隠し持っていたお気に入りのプリマ・ドンナの肖像画の存在を王妃殿下にバラすと脅迫したんです。それと、ヴィヴィアナ様の誤解についても訂正させていただきます。殿下はボクネアという雄兎と、ヒトリアという雌兎を飼われています。そして、宰相閣下は兎愛好家で殿下の飼い主仲間です。あのときは逃げ出した雄兎を落ち着かせるため、彼に声をかけていたんです。ですから正しくは、『大丈夫。彼女は一時的な婚約者に過ぎない。(兎愛好家であり飼い主仲間の)宰相がどうしてもと言うから断れなかったんだ。ときが来たらこの関係を解消して、ボク(ボクネア、雄)は愛するヒト(ヒトリア、雌)を妻に迎えるんだ』です。それから、ヴィヴィアナ様が仰る『隣国へ向かう準備も整った』という話ですが、実際には、決心できないまま思い出の品として殿下の肖像画や多くの記念品を集めているのが現状です。くっ……! アルベルト殿下、ヴィヴィアナ様、申し訳ありません……!」
彼らは目を泳がせ、明らかに動揺した様子を見せていた。周囲の貴族たちは絶妙な演技力で「何も聞いていません」という態度を貫いた。
「エヴァリーナ、君の気持ちが迷惑だなんて、そんなはずがない。俺はいつの間にか君を深く愛するようになっていたんだ。だから、君が突然話してくれなくなってひどく落ち込んだ。俺が贈った物を身に着けてくれないのも、実は嫌われていたからだと思ったんだ……」
「エルネスト様、大好きです!」
エルネスト様がエヴァリーナの前に跪きそう語りかけると、エヴァリーナは口元を押さえていた両手をゆっくりと下ろし、はっきりとした声で告げた。しかし、その光景を見ていたわたしは、やはり黙っていることができず口を挟んだ。
「嘘です。『いつの間にか』ではありません。初めて出会ったその瞬間から、エヴァリーナに惹かれていました。だからこそ、生家の権力を盾にして人事に圧力をかけ、彼女を第二騎士団に配属させたんです。それに、他の人への贈り物は毎回、特に考えもなく選んだワインにすぎませんが、エヴァリーナへの贈り物は毎回吟味に吟味を重ねています。そして、エヴァリーナがそれらの贈り物を使わない理由は、大切すぎて、全て自室の鍵付きの飾り棚に並べてあるからです。ぐっ……! エルネスト様、エヴァリーナ、すみません……!」
彼らは互いに視線を交わしつつも、表情を引き攣らせていた。周囲の貴族たちはその様子をちらりと見やると、そっと場をやり過ごした。
「ジュスティナ、君が勇気を振り絞ってくれたあの夜、俺は君をただの妹としてではなく、一人の女性として愛していることに気づいたんだ」
「レオポルト様……わたくしは、あの一夜の思い出を胸に刻んで生きていこうと決めておりました……」
レオポルト様がジュスティナを優しく抱きしめ、甘く囁くよう伝えると、ジュスティナは静かにレオポルト様の胸に身を寄せた。しかし、その光景を見ていたわたしは、ここでも黙っていることができず口を挟んだ。
「偽りです。『あの夜気づいた』のではありません。実は、ジュスティナが成人した十五歳頃から、彼女を女性として見ていました。あの日も夜這いをしようかと考えていたからこそ起きていたんです。それと、ジュスティナは『一夜限り』ではなく、もう一度お願いしようと考えていたんです。うぐっ……! ……レオポルト様、ジュスティナ、ごめんなさい……!」
彼らは言葉を失い硬直していた。周囲の貴族たちは冷ややかな視線を送りつつ、その様子を観察していた。そして、次に彼らの関心が向けられたのは、ランバート様とセラフィーナだった。
「セラフィ、何度でも言う。俺はお前を愛している。この気持ちは、やはり迷惑でしかないのか?」
「ラン……その……ランの気持ちは嬉しいんだ。だけど、普段からわたしを女性として見る男性なんてほとんどいないだろう? だから、どうしても戸惑ってしまうんだ……」
ランバート様はセラフィーナの正面に立ち、熱い眼差しで彼女を見つめていた。セラフィーナはうつむいていた顔をゆっくりと上げ、彼をじっと見つめ返しながら答えた。しかし、その光景を見ていたわたしは、例によって黙っていることができず口を挟んだ。
「違います。セラフィーナに恋心を抱いた男性たちは、ランバート様によって次々と遠ざけられてきたんです。学生時代から他の男性たちを牽制していましたし、自分から離さないために人事局長の秘密——髪が偽装であるという事実を握って脅し、自分たちを揃って第四騎士団に所属させるよう手を回していました。そして、セラフィーナはなんだかんだ言いながらも『あーんなことやこーんなこと』をする相手としては、ランバート様以外にいないと考えています。くはっ……! ……ランバート様、セラフィーナ、許してください……!」
ランバート様は満面の笑みを浮かべ、セラフィーナはさらに顔を赤らめその場に座り込んだ。周囲の貴族たちは気まずそうに視線をそらし、そ知らぬふりを装った。
言ってはいけない、お願いだから黙って! と心の中で叫びながらも、わたしの口は止まらず、彼らの秘密を次々と暴露していった。ラブラブな四組が互いを見つめ合う中、わたしはその場に崩れ落ち、膝をついて項垂れた……。
「書記官としてあるまじき行為……会議室での会話を漏らすなんて……。これでわたしのキャリアは終わりだわ……いいえ、それよりクビかも……」
「大丈夫。次の仕事は僕が用意してあげるよ」
項垂れているわたしの隣に座ったクイントは、胸元のポケットに手を入れ、何かを取り出した。
「まぁ、これでも食べて落ち着いて?」
「キャンディー……?」
「「「「あっ! そのキャンディーは!!」」」」
クイントが取り出したのは、上質な紙に包まれた小さな雪玉のようなキャンディーだった。
「これはね、『チクルチョコ』の製造過程で偶然生まれた副産物、『ペラペラキャンディー』だよ。これを食べると、そのときの感情を話してしまう効果があるんだ。実は彼女たちにもあげたんだよ。ルシーナ、あーん」
呆然としていたわたしは、そのまま反射的に口を開けてしまった。
キャンディーが口の中で溶けると、上品な甘さがふわりと広がり、それに続いて豊かな香りと爽やかな酸味が感じられた。わずかに感じるフルーティーな風味が、後味をさっぱりと引き締めている。
「ねぇ、ルシーナ。意地を張ってるけど、僕のこと好きだよね?」
「大好き! あわわ、わたしったら何を!?」
自分の口から出た言葉に愕然とするわたしをよそに、クイントは満足そうに笑みを浮かべる。
「良かった。じゃあ、結婚してくれるよね?」
「うん、嬉しい! 本当は今すぐにでも結婚したい! ぐぬぬ……!」
恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、悔しそうな表情で答えるわたしを見て、クイントは目を細めて、ニヤリと笑った。
「ルシーナはほんと可愛いなぁ」
そう言いながらクイントは顔を近づけ、わたしの頬をペロッと舐めた。
「うぎぃぇゃぁぁぁぁぁ!!」
おかしな叫び声をあげたわたしに、クイントはケラケラと笑い出した。
「ルシーナ、決まりだね。新しい仕事は僕の奥さんだよ」
「そんなの駄目よ! クイントと結婚したい気持ちはあるけれど、ソルフィニア帝国の第五皇子が隣国の男爵家に婿入りするなんて、どう考えてもおかしいじゃない」
「「「「「「「「えっ!?」」」」」」」」
わたしがそう言った瞬間、周囲の貴族たちの視線が一斉にクイントに注がれた。けれど、クイントは涼しい顔で続けた。
「うん? 別におかしくないよ。そもそも第五皇子なんて、いてもいなくてもどうでもいい存在だからね。でも、そうだな……婿入りが駄目なら公爵位でも貰っておく? ちょうどインミカス領が王家の直轄地になるだろうし、ルシーナはどっちがいい?」
「婿入りで!」
クイントのまるで昼食のメニューを選ぶような質問に、わたしは即座に答えた。
「だよねー。じゃあ、善はめちゃくちゃ急げって言うし」
そう言うや否や、クイントは再び軽やかに指を鳴らした。次の瞬間、視界がぐるりと歪み、直後に柔らかな感覚が体を包んだ。
「え……? ここは……?」
起き上がって辺りを見回すと、そこは落ち着いた雰囲気を漂わせる部屋だった。簡素ながらも洗練された家具が揃い、わたしはその中央にある大きなベッドの上に横たわっていた。
「僕の部屋だよ」
「ひゃぁ!」
ベッドの足元から聞こえたクイントの声に思わず後ずさると、彼は、わたしの左足首を指差して言った。
「綺麗でしょう? やっと気に入ったスピネルが手に入ったんだ」
おそるおそる左足首に目を向けると、そこにはクイントの瞳と重なる深赤紫の宝石が施されたアンクレットが、まるで足枷のように嵌められていた。
「さぁルシーナ、準備はいいかな? 僕は君を一生味わうからね」




