1-7 おそろしい食べ物!
【CASE10 魔術師クイント】
「今の……なに?」
わたしは一連の流れに戸惑いながら小さな声でつぶやいた。緊張状態にあったせいか、足がすくみ、その場に立ち尽くしていた。
「知りたい??」
「ひゃぁぁぁっ!」
不意に耳元で低く甘い声が響き、ぞくりとした感覚が背筋を駆け抜け、わたしは思わず叫び声をあげた。
周囲の視線が集まる中、躊躇いがちに振り向くと、そこには、ゆるやかに波打つ緑髪とマルーンの瞳を持つ美丈夫が立っていた。その姿はどこか軽やかな雰囲気をまといながらも、なぜか黒い闇を潜ませているようにも感じる……。
「クイント……」
彼の名をつぶやくと、彼はその美しい顔にどこか得意げな笑みを浮かべた。
「やあルシーナ。久しぶりだね。それから、どうもお嬢さん方。楽しんでるかな?」
「「「あ、あなたは!!」」」
クイントがそう言うと、ヴィヴィアナ様、ジュスティナ、セラフィーナが声を揃えた。
「えっ? みんなクイントを知っているの……?」
エヴァリーナに顔を向けると、彼女は両手で口を押さえたまま、うんうんと頷いた。
クイントは隣国であるソルフィニア帝国から留学してきた魔術師であり、現在はヴェルミアン王国の魔術師団に身を置いている。普通なら留学が終われば帰国するものだが、彼は王国に留まる道を選んだ。若干二十二歳でありながら副師団長の任に就く優秀な魔術師だ。
彼が留学中に滞在していたのがわたしの生家であるエラフォール男爵家だ。祖父が魔術学校の校長を務めていた関係でそうなった。残念ながらわたしに魔力はなかったため、わたしは官吏を志したのだ。
「ねぇルシーナ、そのドレスとてもよく似合っているけど……僕的にはこちらの方がいいかな」
そう言ったクイントが軽く指を鳴らすと、青い花弁が空中に現れ、わたしの周りを舞い始めた。それらが一瞬で跡形もなく消えたその瞬間、わたしの黄色いドレスは鮮やかな緑に変わっていた。
周囲からは驚きと感嘆の声が漏れ、それが波及するように、会場全体がどよめきに包まれた。クイントはそんな反応にも気にする様子を見せず、満足そうに言った。
「うん、かわいい」
わたしが驚いて口をぽかんと開けていると、クイントはその口に何かを放り込んだ。
「んぐっ……!? モグモグ……なにこれ? チョコレート?」
コクのある甘さとほんのり香るビターなアクセントが絶妙に混ざり合い、口の中でふわりと広がる。奥深いカカオの香りに加えて、わずかな果実のような酸味が後味を爽やかにしている。
わたしの問いかけに対し、彼はニヤリとした笑みを浮かべて誇らしげに答えた。
「僕が開発した『チクルチョコ』だよ。彼の組織の情報収集活動に役立つよう、巧妙に作られたもので、食べると誰かの秘密を告げ口してしまう魔法のチョコレートなんだ。今回の捜査にも使えるんじゃないかって、ランバートとセラフィーナちゃんがパーティー中に事件の関係者たちに食べさせていたんだ。だから彼らは伯爵の不正を暴露したんだよ。味に拘ったんだけど、どう? 美味しい?」
ゴクンと飲み込んでしまったわたしは、焦りながらも彼に詰め寄った。
「な、なんてものを食べさせんのよ!? あれ……?」
クイントは少しも悪びれた様子を見せず続ける。
「最近のルシーナは会議室にこもりっぱなしでさ、僕、けっこう寂しかったんだよ? まぁ、ある程度は知っているけど、なにしてたの?」
「「「「うわぁーーーーーーっ!!」」」」
クイントがそう尋ねた瞬間、わたしたちの様子を窺っていたであろう四人の副団長たちは、切迫した表情で叫びながら慌ててわたしの方へ駆け寄ってきた。
「だめだよ君たち、ルシーナは僕のなんだから触らないで」
クイントはわたしの背後に回り、その両手でわたしをギュッと閉じ込めた。
わたしは今にも溢れ出しそうな言葉を抑えるために慌てて口を押さえようとしたが、それは、クイントの動きによって阻まれてしまった。
(副団長方、ごめんなさい……!)
「第一から第四騎士団の副団長たちの、くっっっだらない恋愛話に付き合わされてたの!」
「うんうん、それで?」
「あのね、彼らは——
わたしは彼らが騎士団本部会議室で行っていた、会議とも呼べない会議について話してしまった。
わたしが話し終えると、周囲の貴族たちは興味津々の表情を浮かべてざわつき始めた。ひそひそとした声が交わされる中にクスクスと笑い声を混じえ彼らを見つめていた。副団長たちはまるで世界の終わりを迎えたかのように項垂れている。
「それだけじゃないよね?」
「うん、彼女たちの恋愛相談にも付き合ってたの!」
「「きゃぁぁぁ!!」」
「わーーーーーー!!」
「んーーーーーー!!」
クイントが続きを促すと、ヴィヴィアナ様とジュスティナは声を合わせてて叫び、セラフィーナは取り乱した様子で声を荒げ、セラフィーナは口を押さえたまま声にならない声で唸った。
しかし、止めようと思っていても、わたしの口は止まらない……!
「あのね、彼女たちは——
わたしは彼女たちの恋愛についての悩みさえも、大勢の前で話してしまった。周囲の貴族たちは彼女たちに温かい視線を送っている。
ヴィヴィアナ様とジュスティナは真っ赤な顔を両手で隠し、セラフィーナは同じく真っ赤な顔をしつつも目を閉じ両手を握りしめてプルプルと震えている。エヴァリーナに至っては、口を押さえたままその場に蹲っていた。
「セラフィーナはわたしの従姉で相談に乗っていたの。そして、エヴァリーナはわたしの同期で話を聞いていたの。それと、ジュスティナはわたしの後輩で状況の説明をされたの。それで、ヴィヴィアナ様はジュスティナの友人で胸の内を打ち明けられたの」
会場にはチョコの力に逆らえないわたしの、淡々とした声が響いた……。




