1-6 な、何が起きたの!?
「ミュッテル伯爵家って没落寸前って言われていたわよね?」
「投資事業で成功して持ち直したんですって」
「なるほど……。凄い趣味よね」
「ええ、目がチカチカするわ……」
わたしは今、父に買ってもらった黄色のドレスに身を包み、同期であるエヴァリーナと共にミュッテル伯爵家主催の舞踏会に参加している。エヴァリーナは濃紫のドレスを身に纏い、落ち着いた気品を漂わせている。
ミュッテル伯爵邸は、煌びやかさと少々行き過ぎた装飾が混在していた。度を超えて金箔で縁取られた壁や天井、必要以上に多くのクリスタルがぶら下がった燭台はギラギラと光を放っている。その派手さは一瞬目を奪うが、どこか統一感に欠け、品格というより圧迫感を与えている。
フロアを覆う真紅の絨毯自体は高価な品のようだが、その上にはまったく調和しない安っぽい金色の文様が刺繍されている。会場内の花の装飾もやりすぎた感があり、所狭しと並べられたカラフルな花々が、むせ返るような香りを漂わせている。
舞踏会という優雅さを目指しながらも、やや過剰に、そして自己顕示欲に満ちた光景に見える。
貴族たちがあちらこちらで会話に花を咲かせ、軽やかな笑い声が響いていた会場が、不意に静寂に包まれ、すべての目がエントランスに向けられた。
そこには第三王子であり第一騎士団副団長のアルベルト殿下と、その婚約者であるヴィヴィアナ・ケルバレオン公爵令嬢の姿があった。アルベルト殿下は純白の礼装を、ヴィヴィアナ様は青いドレスを纏っている。彼らの麗しい姿は会場全体を一瞬にして魅了した。
続いてエントランスから現れたのは、第三騎士団副団長のレオポルト・クリサルトン様と第四騎士団副団長のランバート・サーペンタイン様だった。それぞれがパートナーの令嬢を伴っている。
紺の礼装姿のレオポルト様がエスコートしているのは、黒地に赤い刺繍が施されたドレスを纏ったジュスティナ・ジェンティリアン辺境伯令嬢だ。二人が歩みを進めるたびに、彼らの気品と威厳が周囲に広がっていく。
一方のランバート様は黒の礼装に身を包み、深紅のドレスを纏うセラフィーナ・ラトラーリオ伯爵令嬢を引き立てながら歩いていた。普段の騎士服姿とは異なる彼女の姿は、見る者を新鮮な驚きとともに惹きつけ、会場の注目をさらっていた。
絢爛豪華な装飾が施された正装のミュッテル伯爵が、にこやかな笑顔で彼らに歩み寄った。彼は招待客たちが見守る中、深々と頭を下げ、アルベルト殿下たちに恭しく挨拶をした。
「アルベルト殿下、そしてケルバレオン公爵令嬢。このような拙宅の舞踏会にお越しいただき、誠に光栄でございます。この瞬間を迎えるために、屋敷全体を整えるのに余念がありませんでした」
伯爵の顔には誇らしげな様子がありありと見て取れる。続いてレオポルト様とランバート様へ、同様に敬意を示しながら挨拶を述べた。
彼らが言葉を交わす中、アルベルト殿下の視線が会場の中心へと向けられた。これを合図にヴィヴィアナ様の手を取り、中央のフロアに向かった。
「皆様、お待たせしました。この舞踏会の幕開けといたしましょう」
アルベルト殿下とヴィヴィアナ様がファーストダンスを披露すると、集まった人々の視線が一斉に二人に注がれる。その軽やかなステップと息の合った動きに、皆が言葉を失ったかのように見入っていた。
そのあと、レオポルト様とジュスティナ、ランバート様とセラフィーナも、流れるような動きで続いた。彼らの優美なダンスが織り成す光景に、会場全体は感嘆の声に包まれた。楽団が奏でる旋律が響き渡る中、舞踏会は本格的に幕を開け、華やかな夜が始まった。
歓談が続く会場内に、突如緊張感が漂い始めた。軽やかな音楽や笑い声とは反対に重い足音が響いた。振り返ると第二騎士団の騎士たちが、機敏でありながら秩序だった動きで会場に足を踏み入れてきた。その堂々とした様子に会場の空気は一瞬で変わった。
「一体何事ですか!? いきなり舞踏会場に踏み込むなど無礼ではありませんか!?」
ミュッテル伯爵が非難の声をあげるも、それを打ち消すように力強い声が響く。
「我々は第二騎士団特務隊である! 陛下の命を受け、これより不正の解明と真実の追及を目的とした捜査を開始する。私はこの場の指揮を執る第二騎士団副団長エルネスト・ルプシアンだ。全員、この場からの移動を禁ずる。我々の捜査が終了するまで、静粛にせよ」
彼の低い声と鋭い視線が、会場の隅々まで走った。彼の登場に貴族たちはざわめき、後ずさる者もいた。
「ミュッテル伯爵」
エルネスト様が伯爵に向き直り、有無をいわせぬ迫力で命じる。
「あなたには重大な不正の疑いがある。この場での言動が貴殿の名誉を守る唯一の道であることを肝に銘じよ。我々は国家の名のもと、邸内の捜索を速やかに行う。妨害する者はそれが誰であれ、反逆者として扱う覚悟を持て」
伯爵は青ざめながらも無理に表情を作り、何とか冷静さを保とうとしているように見えた。
場内には沈黙が流れ、騎士たちは迅速に配置に散った。
会場の飾りつけや大きな家具の隙間、そして他の部屋へと動き出す。金箔の壁が傷つかないように配慮する仕草の一方で、全てを見逃さない気概が滲み出ていた。
エルネスト様は会場の中心に立ち、その場を掌握する存在感を放ちつつ冷静に指揮を執っている。「全員、協力を怠らないように」と告げるその声は、容赦ない威厳に満ちていた。
そんな中、ちらりと横にいるエヴァリーナに顔を向けると、彼女は両手で自分の口を押さえていた。
***
ミュッテル伯爵邸はただならぬ空気に満ちていた。騎士たちが屋敷内の隅々を調査する音が響く中、広間に集まった貴族たちの間では低いざわめきが生まれていた。
「副団長、屋敷内の捜索を終えましたが……特に不正を示すものは発見できませんでした」
騎士の報告に、エルネスト様は表情を変えることはなかった。周囲から見ても、その姿には焦りや戸惑いは微塵も見られない。彼はそのままミュッテル伯爵へ顔を向けた。
「どういうことですか!? 不正などしておりませんよ! 何も発見できなかったのなら、潔白ではありませんか!」
伯爵が声を震わせながら叫ぶが、エルネスト様はその言葉には答えず、ゆっくりと彼へ歩み寄った。
「正直に話す気は無いのだな?」
「私は何も隠してなどおりません!」
エルネスト様は会場の隅に目をやり、ランバート様とセラフィーナに視線を送った。彼らは無言で頷き、それに応えた。
「そうか。ならば、問うまで」
その重く低い声に、場の空気が張り詰めた。
「ミュッテル伯爵は、表向きは合法的な投資事業を装っているが、実際には闇市場や隣国との不正取引に関与し、禁制品や武器、人身売買の資金を流し込んでいた。この事実に間違いはないな? 証拠はどこに隠している?」
エルネスト様は淡々と、しかし確実に全員に届く声で述べた。貴族たちの間には困惑した視線が交錯する。そんな中、黒い執事服を着た老齢の男性がゆっくりと前に進み出て口を開いた。
「間違いありません。旦那様はそのような取引を行っておりました」
「地下の備蓄倉庫の壁が二重になっており、証拠はそこに隠されています!」
老齢の執事に続き、彼と同じ執事服を着た若い男性も明瞭な声で答えた。
伯爵の不正を暴露した彼らだったが、直後、自分たちがしたことに愕然としていた。老齢の執事は顔を歪めて震え出し、若い使用人は激しく首を振りながら、「違うんだ!」と言いたげな様子を見せた。だが、まるで抗えない力に突き動かされるかのように、彼らは声を上げ続け、伯爵の秘密を次々と明らかにしていった。
「お、お前たち、裏切るのか……? どういうつもりだ……!?」
ミュッテル伯爵は彼らを睨みつけながら、忌々しげな声を出した。その歪んだ表情には、怒りだけでなく、隠しきれない焦りと動揺が滲んでいた。
エルネスト様は動じることなく、動揺するミュッテル伯爵に冷徹な目を向けていた。
「ミュッテル伯爵、お前は所詮、操り人形に過ぎない。お前にこの闇取引を仕掛けた者は誰だ?」
「ソルフィニア帝国のインミカス侯爵です! わ、私は何を言っているんだっ!?」
ミュッテル伯爵は驚きの表情を浮かべながらも、慌てて自らの口を押さえようとした。しかし、瞬時にエルネスト様に拘束された伯爵は、インミカス侯爵について話し始めた。
エルネスト様の指示の下、騎士たちは捜索を再開し、やがて隠された証拠を発見した。その証拠が決定的なものであると判断すると、ミュッテル伯爵はその場で逮捕となり、騎士たちによって連行されていった。
「これで事件の全貌が明らかになるだろう。皆の協力に感謝する」
エルネスト様の言葉に、会場内は一瞬の静寂に包まれた後、自然と拍手が起こった。それは、王国の秩序と信念が再び示された瞬間だった。




