1-5 主人公はわたしだ
【CASE9 書記官ルシーナ】
騎士団本部会議室の扉は固く閉ざされ、室内は深い沈黙に包まれ……てはいなかった。ここでは現在、額を赤くした四人の男たちが、険しい表情で顔を揃えていた。
「何かを間違えたのか!?」
「自分の瞳の色の宝飾品を渡したぞ!?」
「なぜ伝わらないんだ!?」
「プロポーズと同義だと部下たちが話していたのは嘘なのか!?」
先ほどから彼らはあーでもない、こーでもないと議論を続けていた。
わたしは会議室の片隅でこの様子を記録しながら、苛立ちを抑えるため、ペンを握る手に力を込めた。
(いけない、このペンは官吏試験に合格した際、父から贈られた大切なものだ。『ルシーナ』と名前が刻まれている)
わたしは机の引き出しから小さな手鏡を取り出し、それを覗いた。そこに映るのは、肩までの黄緑の髪にアンバーの瞳の、非常に険しい顔をした自分……。わたしは眉間の皺を揉み解しながら、口角をあげ、笑顔を作ろうと試みた。
この騎士団本部会議室は、本来なら参謀会議を行う重要な場所である。ここでの恋愛相談などもってのほかだ。
しかし、各騎士団の副団長である彼らは知っているのだ。この騎士団本部会議室は機密性が高く、限られた信頼性の高い者しか入室できない上、厳重なセキュリティが施されており、決して外部へ情報が流出しないということを。
そして、ここでの会話はすべて記録文書として保存される決まりだが、それは開示請求がなければ公開されない上に、仮にそれがあったとしても自分たちの権力で抑えることができることを。
「ヴィヴィアナは勘違いをしていると思うんだ……」
「エヴァリーナが喋ってくれないんだ……」
「ジュスティナが考えていることが分からないんだ……」
「セラフィーナは俺を憎からず思っているはずなのに!!」
バキッ! いけないと思いつつもペンを握る手にさらに力を込めたとき、それは悲惨な音を立てて真っ二つに折れてしまった……。
「馬鹿じゃねぇの……」
父に対する申し訳なさを胸の片隅に抱きながら、わたしは低く重々しい声でつぶやいた。
「「「「ん?」」」」
彼らはその声がどこから聞こえたのかを探し、キョロキョロと周囲を見回していた。わたしはゆっくり立ち上がり、彼らに向けて叫んだ。
もう我慢の限界なのだ……!
「いい加減にしてください!!毎回毎回くだらない話に付き合わせて!!こっちは暇じゃないんですよ!!忙しいんです!!やることがたくさん溜まっているんです!!わたしは書記官だから仕方がないと思ってずっと付き合ってきたけど……。あなたたちはなんですか!?陸に上がった舟のオールを漕いでいるんですか!?それじゃ漕いでも漕いでも進まないんですよ!!立派な紋章を掲げながらその名を汚す気か!?竜は蜥蜴か!?狼は子犬か!?鷲は雀か!?蛇は蚯蚓なのかーーーーーーっ!!結婚したいんでしょう!?だったらそのまま言えばいいじゃないですか!!大切なのはあなたたちの気持ちが相手に届くことなんです!!どうしてそれができないんですか!?形式!?そんなものに縛られてどうするの!!あとで後悔するつもり!?跪くなり、縋るなり、最終手段で脅すなり、手はいくらでもあるでしょう!!体裁だろうがプライドだろうが、そんなもんかなぐり捨てて行動しなさいよ!!それにね!!女性はちょっとくらい強引な方がいいってときもあるのよ!!けれど押してばかりじゃ駄目なのよ!!たまには引いてみるとか考えなさいよ!!いつまでもウジウジウジウジとこの恋愛ポンコツどもがーーーーーーっ!!!!これ以上くっっっだらない話を続けるのなら、各団長だけじゃなく総長と副総長にも報告します!!!!」
はぁ、はぁ……。
酸素を求め、わたしは深く息を吸った。そして、はっと気づいた。
(しまったーーーーーーっ!! この人たちは恐れ多くも各騎士団の副団長様だった……!! しかも第三王子殿下と名門貴族家のご令息方だ……!! しがない男爵令嬢の書記官がこんな態度を取っていい相手ではなかったのに……!!)
「いや、あの、何が言いたいかと言うとですね……」
慌てて体裁(と呼吸)を整えようとすると、じっとわたしを見ていた彼らは、声を揃えて叫んだ。
「「「「せ、先生ーーーーーーっ!!」」」」
「は……?」
彼らは席を立ち、部屋の隅に設置された書記席……つまりわたしに向かって歩いてきた。
図体の大きな男たちが四人も近づいてくると、その迫力にわたしは思わず後ずさった。その際、足が椅子に当たり、そのまま座り込んだ。
「ええと……あの、ですね……」
わたしは弁解の言葉を探したが、彼らの迫力に圧倒され、適当な言葉が見つからなかった。
「わからないんだ、助けてくれ」
「どうすればいいのか、教えてほしい」
「頼む、困っているんだ」
「協力してくれたら、今回の無礼は問わないが?」
「ぐっ……」
第一騎士団副団長、第二騎士団副団長、第三騎士団副団長が口々に訴える中、ただ一人冷静な判断を見せる第四騎士団副団長に痛いところを突かれた。
「いや……わたしも経験に乏しいもので、とてもお力には……」
しどろもどろに答えつつ断る理由を探したが、彼らは威圧的な雰囲気を漂わせながらわたしをじっと見つめた。彼らの鬼気迫る様子に、観念する以外の選択肢はなかった……。
わたしは椅子に座り直し、仕方なく彼らに向き直った。
「わたし、この後に予定があるので、まずお二人から手短に……」




