1-2 続いてお二人、お願いします
【CASE3 第三騎士団副団長レオポルト】
第三騎士団執務室は、活気と機能性が調和している。頑丈な木製の机が並び、その上には書類や道具が雑然と置かれていた。
壁には最新の地図や作戦計画が張り出され、部屋の隅に設置された書棚には必要な情報がすぐに取り出せるよう、効率を重視したレイアウトが施されている。
窓から差し込む光が部屋全体を明るく照らし、執務室は平穏に包まれていた
しかし、執務室の扉を勢いよく開けたレオポルトが自分の机にドカッと腰を下ろすと、その温かな空気は一瞬にして冷たいものに変わった。
周囲の視線がレオポルトに集中する中、彼は固く目を閉じた。
レオポルトが任務先の辺境から帰還し自邸に戻ると、彼の自室のテーブルには幾つもの釣書が並べられていた。母からの「妻を選べ」という無言のプレッシャーだ。
レオポルトが辟易としながら深くため息を吐いたとき、部屋の扉をノックする音が響いた。
「レオポルト様、任務お疲れ様でした。無事に戻られて何よりです。お父様たちはお元気でしたか?」
部屋を訪れたのは幼馴染であるジュスティナだ。彼女はレオポルトの任務先だったジェンティリアン辺境伯家の令嬢であり、現在は行儀見習いの侍女として王城で働いているため王都の別邸で暮らしている。意志が強く芯のある女性だ。
「ああ、辺境伯も夫人もご健勝でいらっしゃる。ハリーも相変わらずだ」
「そうですか。両親も兄も変わりないようで安心いたしました」
隣り合う領地に生まれた彼らは、ジュスティナの兄ハロルドとレオポルトが同い年なこともあり、幼い頃からいつも一緒に遊んでいた。三つ年下のジュスティナが兄の後を追うように加わり、いつしか三人で遊ぶことが当たり前になっていた。ジュスティナはレオポルトにとって妹のような存在だった。
その日の夜のことだ。辺りが静寂に包まれた頃、部屋の扉を叩く音がそれを破った。レポルトが驚いて扉を開けると、そこにはジュスティナが立っていた。
ジュスティナはその瞳に強い意思を宿し言った。「お慕いしています。どうかわたくしと一夜を共にしていただけませんか」と。
ジュスティナの言動にレオポルトは驚きを隠せなかった。心臓が激しく鼓動し、頭の中が真っ白になった。
しかし、レオポルトはその瞬間に気づいた。彼女を妹としてではなく、女性として愛していることに。ジュスティナはいつの間にかレオポルトにとってかけがえのない女性になっていたのだ。
レオポルトはジュスティナの手を引き、ベッドに押し倒した。
ジュスティナの桃色の髪がシーツに乱れ、チャコールの瞳は熱に潤んだ。
「レオポルト様……」
自分の名を呼ぶジュスティナの甘い声……。
(ああ……一生聞いていたい……)
ところが……。
めくるめく夜が明けレオポルトが目を覚ますと、そこにジュスティナの姿はなく、ナイトスタンドには手紙と貨幣の入った小袋が置かれていた。
手紙にはこう書かれていた。
——レオポルト様
昨夜は夢のような一夜をありがとうございました。これが十分でなければ、どうかお知らせくださいませ。
ジュスティナ・ジェンティリアン——
レオポルトは意味がわからず、まるで理解が追いつかなかった。呆然としながらも騎士団本部に向かったレオポルトだったが、様子のおかしい彼を見かねた友人たちが声をかけた。
レオポルトは彼らに状況を説明した。そこで初めて知ったのだ。自分が『愛の対価で甘い夜に誘う男』だと噂されていることを……!!
(なんだそりゃ!?)
レオポルトはどうにかしてジュスティナの誤解を解かねばと、彼女を訪ね、必死に説明した。
しかし……。
「レオポルト様、情事が終わり次第即座に切り捨てるのではなく、段階的に夢から目覚めさせるおつもりでしたのね。そのご配慮、感謝いたします。ですが、わたくしはもう十分でございます。アフターケアは不要です」
ジュスティナは笑顔でそう答えるばかり……。
先ほどジェンティリアン辺境伯別邸を訪れたレオポルトは、ジュスティナに小さなベルベットの箱を差し出した。彼女はそれを開け、レオポルトの瞳のような、ブラックオパールのイヤリングを見つめて言った。
「金額が過分でしたのね!? だからこそ、わたくしにこのような贈り物を……。なるほど、お金をそのまま返すのは無粋ですものね。それならば、ありがたく受け取らせていただきます」
ジュスティナは意思だけでなく、思い込みも強かった……。
ガンッ!
レオポルトは机に額を打ち付け、つぶやいた。
「くそっ……! 今日もダメだった……」
***
【CASE4 第四騎士団副団長ランバート】
第四騎士団執務室は、秘密裏に情報収集と分析が行われる場として機能している。落ち着いた木目の机が配置され、その上には暗号化された手紙やシンボルコードが整然と並べられていた。
部屋の一角には機密資料を保管する鍵付きキャビネットが設置され、情報漏洩を防ぐため、アクセスは限られた者のみが許される。
窓には厚手のカーテンがかかり、外からの視線を遮断している。
外からの視線はカーテンが遮断している……。しかし、周囲の視線は、普段とは様子の異なる彼らの上官、ランバートに集中していた……。
ランバートは自分の席に深く座り、机の前に立つ女性を見つめていた。彼女は副司令官を務めるセラフィーナ。部の名門ラトラーリオ伯爵家の令嬢であり、秀でた剣技と情報分析に長けた勇ましい女性騎士だ。
だが、その勇ましさも今は鳴りをひそめ、どこからどう見ても気品漂う麗しい貴族令嬢の姿に変わっていた。
騎士服を脱ぎ捨て、華やかなドレスを装ったセラフィーナ。砂色の髪を緩やかに結い上げ、控えめなメイクながらコーラルの瞳が際立っている。艶めく唇に白い首筋、露わになった鎖骨は上品な魅力を放ち、細い腰と豊かな胸が魅惑的な曲線を描いている。
彼女の眩いばかりの美しい姿に、ランバートは思わず息をのんだ。
(ああ……一生見ていたい……)
「どうだ? なかなかいい女だろ?」
滅多に見ることのできない彼女の令嬢らしい姿に惚けた表情を浮かべていたランバートだったが、セラフィーナの得意げな声で我に返り、厳しい声で言った。
「いや、これでは駄目だ」
「はあ? 何が駄目なんだよ?」
周囲の視線が強さを増すが、ランバートはそれに構うことなく続けた。
「いくら任務とはいえ、こんなにも美しいセラフィーナの姿を見てしまったら、他の男どもがお前に惚れてしまう」
ランバートがそう言うと、ある者は持っていた資料をばらまき、また別の部下は飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「フッフッフ、わたしも自分の素材の良さに驚いたけど、そんな大袈裟に褒めても何も出ないぞ?」
そう言いつつも満更でもない様子のセラフィーナは、赤くなった顔を誤魔化すように冗談めかして笑った。
ランバートは席を立ち、部屋の一角のキャビネットへ近づいた。彼は上着のポケットに入っていた鍵を差し込み、中から小さなベルベットの箱を取り出した。
「セラフィーナ、これを」
セラフィーナの正面に立ったランバートは、彼女にそれを差し出した。セラフィーナは受け取った箱を開け、一瞬の間を置いてランバートに尋ねた。
「……これは?」
ランバートは箱から自分の瞳とよく似た、深紅のピジョンブラッドルビーのブレスレットを取り出し、セラフィーナの細い手首にそれを嵌めた。
「お前のものだ、外すなよ?」
ランバートがセラフィーナを見つめる。周囲には誰のものかわからないゴクリという固唾をのむ音が響いた。
ランバートはセラフィーナの白い肌に輝くルビーを見て優越感に浸っていた。だが、セラフィーナはブレスレットをじっと見つめ、疑問の表情を浮かべた。
「どうやって使うんだ? これ」
「は?」
「音声や映像を記録できたりするのか?」
「…………セラフィ、お前はそれを何だと思っている?」
「何って、任務で使う魔道具だろ? まさか転移装置なのか!?」
「それは記録装置でも転移装置でもない。ただのブレスレットだ」
ランバートの声が低くなり、室内の温度もそれに合わせて冷え込んでいくのを感じた部下たちは、静かに、しかし我先にと執務室を出ていった。
執務室の中は、ランバートとセラフィーナの二人きりになった。
「セラフィ、気づいていない振りはやめろ」
「ん? 振り??」
ランバートはセラフィーナに鋭い視線を向けた。
「素直になれと言っている」
「普通に素直だけど??」
「俺は本気で……」
「あぁっ! しまった! わたし、更衣室に懐中時計を置いたままだった。もう着替えてもいいよな? ついでに取ってくる」
セラフィーナは慌てた様子で執務室を出て行った。
ガンッ!
ランバートは席に戻り、机に額を打ち付け、つぶやいた。
「チッ……! 今日もダメだった……」




