2-4 隠密行動……失敗!
翌日、わたしたちはトレス離宮に向かうべく庭園の隅に集まっていた。休日とはいえ城内を不審に歩き回れば目立ってしまうため、怪しまれないよう、それぞれいつもと同じ制服を着ている。
「本当に行くの……?」
「もちろんです! 絶対に何かあるんです!」
「そうね、もし本当に怪しい人物が潜んでいたら、エルネスト様たちに報告しないと!」
わたしたちは肩を寄せ合い、小さな輪を作った。互いに視線を合わせながら手を重ね、士気を高めるように力を込めた。
「さあ、行きますよ!」
「ええ!」
「わかったわ」
ジュスティナを先頭に、城内の外れにあるトレス離宮を目指して歩き出す。初めは普段と変わらぬ足取りだったが、離宮の姿が遠目に見えてくると、自然と歩調は慎重になった。
トレス離宮は、時の流れを拒むかのような静寂に包まれていた。古びてなお美しく整えられた前庭には、王族の存在の名残が感じられる。低木の間を渡る風が年月を重ねた石壁にそっと触れ、木々の影が揺らめくたびに、わたしの背筋はわずかにざわめいた。
「本当に来ちゃったわね……」
わたしは周囲を警戒しながらつぶやく。ジュスティナは好奇心を隠せない様子で目を輝かせ、エヴァリーナは真剣な眼差しで離宮を見つめている。
「——」
そのとき、かすかな話し声が聞こえ、わたしたちは慌てて木の陰に隠れた。見つからないように注意しながら離宮の玄関へ視線を向けると、開いた扉から出てきたのは、護衛の騎士に囲まれた国王陛下だった。
(誰も住んでいないはずの離宮に国王陛下……?)
驚きに息をのむ。しかし、その場を冷静に見つめていたエヴァリーナが、小さく首を傾げた。
「おかしいわ。陛下の護衛なら、近衛騎士がつくはずなのに……」
エヴァリーナの指摘に不穏な違和感が胸をよぎる。 通常なら王族の護衛は純白の騎士服を纏う第一騎士団の近衛騎士が務めるはずだ。けれど、陛下を警護しているのは黒い騎士服を着た第四騎士団の騎士だった。
(やはり、この離宮には何か重大な秘密が隠されているのだろうか……)
わたしたちは息をひそめ、彼らの気配が消えるまでじっとその場をやり過ごした。
辺りに静けさが戻り、わたしたちは顔を寄せ次の行動を探った。
「どうする?」
「引き返す?」
「様子を見る?」
そう囁き合いながら考えを巡らせていた次の瞬間、再び人の気配が近づくのを感じた。
「誰か来たわ! エヴァリーナ、ジュスティナ、隠れて!」
わたしは二人の手を引き、低く身をかがめ再び木の陰に隠れた。
そこに現れたのは、ヴィヴィアナ様とジェフリー・シュタイナー子爵だった。
彼らの突然の登場に、わたしたちは驚きの視線を交わした。
(なぜ彼らがここに……!?)
しかし、その様子はどこか不自然だった。
前を歩くヴィヴィアナ様は不安そうな面持ちで、彼女のすぐ後ろにはシュタイナー子爵がぴたりと付き、警戒するように視線を巡らせていた。
「先生……おやめになった方が……もし本当にそれがここにあるのでしたら、密かに厳重な警備が敷かれているはずですわ……」
「すまない、ヴィヴィアナ嬢。貴女に危害は加えない。だが、私の目的は果たさなければならない。そのためにも、今は私の言う通りに従ってほしい」
離宮の玄関にたどり着いた彼らは、静かに離宮の扉を押し開いた。ヴィヴィアナ様は一瞬ためらうように立ち止まったが、シュタイナー子爵に促されるように、離宮へと入っていった。
わたしたちは無言で頷き合い、彼らの後を追った。
普段誰もいないはずの離宮は、予想以上に整えられていた。長い廊下の壁には手入れの行き届いた装飾品が並び、かすかに漂う香りから、定期的に掃除が行われていることがわかる。
わたしたちは前を行く彼らに気づかれぬよう、物音を立てず慎重に足を進めた。やがて、まっすぐ延びる廊下の先に、地下通路へ続く扉が見えた。
彼らは扉を開け、地下へ続く階段を下りていった。
コツ、コツ、コツ……。
規則的に響いていた足音が止み、彼らは灯りの漏れる扉の前で立ち止まった。
細心の注意を払いながら彼らの後を追ったわたしたちは、壁の陰からじっとその様子を窺っていた。
キィィ……
ヴィヴィアナ様が扉を押し開け中に入ると、その場の空気が一変した。
「ヴィヴィアナ嬢!?」
「ジェフリー・シュタイナー!! やはり一連の事件は貴様の犯行か!!」
聞き覚えのある声が響き、同時に数人の足音が重なる。剣を抜く鋭い音が空気を裂く。
わたしたちは視線を交わし、扉を指差し頷く。騒然とする場の混乱に紛れながら扉の前へと進み、わずかに開いた隙間から部屋の中を覗いた。
「やっぱり! エルネスト様とランバート様ですね」
「エルネスト様が言っていた特殊任務ってこのことだったのかしら」
ジュスティナとエヴァリーナの囁きをかき消す低い声が、その場を支配する。
「動くな!!」
小型のナイフを握ったシュタイナー子爵が、ヴィヴィアナ様の背後に立ち命じる。目の前では数人の騎士たちが剣を構え、張り詰めた空気が場を覆った。
「そこをどいてもらおうか」
ヴィヴィアナ様を人質に取り、シュタイナー子爵は騎士たちを睨みつける。
「やめるんだ!」
「お前の目的は何だ!?」
焦燥の滲む声が飛び交うが、人質を取られた騎士たちは動けない。
シュタイナー子爵はゆっくりと正面へ回り込む。対峙する騎士たちは、敵との間合いを保とうとじりじりと後退した。
ただならぬ緊張に、わたしたちはゴクリと唾をのみ、指先すら動かせずにいた……
「くしゅんッ!」
……と思ったら、一番低い位置で覗いていたジュスティナの鼻先に、真ん中で覗いていたエヴァリーナの髪がふわりとかかった。ジュスティナがくしゃみをすると、反射的にエヴァリーナが頭を上げ、その勢いでいちばん上で覗いていたわたしの顎に彼女の頭がぶつかった。
「「いたぁっ!」」
そのままバランスを崩したわたしたちは、部屋の中へなだれ込んだ。
バンッ! ドサドサ、ドサーッ!
「誰だ!?」
シュタイナー子爵の声が響き、その視線がわたしたちをとらえた。即座に反応したエルネスト様はわたしたちを見て驚きに目を見開く。一方、ランバート様は訝しげな表情を浮かべていた。
「お前たちは何者だ!?」
シュタイナー子爵の問いに、わたしたちは体を起こし答える。
「行儀見習いの王宮侍女です!」
「騎士団所属の事務官です」
「同じく書記官です……」
軽く息を吐いたヴィヴィアナ様が、冷めた目で続いた。
「先生……彼女たちはわたくしの友人ですわ……」
そのとき、一瞬周囲が静かになり、わたしたちはその存在に気づいた。
ヴィヴィアナ様とシュタイナー子爵の背後には、頑丈なガラス付きの額縁に収められた肖像画が荘重に飾られていた。




