2-1 わたしはただの書記官です
騎士団本部会議室。ここでは現在、四人の男たちが顔を揃えていた。
純白の騎士服を装った第一騎士団副団長のアルベルト殿下が、固く目を閉じ言った。
「やはり、女性というのは年上の家庭教師に憧れを抱いたりするものなのだろうか」
「性別は関係ないし、誰もがそうではないと思います」
わたしは、買ったばかりのお気に入りのペンを走らせながら、表情を変えることなく冷静に答えた。
臙脂色の騎士服に身を包んだ第二騎士団副団長のエルネスト様が、眉をひそめながら静かに話し始めた。
「任務でしばらく会うことができない。その間に彼女の心が離れたりしないだろうか」
「エヴァリーナなら大丈夫だと思いますよ?」
わたしは、買ったばかりのお気に入りのペンを走らせながら、(以下略)
紺色の騎士服を纏った第三騎士団副団長のレオポルト様が、険しい顔つきのまま低い声で述べた。
「マリッジブルー? とはどういった症状なんだろうか」
「ジュスティナに限ってそれはないと思いますけど」
わたしは、買ったばかりの(以下略)
黒い騎士服を着た第四騎士団副団長のランバート様が、腕を組み冷静な声で続けた。
「もうちょっとこう……甘いムードにもっていきたいんだが、どうすればいいだろうか」
「セラフィーナにそれを求めるのは無理かと……」
わたしは、(以下略)
共通の目標に向かって進んでいた彼らは、つい先日、愛する女性とのすれ違いを乗り越え、想いを通じ合わせることに成功した。
だというのに恋の悩みは尽きないらしく、またしてもわたしに相談を持ち掛けてくる。
わたしはペンを置き、ふぅっと息を吐いて彼らに告げた。
「あの、もういいですか? 今夜は舞踏会ですよ? そろそろ準備しないと遅れますよ? パートナーを待たせるおつもりですか?」
部屋に掛けられた時計を指差すと、彼らは慌ただしく会議室を出て行った。
***
舞踏会場の中央では、一組のカップルが注目を浴びていた。
彼女の青い髪は濃淡のある鮮やかな色合いを持ち、動くたびに幻想的な輝きを放っていた。テラコッタ色の瞳は煌めきを湛え、長いまつ毛が視線の力強さを際立たせる。
鼻筋はすっと通り、顔立ち全体に洗練された印象を与えている。唇はふっくらとして艶めき、弧を描けばまるで花びらがそっと開くような優雅さが漂う。
輪郭は流麗なラインを描き、そのすべてが絶妙なバランスのもとに調和している。光沢のあるオレンジのドレスの裾はしなやかに揺れ、繊細な装飾が彼女の美貌をさらに引き立てる。
彼女がそこにいるだけで空間は華やぎ、まるで会場全体が彼女の美を讃える舞台となっていた。
そんな彼女の手を握るのは、水色の髪を持つ男性。彼女を見つめるタンジェリンの瞳には明らかな熱がこもり、彼女への深い愛情が滲んでいた。彼が迷いなく彼女を引き寄せると、彼女は恥じらいながらも幸せそうに微笑む。
「オーレリー様とロレンツィオ様だわ。喪が明けたのね」
クイントが差し出したシャンパンを受け取りながら、わたしは彼らに視線を向けたままぽつりと漏らした。
「誰のこと?」
シャンパンで喉を潤したクイントが首を傾げた。
「クイント知らないの!? オーレリー様はシュタイナー子爵家のご令嬢で、幼い頃から病弱だったため領地でご静養されていたのよ。三年前、十六歳のときに快癒されて王都の社交界にデビューした途端、その絶世の美貌でたちまち話題になったのよ?」
「シュタイナー子爵領って医術に秀でた療養地だったよね? ふーん、確かに美人だけど僕にはルシーナの方が綺麗に見えるな」
「ゴホッ……!」
恥ずかしげもなくさらりと甘い台詞を口にするクイントに、シャンパンを喉に詰まらせる。
(美しい人って、美醜の判断基準がちょっと違うのかしら……)
咳き込みながら息を整え、ちらりとクイントを見上げると、彼はまるで何事もなかったかのように涼しい顔で微笑んでいた。
わたしは視線を舞踏会の中央へ戻し続けた。
「隣にいるのはロレンツォ・アルヴァ伯爵令息で、彼女の一つ年上の婚約者よ。オーレリー様に一目惚れした彼は、彼女に何度も情熱的なアプローチをしたの。最終的に、彼女がそれを受け入れたのよ」
「へぇー」
クイントはわずかに視線を向けたものの、気のない返事をしながらシャンパンのグラスを軽く揺らした。
「彼らの結婚が間近に迫ったころ、彼女の父であるゲオルグ・シュタイナー前子爵が亡くなって、喪に服すことになり婚礼は延期されたの」
「そうなんだ」
わたしたちが彼らについて話していると、ふいに背後から声がかかった。
「クイント、ルシーナ嬢、少し話せるか……」
「ええ……えっ!?」
振り向くと、そこにはアルベルト殿下が立っていた。陰鬱な雰囲気を漂わせながらも、その表情は妙に険しい。
「ど、どうしたんですか……」
わたしが恐る恐る尋ねると、アルベルト殿下は会場の一角を指差した。
「あれを見て……どう思う?」
彼の示す方向に顔を向けると、彼の婚約者であるヴィヴィアナ様と、少し年上の青年が親しげに話していた。
「あれは、ジェフリー・シュタイナー現子爵ですね……」
つい先ほど話していたオーレリー様の兄である、彼女と同じ色を持つ青年が、ヴィヴィアナ様に穏やかな笑みを向けている。
「彼は一時期ヴィヴィアナの家庭教師を務めていたんだが、父の喪が明けて陛下への襲爵の拝謁のため登城した際に、ヴィヴィアナが彼を見かけて声をかけた。それからというもの、何かと二人が一緒にいる場面が目につくんだ」
その言葉を聞いて、会議室でのアルベルト殿下の発言を思い出した。
『やはり、女性というのは年上の家庭教師に憧れを抱いたりするものなのだろうか』
(なるほど、あれはこのことだったのか)
アルベルト殿下は拳を固く握りしめながら、苦々しい表情で彼を睨みつけている。
「初こ——「いや、でも別に変なことじゃないですよね! 教師と教え子っていうだけですし!」
クイントが余計なことを言い出しかけたのを察し、慌てて彼の声に被せるように、アルベルト殿下に答えた。
「しかし、僕の勘は告げている。奴は怪しい!」
(それ、ただの嫉妬なんじゃ……)
アルベルト殿下はわたしに向き直り、両手を合わせて軽く頭を下げた。
「頼むルシーナ嬢! ジェフリー・シュタイナーについて調べてくれないか?」
「えっ? わたしがですか!? わたしはただの書記官ですよ!?」
「そんな大袈裟なものでなくてもいいんだ。ヴィヴィアナが彼に言い寄られていたりしないかとか、その程度でもいいから!」
「ご自分で訊けばいいじゃないですか!」
「それはできない! そんなことを訊いたらヴィヴィアナに狭量な男だと思われてしまう!」
殿下は懇願するように、焦燥を滲ませ言葉を重ねる。その切実な様子に、周囲からちらちらとこちらを窺う視線を感じる。こんなところで長々と話していれば、あらぬ噂が立つのは避けられない。
わたしは抗うのを諦め、仕方なく頷いた。
「わかりました……。聞くだけですからね?」
「ああ、恩に着る!」
殿下は安堵の色を浮かべると、すぐに踵を返して去っていった。
その背を見送りながらクイントに視線を向けると、彼はわたしを見つめ、楽しげに微笑んでいた。




