第五章 憑依型に必要なもの(後編)
■人生経験の差の影響
憑依型にとって必要なものとして3つ掲げたうちの、最後の人生経験について解説します。
小説の創作において、人生経験が様々な面で影響することは、どなたでも分かるとは思います。ですが、「若いから小説を創作できない」ということもありません。
でも、年配の作家と若い作家を比べた時、人生経験がアドバンテージになっているのも事実です。これは執筆スタイルに関係なく言えることです。
しかし、憑依型にとって必要なものとして挙げているのには、それなりの理由がありますので、ここでは、「なぜアドバンテージになるのか」と「憑依型にとって、そのアドバンテージがどのように働くのか」を紐解いてみます。
そして最後に、「人生経験が少ない憑依型は、どうやってそのアドバンテージを埋めるべきか」も考えようと思います。
人生経験とひと言で済ませていますが、その言葉が意味するものは、非常に多く含んでいます。
・年齢
・経歴(学生、職業、病気、刑罰、etc)
・喜怒哀楽の瞬間
・成功と挫折
などなど、歳を重ねた分だけ、様々な経験を重ねた(素材や情報を蓄積した)ことになり、その経験が小説を執筆する際に、リアリティを生みます。深みや厚みとも言えますね。
例えば、容疑者として警察からの取り調べを受けているシーンを描写するとします。
逮捕歴がある人なら、自分の経験を活かしてリアルな描写が可能です。
でも逮捕歴が無い人が書くと、テレビドラマなどで見た知識を元にした想像による描写になるので、どうしても逮捕歴がある人よりもリアリティが薄れます。下手したら、ウソだらけにもなりかねません。
これは、性別や職業経験、病歴など様々なことに言えますが、実際に経験している人と未経験の人による想像では、どうしても差が出ます。それが人生経験の差と言えます。
そして、本人が経験していなくても、人生経験が豊富な分、様々な人を見てきているので、リアルな情報も多くなります。
10代の作家でも、家族や学校、習い事やバイト先と、ある程度の範囲でリアルな情報は得られます。
ですが、50代の社会人になると、家では子供が産まれた時から成人して社会人になるまで見てきていますし、会社でも上司が定年するまで見ていたり、新人が出世していくのも見ていたり、結婚して寿退社する女性社員も見ているし、独身のままお局様になるのも見ていたり、同僚が結婚して結婚式のスピーチをしたり、飲みに行った帰りに警察に職務質問されたり、車を運転していたらぶつけられて救急車で運ばれて入院するはめになったり、と、小説に活かせる素材や情報が大量に蓄積されているんです。
■憑依型にとっての人生経験の効果
では、人生経験によるアドバンテージが、憑依型にとって、どのように影響するのかを解説します。
第一章でも述べましたが、脳内で妄想を始める際に、サラッと曖昧な感じで人物像を作り、そこから妄想を捗らせていくなかで、肉付けしていきます。
25歳の男性で妄想開始。
→会社勤めで独身、恋人なし。
→休日は趣味のフットサル。
→入社3年目の会社では、最近ようやく後輩ができた。
→仕事は順調に見えて、不満もある。
→その不満とは、他部署から毎回高圧的にものを言われる。
→そして今日、ついに口論になってしまい、上司にまで報告がいってしまった。
→上司からは「ハイハイ言って聞き流せ。ムキになって相手なんかするな」と適当に流された。
→上司には自分の味方になって、相手の部署に文句くらい言って欲しかった。
→凹んでいると、同じ部署の先輩(女)から飲みに誘われ、慰めてくれた。
→翌日には完全復活。
と、こんな感じでどんどん人物像に肉付けしていきます。
この例えを見て解かるかと思いますが、私自身が25歳男性会社員の経験があるし、年齢を重ねながらも25歳男性会社員を何人も見てきました。だから、肉付けがスイスイできてしまうんです。
ですが、同じ憑依型でも、10代の作家が同じことをやろうとすると、肉付け自体はできないわけではないと思いますが、どうしても体験や情報が少ない分、ここまでの厚みを持たせるのは厳しいと思います。
つまり、妄想を拡げるには、知識や経験が少ないと限界があると言えます。
もう1つ、ネットで他の作家の小説を読んでいて、個人的に凄く気になる点も話したいと思います。
若い作家さんの作品で気になるのが、キャラのセリフやモノローグ、地の声などの敬語の使い方。敬語って、人生経験がモロに出ると思うんです。
中学生や高校生でも敬語は使えますが、どうしても誤用や抜けがありがちです。対して社会人経験が長ければ、仕事のなかで取引先や上司などとの敬語を使った会話を数えきれないほど経験していますので、小説でもそれが自然に出せます。
脳内で25歳の男子社員でキャラを作って妄想している段階では、敬語なんてどうでもいいかと思いますが、それをアウトプットした時に、会社で上司や先輩との会話シーンで敬語がデタラメだと、途端に嘘っぽくなってしまうんです。いくら話の展開が面白くても、敬語の使い方だけで台無しにしてしまうこともあるのです。
つまり、妄想段階では誤魔化しが効くことでも、文章にすると誤魔化せない。これは憑依型にとっては、落とし穴ではないかと思います。
ここまでで、人生経験の差が小説創作において影響が大きく、憑依型作家にとっても無視できないものだということは、ご理解頂けたかと思います。
■人生経験が乏しい人はどうする
ここからは、人生経験が乏しい作家はどうすれば良いかを考えたいと思います。
まず最初に思い浮かぶのは
『知らないことは、最初から取り扱わない。知っていることを取り扱う』
具体的に言うと、高校生の作家なら、高校生や中学生を題材にする。
これなら、50代の作家よりもよっぽど『今の時代にあったリアルな話』を描くことが可能。若いからこその武器とも言えます。
でも、私もそうですけど、同じような話ばかり書いていると、作家のほうが飽きてしまうんですよね。高校生だって、社会人や中年の話を書きたくなるかもしれない。経験が無いと書けないと言っていたら、それこそ、異世界物などのファンタジーなんて、一生書けないということになってしまう。
なので、当たり前の話になってしまいますが、積極的に様々なことへ目を向け、チャレンジしてみること。パソコンに向かって小説ばかり書いていないで外に出て、社会の営みに目を向けるのです。
外国人が困っていたら声をかけ
可愛い子が歩いていたら声をかけ
子供が迷子になっていたら声をかけ
気になるお店があったら一人で入ってみたり
散歩している老夫婦と遭遇したら敬語で挨拶をして
帰り道にコンビニに寄って店員のサボリぶりを観察して
夕飯の席で「可愛い子がいたから声をかけたら無視された」と家族と会話して
と他人と関わって、少しずつでも情報を仕入れる。
そして、ただ情報を仕入れるだけでなく、その情報を贅肉にせずに血肉になるように、よく咀嚼する。
別にナンパを推奨しているわけではなく、小説で「自分とは別の人物」を描こうとするなら、自分の殻の外にある他人の情報を、意識的に取りに行くべきです。
最後だけ精神論みたいになってしまいましたが、人生経験ばかりは努力でどうにかなるものではないので、『無理に背伸びせずに、今できること(持っているもの)で戦うしかない』というのが、私の結論です。
憑依型作家にとって3つの必要なものを解説してきましたが、この3つが無くても小説は書けます。『無いと書けない』と言いたいわけではありません。
ですが、作品のリアリティや厚み、完成度に大きく影響するものだと、ご理解頂ければと思います。




