第八章 言語化した理論を実践
■理論の実証
ここまで素人作家が理屈をこねて偉そうに述べてきましたが、これらの理論を実際に実践で示したいと思います。
要は、憑依型役者タイプで、物語の導入を実際に書いてみます。
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本日、妻のマリコに内緒で有休を取った。
朝はスマホの目覚ましでいつもと同じ6時に起床して、軽くシャワーを浴びて作業着に着替えると、食事もせずに車に乗って自宅を出た。
この半年、食欲が激減してお陰で体重が10キロ落ちた。
お酒が飲めない俺は食べるのが趣味ってくらいで、結婚前にマリコから手料理をご馳走になった時に『こんなに料理上手の人が奥さんになってくれたらどんなに幸せなんだろう!』とその場でプロポーズしたくらいだ。
なのに、今じゃマリコの手料理なんて臭い嗅いだだけで吐き気がして、何度か無理矢理口に押し込んでみたけど、シンクにダッシュしてゲーした。
そんな様子に最初こそ体調を心配してくれていたが、マリコも次第に慣れると何も言わなくなった。それどころか、最近スマホをチェックしたら、『旦那マジやばいかもw自宅あるし保険金も貰えて一生遊べるわwww』とLINEに残っていたの見た時は、流石に殺意を覚えた。
一度職場に行き、別の車に乗り換えると直ぐに自宅に戻り、自宅の玄関と庭が見える位置に停車してエンジン切って、その時を待った。
俺は今32歳。
父親が経営する会社で働いている。
大学卒業後は別の会社で働いていたが、25の時に父親の会社へ転職した。
こう言うと、経営者一族の御曹司の様に聞こえてしまうが、全くそんなことは無い。
次期社長は10歳上の本家筋の長兄が継ぐことが決まっているし、俺は所謂妾の子だ。
出産時にきちんと認知されてそれなりに養育費を貰っていたらしいが、母はずっと独身で苦労しながら育ててくれた。
けど俺が25の時、父親の代理だと名乗る弁護士がやってきて、今の会社への転職を要請された。
母は俺が実父の会社に迎え入れられることに喜び、俺が杉崎家に認められたことに、『自分の苦労が報われた』とまで言った。
しかし、いざ杉崎家の面々と初めて対面すると、その場で取引先の社長と娘を引き合わされ、自分の役目を悟ったが、母の喜んだ顔を思い出すと転職とお見合いの要請には逆らうことが出来なかった。
俺の人生、何の意味があったんだろう。
望まれず疎まれる中で産まれ父親の顔を知らずに育ち、金で買われて転職して用意されてたお見合い相手のマリコにはまんまと騙され、今じゃ生きる屍だ。
そんな俺の様子に最初に声を掛けてきたのは、意外にも長兄のケンゴさんだった。
苗字違うし社内では一族以外は俺が腹違いの兄弟だとは知られておらず、俺はケンゴさんを『専務』と呼び、ケンゴさんも俺の事は『片平君』と苗字で呼んでお互いあくまでビジネスライクの態度だった。
結婚披露宴の時には会社関係者として出席して貰ったが、プライベートでは私用で会うことは無かったし、本家のイベントに呼ばれても、俺みたいな疎まれた人間は存在感を消して、コソコソしてるだけだった。
というか、俺を呼び戻した実父以外からは敵認定されていると思っていたほどで、職場でも目を付けられないように注意していた。
そんなケンゴさんが半年前職場で残業中に「どうした?何か悩んでるのなら聞くぞ?」と声を掛けてきた。
最初、何言われたか理解出来ず、無意識に「へ?」とまぬけな声が出た。
けど、言葉の意味を理解しても、俺みたいな妾の子を本家の跡取りが心配するなんてありえないし、マリコのことで精神的に荒んでいた俺は警戒心マックスな態度で「なんでもありません」とキッパリ言い返した。
しかし、ケンゴさんはそれくらいでは見逃してくれず、俺の腕を掴んで立たせると「メシ行くぞ」と言って俺を引き摺るように事務所を出て自分の車に俺を押し込み、車を走らせた。
仕事以外のプライベートで二人きりになったこと無かったし、車中ではケンゴさんもずっと無言だったから俺もずっとだまっていた。
30分ほど車を走らせると、こじんまりとした炉端焼きの店に到着した。
店内はカウンター席が8だけあって他に客はおらず、ウチの母と同年代の女将さんが一人居るだけだった。
「ケンちゃん、いらっしゃい」
「急にすみません。コイツに美味いもの食わせてやってください」
コイツとか言って急に兄貴ヅラして、何が目的だ?
並んで席に着くと、お通しに筑前煮の小鉢を出された。
絶賛食欲減退中だったのに何故か食欲が急に湧いてきて、「いただきます」も言わずに箸を取って、レンコンを一切れ口に放り込んだ。
シャキシャキとした歯ごたえがありつつしっかりと味が染みていて、口の中に染み渡るどこか懐かしい味。
気付けば小鉢は空になっていた。
「オイオイ、がっつき過ぎだろ、何も食ってなかったのか?」
「あ、いえ・・・すみません」
久しぶりのまともな食事に、つい気持ちが緩んで、敵認定されてる相手に弱みを見せてしまったと落ち込んでいると、「コイツお酒ダメなんで、温かいお茶で」と注文してくれた。因みにケンゴさんはボトルキープしてる焼酎を飲んでいたが、帰りは俺に運転させるつもりらしい。
お刺身やカレイの煮つけにエビフライなどが次々と並べられる間、ケンゴさんはチビチビ飲みながら俺に語り掛けてきた。
「お前は俺たちのことが嫌いかもしれない。でも親父は勿論、お袋も俺たち兄弟もお前のことは憎んでない。そりゃ大好きかって言われたら違うけど、少なくとも俺は認めてるつもりだ」
「・・・」
「仕事ぶりもそうだけど、マリコさんや家族のことを大切にしてる姿見てるとな、微笑ましいっていうか、ホッとさせられるんだよ。お袋だってお前のことは『あの子は多少警戒心は強いけど、野心を持たずに自分の立場を弁えている。一人できちんと育てられた咲子さんには悪いことした。もっと早く支援するなり迎え入れてあげるべきだった』って言ってたくらいだ」
「・・・つまり、私には利用価値があるってことですよね」
「お前がそう思うならそれでもいい。でも、それはお前だけじゃないぞ?俺だって同じだ。長男だから杉崎にとっても会社にとっても利用価値がある。だからそれなりの大学に行かせて、それなりの役職につかせて、次期社長だなんて言われてる。だが、もし俺も長男じゃなければ、今のお前と大して変わらんだろ」
「本音を言わせて貰うと、多分そうでしょうね」
「だろ? マサト(次兄)とアカネ(長姉)はそれを理解していない。でもアキト、お前はそれをよく解ってて、それを踏まえて判断と行動して結果も出している。俺はお前のそういうところは買っているつもりだ」
「結果なんて出してませんよ」
「いや、会社では目立たないがコンスタントに実績は上げてるし、評価も決して悪くない。それはお前が意図して、そうしてるんだろ?必要以上に目立って敵をつくらない様に、でも無能とは思われない程度に抑えている。所謂『脳ある鷹は爪を隠す』、違うか?」
あの時、社長である実父よりも長兄で専務のケンゴさんに恐怖を感じ、敵にしてはいけないと悟った。
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と、文体は雑ですが、こんな感じですらすらと書いてみました。
読み返してみると、感情説明一切なしで、主人公の認知で展開を転がしながら、体験で心理状態も全て描写しており、筑前煮の小鉢などの描写で、場の温度感も表現しています。
また、会話シーンは二人だけですが、両者とも説明なしでセリフから人格が読み取れるかと思います。
ただし、これは1話分程度なので簡単に書けてしまいますが、ここから話を拡げて書き続けるのが大変なんですよね。あくまで、理論の実証のためのテストということで。




