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遅くなりました。基本的には土曜日の16時を目指して投稿していきます。
自分で投稿していても設定が変になっていることがありますので、その場合は是非指摘おお願いします。
午後。賢は再び、薄暗く湿った13階層の通路に立っていた。
( 午前中の稼ぎで満足して帰ることもできたが、我妻蓮という「理不尽な怪物」に遭遇した恐怖が、賢を突き動かしていた。 )
( 今の俺の防御じゃ、あのレベルの攻撃には一瞬も耐えられない。……『耐える』のが間違いなんだ。もっと圧倒的な力が要る。 )
だが、その焦りを打ち消すように、賢は刀の柄を強く握りしめた。
「 MI、解析や新しい魔術の構想は並行して進めるが、まずはこのダンジョンの踏破を最優先にする。 」
『 了解しました。現在の装備とスキル構成であれば、第17階層までの単独到達は計算上十分に可能です。最短ルートをナビゲートします。 』
賢は魔力を巡らせ、身体強化を維持したまま歩を速めた。15階層、16階層。賢は一人で突き進んだ。
現れたのはハイ・オークの小隊だ。以前なら苦戦した相手だが、今の賢には迷いがない。
「 ブモォォォ! 」
賢は冷静に軌道を読み、最小限の動きで回避しながら、風刃をエンチャントした刀を閃かせた。
17階層の最奥。広大な空間に佇む「ハイ・オーク・リーダー」を、賢は一撃の元に屠った。
『 第17階層のクリアを確認。周辺に敵性反応はありません。 』
「 ……よし。今日はここまでだな。 」
賢は肩で息をしながら、ドロップした大きな魔石を「ストレージ」へと放り込んだ。
夕刻。地上に戻った賢は、オレンジ色に染まる「WEA支部」のロビーを横切り、換金所へと向かった。
「 お願いします。 」
( 出しすぎるとまた目をつけられる。……少しずつ調整して出すか。 )
賢はストレージから、意図的に選別した魔石と素材をカウンターへ出した。
「 こ、これ……17階層の素材ですよね? お一人で……? 」
受付の女性は驚愕に目を見開いている。
「 ええ、まあ。運が良かっただけです。 」
賢は淡々と答え、5大ギルドの接触を避けるように、足早に支部を後にした。
( もっと強くならなきゃならない。……次は、物理法則そのものに干渉するような、別の次元の力が要る。 )
沈みゆく夕日を背に、賢の意識は早くも自宅での新しい魔術の研究へと向かっていた。
夕食を済ませ、自室の椅子に深く腰掛けた賢は、机の上に一冊の白紙のノートを広げた。
( 第17階層をクリアしたが、あの我妻蓮の殺気を思い出すと、今の力が通用するとは思えない。 )
( 次元の違う力が要る。物理法則そのものを味方につけるような、圧倒的な力が。 )
賢はペンを回しながら、脳内のMIに問いかけた。
「 MI。今、俺は空間を切り取って『収納』することができるようになった。この空間魔術をどうにかして攻撃に使うことはできないか? 」
『 空間の性質を攻撃に転用するということですね。具体的にはどのようなイメージでしょうか。 』
「 例えば、空間を無理やり二つに分ける定義を追加したらどうだ?その境界線にあるものを、空間ごと無理やり引き裂いてしまうんだ。 」
『 ……空間の強制分割。それは、物質の硬度に関係なく、存在する「場所」そのものを断絶させることになります。理論上、防げる物質は存在しません。 』
「 よし、一つはこれだ。……そしてもう一つ。魔術で、力学的エネルギーそのものに干渉することはできるか? 」
『 力学的エネルギー、ですか。 』
「 ああ。これは錬金術は特に関係ない。ただただ魔力の定義を『ベクトルの向きを自在に変える性質』という風に決めるんだ。 」
『 ! ……面白い発想です。魔力そのものに「ベクトルの書き換え」という論理定義を付与すれば、物理法則への直接介入が可能になります。 』
( あらゆる力の『向き』を自由自在に支配する。そうすれば……。 )
賢は興奮を抑えきれず、ペンを走らせる。
「 例えば、俺に向かってくる攻撃のベクトルを180度反転させれば、それはそのまま敵を襲う『攻撃』になる。 」
「この世界の物理法則そのものを演算で支配するんだ。あの連中に並ぶには丁度いいだろ。 」
『 了解しました。仮称「ベクトル操作魔術」の開発を開始します。 』
賢の瞳に、静かな熱が灯った。世界で唯一の、物理法則をハックする魔術師への道が始まった。
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賢はノートに、空間座標を分割するための数式と、運動エネルギーを方向として定義する演算式を書き込み始めた。
「 まず、空間断絶のトリガーは座標の切断点として…… 」
……
……
……
「 次はベクトルの反転定数だ。入力された衝撃 に対して、反射ベクトルを に固定して…… 」
……
……
窓の外が白み始めた頃、賢は最後の一線をノートに引き、深く息を吐いた。
( 終わった。これが、俺だけの『理屈』だ。 )
『 お疲れ様です、賢。全ての演算プロトコルが完成しました。これで明日からの戦いは、文字通り次元の違うものになります。 』
「 ああ。……楽しみだな。 」
賢は軽く目を閉じ、数時間後の実戦テストに備えて短く、深い眠りについた。
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翌朝。賢は高鳴る鼓動を抑えながら、昨日と同じ15階層の入り口に立っていた。
( 今日からは昨日までの俺とは違う。物理法則を味方につけた、新しい戦い方のテストだ。 )
「 MI、まずは『ベクトル操作』のパッシブ展開。反射のフィルター設定を頼む。何でもかんでも反射したら、光まで跳ね返して俺の視界が消えるか、鏡みたいになっちまうからな。 」
『 了解しました。思考プロセスに介入し、賢が「有害」と定義した物質および魔力のみを反射対象として選別します。酸素や光、必要な熱などは透過させ、物理的衝撃を伴うベクトルのみを自動反転させます。 』
15階層の通路を進むと、前方からオーク・アーチャーの放った矢が高速で飛来した。賢はあえて回避せず、そのまま歩みを進める。
キンッ、という乾いた音。矢は賢の肌に触れる直前、目に見えない膜に弾かれたように軌道を変え、力なく後方へと跳ね返った。
( 跳ね返った矢が敵に当たればラッキーだが、まあそう上手くはいかないか。だが、それでいい。意識して避ける必要がないだけで、近接戦闘への集中力が段違いに上がる。 )
『 成功です。矢の反射による反撃効率は低いですが、賢の生存確率は理論上100%に固定されました。次は16階層にて、『空間断絶』と近接戦闘の連携を試しましょう。 』
16階層。賢は重装甲のオーク・シールドバトラーと対峙した。巨大な盾で全身を固めた、本来なら持久戦を強いられる相手だ。
「 踏み込みと同時に『次元断層』を刀身に付与。 」
賢は地面を蹴る力のベクトルを『加速』へ変換し、一瞬で敵の懐へ潜り込んだ。盾を構えるオークに対し、斜め上から刀を振り下ろす。
手応えは全くなかった。空間そのものを引き裂く刃は、分厚い大盾も、その背後の肉体も、抵抗なく一刀両断した。
( 物理的な硬度が関係ない……。まさに絶対切断だ。 )
17階層から18階層にかけて、賢はさらに連携を深めていった。
「 ハッ! 」
空振った刀を戻す際、引き戻すベクトルを『加速』させて次の連撃へ繋げる。あるいは、敵に触れた瞬間にその重心のベクトルを真横へ書き換え、無防備に転倒させる。
近接戦闘の技術と、物理法則をハックする魔術が噛み合い、賢の戦闘力は爆発的に跳ね上がっていた。
『 第18階層のモンスター、全て沈黙。反射によるオートガードがあるおかげで、攻撃に全神経を注げていますね。習熟度は極めて良好です。 』
「 ああ。……体が軽すぎるくらいだ。自分の動きを『定義』できるって、これほど楽なのか。 」
賢は18階層の最奥で刀を鞘に収め、自らの手のひらを見つめた。午前中の練習だけで、彼は確信していた。
( これなら、もうあの理不尽に怯える必要はない。 )




