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翌朝。まだ外が薄暗い時間に、賢は目を覚ました。頭は冴えている。だが、整理しきれていない思考が、脳内を漂っている感覚があった。

昨夜、何度も組み上げては崩した魔術式。その名残が、まだ離れない。


「……やっぱり、簡単じゃないな」


身支度を整えながら、賢は今日の行動を再確認する。

転移の宝玉を使えば、十一階層から探索できる。だが、その前にやるべきことがある。


「MI、空間魔術だ」

『はい。未完成のまま十一階層へ進むのは、リスクが高いと判断します』

「だよな。荷物の問題もあるし、何より――」


賢は言葉を切る。


「逃げ道が欲しい」


ダンジョンへ向かう道すがら、賢はノートを開いた。空間魔術の構想は、昨夜から何度も書き直している。


「単なる収納じゃ意味がない」

『既存の亜空間バッグとの差別化ですね』

「そう。相対性理論の考え方だと、時間と空間は切り離せない」


賢は歩きながら、魔術式を思考上で展開する。


「だから、空間だけを切り取ろうとすると破綻する。実際、昨日も――」

賢は昨夜の失敗を思い出す。魔力で空間を囲い込もうとした瞬間、内部が不安定化し、一瞬で崩壊した。


『空間固定のみの術式では、安定率が極端に低下します』

「時間が未定義だからだ」


空間は存在しているが、そこに流れる時間の扱いが決まっていない。


「だから、時間も一緒に干渉する必要がある」

『時間干渉は、魔力消費が跳ね上がります』

「わかってる。だからこそ、普通の探索者はやらない」

賢は足を止め、魔力を集めた。まずは、失敗してもいい規模で試す。指先ほどの小さな領域。空間を囲い、時間を遅らせる。

だが――

一瞬、空気が歪んだかと思うと、次の瞬間には何も残らなかった。


「……崩れたか」

『時間定義が不完全です。内部と外界の同期が取れていません』

「くそ……」


二度目。今度は時間の流れを強く縛る。歪みは生じた。

だが、次の瞬間、強烈な反動が返ってくる。


「っ――!」


賢は思わず手を引っ込めた。魔力が逆流し、腕に嫌な痺れが残る。


『警告。魔術式が外界の時間に干渉しすぎています』

「制御しきれない……」


三度目。今度は、空間を優先し、時間干渉を最小限に抑える。

結果は、空間が歪んだまま固定されず、勝手に移動するという最悪の形だった。


「……危険すぎる」

『はい。未制御の空間歪曲は、身体の一部が取り込まれる危険性があります』


賢は深く息を吐き、地面に腰を下ろした。


「おかしい。理屈は合ってるはずなんだ」


何が足りない?

賢はノートを見返す。空間。時間。魔力。


「……魔力だ」

『魔力、ですか』

「今まで、魔力を“性質を持ったもの”として扱ってた。

でも、それが間違いなんじゃないか?」


賢は視点を変える。


「魔力は、属性を持っているんじゃない。仕事を与えられて初めて、意味を持つエネルギーなんだ」

『力学的エネルギーに近い定義ですね』

「そう考えると、今までの失敗が説明できる」


賢は、今までの術式を一つずつ潰していく。

時間を「止める」のではない。空間を「切る」のでもない。


「エネルギーに、仕事の内容を命令する」


賢は、小さく魔力を流す。

今回は、形を与えない。変換もしない。ただ、条件だけを与える。

・この領域を保て

・時間の進行を遅延させろ

・外界との干渉を最小限にしろ

一瞬、空気が震えた。

だが、今度は崩れない。

そこには、指先ほどの安定した歪みが存在していた。賢は、小石を拾い、慎重に近づける。触れた瞬間、小石は消えた。


「……完全成功じゃない」

『はい。内部容量は極小。持続時間も短いです』

「でも――」


賢は、はっきりと頷いた。


「方向性は合ってる」


完全な完成ではない。だが、致命的な破綻はなくなった。


「これを改良すれば、亜空間ポケットになる」

『理論の確立を確認しました』


賢はノートを閉じ、立ち上がる。


「よし。この状態で、十一階層に行こう」

________________________________________

転移の宝玉を使って11階層に移動する。


「ここからは、ホブゴブリンなどの上位種が出るんだよな。」

『はい。11階層は特にホブゴブリンが多くいます。ホブゴブリンはただゴブリンが進化しただけでなく、武器や戦術もしっかりと使います。さらに、ホブゴブリンメイジやホブゴブリンプリーストなどもいます。』

「しっかりと、安全第一で行こう。」


魔力視を使って周囲を確認する。近くに3体のホブゴブリンを確認できたので近づいていく。ゴブリンよりも一回り大きく筋肉もある。さらに3匹とも剣を持っている。


「MI、風弾3連起動」


それぞれのホブゴブリンに対して撃つと1体は胴体に当たって血を噴き出しているがまだ倒し切れていない。2体は風弾をよけて警戒しているが徐々に近づいてきている。


「MI、左の1体を魔術でけん制してくれ。魔力量が半分になるまでは事由に魔術を使ってくれ。もう一体と接近戦に移る。それと今倒れているのが起きそうになったら教えてくれ。」

『かしこまりました。』


ホブゴブリンとの距離が一瞬で詰まる。 ゴブリンとは比較にならない質量が、錆びた鉄剣ごと押し寄せてきた。


「――っ!」


賢は正面からの打ち合いを避け、半身になって剣撃を逸らす。 風を切る重い音が、すぐ横を通り過ぎた。魔力膜を展開していなければ、その風圧だけで体勢を崩されていたかもしれない。


(重い。だが、速さはそこまでじゃない)


相手が剣を振り切った硬直。そこが唯一の隙だ。 賢は踏み込む。だが、ホブゴブリンは強引に身体を捻り、裏拳で賢を払いのけようとする。


『右腕、来ます』

「見えてる!」


賢は姿勢を低くし、地面を滑るように懐へ潜り込む。 刀を下から上へ。身体強化で加速させた斬撃が、ホブゴブリンの脇腹――鎧の隙間を切り裂いた。


「グギャッ!?」


悲鳴が上がるが、致命傷ではない。筋肉の密度が高すぎる。 賢は舌打ちしつつ、バックステップで距離を取る。


(皮膚が硬い。生半可な斬撃じゃ骨まで届かないな)

『賢、左の個体への牽制、継続中。風弾による足止め成功率は85%』

「了解。こっちは少し工夫がいるな」


賢は刀を構え直し、イメージを切り替える。 ただの斬撃では浅い。なら、魔術を上乗せすればいい。 朝、空間魔術の実験で掴んだ「魔力に仕事を与える」という感覚。それを刀に応用する。


「MI、刀身に風刃をまとうように、魔術を展開。」

『了解。風刃を刀にエンチャントします。』


刀身が淡い緑色の光を帯び、空気が鋭く鳴く。 ホブゴブリンが怒号と共に再び突っ込んでくる。


「今度は、通す」


大振りの一撃を、賢は紙一重でかわす。 すれ違いざま、横薙ぎの一閃。 抵抗は、驚くほど軽かった。


「……え?」

拍子抜けするほどあっさりと、ホブゴブリンの胴体が上下にずれる。 遅れて鮮血が噴き出し、巨体がどうと倒れ伏した。


『対象の沈黙を確認。切断効率、通常時の3.4倍です』

「ここまで変わるのか……」


賢は血を振り払う。 残るはMIが足止めしている個体と、最初に風弾で倒れた個体だ。 倒れていた個体が起き上がろうとしているのが視界の端に見える。


「MI、そっちは任せた。とどめを刺す」

『了解。風刃、起動』


MIが放った風の刃が、足止めされていたホブゴブリンの首を正確に刎ねる。 賢も起き上がりかけた個体に駆け寄り、強化された刀で心臓を一突きにした。

戦闘終了。 静寂が戻った通路で、賢は大きく息を吐いた。


「……ふぅ。なんとかなったな」

『お疲れ様です。ホブゴブリン3体の殲滅、完了です』


賢は刀を鞘に納め、ドロップ品を確認する。 魔石が3つ。そして、ホブゴブリンが持っていた鉄剣が転がっている。


「魔石はいいとして……この武器だ」


賢は鉄剣を持ち上げてみる。粗悪な作りだが、鉄の塊だ。それなりに重いし、嵩張る。 これを何本も抱えて探索するのは現実的ではない。


「MI、テストの時間だ」

『今朝の空間魔術ですね』

「ああ。戦闘中じゃなくてよかったよ。落ち着いて試せる」


賢は鉄剣を地面に置き、その上に手をかざした。 朝の失敗と成功を思い出す。 空間を無理やり捻じ曲げるのではない。エネルギーに「収納」という仕事を命令し、座標を定義する。


(対象は、この鉄剣。空間座標を、俺の魔力干渉下にある亜空間へスライドさせる――)


賢は魔力を練り上げる。 今朝よりも明確に、強く。 空間に小さな「穴」が空くイメージではなく、空間そのものが「裏返る」ような感覚。


「――収納ストレージ


短く呟く。 すると、地面にあった鉄剣が、水面に沈むように空間に吸い込まれ――消えた。


「……成功か?」


恐る恐る手を伸ばすが、そこには何もない。地面の感触があるだけだ。 だが、賢の感覚の中には、確かに「ある」という手応えが残っている。


「MI、内部の状態は?」

『空間歪曲、安定しています。鉄剣の質量情報を魔力空間内に保存中。取り出しも可能です』

「よし……!」


賢は思わず拳を握った。 これで、ドロップ品の運搬問題が解決する。それだけじゃない。食料、予備の武器、着替え。あらゆる物資を持ち運べるようになる。


「取り出しもテストするぞ」


賢が意識して魔力を流すと、何もない空間から鉄剣がぽとりと落ちてきた。


「完璧だ。……いや、消費魔力はどうだ?」

『展開する際の消費魔力はありますが、亜空間に保管しているので消費魔力はありません。さらは亜空間は一定の座標の性質を持っており、その座標に干渉しない限り同じ亜空間は開きません。』

「重量やサイズが増えれば消費も増えるか」

『亜空間の容量は測り切れていません。したがって、もし広げる必要に名tt場合は展開などの魔力などが増える可能性はあります。』


賢はノートを取り出し、震える手で記録をつける。


「これで、探索の幅が一気に広がる」


賢は顔を上げた。 薄暗いダンジョンの奥が、今は宝の山に見えた。


「行こう、MI。今日はバッグの容量を気にしなくていい。限界まで潜るぞ」

『了解しました。推奨ルートを更新。12階層への道順を表示します』


賢は足取り軽く、奥へと続く通路へ歩き出した。 新たな魔術という武器を手に入れた探索者は、もうただの初心者ではない。 その背中には、確かな自信が宿っていた


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