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スカイフィールドで数日、今の編成を使い込んだ。
飛行型と地上型の連携タイミングはMIの調整で改善され、ガトリングの先読み射撃の精度も上がった。ボス級の相手にも空間分割を安定して使えるようになってきた。
(次に進む頃合いだ)
深海鉄の採取を目的に、海淵へ向かうことにした。
弾丸の属性調整は事前に済ませた。水属性の魔物には電撃が有効だ。風属性を基に「振動数を極限まで高めた空気圧縮」として定義した電撃弾を試作し、生産ラインに追加した。電撃属性30%、風属性50%、土属性20%の新しい配合だ。
◆ ◆ ◆
海淵の入り口は、みなとみらいの海沿いにあった。スカイフィールドの管理棟から少し離れた場所に、岩肌の割れ目のような入り口がある。
入場手続きを済ませ、中に踏み込む。岩穿とは空気の質が違った。湿気が重く、岩肌が濡れている。遠くから波の音に似た低い響きが聞こえてくる。
「壱弐参肆、展開する」
ストレージから四機が出てきた。飛行型の壱弐が天井近くに展開し、地上型の参肆が左右に並ぶ。黒い機体が海淵の薄暗い光の中に溶け込んだ。
『第1階層。主な魔物はシーサーペント、コーラルクラブ、アビスジェリーです。深海鉄の採取ポイントは深層の岩盤帯に集中しています。水没エリアは迂回ルートがあります』
「岩盤帯への最短ルートを頼む。交戦は最小限にする」
今日は人前になる可能性がある。魔術は使わない。近接と刀に徹する。遠距離の牽制はドローンに任せる——それが潜る前に決めていたことだった。
進み始めてすぐ、コーラルクラブと鉢合わせした。硬質の甲殻を持つ甲虫型の魔物だ。壱が上空からガトリングで関節の隙間を削り、参が正面で引きつける。賢は隙を見て刀で継ぎ目に刃を滑り込ませた。一体が沈む。
(ドローンが引きつけてくれている間は、落ち着いて狙える)
3階層まで順調に降りたところで、MIが告げた。
『前方の広間に人間の反応が二つあります。探索者です。戦闘中のようです』
(Dランクで他の探索者と鉢合わせか)
「確認する。敵対的な動きがなければ距離を置いて通り過ぎる」
広間を覗くと、二人の女性探索者が魔物と交戦している最中だった。
一人は黒髪のショートボブ、細身の体格。両手に短い剣を持ち、シーサーペントの動きを読みながら正確に間合いを刻んでいる。動きに無駄がない。もう一人は茶色のポニーテール、体格がしっかりしている。大きな剣を軽々と扱い、コーラルクラブ二体を同時に相手にしながら笑っている。
二人とも、強い。
賢は一目でわかった。身体に技術が染み込んでいる種類の強さだ。自分とは、戦い方の土台が違う。
ポニーテールがコーラルクラブの甲殻の継ぎ目に剣を滑り込ませて一体を仕留め、振り向きざまに二体目も沈めた。ショートボブはシーサーペントの突進を最小限の動きでいなし、双剣の連撃で仕留めた。一連の動作が淀みなく続く。
戦闘が終わり、二人が一息ついたところで——
「わあっ!」
ポニーテールの方が賢を見つけて声を上げた。
「いたの気づかなかった、びっくりした!……って、ソロ?」
視線が四機のドローンに向いた。
「……あれ、ドローン?」
「そうだ」
「自分で作ったんですか?!」
「作った」
「すごい!!」
ショートボブの方は魔物の確認をしながら、横目でこちらをちらりと見ていた。表情は変わらない。少し間があってから、平坦な声で言った。
「……Dランクに、私たちと同じくらいの年齢のソロがいる」
事実の確認だ。問いかけでも詮索でもない。
「そうだ」
「ふうん」
それだけだった。ランクも経歴も聞かない。探索者の実力や戦歴は、本人が話さない限り踏み込まないのがこの世界の暗黙のルールだ。
ポニーテールが一歩前に出た。
「えっと、私は朝日陽菜!旭日ギルドに所属してます。こっちが霧島凛、同じくです。よろしくお願いします!」
旭日——賢の頭に、あの男の顔が浮かんだ。眠たげな目で「面白い原石が転がってる」と笑っていた我妻蓮。
(同じギルドか)
「神谷賢。ソロだ」
「あ、一つ聞いていいですか」
「何だ」
「深海鉄、取りに来ましたか? 私たちも同じ目的で」
「そうだ」
陽菜が明るく笑った。
「だったら一緒に行きませんか? 岩盤帯へのルートがちょっと難しくて」
賢は少し考えた。
「どう難しい?」
凛が答えた。
「岩盤帯への通路は三方向から魔物が来るポイントがある。パーティーなら役割を分担できるけど、ソロだと全方向を一人でさばく必要がある。……手数の問題よ」
賢は頭の中で試算した。四機のドローンで三方向をカバーしながら自分が採掘する。理屈では可能だが、消耗が大きくなる。二人がいれば消耗を抑えられる。
「わかった。岩盤帯まで一緒に行く」
「やった!」
陽菜が素直に喜んだ。凛は表情を変えなかったが、肩の力がわずかに抜けたように見えた。
◆ ◆ ◆
三人で進みながら、陽菜が黒いドローンを興味深そうに見ていた。
「さっきの戦い方、ドローンが引きつけて神谷くんが仕留める感じでしたよね」
「そうだ」
「上から弾みたいなの出してたような気もしたんですけど」
「ガトリングだ。牽制に使っている」
陽菜はそれ以上踏み込まなかった。戦い方の詳細を聞くのは礼儀に反する、とわかっているらしい。賢はその判断を内心で評価した。
凛は前を歩きながら、黙ってドローンを観察していた。値踏みではなく、構造を見ている目だ。
しばらくして、凛が口を開いた。
「……ドローンの操作はスキルでやってるの?」
賢は一瞬だけ間を置いた。
「固有スキルがある。それだけだ」
「そう」
それだけだった。凛はそれ以上聞かなかった。固有スキルの内容を聞くのはタブーだ。二人ともそれをわかっている。
陽菜が小声で賢に言った。
「凛が黙って考えてるのは興味を持ってるサインなんです。普段あんまり人に話しかけないので」
「そうなのか」
「はい。ちょっと変わってますけど、根はいい人なので」
「うるさい、聞こえてる」
凛が前を向いたまま短く言った。陽菜はまったく気にしていない様子で笑った。
◆ ◆ ◆
4階層の岩盤帯への通路に入ったところで、MIの警告が入った。
『前方と左右の三方向から魔物の反応。シーサーペント二体、コーラルクラブ三体。凛の言っていたポイントです』
(三方向か。壱弐で上から牽制して、参肆で左右を抑える。正面は俺が担う)
「左右はドローンに任せる。二人は?」
「後ろから押し上げる」と凛が端的に答えた。
「正面一緒に行きます!」と陽菜が続けた。
賢はすぐに判断した。
「凛、左の分岐を頼む。陽菜は右。壱弐はそれぞれのカバーに回す。正面は俺が単独で対処する」
凛が一瞬だけこちらを見た。判断している目だ。一秒後、無言で左分岐へ動いた。陽菜は「了解です!」と右へ走った。
「参肆は俺と正面だ」
正面のシーサーペント二体が来た。参が引きつけている間に、賢は踏み込んで一体の側面に刃を入れた。継ぎ目を捉えて一体が沈む。残り一体は参が抑えているうちに肆が横から崩し、賢が仕留めた。
左右からも戦闘音が続いたが、すぐに止んだ。
「終わった?」と陽菜の声。
「問題ない」と凛の声。
「こっちもだ。進む」
◆ ◆ ◆
その先の岩盤帯は静かだった。MIの索敵で魔物の反応がない空間を選んで移動する。
壁面に手をあてると、岩穿とは違う輝きが魔力視に映った。
(これが深海鉄か。密度が違う)
錬金術で岩盤を分解し、深海鉄を選別して取り出す。隣で同じように採掘している凛と陽菜を横目で見た。二人とも手慣れた動きだ。何度もここに来ているのだろう。
採掘しながら、陽菜が話しかけてきた。
「さっきの連携、すごかったです。指示が的確で」
「必要なことを判断しただけだ」
「そういうのがサラッとできるのが、すごいって言ってるんです」
凛が採掘の手を動かしながら、静かに言った。
「……状況の処理が速い。把握してから動くまでの時間が短い」
賢は返事をしなかった。凛も続けなかった。
岩盤を分解する音だけが、しばらく続いた。
◆ ◆ ◆
十分な量の深海鉄を採取して、三人は地上に戻った。夕方の光が目に刺さった。
WEAの管理棟前で、陽菜が振り返った。
「今日はありがとうございました! また一緒に潜れたら嬉しいです」
「三方向のポイントは助かった」
賢が素直にそう言うと、陽菜が目を丸くしてから笑った。
「神谷くんってちゃんとお礼言うんですね。なんか意外でした」
「合理的な事実を述べただけだ」
「うんうん、やっぱり面白い人だ」
凛は少し離れたところに立っていた。賢の方を見ているが、目が合うとわずかに視線をずらした。
「……一つだけ聞いていい?」
「何だ」
「ドローン、四機だけで来てるの?」
「基本は四機だ」
「Dランクにその編成でソロで来るのは……普通じゃない。でも実際に動いてた」
賢は答えなかった。凛も答えを求めている顔ではなかった。ただ確認したかっただけのようだ。
「……まあ、いいわ」
凛がわずかに口の端を動かした。笑ったのかもしれないし、そうでないかもしれない。踵を返す前に、一度だけ賢の方を見た。最初の「ふうん」という顔とは少し違っていた。
「陽菜、行くよ」
「はーい! 神谷くん、また会いましょうね!」
陽菜は振り返って手を振った。凛は振り返らなかったが、歩き出す前に一瞬だけ足を止めたのが見えた。
二人の背中が見えなくなってから、賢はストレージから深海鉄を一つ取り出した。魔力視で確認する。岩穿の魔鉄より密度が高く、内部の輝きが深い青みを帯びていた。
(旭日ギルドか。……我妻蓮と同じ所属だ)
「MI、今日のデータをまとめてくれ」
『了解しました。……報告が一つあります。霧島凛と朝日陽菜を戦闘中に分析しました。現在Cランク。旭日ギルドで次代の主力として期待されている探索者です。実力はランク以上です』
「見ていてわかった」
『賢より格上です。今日の三方向のポイントは、二人がいなければ消耗が大きくなっていたと分析します』
「……それもわかってる」
賢は深海鉄をストレージに戻し、歩き始めた。
(また会うかどうかは、向こうが決めることだ)
そう思いながら歩く。頭の中では深海鉄の活用と、ドローンの駆動出力の改善が、並行して動き始めていた。




