表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

16

 翌朝、賢は起き抜けにノートを開いた。

 昨夜MIが挙げた三つの課題が書いてある。自己修復、通信距離、近接防御。

 その中で、今日すぐに手を動かせるのはひとつだけだ。


(近接防御。……刀だ)


 最初にダンジョンへ潜ったときから使い続けている量産品の刀。剣道の延長で扱いやすく、今まで不満はなかった。しかし銃を自作してから、ずっと頭の隅に引っかかっていることがある。


(銃は俺の魔術に合わせて設計した。でも刀はまだ、市販のままだ)


「MI、刀を自作することを考えている。銃と同じ発想で——魔術の発動に最適化した設計にしたい」


『具体的には、どういう機能を持たせますか』


「銃は魔術を外に向かって射出する。刀は逆に、刃そのものに魔術を乗せて届ける。斬ると同時に魔術が発動する形にしたい」


『刀身を魔術の伝導路として設計する、ということですね。柄から刃先に向けて魔力の流路を刻み、刃で斬った瞬間に定義した魔術が対象に流れ込む』


「そうだ。例えば斬りながら空間分割を起動すれば、刃が届く距離で空間を断てる。風刃を乗せれば、斬撃の射程が伸びる。刀が魔術の出口になる」


 沈黙が少しあった。


『……銃と対になる設計ですね。銃は遠距離の出口、刀は近距離の出口。どちらも賢が定義した魔術を受け取って、それぞれの形で出力する』


「その通りだ」


『設計上は可能です。ただし刀身に流路を刻む場合、刃の強度を落とさない構造が必要です。流路が深すぎると刃が欠けやすくなります』


「魔鉄合金で刀身を作れば、流路を刻んでも通常の刃より強度は高い。問題ないはずだ」


「あと——仕上げを統一したい。銃もドローンも、今は魔鉄の地色のままだ。黒にする」


『表面処理ですか。魔鉄を酸化処理すると、金属光沢を持った黒になります。錬金術で酸化膜を均質に制御すれば、むらなく仕上げられます』


「刀もドローンも銃も、全部同じ黒にする。統一した方が視認性の管理もしやすい」


(それだけではない。全部自分で設計して、全部同じ仕上げにする。それが「俺の装備」になる)


 賢は作業台の前に座った。

 今日は岩穿には行かない。手持ちの魔鉄で刀を作り、装備の仕上げを統一する。


◆ ◆ ◆


 刀身の設計から始めた。

 剣道で長年使ってきた感覚から、刃渡りと柄の長さ、重心の位置は決まっている。今まで使っていた量産品とほぼ同じ形にする。扱い慣れた感覚を変える必要はない。変えるのは素材と、内部の構造だけだ。


 魔鉄合金を錬金術で引き延ばし、刃の形に成形する。刀身の中心軸に沿って細い流路を通し、柄元から刃先まで魔力が一直線に走る道を作る。流路の断面は銃身の螺旋溝より細く、刃の強度を落とさない深さに抑える。


「MI、流路の深さはこれで問題ないか。魔力視で確認してくれ」


『確認します。……流路の断面積は銃身の約30%です。魔力の伝導効率は銃より落ちますが、刃の強度への影響は許容範囲内です。刀身全体に対して流路の占める割合は0.8%です』


「伝導効率が落ちる分は、定義の強度で補う。続ける」


 次に柄の部分だ。握ったとき自然に魔力が流路に入るよう、柄の内側に接触面を設ける。素手で握れば賢の魔力が直接流れ込む構造だ。手袋越しでも機能するよう、接触面を広めに取った。


 刀身と柄を組み合わせ、全体を一度魔力視で確認する。柄元から刃先まで、流路が途切れなく続いている。


「試す」


 賢は完成した刀を握り、魔術を定義した——風刃。

 刀身に沿わせるように魔力を流す。

 刃先から、薄い風の刃がぶれずに出た。


(出た。手で発動したときより……方向が安定している)


『刀身が魔術の出力方向を固定しています。銃身の整流効果と同じ原理です。刃先から射出される魔術の精度は、徒手比で約20%向上しています』


「銃より精度が上がっている。刀身の方が流路が細い分、絞り込みが強いのか」


『その通りです。ただし出力は銃より落ちます。刀は近距離特化、銃は中〜遠距離特化、という棲み分けが明確になりました』


(近距離に刀、遠距離に銃。完全に役割が分かれた)


 賢は刀を鞘に収め、次の作業に入った。表面処理だ。


◆ ◆ ◆


 錬金術で酸化膜を制御するのは、成形作業より繊細だった。

 均質な黒を出すには、酸化の速度と深さを全体で揃える必要がある。魔力視で表面を確認しながら、ムラが出た部分を即座に修正していく。


 刀から始め、次に銃、それからドローン八機の順に処理した。

 八機のドローンは一機ずつ丁寧に行う。フレームの継ぎ目や関節の隙間まで、魔力視で確認しながら均質に仕上げる。二時間かかった。


 すべての処理が終わり、作業台の上に並べた。


 黒だ。


 刀、銃、飛行型四機、地上型四機。すべてが金属光沢を持った黒で統一されている。光の当たり具合によってわずかに青みがかった光沢が出る。魔鉄の密度の高さが、そのまま表面の質感に出ていた。


「MI、見た目の確認だけだが……悪くないな」


『機能的な変化はありませんが、全装備が同じ素材・同じ処理で統一されました。識別しやすくなった点は実用上も有効です』


 賢はしばらく、並んだ装備を見ていた。

 量産品の刀、試作の銃、七日かけて作ったドローンたち。それが今、同じ色で並んでいる。


(全部、俺が作った。全部、俺の用途に合わせた)


 言葉にするほどのことでもないが、それが事実だった。


「明日、岩穿に行く。今度はクリアを目標にする」


◆ ◆ ◆


 翌日。

 岩穿の入り口に立ったのは、いつもより少し早い時間だった。


「全機展開する」


 ストレージから八機が出てきた。金属光沢の黒い機体が、洞窟の薄暗い空間に並ぶ。飛行型の壱弐は天井に近い高さで待機し、参肆がその後方。地上型の伍陸が左右、漆捌が後方を固めた。


(洞窟では飛行型が本来の動きをできない。壱弐は索敵と牽制に徹させる。地上型の四機が主力だ)


『広域索敵を開始します。前方15メートルにオーク一体。右の分岐路にリザードマンが二体待機しています』


「右の分岐は避けながら進む。オークは伍で引きつけて俺が仕留める」


 これまで一週間、毎日潜ってきた岩穿だ。MIはこの洞窟の魔物の配置パターンをほぼ把握している。どの通路にどの魔物がいるか、どのタイミングで移動するか——そのデータが積み重なっていた。


 オークは伍が引きつけている間に、賢が黒い刀で仕留めた。刃を走らせながら風刃を流路に通す。斬撃と魔術が重なり、オークが一撃で沈んだ。


「……いいな」


(斬りながら魔術が出る。近接の手数が増えた)


 そこから先は、岩穿の攻略というより消化に近かった。

 MIの先読み索敵で敵の位置を把握し、ドローンが経路を開き、賢が刀と銃で仕留める。一週間の採掘で積み上げたMIの岩穿データが、そのまま攻略の地図になっていた。


 7階層を超えて8階層、9階層と下っていく。深層に入るほど魔物の密度と強さが上がるが、今の編成では大きく手こずる場面がなかった。地上型が前を塞ぎ、飛行型が上から削り、賢が急所を狙う。


 10階層の扉の前に立った。


『10階層のボス——岩穿のデータによれば「岩砕鬼がんさいき」です。巨大な岩の鎧を纏った人型の魔物で、ストーンゴーレムの上位種に当たります。物理耐性が極めて高く、関節部への集中攻撃が有効です』


「ストーンゴーレムは以前一人で倒した。上位種がどの程度違うか確認する」


 扉を押すと、広い空間が広がった。

 天井が高い。洞窟の中にしては珍しく、飛行型が動ける高さがある。


(壱弐も使える。全機展開だ)


 岩砕鬼は部屋の奥に蹲っていた。全長4メートル近い岩の塊。岩穿のどの魔物よりも大きく、ただ立っているだけで圧があった。


「MI、連携プランを提案してくれ」


『壱弐が天井付近から関節部へガトリングで集中射撃し、表層を削ります。伍陸が正面に出て注意を引きつけ、漆捌が左右の膝関節を狙います。賢は後方から銃で同じ関節部に風槍を集中させてください。膝を崩して転倒させた後、空間分割で中枢部を断つ』


「了解だ。始める」


 壱弐のガトリングが動き出した。小口径の弾丸が関節の隙間に連続して当たり、表層の岩が少しずつ削れていく。岩砕鬼が向きを変えようとした瞬間、伍陸が正面に飛び出してその注意を引いた。


 漆と捌が左右の膝関節に向かって走る。同時に賢が銃を構え、定義する——風槍。連射。左膝の隙間に三発が叩き込まれた。


 岩砕鬼の右腕が振り下ろされた。伍が魔力膜を最大展開して正面から受ける。

 轟音。伍が数メートル吹き飛んだが、壊れていない。


『伍のバッテリー残量42%。魔力膜の展開を継続できます』


「陸が代わりに前に出ろ。伍は補充する」


 賢は素早く伍に近づき、接続口に指先を当てた。魔力を細く押し込む。数秒で伍のバッテリーが回復した。


 その間も漆捌と壱弐が関節への攻撃を続けていた。左膝の岩が欠け始める。賢は再び銃を向け、今度は全力の風槍を三連射した。


 左膝が砕けた。


 岩砕鬼がバランスを崩して前のめりに傾く。賢はその瞬間を見計らっていた。


「——空間分割」


 黒い刀を構え、倒れてくる岩砕鬼の胴体に向かって踏み込む。刀身の流路に空間分割の定義を通す。刃が触れた瞬間——岩の鎧の内側で、空間が断たれた。


 硬い音もなく、岩砕鬼が崩れ落ちた。


 静寂が戻った。


『岩砕鬼、撃破を確認。岩穿10階層クリアです。……E級ダンジョン「岩穿」の全階層踏破を確認しました』


 賢は刀を鞘に収めた。崩れた岩の中から大きな魔石が転がり出てくる。ストレージに収める。


「伍の損傷状況は」


『外殻に打痕あり。機能に影響はありません。他の七機は異常なしです』


「了解だ」


 賢はボス部屋を出て、転移の宝玉に手を触れた。地上への転移が発動し、岩穿の入り口前に出る。


 午後の光が目に入った。


(E級、クリアか)


 特別な感慨はなかった。一週間前に初めて潜ったとき、今の装備ならもっと早く終わっていた。今日はただ、それを確かめに来ただけだ。


「MI、次のダンジョンの情報を出してくれ。Dランクはスカイフィールドが一つある。それ以外に横浜近辺にあるか」


『確認します。……横浜市内にもう一つDランクダンジョンがあります。「海淵かいえん」という名の洞窟型ダンジョンで、海底をモチーフにした構造と報告されています。水属性の魔物が中心で、魔鉄の上位素材に当たる「深海鉄」が深層で採取できます』


「深海鉄か。ドローンの駆動出力の改善に使えるかもしれない」


『可能性は高いです。ただし水属性の魔物は電気系・衝撃系の攻撃に弱く、風属性の魔術は効果が下がる可能性があります』


「弾丸の属性を調整する必要があるな。……まずスカイフィールドで今の編成をもっと使い込んでから判断する」


 賢は装備をストレージに収め、歩き始めた。

 黒い刀の重さが腰に馴染んでいた。


(次は海淵か、スカイフィールドの深層か)


 どちらでもいい。今日より明日の方が、できることが増えている。それだけが今の賢の基準だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ