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 スカイフィールドから帰ると、玄関を開けた瞬間に味噌汁の匂いがした。


「ただいま」


「おかえり。今日も遅かったじゃない、ご飯できてるよ」


 台所から母の声が返ってくる。賢は鞄を部屋に置き、手を洗ってリビングへ向かった。

 テーブルには白米と味噌汁、焼き魚と副菜が並んでいる。父はすでに席に着いて缶ビールを開けていた。


「お疲れ」


「うん」


 短いやり取りだが、それで十分だ。父との会話はいつもそういうものだった。


 三人で食事を始めてしばらくして、母が口を開いた。


「最近ずっとダンジョンに行ってるじゃない。もう夏休みも終わりかけなのに、宿題とかは大丈夫なの?」


「終わってる。一週間前に」


「そう。……まあ、あなたのことだから心配はしてないけど」


 母は特に驚いた様子もなく、焼き魚に箸をつけた。賢が勉強を後回しにするタイプでないことは、母がいちばんよくわかっている。


「それで、最近は何をやってるの?ダンジョンに行くのはわかるけど、部屋でも何かずっとやってるじゃない。音がするから」


 賢は少し考えた。正確に説明するのは難しい。ただ、嘘をつく必要もない。


「道具を作ってる。ダンジョンで使う装備みたいなもの」


「自分で作れるの?」


「錬金術のスキルがあるから。素材さえあれば大体のものは作れる」


「へえ」


 母はそれ以上深く聞かなかった。ダンジョンのことは詳しくないが、スキルで何かを作るという話はなんとなく理解できるらしい。


 父が缶ビールを一口飲んでから、静かに言った。


「怪我はないか」


「ない。ちゃんと気をつけてる」


「そうか」


 それだけだった。父の心配の仕方は、いつもそういう形だ。多くを聞かない。でも聞く。賢はそれが嫌いではなかった。


 少し間があって、母がまた口を開いた。


「そういえば、先月から急にお金入れてくれるようになったじゃない。あれ、ダンジョンで稼いでるの?」


「魔石とか、使わない素材を換金してる。多いときで月に十万くらいかな」


「じゅ、十万!?」


 母が箸を止めた。父も缶ビールを持ったまま、わずかに目を上げた。


「高校生がそんなに稼げるの?」


「ダンジョンの報酬は魔物の強さで変わる。深い階層の素材は単価が高い。……あと、魔鉄は自分で使うから売ってない。売ったらもっと増える」


「魔鉄って何よ」


「ダンジョンで採れる特殊な鉄。さっき言った道具を作るのに使ってる」


 母は少し考えてから、どこか納得した顔になった。


「……道理で部屋から音がするわけね。工作してたのか」


「まあ、そういうことだ」


 父が缶ビールを置いて、静かに言った。


「家に入れてくれるのはありがたいが、無理はするな。貯めておいていい」


「うん。でも置いてもらった方が管理が楽で」


「そうか」


 父はそれだけ言って、また缶ビールを手に取った。


 母は「十万かあ」とつぶやきながら、どこか遠い目で味噌汁を飲んでいた。賢が稼いでいることへの驚きと、息子が急に大人びてきたことへの感慨が混じっているような顔だった。


 賢は黙って白米を食べながら、そういう母の顔を横目で見た。


(心配をかけているのかもしれないな)


 ダンジョンの話を詳しくしないのは、心配させたくないからだ。E級の岩穿がきつかったこと、Sランク探索者に接触されたこと——そういうことを話しても、家族には何もできない。ならば話さない方がいい。

 それは冷たさではなく、賢なりの気遣いだった。


「ごちそうさま。風呂入ってくる」


「はーい。タオル出しといたから」


 椅子を引いて立ち上がると、父が一言だけ言った。


「よくやってる」


 賢は少し止まった。父がそういうことを言うのは珍しい。


「……うん」


 それだけ答えて、賢はリビングを出た。

 廊下を歩きながら、胸の奥がわずかに温かくなっているのを感じた。


(家族がいつも通りでいてくれるのは、ありがたいことだな)


◆ ◆ ◆


 風呂から上がり、自室に戻った。

 机の上には今日のノートが開いたままになっている。MIが戦闘後にまとめた改善点が三つ。


 賢はタオルで髪を拭きながら、その内容を改めて読んだ。


 一点目——ガトリングの先読み射撃の精度向上。

 二点目——地上型と飛行型の連携タイミングの最適化。

 三点目——銃と空間分割の使い分け基準の明確化。


「MI、三点の中で優先度が高いのはどれだ」


『二点目です。連携タイミングのずれは、戦闘中の隙を生みます。特に大規模な群れを相手にした場合、飛行型の牽制と地上型の前進が噛み合わない瞬間に賢への攻撃が集中するリスクがあります』


「連携タイミングはMI側の処理で改善できるか、それとも機体の設計に問題があるか」


『主に私の処理側の問題です。飛行型と地上型の移動速度の差を考慮した上で、先行して指示を出す必要があります。ただし一点、機体側の改善も提案があります』


「聞かせてくれ」


『地上型の移動速度が現状では飛行型の牽制に追いつけない場面があります。関節部の駆動出力を上げることで改善できますが、そのためには素材の追加が必要です。岩穿の深層——現状の7階層より下——の素材であれば、より高密度な魔鉄合金が採取できる可能性があります』


(深層か。今日の時点で7階層が安全ラインだった。もう少し戦力が固まれば下に行ける)


「今すぐではなく、今の編成が安定してから考える。まず今日の改善を現状の設計でどこまでできるか試す」


『了解しました。ソフトウェア側の調整は今夜のうちに行います』


 賢はノートに書き込んだ。今日の改善点と、次の課題。素材の追加採取。深層への挑戦時期。ドローンの駆動出力の見直し。


 書いているうちに、次の問いが浮かんだ。


「MI、今のシステムで足りていないものを挙げるとしたら何だ」


 少し間があった。


『三つあります。一つ目、ドローンの自己修復手段がありません。破損した場合は賢が手動で修理する必要があります。戦闘中に破損が起きた場合、その機体は即座に戦力外になります。二つ目、通信距離の上限が100メートルです。広大なフィールドでは限界があります。三つ目、賢自身の近接防御手段が今も刀だけです。銃と空間分割は中〜遠距離の手段です。至近距離に複数の敵が迫った場合、ドローンが間に合わない可能性があります』


 賢は三点を書き留めた。


(自己修復、通信距離、近接防御。……一つずつ潰していく)


 時計を見ると、夜の十時を過ぎていた。

 賢はノートを閉じ、今日はここまでにした。


 電気を消す前に、窓の外を見た。横浜の夜景が遠くに広がっている。どこかに我妻蓮がいる街だ。あの男と同じ空の下にいるという事実が、まだ背筋をわずかに緊張させる。


(足りないものはまだたくさんある。でも一週間前と今は、確実に違う)


 布団に入った。

 今夜も、ストレージの中で弾丸が増え続けている。



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