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設計は決まった。素材も確保先が決まった。あとは手を動かすだけだ。
そう思っていた。
実際にやり始めてわかったのは——「決まった」と「できた」の間には、埋めるべき距離があるということだった。
それを埋めるのに、七日かかった。
——1日目
朝、賢はWEAの窓口で岩穿への入場許可を取った。
「岩穿ですか。採取目的の方が多いですが……お一人で?」
「はい」
受付の担当者が一瞬だけ眉を動かしたが、賢のランク証明を確認して通してくれた。
岩穿の入り口はFランクダンジョンより一回り大きい。踏み込んだ瞬間、Fランクの洞窟とは違う空気が押し返してきた。
重い。
湿気と冷気の質が違う。何より——広域索敵を展開した瞬間、Fランクとは比較にならない数の反応が返ってきた。
(……多い。通路のそこかしこに魔物がいる)
『第1階層。魔物の密度はFランクの約3倍です。主な魔物はオーク、リザードマン、アーマービートルです。アーマービートルは外殻が硬く、風系魔術の貫通力が低下します』
「今日は採掘だけを目的にする。交戦は最小限だ。広域索敵を常時展開して、できる限り避けながら進む」
『了解。魔物の密集地点を避けたルートをリアルタイムで更新します』
3階層でリザードマンの三体組と鉢合わせした。回避できなかった。
Fランクのゴブリンとは動きの質が違う。反応速度が速く、連携している。牽制役が動いた瞬間に挟み込もうとする。
「——風槍」
牽制役に叩き込む。直撃したが、倒れない。鱗が魔術を吸収した。出力を上げて二発目でようやく一体が沈む。残り二体を刀と風弾で処理したが、想定より消耗した。
(硬い。Fランクの感覚で撃ったら通らない。これは今の俺一人では安全マージンが薄い)
その一戦以降、賢は徹底して交戦を避けた。MIが提示するルートを一歩ずつ確認しながら進む。時間はかかる。それでいい。
7階層の壁面に手をあてると、魔力視に反応があった。
(……ある。壁の中に光るものが)
Fランクのストーンゴーレムが落とした魔鉄と同じ輝きだ。岩盤の中に筋状に走っている。
「鉱脈だ。MI、周囲の索敵を頼む」
『半径50メートル以内に敵性反応はありません。監視を継続します』
錬金術で岩盤を分解していく。魔鉄の純度が高い部分を選び出し、不要な岩石は元に戻す。隣の岩盤層からは魔石の原石も取り出した。バッテリー用だ。一時間かけて今日分の素材をストレージに収め、帰路についた。
地上に出ると、昼を少し過ぎた光が目に刺さった。
(疲れた。……Fランクより確実にきつい)
◆ ◆ ◆
帰宅後、賢はまず銃の試作に取り掛かった。
杖型から試し、カートリッジ式を経て、三案目の「空っぽの銃」に辿り着くまでに夕方まで使った。詳細は省くが——失敗を重ねるたびに答えの輪郭が明確になり、完成した銃からは風槍も風刃も火弾も、引き金を引く前の一瞬で切り替えて射出できた。
『魔術の発動速度が徒手比で約0.2秒短縮。銃身の整流効果により精度が約15%向上しています』
「精度まで上がった。……杖は感覚のための形、銃身はシステムのための形だったか」
銃が完成したところで、賢はノートを新しいページに開いた。
次はドローンだ。ここで賢は、少し考えてからMIに問いかけた。
「MI、ドローンの設計について一から議論したい。俺が最初に想定していたのは魔鉄の骨格に術式を刻んで動かす方式だ。ただ……もっと良い構造があるんじゃないかと思っている」
『というと』
「現代の機械式ドローン。モーターとプロペラで飛ぶやつだ。あれはどういう構造をしている?」
『現代の無人航空機は、ブラシレスモーターでプロペラを高速回転させて揚力を得ます。制御はESCという電子速度制御装置で行い、フライトコントローラーが姿勢を自動補正します。電力はリチウムイオンバッテリーから供給されます』
「……それを魔術で再現するのではなく、そのまま使う発想はどうだ」
沈黙が少し続いた。
『……面白い発想です。機械部分は既存の原理で動かし、魔術はあくまで「強化と補助」に徹する。役割を分担する、ということですね』
「そうだ。モーターで飛ぶ。センサで見る。その上に魔力膜を纏わせて耐久力を上げ、魔力視で感知範囲を広げ、魔術付与した弾を撃つ。機械と魔術の合わせ技だ」
『機械部分の信頼性は実績がある。魔術で一から推進力を作るより、既存の物理機構を使う方が安定します。また錬金術で素材を成形できるなら、市販のドローン部品を参考に賢自身が製造できます』
「部品を自分で作る。……具体的に何が必要になる?」
『飛行型の場合、最低限必要なのは四つです。ローター(プロペラ)、モーター相当の回転駆動部、機体フレーム、制御素子。現代のドローンで言えばフライトコントローラーに相当する部分を、私が担います』
「回転駆動部を錬金術で作れるか」
『磁力と電流の原理を再現する必要があります。魔力を電流に近い性質として定義し、魔鉄のコイル構造に流すことでモーターに近い回転力を得られる可能性があります。ただし試行錯誤が必要です』
(試行錯誤。……それでいい。まずプロトタイプを一機作る)
「わかった。明日の採掘後にプロトタイプを作り始める。今夜は設計図を引く」
賢はノートに書き始めた。フレーム構造、ローターの枚数と配置、駆動部の原理、センサの位置、武装の配置。
武装についても考える。
「ガトリングを搭載したい。一発の威力より連射速度を優先する。ヘイトを稼いで動きを封じるのが主な用途だ」
『合理的です。弾丸は魔鉄を小型に削り出して魔力を付与したものを使う。一発の威力は低くても連射で圧力をかけ続けられます。賢が空間分割や高出力魔術を準備する「隙」を作る役割として機能します』
「弾丸の量産も必要になるな。錬金術で作れるか」
『可能です。ただし弾丸一発ずつへの魔術付与には時間がかかります。事前に大量製造して持ち込む運用が前提になります。残弾の管理は私が担います』
「了解だ。……今夜はここまでにする。設計図が固まった」
深夜になっていた。ノートには飛行型と地上型のプロトタイプ設計図が並んでいる。
完成形のイメージは見えた。あとは手を動かすだけだ。
——2日目
翌日の採掘は前日より効率が上がった。
昨日の経験でMIの最適ルートが更新されており、交戦を一度も起こさずに7階層まで降りることができた。
「ルートの精度が上がっているな」
『昨日のデータを分析して魔物のパターンを学習しました。同じ岩穿に潜り続ければ、さらに精度が上がります』
(毎日潜ることでMIの岩穿への理解が深まる。それ自体が戦力になる)
今日は魔鉄に加えて、ローターの素材になる軽量な魔鉄合金の素材も探した。錬金術で鉄と別の鉱石を合成することで、純粋な魔鉄より軽くしつつ魔力の浸透率を維持できる合金が作れるかもしれない。
「MI、魔鉄に別の素材を混ぜて軽量化できるか」
『試みる価値はあります。この階層の岩盤にはアルミニウムに近い性質を持つ鉱石が含まれています。錬金術で融合させることで、強度を保ちながら比重を下げられる可能性があります』
「採取しながら帰る」
帰宅後、賢はすぐにプロトタイプの制作に入った。
まず機体フレームを錬金術で成形する。四角いフレームの四隅にアームを伸ばし、先端にローターを配置する現代のクワッドコプター構造を参考にした。軽量合金でフレームを作り、強度を確認する。
問題は駆動部だ。
賢は魔鉄を細く巻いてコイル状にし、その中心に回転軸を通す構造を試みた。魔力を電流のように定義して流し込む——
「……回らない」
『磁力の定義が不完全です。コイルに電流を流すだけでは回転力は生まれません。電磁誘導の原理として、磁界の変化が必要です』
「磁界の変化……つまり、コイルへの魔力の流れを交互に切り替えるのか」
『その通りです。一方向に流し続けるのではなく、方向を周期的に反転させることで回転磁界が生まれます』
賢は術式の定義を書き直した。魔力の流れ方に「周期的な方向反転」を加える。再び試みると——コイルの中心軸が、わずかに震えた。
「……動いた。でも震えるだけだ」
『周期が遅すぎます。もっと高速で切り替える必要があります』
賢は術式の周期を上げた。震えが振動に変わり、振動が回転に変わっていく。不規則だった回転が、少しずつ安定し始める。
「……回ってる」
深夜になっても賢は作業を続けた。駆動部の回転数を上げる調整、ローターの取り付け角度の最適化。
最終的にプロトタイプのローターが回転を始めたのは、日付が変わる直前だった。
しかし浮かない。回転数が足りないのか、ローターの形状が悪いのか。
「今日はここまでにする。原因を考えながら寝る」
——3日目
3日目の採掘も順調だった。MIの岩穿への理解がさらに深まり、今日は6階層まで無交戦で降りることができた。
(毎日来るだけでルートが良くなっていく。これは継続する価値がある)
今日の採掘は魔鉄と合金素材に加えて、より純度の高い魔石の選別にも時間をかけた。バッテリーの性能は魔石の純度に直結する。
帰宅後、賢は昨夜の失敗の原因を考えながら作業台に向かった。
「MI、昨日のローターが浮かなかった原因を整理したい」
『二つ考えられます。一つ目、ローターの回転数が不足しています。現代のドローンのローターは毎分数千回転します。昨日の試作では数百回転が限界でした。二つ目、ローターの形状です。プロペラは翼型断面——上面が膨らんで下面が平坦な形——でないと揚力が効率よく生まれません』
「形状から直す。錬金術でプロペラ翼型を再成形する」
賢は昨日のローターを分解し、翼型断面に成形し直した。上面を緩やかな曲面に、下面を平坦に。錬金術の精度があれば、ミリ単位の成形ができる。
次に駆動部の改良だ。術式の周期をさらに細かく刻み、回転数を上げる。魔力の消費量も増えるが、今は性能優先だ。
「試す」
ローターが回り出した。昨日より明らかに速い。回転数が上がるにつれて、機体が机の上で小刻みに振動し始め——
浮いた。
わずか数センチだが、プロトタイプが確かに地面を離れた。
(……浮いた)
『揚力を確認しました。ただし姿勢が不安定です。私の制御素子への接続が不完全なため、バランスが取れていません』
「制御素子を組み込む。姿勢制御をMIに任せる」
頭部に制御素子を埋め込み、MIへの接続を確立した。
『接続完了。姿勢制御を開始します』
プロトタイプが宙に浮いたまま、ゆっくりと安定していった。傾いては修正し、傾いては修正する。数十秒後、機体は賢の目の高さで水平を保って静止した。
「……安定した」
『はい。姿勢制御、正常です。ただし現状では魔力消費が大きく、バッテリーなしでは長時間の飛行は不可能です』
「バッテリーの組み込みは明日だ。今夜は飛ぶことを確認できた。それで十分だ」
賢はプロトタイプを机の上に戻し、ノートに記録をつけた。
翼型ローター。周期的磁界による駆動部。MIによる姿勢制御。これが基本構造だ。
次の問題はバッテリーの搭載、武装の設計、そして地上型の構造だ。
(一機飛ばすのに三日かかった。八機完成まで……まだかかる。でも方向は正しい)
深夜の部屋に、プロトタイプの駆動部がかすかな振動音を立てていた。
賢はそれを聞きながら、明日の設計を頭の中で組み立てた。




