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翌朝、賢はいつもより一時間早く目を覚ました。

 昨夜のうちに、魔力探知の拡張は形になっていた。


「MI、もう一度確認する」


『近距離高精度モード:半径30メートル以内の対象を、魔力密度の差異によって視覚的に解像します。遮蔽物の有無に関わらず探知可能。魔力消費は通常の約3倍。』


「遠距離モードは?」


『広域索敵モード:半径500メートルを対象とした薄膜展開型。精度は低く、輪郭と魔力量の概算のみ把握可能。消費は最小限。切り替えは意識的な定義の書き換えで行います』


(二つのモードを使い分ける。広域で大まかな配置を把握して、接敵前に高精度に切り替える。フィールド型ダンジョンなら、これで索敵の死角はほぼなくなる)


 賢は朝食を済ませ、装備を確認して家を出た。

 みなとみらい・スカイフィールドのダンジョン入り口は、観覧車のすぐそばにある。WEA横浜支部とは別系統の管理棟が建てられており、Fランクのものより受付口が広く、天井も高い。エントランスには電光掲示板が並び、各階層の推奨ランクと注意事項がスクロールしている。


「神谷賢さんですね。……Fランクを昨日踏破されたばかりですが、お一人でよろしいですか?」


「はい。ソロで」


 受付の男性スタッフが一瞬だけ眉を動かしたが、規定上は問題ない。賢は入場許可を受け取り、ゲートをくぐった。


◆ ◆ ◆


 最初の一歩を踏み出した瞬間、賢は思わず立ち止まった。


(……本当に、空がある)


 目の前に広がっていたのは、洞窟でも薄暗い通路でもなく——圧倒的な、青空だった。

 地平線まで続く草原。吹き抜ける風。地面は柔らかく踏みしめられ、草の匂いが鼻をくすぐる。太陽と思しき光源が頭上高くにあり、実際に肌が温かい。

 振り返れば、何もない空間に扉だけが浮かんでいる。それだけが「ここが現実ではない」という証だった。


『第1階層。推定面積、半径約2キロの開放型フィールドです。遮蔽物は少なく、遠距離索敵が有効な環境と判断します』


「広域モードで展開する」


 賢は静かに魔力を薄く広げた。Fランクの洞窟では感じることのできなかった、解放感にも似た感覚。壁に阻まれず、魔力が四方八方へ滑らかに伸びていく。


(……いる。北東方向、300メートルほど先に複数の反応。大きさはゴブリンより一回り大きい感じか)


『推定:フィールドゴブリン。開放空間に適応した亜種で、通常のゴブリンより俊敏性が高い傾向があります。集団での連携行動が確認されているため注意が必要です』


「なるほど。洞窟型と同じ感覚でいると足元をすくわれるな」


 賢はゆっくりと草原を歩き始めた。高さ30センチほどの草が足元で揺れる。洞窟の感触とはまるで違う。視界が開けている分、魔術の射程が活きる。だが同時に、自分の姿も丸見えだ。


(遮蔽物がない。つまり俺も向こうから見える。先手を取ることが前提になる)


 300メートルの距離を縮めながら、賢は広域モードのまま全体の配置を読む。フィールドゴブリンは五体。弧を描くように散開して草原を歩いている。統率が取れている。


(斥候と本隊、という編成か。あの一体が周囲を確認しながら動いている)


「MI、最適な制圧順序は?」


『斥候役を最初に沈黙させる。その後、本隊が散開する前に広域の魔術で三体を同時に狙う。最後の一体は近接で処理。弓や投石の可能性に備え、初弾は150メートル以上の距離から』


「了解」


 賢は草の中に膝をつき、姿勢を低くした。魔力を指先に集束させる。

 距離160メートル。Fランク洞窟では不要だった射程が、ここでは純粋な優位性になる。


「——風槍」


 一本の鋭い圧縮空気が、音速に近い速度で草原を駆け抜けた。斥候のフィールドゴブリンは振り返る間もなく絶命し、草の中に沈む。


(向こうはまだ気づいていない。風音に紛れた)


 続けて、本隊の三体に狙いを定める。今度は風槍ではなく、広域に圧力をかける風弾を選択した。一点集中ではなく、衝撃で行動を止めることが目的だ。


「——風弾、三連」


 三発が扇状に展開され、それぞれの標的に叩き込まれる。二体は即座に倒れ、一体は吹き飛びながらも起き上がろうとした。


(タフだな。洞窟のゴブリンより耐久力がある)


 最後の一体が絶叫をあげ、残った二体が一斉に賢へ向かって走り出した。それは賢の想定内だ。


 賢は立ち上がり、刀を抜く。

 開けた草原では、近接戦闘は不利に思えるかもしれない。しかし賢には魔力膜がある。そして何より——迷いがない。


「——来い」


 突進してきた一体の軌道を最小限の動作で外し、返す刀でその首を薙ぐ。地に倒れる前に、もう一体は風刃で空中から斬り落とした。起き上がりかけていた個体も、至近距離から風弾を叩き込んで仕留める。


『討伐完了。五体。消費魔力は予測値の83%。屋外環境での魔力拡散率を加味し、次回から補正します』


「初戦にしては上々だ」


 賢は刀についた草の汁を払い、魔石を「ストレージ」に収める。Fランクの洞窟とは違い、魔石を拾い集める手間が地味に増える。広い空間に転がるからだ。


(ストレージの回収範囲も拡張できるかもしれないな。吸い込む定義に"半径数メートル以内を自動収集"という条件を追加すれば……)


『研究メモとして記録しました』


 MIが先回りして応じる。賢は苦笑した。


◆ ◆ ◆


 第1階層から第3階層。賢は休憩を挟みながら順調に進んだ。


 階層が変わるたびに、空の色が微妙に違う。第2階層は夕暮れに近いオレンジ、第3階層は曇天の灰色。光量が変わるだけで、フィールドゴブリンの行動パターンも変化する。曇天の階層では視界が均質化するため、魔力探知への依存度が高まった。


(洞窟とは違う種類の難しさがある。状況が刻々と変わる)


 第4階層の入り口に差し掛かったとき、広域索敵に異常な反応が引っかかった。


(……でかい。単体で、フィールドゴブリンの十倍以上の魔力量だ)


『第4階層:推定ボス級フィールドタイタン。初出現階層としては早すぎます。本来は第5階層以降の配置のはずですが——』


「迷い込んだか、縄張りを広げているか」


『後者の可能性が高い。魔力量の変動から、成熟した個体と推測されます』


 賢は立ち止まり、高精度モードに切り替えた。草の向こう、遮蔽する丘の陰に——巨大な影が蹲っている。全長はおそらく5メートルを超える。ストーンゴーレムとは異なり、生物的な熱量が魔力視にも映っていた。


(……交戦するか、迂回するか)


 普通の探索者なら迷わず迂回を選ぶ。ボス級との遭遇は、パーティー編成で攻略するものだ。ソロは論外だ。

 だが——


(あの我妻蓮に追いつくには、想定外を制御できるようにならなければ意味がない)


「MI。空間分割の試験運用を提案する」


『……実戦での初使用ですね。制御が不完全な状態での使用はリスクが高い』


「だから今ここで試す。完成前提でいては、いつまでも完成しない」


 沈黙が一瞬流れた。


『……了解。最小規模での術式展開を推奨します。成功率の推定は現時点では困難ですが、失敗時の退路を確保してから発動してください』


「わかってる」


 賢は丘を迂回しながら風下に回り込んだ。フィールドタイタンはまだこちらに気づいていない。距離は80メートル。


 魔力を掌に集める。空間を「切る」ための定義——それは切断でも斬撃でもなく、存在する「場所」そのものを強制的に二つに引き剥がすイメージだ。


(場所には場所が続いている。その連続性を断ち切る)


 掌の魔力が、刃のように薄く伸びた。空気が軽くひび割れるような音がする。


 フィールドタイタンが頭を持ち上げた——賢は迷わず、その空間を「断った」。


 轟音はなかった。

 ただ——タイタンの右前脚が、音もなく地面に転がった。


(……通った)


『空間分割、成功。ただし術式の安定持続時間は0.3秒未満。反復使用には一定のインターバルが必要です』


 タイタンが絶叫に似た咆哮を上げ、こちらへ向き直る。三本の足で体を支えながら、それでも圧倒的な威圧感だ。


「インターバルの間は風魔術で削る。交互に叩く」


『了解。ペーシングを管理します』


 そこからは、徹底した試合だった。

 空間分割で部位を断ち、インターバルに風槍で内部を抉る。タイタンの攻撃は一発でも直撃すれば致命的だが、開けたフィールドでは賢の機動性が活きた。魔力膜を維持しながら走り、距離を保ち、また斬る。


 二十分後、フィールドタイタンは草原に倒れた。


 賢はその場で膝をついた。魔力の消耗が、これまでとは段違いだ。


(……全力だったな、今のは)


『魔力残量、推定18%。本日の探索はここで切り上げを推奨します』


「……そうだな」


 賢は深く呼吸し、それでも口の端を緩ませた。


(空間分割は使える。あとは精度と速度を上げるだけだ)


 ストレージにタイタンの巨大な魔石を収め、賢は来た道を戻り始めた。夕暮れ色の第2階層を抜け、青空の第1階層へ。出口の扉をくぐると、みなとみらいの海風が頬を撫でた。


 観覧車がゆっくりと回っている。夕暮れの空に溶けるように輝くその光を、賢はしばらく眺めた。


(日常は、続いている)


 学ランの襟を正し、賢はWEAの管理棟へ足を向けた。今日の記録をつけなければならない。空間分割の制御時間、魔力消費の比率、フィールド型ダンジョンでの索敵効率——書くことは山ほどある。


「MI、今日のデータを整理しておいてくれ」


『了解。それと、賢』


「なんだ」


『今日の空間分割の成功は、設計段階から数えて三日目の実戦使用です。同種の魔術を世界で初めて完成させた可能性が高い』


「……そうか」


 賢は特に立ち止まらず、ただ一言そう返した。

 感慨よりも先に、次の課題が脳裏に広がっている。


(制御時間が0.3秒では、対人戦では使い物にならない。少なくとも1秒の維持が必要だ。それと——ベクトル操作の実装が、まだ残っている)


 夜風の中、賢の思考はすでに翌日の研究へと向かっていた。


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