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夕刻。 第20階層のボス、ゴブリンキングの巨大な魔石を携え、賢は再びWEA横浜支部の換金所を訪れた。
( 本当は明日でも良かったんだが、あの我妻という男に会った後だ。今の自分の立ち位置を正確に把握しておきたかった )
「 ……あ、あの。これ、全てお一人で? 」
カウンターに並べられた戦利品を見て、受付の女性は絶句した。 午前中に換金を済ませたばかりの高校生が、夕方にはFランクダンジョンを完全に「踏破」して戻ってきたのだ
。
「 ええ。まあ、運が良かっただけです 」
賢がいつものように淡々と答える間に、受付嬢は震える手で端末を操作し、賢の名簿データを呼び出した。 そこには、過去に追記した秘匿事項が刻まれている。
【特記事項:高精度なスニークスキル、あるいは極めて強力なユニークスキルを保有している疑いあり。将来的にSランクへ到達する素質を秘めた『原石』の可能性大】
( Sランクの素質……!? 本部にしか出回らないはずのフラグが、こんな普通の高校生に付いているなんて…… )
受付嬢は顔を引きつらせながらも、この逸材を他の支部に渡してはならないという強い使命感に駆られた。
「 神谷様、Fランクの踏破、本当におめでとうございます。次はD級への挑戦をお考えですよね? 」
「 はい。近場で良いところがあれば、と考えています 」
「 それでしたら! ぜひこの横浜にあるD級ダンジョン『みなとみらい・スカイフィールド』へ挑戦してみてください 」
「 横浜のD級ですか。……特徴は? 」
「 今回のダンジョンは洞窟型とは違いフィールド型になります。フィールド型は、それぞれの階層で独立した太陽や空が存在しています。どのような原理かは未解明ですが、スキルと同じような力が働いていると考えられているんです 」
( 階層ごとに空があるのか。洞窟とは勝手が違いそうだが、19階層の広大さは魅力的だな。全容を巡るのに5日かかるとしても、今の俺には『ストレージ』がある )
「 わかりました。その『みなとみらい・スカイフィールド』に挑戦してみます 」
賢の返答に、受付嬢はホッとしたように、そしてどこか期待に満ちた表情で頷いた。
換金された現金を受け取り、賢はWEA横浜支部を後にした。夕闇に包まれ始めた横浜の街には、部活帰りらしき高校生たちが笑い合っている姿が見える。
( 18歳、高校3年生。本来なら俺もあっち側の日常にいるはずなんだがな…… )
学ランの襟を正し、賢は自宅への道を歩き出した。
「 ただいま 」
「 おかえりなさい。今日は随分と遅かったのね。ケガはないの? 」
「 ああ、大丈夫。ちょっと次のダンジョンの下調べをしてたんだ。……夕飯、すぐ食べるよ 」
自室に戻り、鞄を置いた賢はすぐに学習机に向かった。ノートを広げ、これから挑むD級ダンジョンの構成を頭の中で組み立てる。
「 MI。広大なフィールド型、かつ長期滞在が前提だ。戦うこと以上に、あの『広さ』の中でどう立ち回るかが必要になる。何が必要か洗い出すぞ 」
『 了解しました。現在のストレージ容量であれば、5日分以上の食料、水、キャンプ用具の運搬は余裕を持って可能です 』
『 ですが、未知の環境における「魔力の持続的運用」と、遮蔽物の少ない空間での「遠距離索敵」が鍵になりますね。物理的な移動距離を克服するための準備を推奨します 』
「 そうだな。……よし。まずは、あの広大な平野で効率よく敵を見つけ、かつ安全を確保するための『魔力探知』の拡張から考えよう」
( D級ダンジョン、特に第19階層の広大さを攻略するには、今の魔力探知では不十分だ。効率よく索敵し、かつ魔力消費を抑える必要がある )
「 MI。魔力探知の基本理論をベースに、用途に合わせて二つのモードを派生させたい。いちいち全部を『定義』し直すのは非効率だ。根幹の理屈を拡張して、二つの機能を個別に実装する 」
『 合理的ですね。「解像度」と「範囲」を切り分ける、適応型探知術式の構築を提案します 』
「 まずは近距離用。これは半径数十メートル以内を対象とした、高精度モードへの拡張だ。魔力の密度を高めて、敵の姿かたちまで詳細に把握できるようにする。暗闇や遮蔽物の向こう側でも、直接見ているかのように視覚化したい 」
『 了解。近距離高精度レンダリング・プロトコルを実装。魔力膜の技術を索敵に転用し、反応速度を最優先にします 』
「 そして遠距離用。こっちは精度を捨てて、広域スキャンに機能を**特化**させる。姿かたちは分からなくていい代わりに、数キロメートル先までの『場所』と、対象の『魔力量』だけを捉える。広い平原で、どこに巨大な魔力が潜んでいるかだけが分かればいいんだ 」
( 情報を間引くことで、広域に魔力を放出した際の演算負荷を最小限に抑える。物理学のレーダーの原理と同じだ )
『 承知しました。遠距離広域スキャン・プロトコル。対象の位置座標とエネルギーポテンシャルのみを抽出する形式に派生させます 』
「 よし。……近距離は直接的な戦闘に、遠距離は長期踏破のルート選定に使う。MI、この二つを即座に切り替えられるよう、システムを組んでくれ 」
『 記録完了。これで、広大な第19階層でも『目』が死ぬことはありません 』
( 遠距離スキャンの 派生 モードで敵の位置は掴めるようになった 。だが、見晴らしの良い平野でどう仕留める? 従来の『風槍』では弾速が足りず、数キロ先の魔物には届く前に霧散するか回避されるのがオチだ )
「 MI。……やっぱり、物理的な『質量』をぶつけるのが一番確実だ。魔鉄を 実装 して、自分専用の狙撃銃を作りたい。魔法というあやふやな現象を、銃身という物理的な加速器で制御するんだ 」
『 興味深いアプローチです。ですが、銃という形状を取る以上、火薬の燃焼による推進力が必要になります。ダンジョン内で火薬を安定して生成・管理するのはリスクが伴いますが? 』
「 いや、火薬は使わない。弾丸も持ち運ばない。……土魔法の性質を 転用 し、周囲の環境から金属分子を抽出・集積して、高密度の弾丸をその場で生成する。それを『ベクトル操作』で累積加速させるんだ 」
賢はノートに弾道の放物線と、空気抵抗の数式を書き殴った 。
空気抵抗の式
「 理論上、弾丸に『空気抵抗をゼロに近似する』魔術を刻印すれば 、音速(約 340 m/s)を遥かに超える速度が出せる。……ただ、問題は音だ。音速を超えた瞬間に発生する衝撃波が、この広大な平原に響き渡れば、一発で俺の居場所がバレる 」
『 肯定します。隠密性が売りの『アクティブ・カモフラージュ』も、発砲時の音と熱までは隠せません 。……待ってください。弾丸の進行方向にある空気分子を、あらかじめベクトル操作で左右に弾き飛ばしたらどうなりますか? 』
「 ……『真空のトンネル』を、弾丸のコンマ数秒前に作り続けるのか? 無茶苦茶な演算量だが、それなら摩擦熱も衝撃波も発生しない。まさに音も無く、地平線の彼方の標的を撃ち抜ける 」




