第1話 追放宣言、しかし
堅牢な石塀に囲まれた街は、モンスターが闊歩する森のど真ん中にあった。
入ることのみならず、出ることすら難しいというこの街は冒険者の質が高く、他の街からの引き合いが絶えなかった。
だが、冒険者が大勢集まるということは、そのぶん、トラブルも絶えないということだ。
「ミスト、お前は今日限りでパーティーをやめてもらう」
冒険者パーティー『銀狼』が宿泊している宿の一室で、そんなやりとりがなされていた。
言い放ったのはリーダーのマイン。銀色の鎧で身を固めた厳つい男性剣士であった。仲間の魔術師や闘士が、その後ろで頷いている。
対するは、黒髪で黒ずくめの青年シーフである。
彼の名はミストといった。
「そんな! いきなりじゃないか!」
ミストはマインに抗議する。
「いきなりじゃねぇよ! ずっと前から仲間同士で話し合っていたんだ!」
パーティーメンバーは、またもやマインに頷く。ミストは大袈裟に項垂れた。
「ひどいぜ……。俺だって仲間なのに……」
「ハン、パーティーを追放されるやつは仲間じゃねぇよ!」
マインは鼻で嗤う。パーティーメンバーも同じだ。
「だいいち、『盗む』スキルがあるから雇ったのに、役立たずじゃねぇか!」
マインは、手近なところにあった机を殴る。
その上には、モンスターから盗んだ数々のアイテムがあった。ワイバーンの鱗であったり、コカトリスの羽根であったり、アルラウネの涙であったりと、それなりに希少なものもある。
「必要だと言われたものは、盗ってきたはずだ!」
「足りねぇんだよ!」
ミストの抗議に、マインは再び机を殴る。
「そう言っても、ワイバーンなんて特に、この辺りの森には生息していない。迷いワイバーンから奪うのがせいぜいだ。もっと高所じゃないと沢山取れないぞ」
「だが、店には置いてあるだろうが。他のパーティーの連中だって持ってる」
マインの言葉に、ミストは片眉を吊り上げた。困惑していた表情が一変し、睨むような目つきになる。
「……他人から盗めと?」
「他に何があるってんだ」
マインは小馬鹿にしたように言った。パーティーメンバーもまた、「そうだそうだ」と同意している。
ミストは、静かに溜息を吐いた。
「そこまで欲しい理由がわからない」
「テメェは知る必要ないさ」
はぐらかすマインだったが、ミストは机の上に並べられたモンスターの一部を一瞥して、鋭く言った。
「こういうもんは、通常ならば冒険者ギルドに売り飛ばすはず。だが、お前たちはそうしない。もしかして、あるものを作る素材として集めてるんじゃないか?」
「ああ?」
マインの顔から笑みが消える。ミストは鋭利な眼差しで、マインとその取り巻きを眺めながら続けた。
「俺に集めるよう指示した素材は、然るべき工程を経て粉末状にすれば、幻覚作用と中毒性がある禁止薬物になるはず。お前たちは、そいつを製造して金儲けをしてるんだ」
「なにを根拠に」
「俺が入ってから三カ月の間、冒険者パーティーとしての活動状況を見てきたが、『銀郎』はそこまで活発じゃない。それなのに、装備は一級品で資金が潤沢だ。つまりそれは、冒険以外の収入を得ているということ。違うか?」
マインは押し黙る。取り巻きは困惑したように、マインの表情を窺った。
重々しい沈黙。
先に破ったのは、マインの笑い声だった。
「くくっ、まさか役立たずの上に察しだけいいとはな」
マインは、顎で取り巻きに指示する。闘士がミストの逃げ道を塞ぎ、魔術師が部屋の鍵をかけた。
マインは、腰に差したロングソードをすらりと抜く。
よく磨かれた刀身に、睨むような目つきのミストの姿が映る。追放を言い渡されて狼狽していたとは思えないほど、強い眼光だ。
「いかにも。俺たちは禁止薬物で儲けてるんだよ。金さえあれば強い装備が揃えられる。そうすれば、ランクが高い依頼だってこなせる。結果、上級ランクの冒険者になり、至上の聖域とも呼ばれる『白の塔』か『赤の塔』に呼ばれて一躍有名。贅沢三昧さ!」
妄想に浮かれるマインと取り巻きたちであったが、ミストは冷めた目をしていた。
「赤は知らないが、白はそんなもんじゃないさ」
「なにをブツブツ言ってんだ。秘密を知られたからには、生かしてはおけない」
マインはミストと距離を詰める。魔術師は詠唱を始め、闘士もまたマインと同じくミストを囲んだ。
そんな様子を、ミストは溜息まじりで眺めている。
「口封じか。お前が自分で話したくせに」
「うるせぇ! その生意気な態度、あの世で反省しやがれ!」
マインはミストに向かって剣を振りかざす。
その瞬間、部屋の扉を外から殴りつける音が響き渡り、魔術師の詠唱が止まった。
「な、なんだ?」
「治安維持隊じゃ! 開けろや、ボケェ!」
扉の外から聞こえたのは、荒々しい怒声であった。それを皮切りに、次々と扉を殴ったり蹴ったりする音が響く。
治安維持隊。その名の通り、街の治安を守る武装集団だ。対モンスターと対人戦、いずれにも優れている訓練された者たちである。
「開けんかいコラァ!」
「ガサ入れじゃ、クソボケェ!」
「ひ、ひぃぃぃ」
魔術師はすっかり腰が引け、闘士もまた目を丸くしている。マインは、すっかり声を失っていた。
その中で一人、ミストだけが冷静だった。
「禁止薬物製造容疑で、今から捜査をさせてもらう。これ、お前らに拒否権ないから」
ミストはジャケット裏のポケットから、手帳を取り出してみせる。手帳を見た一同は、絶句して顔が青ざめた。
「お前、まさか……!」
それは、街の秩序を守る中央機関の紋章が入った身分証であった。ミストは身分を偽って、マインのパーティーに潜入していたのだ。
「あのー」
扉の外から怒声が響き渡る中、場違いなほど控えめなノックも聞こえた。
「早いところ、開けたほうが身のためだと思いますよ。君たちも、うっかり壊れてしまった扉の修理代を払いたくないでしょう?」
爽やかで紳士的な青年の声であったが、開けなければ扉をぶち壊すという意図が明らかだった。




