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第7話 「護るべきは人か、人の想いか」

 クロの過労死を聞いた両親には、さまざまな感情が駆け巡っていた。過労死させた会社を恨み、こうなるまで止められなかった自らを恨み……しかし、彼らはわかっていた。恨む事に意味など無いと。なぜなら、クロの想いは両親である二人が、一番近くにいた二人こそがよく分かっていたからだ。


 二人は数日間、複雑な思いを抱えながら、彼を無事に送り届けるために奔走した。名の通った企業で起こった過労死。マスコミはこの事をセンセーショナルに報じた。当然、二人は取材に応じる暇がある筈もなく、日々が過ぎていく。


 ……この話は、その両親がとある夜に見た、夢の話でもある。



   サイゴノセカイ

      ~異世界かと思ったら冥界でした~



「護るべきは人か、人の想いか」

咲間 黒 ――『クロ』

コロヤ所属 エクスプローラー

コロヤギルド 特殊解釈室


 「特殊解釈室」と書かれた扉を開ける。部屋の中には、テーブルとそれを囲むように椅子が幾つか置いてあった。

 テーブルはどうやら液晶パネルの役割も果たしているらしく、今は待機中という旨が表示されている。


 テーブルの左右には別々のユニットが取り付けられており、左側には計4台のテレポートユニット、右側には何らかのコンピューターが繋がれていた。

 既に最前面の席を抑えていたマヨイさんは、こちらを見ずに手を振って出迎えてくれた。


「よっ、ゆうべはお楽しみでしたかい」

「……それ、意味分かって言ってます?」

「あっはっはっはっは」


 ……。


「分かって言ってたらどうする?」

「僕のどこにその特殊性癖を見出だしたのか、5年くらいかけてじっくりと問いたださせて頂きます」

「ごめんて」


 こんなクソダルい会話をしながら、僕はマヨイさんの横に座った。


「だってさー、初めての銃なんでしょ? 私がラブラドールを手に入れた日なんかさ、もうわくわくイキイキしちゃって一晩中ベッドの上で弄ってたんだけど」

「早く寝て今日に備えましたよ。新品を下手に弄って磨耗させるわけにもいかないですし」



「……基礎銃ってある程度稼働パーツ慣らしとかないとたまに事故るよ?」

「……えっ」



「よーっす、ムイちゃんの登場だぁー善きに計らえー……なにしてんの」

「基礎銃の慣らし忘れだって」

「だからってそんな必死にガチャガチャしなくてもいいのに……うりゃっ」


 ほあっ。銃が取られた。何奴。


「んー、BFB 17-3、レバーアクションね。給弾機構は問題なさそうだけど……」


 ムイさんは銃を見つめるなり、どこからか訓練用ダミーショットシェルを取り出して固定のドラムマガジンへ装填し始めた。ってかいつからここに居たんだか。


「ほっ、やっ、はっ」


 と、レバーを引いては戻しを繰り返して、込めたシェルを全て排莢させた。


「うん、問題なさそう。使うのは散弾だよね?」

「え、あ、まあ……」


 ムイさんは当たり前のように銃口を覗き込んだ。……見てるこっちがヒヤヒヤする。


「滑腔銃身だからそっちの慣らしは要らなさそうかな。ほれっ」


 と、ハサミを渡すかのようにグリップをこちらへ向けて返した。向こうの世界でこんなの見られてたら非難轟々だっただろうな……。


 改めて、僕が命を預ける銃を眺める。BFB 17-3、自分が初めて買ったショットガンのFaN 12-5とコンセプトを同じくした銃。つまり極限まで接近することでようやくダメージとなる銃だ。しかし、装弾数は増加し6発も装填可能となっている。

 銃身は短く切り詰められ、十分な加速を得られないが、代わりに広範囲に弾が散る。

 使う弾薬は通常の散弾より粒が極端に小さく遠距離では空気抵抗にすら押し負けるが、代わりに散弾の内部量を増やすことができる。


 このように、近距離特化のカスタムを施したレバーアクションショットガンである。


「……で、その腰に携えた刀は?」


 と、マヨイさんに聞かれた。


「普通の脇差ですよ、何の変哲もない、ただの日本刀です」

「思いきった構成してんねー……遠距離はどうすんのさ」

「それはもう走りまくって無理矢理近距離にします」

「……脳筋か?」


「んじゃ、そろそろ本題に入ろっか」

 ぺちっと一発、手を叩きながら発せられた、ムイさんのその一言で僕らは姿勢をきゅっと整えた。


「……とまあ、本題に入る前に一つ。ちょっと申し出があってね」


 ムイさんがそう言うと、僕の背後の扉が不意に開いた。


「彼女はリチェーネ、といっても一度は会ってるよね? 彼女が臨時で加わる事になった」


 リチェーネ……病院でお世話になった看護師の人、だったっけ。


「まあ、よろしく頼む」

「あの、ちょっと待ってください。僕は貴方に依頼を出していない筈では……?」

「ああ、だから今回は私用だ。マヨイ」


 とリチェーネさんはマヨイさんへ声をかけると、小さい箱を投げつけた。マヨイさんはそのパッケージを見てこう答えた。


「……クラシーガ? 治験なら別にここじゃなくてもできるでしょ?」

「それもあるが、私の目的はアフターケアだ」


 と、語りながら彼女は僕の頭に、手をぽんっと乗っけた。


「また無理をしないように気を配ってやらなきゃならん。幸いにも私は前衛で動けるからな、ある程度面倒を見れる」

「えっと、その、ありがとうございます……?」


 と、僕は頭に乗った手のひらを持ち上げるように退かした。


「一応、この依頼終了後に報酬を用意させて頂きます。まだこの世界のシステムに慣れていないので時間がかかるかもしれませんが……」

「……いや、金をとるつもりではなかったのだが。まあいい、君がそうしたいならそれでいい」


 ……リチェーネさんの言葉には裏は無い。が、おそらく何かしら隠し事がある。見返りなしで命を危険に晒す人間には、その行動に対する信念が垣間見える。


 しかし今の彼女からはそれが感じ取れないのだ。彼女から感じられるのは、どちらかと言えば責任。何に対しての責任なのかはわからない。でも……気にするほどのものでもない、なぜだかそうも思った。


「では、リチェーネさん。よろしくお願いいたします」

「……こちらこそ?」


 リチェーネさんはそうぶっきらぼうに返すと、椅子へ座った。


「んじゃ、改めてブリーフィングを始めるね」


 ムイさんはそう言うと、テーブルの液晶画面に地図を出した。


「今回は『拡大解釈法』を用いて、ルド――あー、クロの親御さんの世界を最大限に広げるの」

「拡大解釈法? なんですかそれ」

「あー悪いけど私は感覚派。リチェ、頼むわ」

「手術支援ロボットを用いた遠隔手術」

「頼んだ私がバカだった」


「はいはーいみんな落ち着いてー、ムイさんが教えてしんぜよう」


 ムイさんがそう言うと、液晶に三つの映像が流れ出した。スクランブル交差点を歩く人々の映像と、バッタや蝶が舞う草原に、顕微鏡で映し出されたミジンコやミトコンドリアなどの微生物たち。


「向こうの世界でも、スケールを変えれば見えてくる世界も変わる。人間を基準にすれば人間の世界、虫を基準にすれば虫の世界、そして微生物を基準にすれば微生物の世界。クロっち、ここまではわかる? どぅーゆーあんだすたん?」


「まあ、なんとなく」


「よろし。『拡大解釈法』ってのは、要するに『人が心に宿してる世界をどのくらいの尺度でみるか』って考え方に基づいてるの。今回は拡大、つまり一つの世界に対してより詳細な解釈を行うよってとこ」


「えっと、そのつまり?」

「前回ライバースに行った時はこれかな」


 と、ムイさんはスクランブル交差点の映像を指差した。


「前回は人を基準にしてたけど、今回は虫の目線で世界を見て貰うってかんじ」


 そう言いながら、指は草原の映像へとうごいた。


「同じ1mでも人間の大きさと虫の大きさじゃ広さは格段に違うってワケ。『物を詳しくみる時』は『拡大鏡を使う』でしょ? この方法だと『人の世界を詳しく解釈する』から、『拡大解釈法』って言うわけ」

「なるほど……?」


 正直あまり要領を得た気がしない。言いたいことは分かるけど、物理的な矛盾が気持ち悪い。


「ライバースは人の精神世界を映したものだ」


 と、リチェーネさんが語りだす。


「確実に存在する物質と違って、精神はいかなるようにも曲げることができる、いわば高い可塑性を持っている」

「あー今日は魚の気分だとか、いや肉の気分だとかそういうノリ?」


 マヨイさんのその例え、多分合ってないと思うなぁ……。


「大体そんなところだ」


 あってんのかよ。


「精神とは本来形が無い物。それ故に移ろい、変わり、適応する。私達は精神世界に生きる身だから、それらを物質として認知できる。だが、それらは現世の物質とは根本的に異なる理屈が働いている」


「えっと、つまり今回はその『異なる理屈』を利用する、ということでしょうか?」

「うん、大正解。百点あげちゃう」

 あっ、ムイさんから100リキッド送金されてきた。


「今回の『拡大解釈』によって、今から向かう親御さんたちのルド……えっと、街はライバースのそれより広く感じられると思う」

「ルド……?」

「ライバースにおける街の正式名称、専門用語だから覚えなくてもいいよ」

「ふむ、覚えときますね」

「いいって言ったのに~」


 正直、街と言うと固定観念に囚われそうだったから助かった。ルド、『精神世界を街として解釈したもの』、ふむ。


「それで、広くなるとどうなるんですか?」

「まず、オーマの個体が増える。代わりに増えた個体に強さが分散して、一体単位では弱くなる」


 ふむ、相対的にはメリットだろうか?


「他には何かありますか?」

「えっと、広くなるってことはつまり単純に移動距離が長くなるって事」


 そう言うと、ムイさんは少し眉をひそめて、言いづらそうにこう続けた。


「その、もしも防衛に失敗して街が崩壊した時、脱出地点の距離も遠くなる」


 ……なんだ、そんな事か。


「大丈夫です」


 僕はそう言いながら立ち上がった。


「そんなことは、絶対に起こさせませんから」


 ムイさんの表情が、少し和らいだ。その顔をみて、僕も少し緊張が解けた。なんていうか、こそばゆいと言うか。すこし格好つけてしまった感じは否めない。


「ひゅ~」

「マヨイ、茶々を入れていい状況じゃないぞ」



「他に気を付けるべき事は?」


 各々がそれぞれのテレポートユニットに乗ってから、僕はムイさんにそう質問した。


「そうね、まず第一目標は……えっと」

「ルドで大丈夫です、もう意味は覚えました」

「んじゃ、お言葉に甘えて。ルドに住んでいる人間のうち、『顔がついている』人間、つまりリーダーを保護すること」


「……これまた面妖な」

「顔がついていない人間は、こう、天使と悪魔みたいな。よくあるじゃん? 100円玉を交番に届けるかそのままネコババするかって時に出てくるアレ」

「まあ、わかりますけど」


「アレみたいに、心のなかにある無数の選択肢を、ルドの人間が一人につきいくつか管理してるの。そして最後に判断を下すのが、その『顔がある人間』、要するに一番えらいってこと」

「……ってことはなるべく顔がない方も守るべきでは?」

「あくまでも優先順位の話。もちろん余裕があればそうするべきだね」


 そういえば、オーマはルドに住む人間を食い荒らしていると聞いた。

 ……つまり、それを食われれば食われるほど、心は選択肢を失っていき――――

 そして、おそらく最後は『死』以外の選択肢を選べなくなる。自分が調べた限り、これがルドの壊滅が現実世界へ影響を及ぼすメカニズムのはずだ。


「ふむ、では二つ目は」

「今後、エンジェラバースが定期的に見回れるように、いくつかの自動販売機を設置する事。アレ、ビーコンの役割もあるからね」


「設置の方法は?」

「位置をマークしてある。その付近でオーマを仕留めてリキッドを回収すればそこから構成できるようにしてある」


 それを聞くと、マヨイさんが前のめりになりながらこう続けた。


「私はこれが一番楽ですき、何も考えずに弾幕張ればいいからね」


 ケタケタと笑うマヨイさんに、リチェーネさんが横から言葉を挟む。


「いや、強化手段は最優先で確保しておきたいところだ。これは私が請け負おう」

「んじゃーマヨちゃんはクロっちの援護が先だね」

「ちぇー」


 という訳で、序盤の配置は大体決まった。……なんかちょっと違和感を覚えたけど、まあいっか。


「他は?」

「あとはこれが全て」

 そう言うと、ムイさんは僕の手を握った。

「自分を大事に、ね」

「……ええ、勿論」


 それを聞くと、彼女は反対側のコンピューターユニットへと進み始めた。


「それじゃ、転送開始するよー。5秒前」


 ムイさんがそう言うと同時に、テレポーターは淡く青色に光りだし、駆動音を発し始めた。

 気分を落ち着けるんだ。


「4」

 自分を信じろ。


「3」

 味方を信じろ。


「2」

 道具を信じろ。


「1」

 そして――


「0」



 やりとげるんだ、最後の親孝行を。



   * * *



TRE-MK2a1 ―― 三人称視点記録用ドローン

待機中 回収機能使用可※実験的機能

咲間伊種・咲間くるみ ルド

拡大解釈:5倍


 長年寄り添った夫婦は、まるでお互いの気持ちが通じるかのような阿吽の呼吸を見せることがある。二つの心象世界、つまりルドが一つに繋がっている事そのものが、まさに彼らの仲睦まじさを端的に表していた。


 ルドがこのようになることはさして珍しくはないが、恵まれた事である。喜びは二倍、悲しみは半分に分かち合える……と、いうのは誰が言い出したかわからないほど使い古された表現である。

 しかし、このようなルドにおいては喜びは倍なら、悲しみも倍になる。ましてや愛しい我が子の死とあっては、分かち合う余裕も無い。


 そういった悲しみや苦しみなどといった感情が、心象世界であるルドにオーマを呼び込むか、あるいはオーマを作り出すのだ。


 オーマはルドという街に住まう人間を食らう事によって、心を蝕む。これは文字通りオーマの補食が引き起こす現象の事であり、抽象的な話ではなく、より直接的な話である。


 例に漏れず、このルドもオーマに侵食されつつあった。二人の思い出の地である、小学校、児童館、高校、そしてプロポーズ場所である桜の木を中心に作られた公園。

 そのどれもが、青い血、リキッドで汚れていく。それらを月は嘲るように見下ろす。周囲は暗いが、街灯が道とリキッドを照らす。そう、その最中に、クロは突入することとなるのだ。


 ――――不意に、とある民家の扉が開いた。



咲間 黒 ――『クロ』

コロヤ所属 エクスプローラー

咲間伊種・咲間くるみ ルド

ティア 8 ―― 戦闘状態

拡大解釈:5倍


「やっぱ、ここがあんたの実家、って感じ?」


 と、マヨイさんに聞かれる。


「……ええ、久しぶりに帰ってこれた気がしました」

「酷な事を言うが、ここはあくまでも――――」


「わかってます、リチェーネさん。僕がここに来た理由も、すべて」


 道路に出てから、振り返って家を見る。思い出の場所。産まれも育ちもこの場所で、ここから旅たつのは二度目、そしてこれが最後。


「行ってきます」


 と、だけ。帰ることはもう二度と叶わない。でも、それ以上に大切な事が今、この世界にあるのだ。


「……じゃ、オペ開始と行こうか。ただその前に」


 と、リチェーネさんは懐からクラシーガの箱を取り出した。

 そういえばそんなの貰ってたな、なんて思いながら僕も箱を取り出す。


●分類:Clacigga-Proto●品名:砂糖菓子●原材料名:砂糖、水飴/酸味料、乳化剤、香料、ビタミンC、カロチン色素、クラスリキッド、リーチングリキッド●内容量:500ml●賞味期限:該当せず●保存方法:自由●販売バン:ポン●製造バン:ポン


ニンジャクラス(治験用)

機能表示(一口のみで発動)

≪パッシブ≫

●移動速度上昇

 ニンジャのごとき素早さを得たいときに。

 サルトビ・セイクや他のスキルと組み合わせればより快適に。

●ウォールラン

 壁を走って登れるように。

 距離を取って一方的にオーマを滅ぼしましょう。あるいは一撃離脱を繰り返すのもありかも。

≪アクティブ≫

(現在調整中のため、無効化済み)


●開戦後はすぐにお召し……


 なるほど、僕向けだ。一口齧ると、和三盆の穏やかで上品な甘さ、そして少しばかりの薄荷が程よく鼻を抜ける。……まあ特に何か変わった実感というのはないが、今までもそんなもんだった気がする。


 というわけで、確かめるために手始めに電柱へと登った。


「……マジで壁を垂直に走ってたんだ」

「正直、ドローンの故障であって欲しかったがな……」


 ……言われてみれば、相当気持ち悪い事をしてるんだな僕って。でもここからなら、かつて暮らした街を見おろせる。

 そのまましばらくすると、リチェーネさんから質問が飛んできた。


「どうだ? 何か情報は?」


「おそらく、この街は僕の生まれ育った街……ほぼそのままだと思います」


「ほう、現実に基づいているのなら話は早い。設備が整っている場所で籠城している可能性が高いだろう。最寄りの避難場所は?」

「……3箇所ほど、小学校に中学校、それから高校。その全部がここから徒歩圏内、かつ僕の母校です」


 共有マップにピンをさして、それらの学校の位置を共有。そのあとは遠慮なしに飛び降りる。


「めっちゃ過ごしやすそーなとこじゃん」

「うーん、マヨイさんが思うよりかは……最寄りのマトモなスーパーが二駅くらい離れてたり、大きい本屋もそれなりに遠かったり……」

「あー、自転車で行けなくは無いけどかったるいやつ。んー……なーんか身に覚えがあるんだよなー」


 と、マヨイさんがうんうん唸りだしたところでちょっとした異変に気付く。リチェーネさんが居ないのだ。

 ……まあなんとなしにわかってはいるけど、念のために通信を入れる。


「こちらクロ、リチェーネさん聞こえますか」

「リチェーネだ、悪いが既にポイントαにおいて自動販売機の設置に向けて行動している」

「ええ、わかりました。引き続きよろしくおねがいします」


 高校と中学校、小学校を地図上の線で結ぶと多少いびつながら正三角形に近い形になる。

 僕の家から最も近いのは中学校であり、他との距離を考えればまず先に探索するべき場所だ。


 そしてポイントαは、丁度中学校と高校の間に位置している。確かに、中学校に居ないとなれば、一番面積が広い高校の方で籠城していると考えるのが自然だろう。

 ならばポイントαに設置を行えば、その移動中に補給が行え、時間をより有効に活用できる。


 どこか上の空なマヨイさんの肩を軽く叩いて先に向かうとジェスチャーを送ると、僕は中学校へと走り出した。



 都立桜ヶ咲中学。この辺りが桜ヶ咲という地名であるが故の安直なネーミングであり、名前の可愛らしさとは関係なく共学である。

 ちなみに高校も小学校もおなじく「桜ヶ咲」である。もはや何も言うまい。


「桜ヶ咲、桜ヶ咲なあ……全然聞いたこと無いや」


 と、マヨイさんが追い付く。


「東京26区の御霊区、と言えばわかりやすいですかね?」

「え、御霊? 良いとこじゃん……あっ」


 と、その時。マヨイさんが突然話を切り上げた。


「そういや、学校の話で思い出した」

「へ?」


 そういうと、マヨイさんが驚いたような顔を見せながら唐突に話題を切り出す。


「私、中学生だったわ」

「はい……え、はい?」


 思わずマヨイさんの顔を見る。何気ない会話からさらっと出てきたその言葉は、マヨイさんが欲して止まない「過去の記憶」そのものだった。


 普段つんけんしててどこか棘を感じた彼女の顔が、柔らかく、暖かく、綻んでいた。ようやく見つけた何かを大切に抱えるような……そんな顔、出来るんだ。


「……あ? 見せもんじゃねーぞ前向け前」


 あ、戻った。なんかさっきより顔が赤い気がする。


「マジで前向け」

 あ、赤みも戻った。


「だから正面にオーマ居るんだって」

 えっ。


「――――ぐあっ!」


 視界が突如として縦へ回転する。僕は今、確かに野良オーマに激突した。当然、僕は衝撃によって弾かれるように後方へと倒れた、筈だった。


「……だから言ったのに」


 その筈なのに、目を開けた時にはマヨイさんにお姫さまだっこをされていた。


「これ、私の貰ったクラシーガの能力ね。短距離の瞬間移動能力と、重たいものを持ち運べる能力が組合わさってた。名前は『テスト用01』であからさまな実験目的だぁね……って聞いてる? ねぇ」


 前回はリキッドを消費しきっていた影響で、恥ずかしがる気力すら消耗しきっていた。

 だが今は違う。ギュッと右手を胸の前で握りしめ、左手で自分の口を塞ぐようにして……。


「はわわわわわわわわわわわわ」

「おお、顔がゆでダコ」

「だ、誰のせいで……!」

「うるせー」


 そのままひょいっ、と。両手で軽々しく頭上へ持ち上げられた。


「ウワーッ!?」


 ここまで来ると恥ずかしさよりいつ落ちるかわからない不安さが勝る。そしてもうすぐ目的地だってのにこんな事してて良いのか、という一週回って冷静な意見が浮かんでくる。


「ねー? これさ、エビフライの代わりに人間投げつけられるシチュじゃね? こんな機会逃したくないんだけど」


 と、マヨイさんがまっすぐ見据える先は桜ヶ咲中学校――――と、それなりに多くのオーマ達。


「じゃ、行くよー」

「えっ!? ちょっとマジで言ってま――」

「どっせーいっ」

「おぁぅわぁーっ!」


   * * *


「……そんなことあるんだ」


 目の前に広がるはかつてオーマであった物と、そこから回収されていく大量のリキッドだった。

 つまり、マヨイさんの「エビフライぶつけんぞアタック」で、これだけのオーマが僕に薙ぎ倒されたという事に他ならない。


 ……のだが、不思議な事に僕には一切のダメージが無かった。痛くも痒くも無かったし、HUDの体力ゲージも全然減っていなかった。


「思ったより上手く行くもんだね、もっかいやらない?」

「やりません」


 リキッドはマヨイさんの端末にも集まっていく。ちなみにマヨイさんのはスマホ型。僕の腕時計タイプより直感的に扱えそうで正直羨ましい。


「んっほ~丸儲け丸儲け」

「マヨイさん、女の子が出しちゃ行けない諸々が出てますよ」


 諸々とは、表情、声、よだれ等である。おそらく今の攻撃で回収したリキッドの量に興奮しているのだろう。

 パーティを組むと、お互いに今のセッションで獲得したリキッドが表示されるのだが、マヨイさんは今ので一気に5000も稼いでいた。僕も同じくらい貰えた。


 ちなみにリチェーネさんは20000を超えて現在進行形で増え続けている。怖い。


 何はともあれ、認めたくは無いがこれで中学校の入り口は安全が確保できた、という事になる。本当に認めたく無いが。


「夜の学校ってさ……こう、ドキドキするよね」

「そっすね」


 マヨイさんのそれを生返事で返す。三年生の教室が並ぶ、四階の廊下で、僕たちは校舎に蔓延るオーマを撃ち抜きつつ生存者を探していた。

 何も考えずに進んでいたはずが、いつの間にか進行方向をマヨイさんが、背後を僕が担当するようになっていた。時折ポジションを入れ替えながらも廊下を進んでいく。


「なんか反応薄くない?」


 と、マヨイさんは不満そうにほっぺを膨らませながら、僕の方へと目を寄せる。そのついでで、進行方向にいたオーマの頭をノールックで吹き飛ばす。

 Syrup拳銃のスライドが後退したまま固定され、白い煙を吐き出しながら弾薬切れを知らせる。これを「ホールドオープン」と言うらしい。


「肝試しってこんなスプラッタなノリでしたっけ?」


 僕はマヨイさんが弾薬を再装填、つまりリロードしている最中を補うように、銃口を奴らへ向けて数発射撃した。


 僕の使っているレバーアクションショットガンには、ホールドオープンのような弾薬切れを知らせる機能は無い。その代わりに僕は、HUDに表示されている残弾数を頼りにしながら戦っている。


「あー、確かに。試されてる感じしないわ」


 と、マヨイさんが言い終わるのとほぼ同時に、ハンドサインが送られる。肩へのタッチ三回、その意味を知るより前に、身体が勝手にしゃがむ。


 マヨイさんはSyrupのフォアグリップとストックを展開すると、遠くのオーマに向けて三発程撃った。その全てが奴らの頭蓋骨を砕き、この階層に存在した反応が全てオーマだったことが確定した。階層を上がる前に、弾薬を込める。


「……というかなんで僕はこんなマトモに動けてるんですかね?」


 今更ながらツッコミを入れた。ハンドサインは生前に知識としては入れていたけど、こんなに身体が動くほど練習はしていない。そもそも肩タッチ三回がしゃがみの合図なんてのは初めて知った。

 ……というかそもそもそんなサインあるのか?


「エンジェラネット様々ってとこだぁね」

「エンジェラネットが?」

「そ。それで私たちのリキッドを管理して最適化、そして的確に次の行動へ繋げるように身体に覚え込ませる……なんて無茶苦茶な事やってる」

「なる、ほど……」


 要するにエンジェラネットに接続すれば戦闘技術がインストールされるか、ある程度アシストが付くと言うことなのだろう。


 ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。正直に言うと、怖い。初めてエンジェラネットというシステムの真髄に触れた気がする。

 こんな高度で、しかも精神支配に近いシステムを維持管理し続けている理由や目的も、そもそも誰が運用し、どのように利益を得ているかも不明。

 ――――だが、今は押し殺さないと行けない。何を利用してでもこれは遂行させねばならない。とにかく、目的を見失う訳にはいかないのだ。


「クロ、ほいっ」

「わわわっ」


 マヨイさんから突然投げ込まれた銀色の何か。良く見ると、それは一粒のHi-Tuneキャンディだった。


「マガジン整理してたら二粒余ったって訳でおすそわけ」

「それはどーも……」


 銀紙を剥いて、口に放り込む。もちもちと至福の食感に合わせて、ソーダのお菓子っぽい風味が口に広がり、鼻を通り、一息つかせてくれる。


「なんか難しい事考えてたでしょ」

「ん……えーと、まあ、そうですね」

「なんじゃその煮え切らない反応は」

「いや、なんと言うか……デジャブだなぁと」

「……?」

「……いえいえ、なんでもないです」


 このシステムを誰が運用しているのか……その疑問に応えるように、僕の脳裏に一瞬だけムイさんが浮かんだ。



 屋上。すべての階層を見追えた今、仮に彼らが籠るとしたらこの場所以外にあり得ない。

 そう思いつつ、そしてそこに彼らが居ることを信じつつ戸を開く。


 しかしそこには人はおろか、オーマやリキッドの残骸ですらも、一切見当たらなかった。オールクリア(脅威無し)、とはよく言うが、この結果は全くもってクリア(成功)などではない。焦る気持ちに、リチェーネさんからの連絡が届く。


「こちらリチェーネ、ポイントαにおいて自動販売機の設置には成功した」

「設置……『には』?」


 リチェーネさんから届く報告、含みのある言葉に若干の悪寒が走る。それと同時に、ムイさんから連絡が入る。


『α地点に接続できたお陰で、高校に探索用のナノドローンを送り込めたんだけど……どうやら、高校は全滅しているみたい』

「……は?」


 考えられうる中で最悪の状況が頭を過る。つまり、それは、もう手遅れ…………と言うことか?


「いんや、違う。もしそうなら既に街の崩壊が始まっていなけりゃおかしい」


 まるで心を読むかのように、マヨイさんがそう答える。


「まったくもう……」

「ぷみう」

「あらゆる感情が顔に出過ぎ」


 ほっぺを両手で押さえつけられ、自分の物とは思えないほど間抜けな声が出た。


「何も悪い事ばかりじゃない。ここでリキッドを確保できたってことは、自販機で補給できるってこと。つまり、より準備を整えた状態で親御さんを助けられる」


 僕はほっぺをパシパシ叩いて気合いを入れ直した。そして、今一度ショットガンに弾薬が装填されている事を確認する。


「絶望なんて、してる時間すら惜しいですね」

「全くもってそのとーり」


 僕たちは互いに屋上から飛び降りた。



 ポイントα、リチェーネさんが先んじて確保した補給地点である。リキッドに塗れ、青に染められた空間の中に、ポツリと黒い筐体が目立つ。


「んー、なかなかナイスなチョイスじゃん? ……今なんか良い感じのライム踏めたじゃん?」


 などと言ってるマヨイさんを横に、僕はこの自販機を観察していた。


「Gear-Up Energy……?」

「そ、飲むとリロードの速度が速くなる」

「どういう理屈?」


 黒い長方形の筐体の中心に、歯車と銃のマガジンを模したマークが描かれていた。その緑色のマークの下には「Gear-Up」「Energy Drink」と二行に分けて商品名が書かれており、全体的に落ち着いた印象を受ける。


 ただ、右上の角を削り取るように配置された、円形のランプはそこに水を差しているといわざるを得ないが。

 左は少し拡張されており、「Get it now!」という文字と共に矢印で示された受け取り口……というより、引き出し口がある。つまりボトル缶がそのまま外気に晒されているのだ。


 ちゃんと冷えているのだろうか? と思いつつ、決済を済ませる。お値段なんと3000リキッド。飲み物一つに。


『ギアを上げて素早く片そうぜ! Gear-Up Energy!』


 サルトビセイクの時にも聞いた、この売り文句のような短い歌。……え、もしかしてこの世界ってどの自販機でもこういうの流れるの?


 それと同時にガコッ、と。何かのロックが外れる音がした。恐る恐る引き抜くと、下から新たなボトルがせり上がって再び購入可能な状態へと戻った。……ちゃんと冷えてる。


「ちょっとー、まじまじと見すぎ」

「えっ、あっ、ごめんなさい」


 急いでその場を退く。そしてボトルの蓋を開けて中身に口をつけた。炭酸の衝撃と、舌に残る酸味と突き抜けてケミカルな風味、それでいて懐かしくて、慣れ親しんだ……。


「エナジードリンクだこれ!」

「いや、だからそう書いてあるじゃん」


 しかも生前気に入っていたブランドとほぼ遜色無い味である。めっちゃうれしい。


「そんな頬擦りまでしなくても……」

「前世では大変お世話になってまして……」


 めいっぱい頬擦りし終えた後、何気なく成分表をチラ見する。


●分類:Perk-a-Billity●品名:炭酸飲料●原材料名:糖類(砂糖、ぶどう糖)、パークリキッド、リーチングリキッド、食塩、高麗人参エキス、炭酸、香料、アルギニン、保存料、カフェイン、ナイアシンアミド、着色料、甘味料、ビタミンB6、ビタミンB2●内容量:500ml●賞味期限:該当せず●保存方法:自由●販売バン:ポン●製造バン:ポン


Gear-Up Energy

機能表示(一口のみで発動)

●リロード速度上昇

 より素早く。

 わずかな時間ですぐにリロードできます。余った時間はより自由に、かつ価値的に活用しましょう。

●近接武器取り回し向上

 よりスタイリッシュに。

 近接攻撃の隙が少なくなり、また攻撃速度も速くなります。調理時間の短縮が見込めます。カップ麺以外の話ですが。


●開戦後はすぐにお飲み……



 試しにその辺にいたオーマを数体ぶっ飛ばして、リロードしてみる。


「……おおっ、おお……!」


 なんだこの感覚、温泉が湧き出るかのように、次から次へと効率的かつ独創的なリロードが頭に浮かび上がる。

 しかし効率的であるがゆえにすぐにそのアイデアを試す機会は失われてしまう。こうなったら空撃ちでもして……!


「……いや、それはないわ」


 と、唐突に我に戻った。危ない、こんなところで無駄に弾薬を消費するわけにはいかない。


「これ飲んでリロードすると、その時だけなんか謎の万能感が沸くよね」

「なんか……スンって正気に戻りました」

「わかるー」



 休憩も程々に、ポイントβに向けて走り出した。高校と小学校の中間に位置するポイントだ。高校に両親が居ない事が判明した今、そこに寄る必要がなくなった為に近道をする必要が出てきた。


 僕は壁や屋根を走って、マヨイさんはそこら辺のオーマを持ち上げては投げ、持ち上げては投げ、たまにバットみたいに扱うなどして強引に近道を切り開いた。


 ポイントβにつく頃には、マヨイさんにはかなりのリキッドが貯まっていた。


「……マヨイさんのそれは近道というより、力業では?」

「なんだぁてめぇ?」


 と、下らない掛け合いの中、それは突如として響く。鋭利な刃物の一太刀から奏でられる、歯切れの良い音。


 そのジャクリと言うまるで野菜を切るような音とは裏腹に、彼女の目の前で二つに別れた肉片が、リキッドを撒き散らしながら別々に倒れる。


「え、えっと……お疲れ様です、リチェーネさん」

「……ああ」


 周りがリキッドで真っ青に染まる中、リチェーネさんも白衣を青に染めてそこに佇んでいた。両手の双剣は歯こぼれすら無く、街灯の光を鋭く跳ね返している。

 直後、リチェーネさんの近くに置かれたパネルが光を放つ。そこに一閃、空から雷が如く薄黄色の光が落ちると、その光を捏ねるようにして形作り、自動販売機が顕現した。


「……いつもこんな感じで設置してるんですか?」

「いや、エンジェラネットとの繋がりが確立出来ていない場所だけだ。接続が安定すればエンジェラネット側で構成要件相当のリキッドを送り込める」


 リチェーネさんはそう答えると、双剣についたリキッドを払い、背中の鞘に納める。


「リチェ、ほい」


 と、マヨイさんはGear-Up Energyを投げ渡した。当然開けると爆発するが、リチェーネさんはそんなことは気にせずに喉に流し込み、缶を乱暴に投げ捨てた。その直後、缶は青い光の粒子となって消滅した。


「……何度飲んでも慣れないな」


 そう呟くと、リチェーネさんは今しがた出現した自販機に近づき、ドリンクを購入した。


『サ~ルトビセ~イク~♪』


 う、うわああああああああああっ!!!!!!


「本当にごめんなさい」

「いきなり叫び出すから何事かと思った」

「確かに臨時措置として過剰摂取によるリキッドの貯蓄は使えない事は無いが……」


 と、リチェーネさんは珍しく苦笑を浮かべた。アレから数日しかたってないとは言え、未だに甘酒はまだ見たくない……。


「まあ、効果目当てなら一口飲むだけでも大丈夫だ」


 リチェーネさんはそう言いながら、こちらに例の瓢箪を投げる。


「こちらの奢りだ、飲んでおけ」


 ……気は進まないが一口。


「あっ辛っ」


 思わぬアルコールの刺激が喉を突く。甘酒……? 甘酒だよな?

 良くみると、この瓢箪には「甘酒タイプ」の表記が無かった。


「本来サルトビセイクは日本酒なのだが……人によっては酒が苦手、または早くして亡くなった人間向けに甘酒タイプでの提供を行う事もある。君はデータが無かったが故に最初は甘酒で提供されたのだろう」


「……この量を一気飲みって普通死にませんか?」

「もう既に死んではいるが……まあ、その為にパッケージにリサイクル機能が搭載されている。一口飲んだら後は捨ててもリキッドとして還元される」

「つーか、戦闘中に律儀に全部飲むほど余裕があるなんて事が稀だしね」


 なるほど、と思いながら、瓢箪を傾けて二回ほど喉を通すと、思いっきり投げ捨てた。それは軽い音を立てて二回ほど跳ねるも、その後は空中でゆっくりと空へ吸い寄せられるようにして浮かぶと、青い粒子となって消えた。


「……瓢箪の中身が無いように見えたが……死の心配はどこに行ったんだ」

 それを見て、リチェーネさんがそう聞く。


「景気づけ、って奴ですよ」


 酒を飲んだ、という気にはならない。度数が低いし量も少ない。それをみたマヨイさんはハッとすると、こう続けた。


「もしかして幼女の癖に大酒豪ってやつ……?」

 いや誰が幼女じゃ。



 小学校。なぜ父さんと母さんはここを拠点としたのか、正直に言うと全く見当がつかない。

 校内の面積は何処よりも狭く、籠城に向かない。確か校庭が一番広いのはここだったはずだが、そこに戦術的なアドバンテージは見いだせない。


 フェンスは全て有刺鉄線やバリケードなどで補強されていた。しかし、それらは既に突破されそれなりの量のオーマが校庭を彷徨っている。いや、じわじわと体育館へと近づいているのだ。


「体育館での籠城か……」

「まあ多分そこにフォンタがあるんだろうね」

「……フォンタ?」


 独り言を聞かれていたようで、マヨイさんから聞きなれない単語が帰ってきた。そこへリチェーネさんがこう付け加える。


「フォンタは、このルドにおける総合管理装置のような物だ。エンジェラネットとリンクしているならば、脱出用の装置としても機能してくれる」

「なるほど、あの噴水ですか。名前は英語の『Fountain』からでしょうか?」

「鋭いな、そうだ」


 安直だなぁ、といった言葉はこの際飲み込んでおこう。というより下手に分かりづらいのも困るだろうし、それで良いのかもしれない。


「フォンタは、大抵はこの世界を持つ人間が特に大切にしていた場所に設置される傾向にある。つまり、ここにおいては君の両親、つまり二人がもっともここに思い入れが深いと言うことになるが……心当たりは?」


 この質問を聞いた瞬間、僕は理解した。


「んなっ、急にどうしたの!」


 バリケードをおもいっきり蹴破り、数匹のオーマの注意を引けた。そしてそのまま、奴らに向けて走りだし――――走る。

 とにかく走って、目に写るオーマ25体、全てを日本刀で切り刻んだ。

 最後の一体を先ほどのバリケード付近で倒し、刀を鞘に収める。二人に近づくように歩きながら、背後の校舎を見た。そしてあの時の事を思い出す。


「これは……凄まじい。嵐が通りすぎたようだ」


 リチェーネさんの呟きを背中に受け、僕は話し出す。


「覚えてます、この学校を卒業した日の事。1年生の時にとんでもない怪我をした僕が、何事もなく卒業できた。母さんと父さんが、それをまるで自分の事のように喜んでくれた事を」


 本当に、心から自分の事を心配して、喜んで、悲しんで……。とても、愛されていた。その事を改めて気づかされる。


「だから、早く合流しましょう。援護に行かないと」

「……ふふ、そうこなくちゃ。じゃ、リチェと一緒に先導頼むね」


 マヨイさんはそう言ってリチェーネさんにアイコンタクトを送る。奇妙な間の後に、リチェーネさんが答える。


「……ん、ああ、そうだな」



 そう返したリチェーネさんの目は、よくみると少しだけ赤く染まっていた。

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