第6話 「遊びが『世界』を形作る」
「およ、2日ぶりだね~退院おめでと」
コロヤの住宅区域と商用区域の半ばにある図書館。そこがムイさんの家だそうで。
扉を開くと、ムイさんが右手にティーカップ、左手でピースを浮かべながら出迎えてくれた。
「ええ、ありがとうございます」
キッチリと整備された図書館、建物の10倍以上は広く見える。埃一つすら落ちてない所を見るに、相当注意を払って整備されているようだ。
…………空間が歪んでる事を素でスルーしてしまったあたり、僕も大分この世界に馴染んできたようだ。うーん、こんな自覚の仕方は嫌だなぁ。
「2日でここまでやれるの羨ましー」
「んー、なんならマヨちゃんのお部屋のお片付け、手伝ってあげてもいいんだよ~? うへへのへ」
「絶対イヤ」
ムイさんに促されるがままに、僕とマヨイさんはソファへと座る。その直後にムイさんが反対側に座ると同時に、背後から紅茶とクッキーが差し出され、テーブルへと置かれる。
「アンタ相変わらず洒落たもん飲んでるのね」
マヨイさんは置かれた側から遠慮せずに紅茶に口をつけていた。つか多分置く前にぶんどったんじゃないかこれ。……ま、いいか。
「それで、私に何か用?」
ムイさんの何気ない一言に、一気に心臓が跳ね上がる。なんというか、こういう事は裏社会物の映画とか、アニメとか、とにかく創作物でしか見たことがない。僕はこれからそういう事を提案するんだ、と。
「ムイさん、今日は貴方に……『商談』を持ちかけに来ました」
サイゴノセカイ
~異世界かと思ったら冥界でした~
「遊びが『世界』を形作る」
咲間 黒 ――『クロ』
コロヤ所属 エクスプローラー
ムイの図書館
「あー……マヨちゃん?」
「なんすか」
「クロっちになんか吹き込んだでしょ?」
「うん。面白そうだったからムイとの商談で無礼を働くと微塵切りにされるって嘘ついといた」
おい。
「あのねクロっち、たまには怒ってもいいんだよ?」
……ではお言葉に甘えて。
「おまえはコラーッ!!」
* * *
「わかってはいたけどさ、あんた怒るのに慣れてなさすぎ。人が良すぎ」
ムイさんの拳骨でできたたんこぶを気にも留めず、マヨイさんは紅茶を啜りながらそう言った。
「はあ、それはどうも」
半ば呆れつつ、そう返した。あ、この紅茶美味しい。
「あんたの事だから『全財産を投げ売りマスからどうか雇われてくれませんか!』とか言いそうで怖いよ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
しばしの沈黙。……元より全財産をはたくつもりだったのだけれども。あ、このクッキーも美味しい。
「いや……うん、結果論っちゃ結果論だけど、マヨちゃんが正解だったかもしれない……?」
「んへ?」
あまりにも急な手のひら返し過ぎて変な声が出た。
「あのね、商談ってのは適切な取引あってこそなの。わかる?」
「ええ、まあ、それは」
「そしてそれは低すぎちゃいけないのはもちろん、逆に高すぎてもいけない。まあ、気持ち高めに設定して急ぎでに解決して貰うってのもアリだけどさぁ……」
「クロっちのそれは極端すぎ。重要なのはわかるけど……そのあとを考えてないでしょ?」
「正直一文無しでも生活できますし……」
「この世界は向こうとは違うの、忘れてない?」
……そういえば、初めてこの世界に降りたとき、現世でのサバイバル知識が半端にしか役に立たなかった。
「とにかく今回の依頼内容なら20万、それ以上は私は死んでも受け取らん」
「私は15万かなー、インスタンスが修理中だからサポートしかできないし」
と、二人からかなり控えめな数値が飛び出してきた。
「いくらなんでも少なさ過ぎでは……?」
「言っとくがクロ、相場はこれくらいだぞ?」
「命をかけて貰うんですよ? もっと貰ったって……」
「じゃあ聞くけど、そっちはこういう件を受けるなら報酬はどうすんの」
「え、無料でやりますが……」
どんがらがっしゃん。ムイさんとマヨイさんが盛大にずっこけてテーブルの上がめちゃくちゃになる。
「……まあ、そういう癖は今後ゆっくり治して貰うとして。マヨちゃん」
「……あい?」
「このお人好しに準備がてら装備を見繕ってあげて。相場を考える切っ掛けにもなるだろし」
「……あいよ」
そう言われるとマヨイさんは僕の腕を掴むとそそくさとこの図書館から出ていこうと促した。引きずられながらもムイさんにお礼を言おうと振り向く。
「……へ?」
振り向いた先には、何人ものムイさんが掃除や後片付けをする光景が広がっていた。
* * *
「……術後譫妄ってやつ?」
「なにそれ」
「あ、いや、気にしないでください」
マヨイさんに引きずられて早1km程。ついに僕の脳ミソは、先の現象について考えることを放棄した。
ついでにマヨイさんも僕を放棄した。勢いで地面にぶつけた後頭部が痛い。
「ほら、着いたよ。電器街ならぬ凶器街」
「狂気ですね、ネーミングセンスが」
「私もそう思う」
現世でよく見た商店街、されど売られる品物はナイフに刀に銃火器に爆薬などなど。
銃刀法などという現世の常識に囚われっぱなしの奴には確実に泡ふかせたるという、謎の強い意思ですら感じる。
「んじゃ、行こっか」
半分ドン引きしている自分をよそに、マヨイさんはそそくさと店へと入った。それを追うように、僕も店へと近づく。
「"Bramble"……イバラ?」
店の名前にイバラを掲げる、と言うことはここは棘付きの鞭とかを売る場所なのだろうか……。正直、マヨイさんに鞭は似合わないと思う。
「遅い」
店に入った直後マヨイさんに悪態をつかれる。それと同時に、店内に漂う甘い香りに驚く。
花のような優しい香りではない。お菓子のような甘ったるい香り。それなのに、ショーケースに飾られているのは全てが銃。鞭なんて一つもありゃしなかった。
「えっと、このお店は?」
「銃の専門店。キバって所が作ってる物のね。まずは先に私の買い物に付き合ってもらおうかと思ってね……この世界の銃を知ってもらうためにも」
そう言うと、マヨイさんは店の奥に向かって「わふるー」と声を投げかけた。その直後、奥からどたどたぺたぺったんと鈍重な音が響き、そしてその騒がしい音は次第に近くなり……。
「待ってたよマヨちゃーんっ!」
と、でっかくてふわふわ、まっしろでたれみみわんこなぬいぐるみが、弾けるように登場した。
……え、ぬいぐるみ?
「久しぶりー! この子はマヨちゃんのお友達? かわいいねー! もぎゅーっ!」
有無も言わさぬ間に僕とマヨイさんはそのどでかいぬいぐるみに抱き締められて持ち上げられていた。もふもふで暖かくてなんかおひさまの香りがして肉球がもちもち当たって……なんだか眠くなって……。
「この子は新参のクロ、私は例のカスタムSyrupを受け取りに」
「えっ! ついに!?」
ぐえっ。突然手を離されて盛大に尻餅をついた。この人……人? まあいっか、この人のテンションが全然読めない。
「んふふ、ついにわふるカスタムが陽の目を……ちょっと待っててね!」
と、言うなりまた、どたどたと店の奥へ戻っていった。嵐のような人だ。
「今のはここのオーナーのわふるって子。身長2mの抱きつき魔として、ここら辺じゃちょっとした有名人」
「はあ、さよで……」
あ、ヤバい、全然眠気が覚めない……。このままじゃ落ちそう……。
「んお、わふるオーラの影響を諸に受けたか」
頭が……回らない……。えっと、マヨイさんは……何してるんだ? 壁にかかったライフルを……取り外して……、僕の所に持ってきて……。マガジンを、取り出して……マガジンから、四角い弾薬を取り出して……その弾薬を僕の口に入れさせて……。
え、弾薬を? 僕の口に?
「ムギェーッ!」
辛っ! 痛っ! なんだこれスースーする!
「眠気覚ましにピッタリでしょ?」
「その、ひゃ、か、加減って物がでひゅ、ですね……!?」
そんな騒ぎの裏で、武器ケースを持ったわふるさんが、再びぷにょんと弾けるように飛び出した。
「おまたせーっ! ……どったの?」
悶絶する僕を見てわふるさんはちょっと不思議そうな顔を見せた。
* * *
「菓子弾薬?」
シューティングレンジ。マヨイさんがハンドガンの試射を行う中で、僕はわふるさんに話を聞いていた。
「そだよ! キバっていう、僕が住んでたバンが作ったお菓子の弾薬でね、ちゃんと食べられるんだー」
と、言いながらわふるさんはハンドガンのマガジンから弾薬を一つ取り出して、銀紙を剥がすと口へと放りこんだ。
「んふふ、もちもちあまあまー」
幸せそうに両手を頬にあてながらもぐもぐ、もぐもぐ。これは「Syrup」と言うハンドガンのマガジンだそうな。丁度今、マヨイさんが試射しているハンドガンの基となった種類だそうで。
形は前世にあったグロック拳銃に似ている。あまり銃には詳しくないからそれくらいしかわからない。
とりあえずこのマガジンは8発装填できるらしい。でもこれはショートマガジンで、本来は12発装填できるちょっと長めのマガジンが主流なんだそうだ。
「Hi-Tune Soda……ですか」
マガジンには銃とは思えないほどホップなデザインが施されており、しかも丁寧に商品名、それから成分表までキチンと記されていた。
●分類:B.E.N.T●名称:キャンディ●原材料名:テンポラリーリキッド、リーチングリキッド、水あめ、砂糖、植物油脂、ゼラチン、デキストリン、カラメルシロップ/酸味料、グリセリン、香料、乳化剤、クチナシ青色素●内容量:8発●賞味期限:該当せず●保存方法:自由●販売バン:キバ●製造バン:キバ
Hi-Tune Soda
機能表示(一粒食べきることで発動)
●種類:一時的強化
●手ブレ低下(300秒)
●持続回復 0.1hp/s(50秒)
一発一発を丁寧に届けたい貴方に。高弾速のソーダ味で、速やかに眉間を貫こう。
●開戦後はすぐにお召し……
「これもBENTの一つ……なんですね?」
「そだねー、弾を食べて回復したり、ちょっとつよつよになったり。そしていざって時にはちゃんと使える。そんなかんじでね、とってもおもしろたのしい!」
むふー、と両腕で力こぶを作るようにマッスルするわふるさん。
ちなみにさっき僕がマヨイさんに食わされた飴もその一つで、いわゆる眠気覚まし用のめっちゃスースーするのど飴だった。半泣きになるくらいよく効いた。
マヨイさんが様々な構え方で、バシュバシュと目標へ穴を空ける一方、僕の視線はもきゅもきゅ動くわふるさんに目が移る。
……この人、どう見ても人間では……ないよね。
「……どったの? そんなじろじろ見て」
「あ、いえ……その、あー……」
「んふー、何でも聞いていいんだよん、なんでも」
と、もふもふな腕でせっせことつつかれる。
「えっと……わふるさんがこの世界にきた切欠……が気になってしまいまして」
あまり人の死に様に興味を持たない方がいい、と我ながら心に刻んだ。前世では本人に死因を聞く経験なんてそんなになかった。
……いや、あってたまるか。
「んーとね……わかんない!」
「……ありゃ」
今まで通りの明るさで、わふるさんはそう返した。最悪、もちもち肉球ぷにぷにビンタされると思っていたので若干拍子抜けした。
「マヨちゃんの理由はもう知ってる?」
「え、はい。記憶喪失で不明、と」
「そうなんだよねー僕と似た感じがしてねー、何だか放っておけなくて」
なるほど、と思った。境遇が近しいからこそ、マヨイさんはこのお店を行きつけにしているのだろう。
「僕はねー、たまに夢を見るんだー」
「夢、ですか?」
「うん。僕がもっとちっちゃかった頃の夢なのかな。女の子に抱き締められながら、しあわせ~な中で微睡んでいくのー。その夢から起きた日はね、このしあわせを分けたくなっちゃうんだー。ほら、こんな風に~」
「むにゃっ!」
不意打ちが如く抱き締められ、変な声がでた。慌てて僕はわふるさんを引き離すも、わふるさんがにまにまと笑みを浮かべながらくすくす笑う様子を見て、これはもう完全に遊ばれてしまっているなと察してしまった。熱を持ったほっぺを叩いて、なんとか誤魔化す。
「ところでさー、マヨちゃんどおー? Syrupカービン風わふカスタム、良い感じでしょー?」
「うん、とっても良い感じ」
と、試射を終えたマヨイさんがこちらへとやってきた。
「ハンドガンに……ストックですか?」
マヨイさんが持っている銃には、ちょっとアンバランスというか、ピストルなのにライフルみたいな肩に固定する為のストックがついていて、それを付ける為にグリップが少し下に伸びていた。
それに銃身やスライドも長く、小さめのサプレッサーが装着されており、下部には左手で掴む為のグリップのような物が装着されている。
こう、ハンドガンというより、アンバランスなライフルみたいになっていた。しかもその上に乗っかっているものは、小さいとはいえスコープの様に見える。
「そ、中距離狙撃用のピストル。文句あっか」
「いや、無いですけど……なんでハンドガンを? ライフルの方が良いのでは?」
「身の丈に合わないからに決まってんでしょ、文字通り」
……確かに、僕やマヨイさんのような身長だとあまり長い物は持てない。それは間違いない。
「マヨちゃんはもうラブちんがいるからねー」
「ラブちん?」
「ラブラドール・リボルバー。レーザー射出タイプのリボルバーで、モードを変えるとサブマシンガンにもなるすごい子。つか目の前でつかわなかったっけ?」
と言いながら、マヨイさんは左ホルスターから無骨なリボルバーを取り出した。……もしかして、僕がリキッドを切らしかけた時にも使っていたアレの事なのだろうか。
「近距離と大雑把な中距離はあれ一つで充分なんだけどねー。ちゃんと狙いたい時に一つ欲しいって発注されてたんだー。ちゃんと組めたようでよかったよかった!」
「うん、ありがとね。わふる」
マヨイさんはそのSyrupのストックとフォアグリップを折り畳んだ。……ストックがこんなにコンパクトに折り畳めるとは。まるでグリップ用のアクセサリーみたいな小ささだ。
そして全てが折り畳まれた後に改めて全体を見ると、ちょっとゴツめなハンドガン……という印象になる。彼女はそれを右のホルスターへ仕舞った。
「……かなり考えて、武器を選んでるんですね」
「そ、かなり考えないといけない。命を預ける物だからね」
命を預ける、か。思えば僕は、向こうじゃ知識に命を預けていた。最後に頼れるのは自分だけだと思っていたから。
ムイさんも言ってたっけ、ここと向こうの常識は違うって。それに、付け焼き刃の知識は自らを危険に晒す。これはもう嫌と言うほど身に染みた。
だからこそ、僕自身がこの世界での常識を身につけるまで。それまではもっと道具に頼った方が良いのだろう。そう思いながら、壁に掛けられていたショットガンを……見て……。
「ご、50万リキッド……?」
たっか。ゲロたっか。嘘でしょ?
「基礎武器は大体そんなもんだよー」
と、わふるさんの気の抜けた声が響く。
「……基礎武器?」
「そう、基礎武器。ライバースで買える方の武器はねー、最適化が施してあってねー。少ないリキッドで作れるようになってるんだー。そっちは圧縮武器なんて呼んだりするね」
「え、じゃあこれも……?」
と、僕はライバースで買った500リキッドの激安ショットガン、FaN 125を取り出した。
「それの基礎は1万くらいかなー?」
「95%……すごい削減率だ……」
「ま、圧縮武器は安いけど」
と、マヨイさんが横から入る。
「拡張性に欠ける。付いてるアタッチメントは取り外せないし、取り付ける事も出来ない。圧縮の過程で取り付け用の穴がつぶれちゃったり、動作に直接かかわらない所は脆かったり省略されてたりするからね」
「そだねー、だから持ち帰ったあとは専ら再圧縮にかけるね」
「再圧縮、ですか」
「んだんだー。大抵の圧縮武器にはランダムなアタッチメントが付いてるから、特定のアタッチメント一つに圧縮武器のリキッド全てを集中させる。そうすると、そのアタッチメントの存在が安定して取り出せるようになるんだー。これが再圧縮って感じー」
武器1本からアタッチメントひとつ……なかなか贅沢な……。というか。
「え、あのポスターっていつも同じものが買える訳じゃないんですか?」
「そだよー。不思議な話なんだけどね、生産時にランダム要素を加えれば加えるほど、消費リキッドが少なくなる、なんて法則があったりするんだー。圧縮武器はこれを思いっきり利用してて、アタッチメントはランダム、そしてそれらの性能も少しだけランダムにしてるんだとかー?」
「な、なるほど……」
そういうものだと納得はした。したのだが、正直なところ、得体のしれないなにかに僕達の命運を弄ばれているようですこぶる気味が悪い。こちとら命を張ってるというのに。
「ま、だからこそしっかり作られた基礎武器は、誰しもが欲しがる羨望の的って奴。そして」
マヨイさんは、先ほどのSyrupをホルスターから取り出してこう続けた。
「これから私の命を預けるこの銃は、カスタム込みで20万リキッド。大抵の場合はこれが依頼の基準になるってワケ」
なるほど、そう来たか。と、なんだか急に腑に落ちた。
この世界では、命を担保する装備に明確な価値がある。だからこそ、間接的に命に相場ができる、ということなのか。
「なんとも、こう、上手く出来ているというか……」
「まハッキリ言うと今回の依頼内容はかなり楽な部類。だから拳銃レベルで済んでるけど、これに条件が加わったりエリアの危険度だったりボス級のオーマを倒すって時には……もうそらぐぐんぐんぐんっ、と」
より高くなっていく……と。
「……高ければ高いほど良い、という単純な話じゃないんですね?」
「そ、これは信用にも関わる話。金払いが良いってのは、確かに一つの魅力にもなるだろうけどね。でもその札はここぞという時まで取っておくべき」
「なるほど……向こうじゃこんな依頼も、そういう駆け引きなんてのとも無縁でした」
「駆け引きなんて大層な物じゃないけどね」
そういうと、マヨイさんはSyrupを仕舞ってわふるさんに手を振った。
「今日はありがと、またよろしくね」
「んふー、後で感想聞かせてねー。じゃ、良いピクニックを~」
その後は僕の武器を選ぶためにあちこちの店を回った。正直に言うと、すごく楽しかった。銃なんて物騒なものをこんなに心の底から楽しめるなんて。
刀にもなる拳銃、おもちゃみたいだけど実用的な光線銃、パワースーツに専用のマシンガン……。何も菓子弾薬だけではない。この世界の銃は、遊び心が溢れている。
純真無垢な子供が作り上げる想像の世界、それを様々な銃として表現しているのだ。「この世界はどこまでも自由」……ムイさんが言っていたそれを、僕はようやく理解できた気がした。
一通りの装備を揃え、部屋に戻る頃にはすっかり夜となっていた。持ち帰った装備を広げ、確認する。そして問題が無いことを確認すると、僕は早々に床へついた。この決意と共に。
――――明日、僕は最後の親孝行を完遂させる。
* * *
TRE-MK1 ―― 三人称視点記録用ドローン
待機中、現在データは記録されておりません。
コロヤギルド 総合医療フロア
窓際に一人、やさぐれた顔でボサボサの髪をかきあげ、煙草をふかす。よれよれの白衣は彼女の高い身長と比べると、すこしばかりつんつるてんに思えるが、それを特に気に留めもしない。
彼女の名前はリチェーネ。このコロヤギルドにおける医療全般の責任者であり、執刀医であり、内科医であり、薬剤師であり……つまりは、彼女一人で病院が作れる。そんな人間である。
「ひゃひゃ、いっつもそんなシケた顔しおってからに」
と、軽口を叩きながら近づくは、駄菓子屋であり端末の設定を請け負っているロッタである。その黒いローブと曲がった腰、如何にもな魔女である。
だがその実、彼女の10割は趣味で出来ている。別に腰なんか悪くないし、ぶっちゃけこんな年老いてもいなかった。とことん趣味に生きる暇人であり、だからこそ彼女はこの世界に生きているのである。
「煙草の定期投与中に話しかけるのは控えてくれって言わなかったか?」
「固いこと言いなさんなって、ホレ」
と、ロッタはタロットカードを投げた。リチェーネはなにも言わずに指で受け止める。
「吊るされた男、ね……」
リチェーネはそう呟くと、ポケットからガラケー型端末を取り出し、そのタロットカードをスキャンした。
「……ほう、これは」
「興味深いじゃろ? あのクロとかいう少年は」
リチェーネは端末を閉じると、こう尋ねた。
「それで? 私に何をしろと?」
「いーや、そこまでは考えておらんよ。所謂『老婆心』というやつじゃな! ひゃひゃひゃ!」
ロッタはひとしきり笑うと、リチェーネに背を向け、最後にこう呟いた。
「じゃが、ワシの占いは良く当たる、そうじゃろ? おそらくこれは奇縁ながらも、必然じゃ。お主が動こうと動かまいと時間は進む。大事な事は、この機会をどう扱うか、そして私はただ機会を与えるだけじゃ」
リチェーネは大きく白い溜め息をつく。そしてそのまま煙草を一気に吸いきると、携帯灰皿に押し付けて手元へ仕舞った。そして、自室へと歩き出す。
――――彼女の背中には、これまで多くが背負われてきた。
それは比喩でもあり、直喩でもある。様々な経験を重ね、別れを重ね、そして今彼女はここにいる。それは、彼女が一番良く知っている。
「こちらのオペは随分久方ぶりになるな」
そう彼女は呟くと、自室にて、飾られていた双剣を取り外し、腰に携えた。