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第3話 「ライバース、それは現世を生きる者達の『世界』」

「うわああああああああああああーーーーッッッッッ!」


 こんな汚い叫び声から、今日という日は始まった。


 さて、僕は僕がやらなければならない事の為に調べに調べて、それはもう本当に調べに調べたですがそれでもたった一つ、本当に一つだけ、いやマジでめっちゃ肝心だろ本当にって事が書かれてなかったんですよね、本当に。


 ……僕は今、高度数万mはあろう上空に、この身一つで放り出されてます。



   サイゴノセカイ

      ~異世界かと思ったら冥界でした~



「ライバース、それは現世を生きる者達の『世界』」

咲間 黒 ――『クロ』

コロヤ所属 エクスプローラー

ライバース上空

SEED値:【管理者権限により秘匿】


「めっちゃ慌てててウケる」

「ウケてる場合じゃないんですが?」


 ってうわぁあぁあああぁあっ! いつの間にかムイさんが着いてきとるぅうううっ!


「めっちゃ驚いててウケる」

「え、いやだって僕一人で……」

「いやーまさか初日でテレポーターハックやる子が来るなんて思わなかったよ、ムイちゃんビックリ」


 あ、バレてる……。徹夜で調べたのに……。


「初出撃は補佐が居ないと無理なの、丑三つ時に問答無用で呼び出された身にもなりたまへ」

「調査が甘かった……」


 調査が甘かった、というのは何もそれらに限った話ではない。確かに僕は午前3時過ぎにここへ出た訳だが、降りた瞬間から夕方へと変わったのだ。


 時間の流れが違うのか? それとも単なる時差? それすらも知らずに自分は先走っていた。


「まあおかげで良い悲鳴が録音できたから、明日はこれを聞きながら寝ようと思うの、ぐふふ」


 ……趣味が世紀末すぎる。


「ねー?」

「……なんでしょうか」

「なんでテレポーターをハッキングしてまで、こっち来たの?」


 ……言葉に詰まる。自分の身勝手に周りを巻き込みたくなかったから、と言えばいい。言えばいいのだが、既にムイさんを巻き込んでしまった負い目にすっかり支配されてしまって、何も言葉が出てこない。


「ま、言いたくないなら今はそれでも良いよ」


 ムイさんの顔が目の前まで近づく。こう、空中を泳ぐようにすすいっ、と。


「でも、このセッションが終わったらちゃんと理由は話すこと。そうじゃないと前に進めない」


 結局、ムイさんの好意にベッタリ甘えるようになってしまった。


「……はい、わかりました」


 それじゃダメだとわかっているのに、今すぐに話せば良いのに、僕はそうやって、誤魔化してしまった。


「ふふ、いい子いい子」


 なんて言いながらムイさんは僕の頭を撫でてくる。……いやここ空中なのにね? ほんとなんでそんな器用に動けるんだろうね?


「ほら、お望みの光景がもう目の前に」


 ムイさんは腕を組んでそう言いながら、顎でくいくいっと、地面を指した。


「……なんだか、この風景をみるとこう、説明しづらいんですけど……」

「自由を感じるでしょ?」

「……はい、まさしく」

「こう、自由だーっ! って、両手を広げたくなるよね」


 彼女につられて、ぐいっと全身を大の字に広げる。すると、風が腕を、足を、身体を、何もかもを包み込んで気持ちいい。思わず微睡みそうになりそうな充足感と、心地よさ。


「……そういえば、パラシュートってどう出すんですか」

「ん? そんなもんないけど」

「正気か?」


 こうして、僕は大の字を維持したままべちーん! と、いい音を鳴らしながら地面と衝突した。不思議と痛みはない。


 一方ムイさんは四つん這いの状態で着陸して、にゃーごと鳴いていた。「人間の実験という名のエゴによって無限に地面に落とされ続けた猫の真似」らしい。


「まあ、見ての通り素の状態でも落下耐性はあるにゃーん」


 はあ、左様で。


「……今、僕は勝手にこっちに来た事を本当に後悔してます」


 体を叩きながら立ち上がると、そこにはまるで中世の町並みが広がっていた。いや、まあ中世と言うか……


「いやぁ見事なナーロッパってヤツだねここは」


 ……言っちゃったよムイさん。


「えっと、そういえば昨日は草原で目覚めて、森を抜けて、近代的な街に逃げ込んだんですけど……今回は中世でバラバラですね。ここ、どういう場所なんですか」


 僕は、徹夜で調べた全ての知識を、一旦ここで捨てることにした。何故ならムイさんから聞いた方が絶対に確実だと気づいたからである。深夜テンションってこわい。


「ライバース。……と言ってもピンと来ないかな」

「え、ええ。まあ」

「んじゃ、適当に歩きながら話そっか」


 彼女によると、ラスール、つまりこの世界は三つの層に分かれているとのこと。

 天空都市の「エンジェラバース」、地上の「ライバース」、そして地下の「アンダーバース」。


 エンジェラバースやアンダーバースには現実世界で死亡した人間が身を寄せているのだが、ライバースはどうやら『そうではない』らしい。


「なんか、エンジェラバースとアンダーバースって天国と地獄みたいですね」

「んー、全然違うよ? 別に生前の行いで分かれる訳じゃない。エンジェラバースの『困った時は助け合う』ってルールに馴染めない人間がアンダーバースに向かうってだけ。むしろアンダーバースの方が生前の世界と近しいから楽って人もいたり」

「そこも自由なんですね」

「それぞれやり方も生き方も信念も違うしね。ルールに馴染めないなら、アンダーバースで合うルールの共同体を探したり、いっそ作ったり。そういう自由もアリかなーって思うの」


「じゃあライバースは?」


 そう聞くと、「彼女」は立ち止まってくるりと僕の方へと身体を向けた。


 そう、あの無機質な瞳だ。夕焼けの太陽と彼女の透き通るような蒼い髪が綺麗に交わり、そこに添えられた冷たい瞳が厳かな雰囲気を醸し出す。


「ライバースは、今を生きている人の『世界』そのもの。人の持つ考え方や思想を『世界』って呼ぶことがあるように、ライバースには現世で生きる人々が持つ、精神世界がひしめき合ってるの」


「じゃあ、この街も?」

「そう。とある人間の『世界』」


 周りを見渡す。一言で説明するのは楽だが、良く見てみるとその道は迷路のように入り組んでおり、大小様々な建物があるが、そのどれにも扉が見当たらない。

 窓でさえも、内側から木の板で完全に封鎖されている。


「そう聞くと……ちょっと滅入りますね」

「どうして?」

「多分この世界の持ち主は、他人を一切信用できない人なんだと思います。出入り口の見当たらない建物とか、封鎖された窓とか……強い拒絶の意思を感じます」


「……ふふ。いい目してんね、流石だね」

 と、彼女は答える。


「でも本当は違う。この世界は一時的にこうなってるだけ、襲撃に耐えるためにね」


 そう続けると、彼女は何処からともなく何かを出して、くるくる回すと僕へと差し出した。


「……これは?」

「D1911、ドリーミング式M1911クローン自動拳銃の、19年式11型」


 彼女の手元には拳銃が握られていた。グリップを僕に向けて、受け取るようにアイコンタクトを送っている。


 恐る恐る受け取ると、その刹那、様々な情報が足の爪先から脳ミソまで流れていき――――この一瞬で、自分の身体はこの拳銃、D1911を扱う事が出来るようになっていた。


「……慣れたくないですね、こういうのは」


 総弾数はマガジンに8発、薬室に1発の最高9発。特筆するようなカスタムはされておらず、ほぼ「箱だし」……つまり、なんら調整されていない事が伺える。


 それと同時にHUDも更新され、拳銃の残弾数や総弾数の表示が付くようになった。それから左上のミニマップ……もはや「ゲームの様だ」と形容するにはあまりにも張りつめた空気が、それを拒む。まさしくこれらは――――


「生き残るために用意された、力」


 彼女は首を縦に振った。


「この街は襲撃を受けているの。生きた人間がもつ世界。その住人からは、リキッドが湯水のように湧き出る」

「つまり、昨日の話で言うところの『余程の事』の犠牲になっていると?」

「正解。リキッドを食い漁ろうとするオーマから彼らと街を守る。それが、ここ、ライバースに降りた人たちの役目」


「……戦うのは、ただの趣味じゃなかったんですね」

「にへへ、実益を兼ねた趣味があっても良いでしょ?」

 ……最後の最後に、「彼女」はその顔を緩ませて、ムイさんへと戻った。


 しかしそれと同時に、遠くから何かが射出される音が聞こえた。その射出物がこちらへ向かって飛んできている事を察知すると、僕は自然と身体を建物の影へと隠していた。



   * * *



『……あー、大丈夫?』


 ムイさんからリキッドを介した直接通信、L2L回線を通じて連絡が入る。


「もちろん」


 思ったより体の動きが軽い。いや、気のせいじゃない。初めて来たときと比べて確実に軽くなっている。これも初期設定のおかげなのだろうか?


 先ほど自分達がいた場所には、酸性の液体が撒き散らされていた。ジクジクと音を立て、今なお不快な匂いと共に茶色の煙を立て続けていた。

 その様子を確認するかのように、一際目立つ異形の怪物と、その取り巻き達が姿を現す。


 他のゾンビのようなオーマと比べて3倍近い身長。二股に分かれた頭部、爛れた皮膚、大きく隆起し拳が癒着した右腕からは、先ほどの酸が滴っていた。

 このあまりに猟奇的で、冒涜的な出で立ちには、嫌悪感を抱かざるを得なかった。


「なんか……随分物騒ですね。僕が転生した時と違って」


『そりゃそーさ。この街の脅威ランクは推定ティア7、10段階の内の7。相当にやば~い場所だよ。あ、君が最初に居たところは1と2だね』


 あぁ……近道なんてしようとした僕がバカだった……。


「……こんなの拳銃でどうにかできるとは思えないんですが」

『早急な武器更新が必要だね、とにかく雑魚敵を狩りまくってリキッドを集めていった方がよさそう。囮はまかせて』


 そう聞くと、ムイさんの逃げたさきから何かが爆発する音が聞こえた。爆発音に惹かれるように彼らは歩み始めた。その隙に乗じて、僕はその場から離れるのだった。



   * * *



 ラン エリー。状態画面を表示。……なるほど。渡された拳銃の弾薬はそこまで多くはない。替えのマガジンが3個ほど、いつの間にやらコートの内ポケットに入っていた。それから破片手榴弾が2個に、リキッドが500ほど。戦場に赴くにはあまりにも軽装だ。


『オーマがいる以上、物資やリキッドの持ち込みはなるべく最小限にしたいからねー』


 と、のんきな声が通信で届く。


「ご無事そうで……」

『まあ、慣れるとこんなもんよ。相手も動きは鈍いし誘導は楽な方よ?』


「ところで、武器更新とは?」

『えっと、リキッドからどんなものでも作れるって話は覚えてる?』

「まあ、一応は」

『オーマも生き物、リキッドで動いてるの。だからそいつらにダメージを与えたり、倒したりするとそいつらが持っていたリキッドを、端末が回収することができる』


 端末が? なるほど、そりゃ最初に作らさせるわけで。これが無ければここに降りても何も出来ないって事か。


「ふむ、集めたリキッドから銃を作る、と?」

『そうそう、そこら中にあるポスターとか落書きから買えるよ。まあ買えるというか、錬成とかが近いかもね』


 ふと壁に雑多に貼られていたポスターに手を伸ばす。最初にこれらを見たときになぜポスターと落書きが光っているんだと思ったのだが……そういうことだったのか、と納得せざるを得ない。

 ……なぜなら、ポスターに描かれたショットガンが、左腕の端末から、リキッドを得て具現化したからだ。


「ポスターというか……設計図、みたいなものなのでしょうか」


 FaN 12-5。500リキッドで購入できる、銃身を極限まで切り詰めたダブルバレルショットガンである。その影響で集弾率が凄まじく低く、そして撃つ度に弾薬を手動で引き抜いて、入れ換える必要があり、お世辞にも使いやすいとは言いにくい。

 それ故に近接武器として扱われているもの、らしい。それは射程距離の事を指すのか、それともいっそこれで殴った方が早いという皮肉なのか。


『ん、鋭いね……専門用語で言うとこのポスターは「リキッドプレス回路」って言って、設計図に近いかな。ま覚えなくて良いけど』


「今ショットガン……FaN 12-5を購入したんですが、これはどうなんでしょうか?」

『んー、正直に言うともっと強い物があれば心強いかな……? 値段が高ければ高いほど良い武器になりやすい傾向があるの』


 ……まあ大抵の場合それはそうだろう。


『ここだと……最低でも2000lqくらいの武器が欲しいかな?』

「そんなに」

『何も一度に相手する必要は無いよ、ちまちまっとブチのめしては離脱してを繰り返せばいいの』

「なるほどー」


「ウソだろ……」


 数分後、自分は大量のゾンビに追いかけ回されていた。今更ながら、ムイさんは音で大群の気を引いていた事に気づく。

 ……そりゃ、まあ拳銃やショットガンのような騒音を立てるとこうなる事は当然な訳で。


『いやー、まさかこんなに……とにかく逃げて、今のリキッドは?』

「ピッタリ1000ほど」


 そう言うと、ミニマップ上にとある場所へ目印、つまりゲームで言うところのピンが立った。


『今ピンを刺した場所、早く』


 と、ムイさんは矢継ぎ早に言葉を重ねると強引に通信を切った。他に当てもないので、時折背後に牽制がてら拳銃を放ちながら、自分もその位置へと向かう事にした。



 日は沈み暗闇が立ち込める。残弾を使い切った拳銃、囮として放った手榴弾、手元に残ったのは近距離専用の散弾銃。

 何もかも使い方を間違えている気がするが、奴らは未だに自分を追ってきている。もうすぐで、ムイさんが立てたピンの座標に着く。


 しかし、そこは何も無い真っ直ぐな道。その端っこにちょこんと、例のピンがHUDに表示されていた。


「一体……どういう事なんふガっ!?」


 突如、謎の手が僕へ伸びる。その手は慣れたように口を塞ぎながら、僕を路地裏へと引きずり込んでいった。


『シー……静かに』


 L2L通信が入る。恐る恐る顔を上げると、ムイさんが右手の人差し指を口に当てながら僕を見つめていた。それと同時に僕を追っていた大群が何事も無かったかの様に前方を通りすぎる様子が見えた。


『……ほら、こっち』


 ムイさんは、僕の口から手をどけると、忍び足で反対側へと歩きだした。正直何がなんだか未だに分かっていないけど、自分はそれをただ猿真似して彼女についていく。


「……」


 このちまっこい体な故に、他人からマスコットのような扱いを受ける事は多々あったし、それなりにぺたぺた触られた事もある。

 ……なのに、何故だろうか。ムイさんのそれは妙に自分の心に引っ掛かって、そのまま離れない。先ほどまでムイさんが触れていた唇を少し触りながら、そんなことを考えていた。


 少し遅れて、先程の大群がこの路地裏には目もくれずに通りすぎていくのが見えた。


「もしかして……奴らあまり目は良くないとか?」

『ぴんぽーん。正解』


 だから今の一瞬で路地裏に隠れた事が、向こうに取っては目の前から消えた様に映ったんだろう。


『ゾンビタイプのオーマは3種類いてね、耳が良い奴と、目が良い奴。それから移動する個体に合流する奴。そこら辺の見極めが出来ればある程度は対策も簡単に行くの。流石にこの量は想定外だったけど……』


 なるほど、と言いながら僕たちは路地裏を抜けてようやく道へと出た。


 街灯はおろかガス灯さえ見当たらない宵闇。継続的に発信される謎のパルス信号が、地面をなぞるようにHUDに映される事によって、辛うじて地形が把握できる。

 発信元を辿ると……そこには腕時計、もとい端末があった。つくづく便利なもので。


「見える? あの光ってるところ」

「ええ、まあ、当然」


 そしてそんな暗闇の中に浮かぶ、自動販売機の人工的な明るさは一際目立つ。ムイさんと一緒に周囲に警戒しながら近づく。


「また自販機ですか」

「あ、今回は奢らないよ」


 まあ奢られる気はない。改めてこの自販機を見てみると、この前見た「サルトビセイク」の自動販売機より近代化しているように思える。具体的に言うなら複数の商品が陳列されているところにある。


 透明の窓とキーパッドが存在し、購入したい商品につけられた番号を入力すると、アームが作動し搬出口まで持っていく。よくある自動販売機である。


 このタイプの自動販売機にはパック飲料か軽食が売られているのだが、この自動販売機には軽食が売られているようだ。キーパッドの近くには「FASTboot」と書かれたロゴが付いていた。


「というかむしろ奢れ」

「はい?」


 と、ムイさんは手際よく――身長が足りないのでぴょこぴょこ飛びながらではあるが――キーパッドに番号を入力すると、僕の左腕にある端末を強引に自販機の読み取り装置へと近づけた。

 ピピッ、と音を立てて商品が搬入口へと運ばれる。


「きゃ~! やっぱり戦場はこうでなくっちゃね~!」


 出てきた袋を持ってくるりと回るムイさん。一方、自分は途方に暮れていた。


「あの」

「なぁに?」

「それって、えっと、アイスですよね」

「うん」


「一袋で1000lqも持っていかれたんですけど……?」


 それは自分がここまでくるのに命からがら集めた全財産である。それを無慈悲にもアイスに全て費やされてしまったのだ。


「僕も流石に怒りまむぐぅ!?」

「ほい、おすそ分け」


 口を塞ぐようにアイスを放り込まれる。どうやら一つのアイスに棒が二つ付いた、割ってシェアする事が前提のアイスらしく、彼女もまた笑顔でもぐもぐと口を動かしている。


 シャリっとしたレモン風味なアイスキャンディーの中に、ぱりぱりとした薄氷のようなコーラ味のキャンディーと、しっとりなめらかなバニラアイスの層が織りなす、軽やかでありながら重厚な食感。確かにおいしい。……おいしいのだが。


「……? なんで泣いてるの?」

「自分の稼ぎがこのアイス全てに消えたと思うと……どの世界でも虚しいもんだなぁと」


 自然と涙を零さずには居られなかった。


「いやいや、これからが稼ぎ時だよ」


 ムイさんはそう言うと、そのアイスのパッケージを僕に渡した。


●分類:B.E.N.T●品名:ラクトアイス●無脂乳固形分:8.5%●植物性脂肪分:13.0%●卵黄脂肪分:0.5%●原材料名:テンポラリーリキッド、リーチングリキッド、乳製品、植物油脂、砂糖、水飴、卵黄、ブドウ糖果糖液糖、食塩/香料、カラメル色素、酸味料●内容量:120ml●賞味期限:該当せず●保存方法:自由●販売バン:キバ●製造バン:キバ


ダブル・トラブル ソーダ・コーラ

機能表示(食べきることで発動)

●種類:一時的強化


コーラ

●攻撃力増加 300%(10分間)

 ここぞという時にシンプルに火力を底上げできます。なんだかんだと聞かれた時に。


ソーダ

●防御力増加 300%(10分間)

 短時間ながら堅牢な肉体を手にできます。答えてあげるくらいの情けを貴方に。


 一人で食べて脳筋特攻するもよし、二人で分けて強みを伸ばしたり、弱点を補うのも良しなバランスの取れたB.E.N.Tです。


●開戦後はすぐにお召し……


「……もしかしてこれも?」

「そ、強化アイテムって奴。"Backpackable and Edible Next-generation Tactical weapon"、略してB.E.N.T。訳すなら『携行可能糧食型次世代式戦術兵器』ってとこ。お高めなのは能力分の付加価値だぁね」


 ムイさんが口にしていたのはソーダ味の方だった。という事は、ムイさんは今とてつもない防御力を手にしているという事になる。……ちょっと待った。


「それじゃあ僕が先陣を切るってことですか……?」

「そりゃそうよ」

「あの、拳銃は弾切れだし、このショットガンは使えないんじゃ」


 と、言いかけた僕の口を、ムイさんは人差し指で塞いだ。

 この不自然な心臓の高鳴りは、不意打ちによるものか、それとも何か別の意味があるのか。


「『使えない』なんて事はないよ。武器も、人間も、あらゆることがね。適切な場所に適切な運用を行うことが大事」


 子供のような風貌から時折滲み出る、とても同じ人物とは思えない、大人じみた部分。何もかもがアンバランスなこの世界で、「彼女」という不均衡だけがなぜか心地よく思えた。


「FaN 12-5はかなりピーキーな武器なの。この武器の散弾は一粒一粒がかなり小さくて威力が低い上に、銃身を短くしているって事はその粒がまとまる暇もなくバラバラに飛んでいっちゃう」

「実質的な近接武器、とは情報にありましたが」


「そう、でも逆に至近距離で使うなら敵は無数の針に身体中を射貫かれる事になる」


 無数の針が身体を突き刺す。想像するだけでゾッとしてしまい、身体中があわだつ。


「な、なるほど……つまりその威力をさっきの……べんと? で更に上乗せすると」

「そう」


 彼女はそういうと、自販機と僕を背に数歩歩きながらこう説いた。


「……いい? ライバースっていう『世界』で生きるってのは、こういうこと。こういう危機的な状況で、私が居なくても機転を利かせなきゃならない」

「なる、ほど……」

「それに」

 彼女は振り返って、こう続けた。



「君がこれから見ていくのは、綺麗な『世界』だけじゃない」



 それは、彼女が紡いだ言葉の中で、一番重く、そして最大の警告だった。君にもね。彼女の暴力的で狂気的な瞳は真っ直ぐに僕を見つめて、覚悟を伺っていた。



「……僕には、やらなければならない事があるんです」


 不意に、口が動く。それと共に、自分が昨日の間にこの『世界』を調べ、繋ぎ、導きだした答えを述べる。


「自分が死んだせいで、悲しむ人間がいるんです。特に……母さん、それに父さん。その悲しみが、新たな死を産み出すのかもしれないんです。オーマが食らおうとするこの街は、現世で生きる人の精神世界。つまり壊滅すれば――――それは、持ち主の精神が破壊されたという事。そうなれば……辿る道は、自殺」


 言葉の洪水と共に吐き出した空気を肺一杯に吸い込んで、改めて答える。


「僕は、全力を以てして、それを防がなきゃいけないんです」


 彼女は、眼を僅かに見開いて僕の話を聞いていた。聞き終わると、その眼を嬉しそうに細めてこう言った。


「……へぇ、よく調べたね、大正解。一言一句間違いなく、そういうこと」


 彼女はどこからともなく何かを取り出すと、空に向けてそれを撃った。


「だから、さっさと片付けないといけない。それに、他にも君が知るべきことは山ほどある」


 撃ち出されたそれはひゅるひゅると音を立てると、やがて花火の如く光を撒き散らし辺りを照らしだす。そして、自分達が窮地に陥っていた事が、文字通りに明るみに出る。


「飛んで火に入る夏の虫、ってね」


 自動販売機の光に誘われたのは僕達だけではなかった。目の前に現れたのは大量のゾンビ。そして、例のバケモノもそこにいた。


「……それ僕達の事言ってます?」


 僕がそう呟いた頃には、既に大群が押し寄せてきていた。

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