1話「孤独」
これは、“笑顔”からはじまった、悲劇の物語である。
かつて、人々に夢と楽しさを与えることを目的として作られたテーマパーク「ピピニーランド」には、誰からも愛されるキャラクター「ピッキー」がいた。子どもたちの心をつかみ、家族の記憶に刻まれるその存在は、まさに“希望の象徴”だった。
だが、ある一人の科学者の純粋すぎる好奇心と、技術の暴走が、すべてを変えてしまった。
理想と現実の狭間で生まれ落ちた一体の“命”。
人の心を知らぬまま、ただ「笑ってほしい」と願ったその生き物は、無垢な善意ゆえに、恐れられ、拒絶され、そして孤独という名の闇に飲み込まれてゆく。
誰も悪くなかった。ただ、少しだけ、遅すぎた。
これは、ひとつのテーマパークを出発点にした、世界を巻き込む“感染”の物語であり、
人間とそれ以外の境界を問う、新たなる寓話である。
その名は「ポッキー」。
愛されるはずだった彼の、ほんとうの願いとは何だったのか。
ページをめくるその前に、あなたの心に問いかけてほしい。
「もし、目の前に現れたのがピッキーではなく、ポッキーだったならあなたは、笑えるだろうか?」
2035年。
誰もが楽しめるテーマパーク「ピピニーランド」では、看板キャラクター「ピッキー」が大人気だった。
ある天才科学者はこう考えた「このピッキーを本当に存在させれば、もっと人気が出るはずだ」と。
そして、5年の歳月をかけて完成した“実物ピッキー”は、ネズミと人間を掛け合わせて作られた人工生命体だった。
だが、完成の直後、科学者は違和感を覚える。
「ん? 何かおかしい…」
その一秒後、彼は命を落とした。実験は失敗だったのだ。
だが、実はその生物は科学者を殺すつもりなどなかった。ただ「手をつなぎたかった」だけだった。
生まれたその生物は、ピピニーランド地下の研究所を抜け出し、地上へと出た。
そこには、笑顔で楽しむ人々の姿があった。
それを見た生物は思った。
「僕も、みんなを笑わせたい!」
そうして彼は、子供連れの家族に近づき、元気に声をかけた。
「この風船いる?断ったらポッキーしちゃうよ?」
しかし、その姿と言動を不気味に感じた子供たちは、彼を侮辱した。
生物は深く傷ついた。
「ただ笑ってほしかっただけなのに…」
その瞬間、大雨が降り出した。
水たまりに映った自分の姿を見て、彼は悟る。
「あの子たちと僕は違う存在なんだ…」
そう思ったとき、彼の中に“孤独”が芽生えた。
そして、彼の体から特有のウイルスが放たれ、侮辱した子供の1人を自分と同じ姿に変えてしまった。
この出来事は世界的ニュースとなり、各国政府は緊急声明を出した。
「この生物を捕らえた者には、望む物すべてを与える」
こうして彼は、世間から「ピピニーランドのピッキー」とは似ても似つかない「ネズミウイルスのポッキー」と呼ばれるようになった――。