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第二話「小さな理想郷」

生まれ育った村は、深い森と広大な草原に囲まれ、畑や牧場が広がる農村だった。人口はせいぜい数百人ほどで、村の誰もが顔見知りだ。


村の掟はシンプルだ。()()()()()()()()()()()。死んだ動物は燃やさず、土に還す。それが先祖代々守られてきた決まりだった。


朝、村の中央にある井戸で水を汲んでいると、羊飼いの子が牧場の方から走ってきた。「新しい仔羊が生まれたよ!」と弾む声で伝えられ、周りの人々がほほ笑みながら集まる。こうした穏やかな日常が、この村では当たり前だった。


牛舎では祖父がいつものように作業をしている。手伝いを頼まれることも多いが、動物たちと過ごす時間は苦にならなかった。彼らは、友達のような存在だったからだ。


この村では、動物と共に生きることが普通だった。同年代の友達はほとんどいないけれど、牛や羊、鶏がその代わりをしてくれていた。


「卵や牛乳はどうして食べてもいいの?」


ある日、そんな疑問を祖父にぶつけたことがある。祖父は作業の手を止め、柔らかい目をして答えてくれた。


「卵はまだ生まれてない命だし、牛乳は母牛が子を育てるための恵みだ。それを少しだけ分けてもらうだけさ。殺すのとは違うんだ」


その答えを聞いて、子どもだった僕はすぐに納得した。村では誰も掟に疑問を抱かない。それが普通だと思っていた。


そんな静かな村に、一人の客人が訪れた。その知らせが広がったのは昼下がりのことだった。客人が来るのは年に一度、行商人が立ち寄るくらいだ。今回の訪問者は、それとは明らかに違った。


彼女は()()()()と名乗った。腰まで届く黒髪をゆるく束ね、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせていた。最初は遠巻きに眺めていた村人たちも、彼女の言葉と仕草に徐々に心を開いていった。


「こんな美しい村にお邪魔させてもらって、本当に感謝しています」


その一言が、彼女の存在を一気に村の中に溶け込ませたようだった。マーシャは村人たちと会話しながら、動物たちを愛おしそうに撫でていた。自然と周囲に笑顔が広がる。


祖父に頼まれて、マーシャの案内役をすることになった。牛舎や納屋、小川、それから草原の端まで。彼女は動物たちを見つめ、興味深そうに質問を投げかけてきた。


「この村では、動物を家族のようにして大事にしているのね」


「うん。友達だからね。みんながそう思ってる。動物たちも、この村の一員なんだ」


マーシャは静かに微笑んだ。


「素敵ね。あなたもこの村が好きなんでしょう?」


「もちろんだよ。ここが一番だって思う」


「私もそう思うわ。あなたの名前は?」


「セルディ。」


その名を聞くと、マーシャは一瞬考え込むように見えたが、すぐに穏やかに微笑んだ。


「いい名前ね。それで、普段は何をしているの?」


「動物の世話をしてるよ。みんな友達だし、ずっと一緒にいたいんだ」


僕がそう答えると、マーシャは短く息をついて視線を遠くにやった。


「マーシャは何をしている人なの?見たところ、行商人には見えないけど」


「私は、人と動物が共生する社会を創りたいと思っているの。そのために世界を回って、いろんな人たちに会っているわ」


その言葉に、僕は少し首を傾げた。


「共生する社会? みんな、この村みたいにできているんじゃないの?」


マーシャは軽く首を振る。その仕草には、言葉以上の重みがあった。


「残念だけど、この世界では動物をひどい目に遭わせるような人がいる。命を軽んじる人も少なくない。だから私は、それを変えたいと思っている。」


その言葉は、村の穏やかな日常とあまりにかけ離れていて、すぐに飲み込むことができなかった。動物を傷つける人がいる――想像するだけで胸がざわつく。


「そうなんだ……」


言葉を絞り出すと、マーシャはふっと微笑んだ。


「あなた、同年代の友達はいるの?」


「いないよ。この村には子どもが少ないし……まあ、動物たちが友達みたいなものかな」


その答えを聞いたマーシャは、ポケットから小さな紙片を取り出した。それを手渡されると、僕はその内容に目を凝らした。


「もし、外の世界に興味を持ったら——ここを訪ねて。私と同じ考えを持った仲間がいるの。動物を愛するあなたなら、きっとすぐに仲良くなれるわ」


紙片には「Sanctum for Animal Life & Tolerance」と記され、そこに至る道筋の目印が簡単に書かれていた。この村からそう遠くない場所らしい。


マーシャは優しく笑いかけると、一歩引いて別れの言葉を口にした。


「またどこかで会えるといいわね。さようなら、セルディ」


その場に残された僕は、手の中の紙片を見つめながら立ち尽くしていた。想像できない外の世界の残酷さが恐ろしかった。けれど同時に、友達が欲しいという思いも胸の奥で膨らんでいた。


その夜、僕は紙を自室の本棚にしまい込み、ベッドに横たわった。マーシャの言葉が頭を巡り、どうしても眠れない夜を過ごしたことを覚えている。


そして一年後――その日常が終わりを告げる出来事が、突然訪れることになる。

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