15話 王都で情報収集
王都に来た次の日。
俺は王都の町中を1人で歩いていた。
魔族の俺が危険なのは当然わかっている。
だが、リヴィアと一緒にいる事が出来なくなってしまった為、これは仕方のない事なんだ。
なぜか、と言えばニアが理由だ。
王都で情報収集をしようと思い、リヴィアを誘おうとしたのだが、その瞬間からニアの勢いは凄かった。
俺を殺しそうな勢いで罵り、殴り、魔法まで使ってきた。
さすがはリヴィアの妹というべきか、元伯爵家の娘というべきか、使用した魔法は高度なものだった。
大人が使えるか、使えない者もいるレベル。
あの幼さでその魔法を身につけていたニアは、俺に躊躇なく魔法を放ってきたのだ。
さすがに驚いたが、なんとか魔法は防ぎきった。
リヴィアとその家族への引け目もあるため、俺はただ防いだだけだったが、当然ニアは叱られていた。
しかし、ニアは叱られている間、眼光だけで殺してきそうな程俺を睨んでいた。
「お前なんかのせいで」と言っていたのがよく分かる。
そんな事がありしばらくリヴィアの家には戻れない。
もしかしたら今日から別の場所で寝泊まりをする必要があるかもしれないな。
というわけで俺はリヴィアと約束した迷子にならない鉄則を破り、1人で王都の町中を歩いていた。
ちなみに、昨日の答えは出ていない。
リヴィアの意思か、ステーノさんの意思か。
どちらを優先するか、答えは保留のままだ。
こうして情報収集をしているのは、とりあえず最初から予定していた事をやっているだけだ。
あの家で何もせずにいるのも、何かアレだからな。
「さて、あそこは最後にするとして……まずは、俺でも比較的行きやすい場所にするか」
周囲の警戒は怠らず。
俺は目的地に向かって進路を変えた。
◇
居住区、マリア教教会
――リマリア王国の歴史は、実はそう古くない。
リマリア王国と呼ばれる前の、前身となる国の存在はあったが、リマリア王国より古い国はいくつもある。
そんなリマリア王国だが、開国から今日まで続き、リマリア王国に深く根付いた1つの宗教がある。
その名を『マリア教』。
リマリア王国の首都と同じ名前のその宗教は、マリアと呼ばれる人間を祀った宗教だ。
マリアと呼ばれる人物は、リマリア王国の初代国王の伴侶であり、国王と並んで建国の祖とされている。
神ではないが、神聖視されている人間だ。
敵国の人間の俺も、マリアの事は知っている。
リマリア王国を学ぶ上で、欠かせない存在だ。
最も有名な逸話では、マリアは超広範囲の治癒魔法で、都市全域の人々の怪我と病院を全て癒したとか。
魔法の中では適性のある者が少なく、緻密な魔力操作が必要な治癒魔法でそれだけの事をやってのけたのだ。
たしかに神聖視されるのも頷ける。
そして、その都市こそ、リマリア王国の首都であり、本人の名前がついた王都マリアの事だ。
だからこそ、当然王都にはマリア教の教会がある。
それもリマリア王国の中でも最大の教会だ。
だが、俺が来たのはそっちの教会ではない。
そもそも、初代国王の伴侶であるマリアを祀るための教会の本拠地と言えば、それはかつてマリアが暮らしていた王城だ。
俺がそんなところに入れるわけが無い。
俺が来たのは、王城に軽々しく入る事が出来ない国民のために建てられた居住区にある教会だった。
教会に来た理由は、もちろん懺悔のためではない。
魔族の俺がリマリア王国の祖と呼ばれているマリアに懺悔したところで、聞こえてくる声は「死ね」の一言だけだろうからな。
俺は協会の扉を開き、自分が怪しく見えないように意識しながら中に入る。
「俺は人族、俺は人族、俺は人族……」
木製の扉を開くと、そこには扉から祭壇まで一直線に続く身廊と呼ばれる道があり、身廊の左右には木製の長椅子が並べられている。
並べられた長椅子には目をつぶったまま両手を握って祈るポーズをとっている者が何人かおり、道の奥の祭壇には黒髪の男性が優しい目で俺を見ていた。
……普通に入ったけど、これからどうすればいい?
長椅子に座ればいいのかな?
でも、別に懺悔や祈りに来たわけじゃない。
直接神父に話しかけに行っていいのか?
そんな事をあれこれと考えていると、神父が自ら俺の方へ歩み寄ってきてくれた。
「本日はどのような御用でしょうか?」
助かる……!
「聞きたい事、というか教えて欲しい事がありまして」
「なるほど、それではこちらに、座って話しましょう」
心が落ち着く声だ。
この教会の静寂な雰囲気も相まって、まるで母体の中にいるような心地になる。
まあ、神父は男なんだけどな?
「それで、お話はなんでしょう?」
「治癒魔法についてです。治癒魔法の中に人の記憶に作用するような魔法はありませんか? 記憶じゃなくても、精神や……魂でも」
そう質問すると、神父が瞬きを繰り返した。
流石にこんな事を聞かれるとは思っていなかったのだろう。
「記憶に作用する魔法……事情を聞いても?」
「私の友人が記憶を失ったんです、それを取り戻すためにいい方法はないかと」
「なるほど、ご友人が……」
俺の嘘を聞いた神父は悲痛な顔で頷く。
俺が教会に来たのは、治癒魔法によってリヴィアの記憶を戻す手段はないかと思ったからだ。
マリアのあんな逸話があるくらいだならな。
俺が学んだ事がない、あるいは知らない治癒魔法について何か情報があるかと思ったのだ。
……しかし、この様子だと望みは薄そうだな。
「すいません、私ではお力になれないと思われます」
「それは、お金の問題ではなく?」
「そういった魔法は聞いた事がないのです」
「そっか……、ですよね」
お金を積めば解決できるというわけではない、か。
知らないなら、いくらお金を積んでも無駄。
そして、知っていたとしても、お金を積んでも教える事ができない。
どちらなのかは分からないが、そううまくはいかないか。
軽くため息をつきながら背もたれに寄り掛かると、後ろからコツコツと足音が聞こえてきた。
「記憶については、医学面でも未知が多い分野だからね」
話を聞いていたのか、後ろから声をかけてきたのは俺が教会に入る前から中にいた1人だった。
「貴方は?」
「王都の病院に勤めている医者さ、2人の話が聞こえてしまったからね」
「はぁ……」
「しかし、未知が多いという事は悪い事でもないないんだ、なぜならそれは私達の普通の考え、もしくは常識では測れないようなことが、まだあるという事だからね。だから何もわからなかったとしても諦めちゃいけないよ、もしかしたら想像もしてなかった方法で記憶が戻る事だってあるんだからね」
「そうですね、方法は一生をかけても探すつもりです」
初対面の俺に対して、優しい言葉をかけてくれる。
人の心を集めたマリア教には、彼のような人が多いのかもしれない。
そのせいか、俺は少し踏み入ったことまで聞いた。
「では、その友人の家族が記憶を取り戻すことを望んでいなかったとしたら? 友人が失った記憶が家族にとっては良い物とは思えないらしく、私に直接記憶を取り戻してほしくないとまでいってきたのです」
すると、今度俺の質問に答えてきたのは神父の方だった。
「結局はご友人がどうしたいか、ではありませんか? 家族の想いを聞き、選ぶはそのご友人なのですから」
「それは、たしかに……」
「貴方が力になりたいというのなら、その方法を探る事はしてもいいのではないでしょうか? あとの選択はご友人に委ねればいいのです」
神父の言葉は、俺の言う「後回し」と変わらない。
自分では判断ができないからリヴィアに答えを丸投げしてしまおうという考えだ。
しかし……そう、それでいいか。
俺はリヴィアのために記憶を取り戻すことを決めたのだから、リヴィアの想いに従えばいい。
たとえステーノさんが否定していたとしても、それをふまえた上で決めるのはリヴィアだからな。
俺の答えはそれで間違っていなかったのか。
「はい、ありがとうございます」
「いいえ、お力になれずすいません」
「いやいや! そんな事はありませんよ」
情報は得られなかったが、いい話はできた。
「医者のおじさんも、ありがとうございます」
「頑張るんだぞ? あと、治癒魔法に頼れない薬草について聞きたいことがあればいつでもきなさい。王都の中央にあるある病院にいるからね」
王都の中央ってそれ……位置から考えてもリマリア王国の貴族がいくような病院じゃないのか?
このおじさん……ま、まあ、いいか。
「ありがとうございます、何かあれば、また」
お礼を言い、俺は立ち上がる。
記憶を取り戻す情報は得ることができなかった。
だが、俺は満足して教会を後にする事ができた。
よし、次だ!
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